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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第六十九話 Reikoのプロフィール

 ――パンドラ・グローバル。

 その言葉を耳にした玲子の指が、膝の上でぴくりと動く。


 「奴らはマッチングアプリを狩場にしている。男女ともに会員無料を謳ってカモを集め、その中から『高値』で売れそうな獲物を品定めする。拠点の連中は皆、役者のように端正な顔立ちでな……優雅なクルージングデートに誘い出し、そのまま海上の貨物船へ運び込む。それが奴らの手口だ」


 カタリストはヌルの瞳を凝視した後、玲子へ視線を向けた。

 「……お姉様。ここまでの話、一切の嘘はありません。彼からは、被害者たちの泣き叫ぶ声が聞こえました……罪悪感と共に残っています」


 クロサワが、静かに、けれど逃さぬ鋭さで本題を切り出した。

 「では、肝心の教授の娘さんは、今どうなっていますかな?」


 「まだ、船の上だ。二週間後の大規模な取引で、海外のシンジケートへ引き渡されることになっている……ワシの孫娘も、同じ海の上に監禁されている」


「これも嘘ではありません……彼女たちは貨物船の中にいます」

 カタリストの確信に満ちた言葉が、室内に一筋の希望をもたらした。


 ヌルは一旦ここで話を切ると、ため息をついた。

 「ただ……奴ら、船の底に自作した爆弾を仕掛けておる……捜査の手が伸びたときに、撹乱と証拠隠滅をするためにな。トチ狂った連中よ」


 イカロスの、ドスの効いた低い声が、ヌルの鼓膜を揺らす。

 「……証拠っていうのは、拉致された人たちのことか?」

 「そうだ」

 

 海上の貨物船。タイムリミットは二週間。

 相手はパンドラの残党という犯罪者集団。下手に触れれば、自爆により船は海の藻屑と化す。


 玲子はゆっくりと立ち上がり、メリーとマリーを抱き上げた。

 「今までのこと、整理する必要がありそうね……ねえ、ヌル。貨物船の情報について、知っている限りのことを教えて。構築されたシステムやネットワークのことも、爆弾のことも含めて、全て」


 ――2時間後。

 ヌルから知る限りの情報を収集した玲子は、腕を組み、思索の海を一通り泳いだ後に目を大きく開けた。


 「よし決めた。ここは総力戦でいくわよ。私も準備をしておくわ。イカロス、ウルフパック全員に招集をかけて」


 玲子の指示にイカロスは不敵な笑みを浮かべる。

 「おう。万端の準備をしておくぜ」


 玲子は軽く頷くと、メンバーへと視線を向けた。

 「まずは私がアプリに登録して、ボイドの連中を誘き寄せるわ」


 ――玲子は特殊仕様のスマートフォンに、指定のマッチングアプリをインストールした。青白く光る画面をスクロールしながら、彼女は興味深そうにプロフィールの入力項目を眺める。


 「……ねえ、クロサワ。私の年収っていま、どれくらいあるのかしら?」


 「左様ですな。今年の見込みで申し上げれば、4Sの役員報酬が1億、保有株式の配当が4億、特許ライセンスの取り分が5億……ですが、それ以上にBlack Wellでの稼ぎが跳ね上がっております。概算で50億。今や旦那様と肩を並べる稼ぎですな」


 「ありがとう。じゃあ、年収の欄は『約50億円』って書いておけばいいわね」


 迷いなく画面をタップしようとする玲子の前に、クロサワがそっと、けれど鋼のような意志を込めて片手を差し出した。

 「……お嬢様。差し出がましいようですが、そのまま記載すれば『頭のおかしい女性』と思われてしまいますぞ」


 玲子は、信じられないものを見るような白い眼をクロサワに向けた。

 「……なによ。だって事実でしょう?」


 「事実か否かではなく、『獲物として適切か』が問題なのです。お嬢様は世俗の令嬢とは、一線どころか二線も三線も離れておいでです……ここは、マリー嬢とメリー嬢に記載を委ねるのが最善かと」


 その言葉に、待ってましたと言わんばかりに人形たちが反応した。

 『玲子ちゃん任せて! ボイドの馬鹿どもをメロメロにするプロフィールを作ってあげる!』

 『玲子様。ここは私たちにお任せを。世界中の若き女性、約10億人の行動ログを元に、最も『高値で取引されやすい』理想の令嬢像を構築します』


 数分後。画面には、玲子の美貌を最大限に活かしつつも、どこか「守ってあげたくなる」絶妙なプロフィールが完成していた。


 ***


 【ニックネーム】

 Reiko


 【年収】

 900万円


 【自己紹介】

 父の会社で秘書兼広報をしています。仕事柄、お堅い場所へ行くことが多く、同世代の方との出会いが全くありません。


 ずっと女子校育ちだったせいか、カップルで行くような流行りのお店や遊び場に疎いのが悩みです……。


 最近は休日にスパイスからカレーを作ることにハマっています(自分では得意だと思っています)が、一人で食べるのは少し寂しいですね。


 しっかりしているつもりなのですが、女友達や年上の方からは心配されることが多いです。


 落ち着いた大人の男性に、ドラマで見て憧れていた外の世界、特に海のことをいろいろ教えていただけたら嬉しいです。


 優しくて誠実な方なら、誰でも大歓迎です!


 ***


 「……よくわからないけれど、世間の二十代ってこんなものなのかしら? それに……『教えていただけたら嬉しいです』って、私が? 誰に?」

 出来上がった「虚像」を眺め、本人が首を傾げる。


 横で見ていたクロサワが、ぽつりと零す。

 「カレーのところは本当のことですな。まあ……得意ってレベルではありませんがな……おっと失礼」

 彼は、無意識に口元から垂れそうになった涎をハンカチで拭った。


 玲子がスパイスから調合する「悪魔的」なカレーを知る者にとって、その謙虚すぎる紹介文こそが最大の嘘に思えた。


 カタリストは、玲子のスマホを割れんばかりの勢いで凝視している。


「お姉様……もし変な男から連絡が来たら、すぐに私が心を読みますからね。指一本触れさせませんから!」


 イカロスもニヤニヤしながら、スマホを横から眺めた。

 「それに『海のことを教えて』か……ボイドの連中、きっと大喜びだろうぜ」


 「……まあいいわ。これで公開ボタンを押すわよ」

 玲子の長い指先が、送信ボタンを軽くタップする。


 すると、公開からわずか数秒。

 ――ピコン。ピコン、ピコン。

 通知音が鳴り止まない勢いで響き始めた。


 『玲子ちゃん! すごいよ、「いいね!」のカウントがうなぎ上りだよ!』

 『当然の結果ですね。10億人の男性の欲望をシミュレートしていますから。このプロフィールに抗える方は存在しません』


 滝のように流れるマッチング候補者たちのプロフィール。そのうちの一つ、モデルのような端正な顔立ちをしていたものが紛れ込んだ。


 ヌルは、画面に現れた男性の写真を指さした。

 「こいつだな」


 画面に映し出されたのは、「Kai」と名乗る、潮風の似合う爽やかな笑顔を浮かべた青年の写真だった。


 「あら……簡単に釣れたわね」

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