第六十七話 反撃
マリーが叫ぶ。
『任せて! 急所を突かせないようにするから! 6号機のリチャージまであとちょっと……ドローンたち、落とされないようにしっかり動いてね!』
外では、最後の仕上げとばかりに、ドローン軍団がシロに対して総攻撃の構えを見せ始めていた。
「ハッキングできたら、あのアンテナを私たちの『拡声器』に変えてあげるわ……」
玲子の指先が、反撃のプログラムを紡ぎ始める。デジタルと物理が交錯する入り江で、勝負の天秤が大きく揺れ動こうとしていた。
――ガツン! ドォン!
新たな増援として現れた敵部隊が、突撃しながら小型パイルバンカーをシロに叩きつける。いたるところに衝撃が走り、車内が揺れた。
クロサワが苦渋の表情で六面モニターを凝視する。
「いくらシロが頑丈とはいえ、あとどれぐらい持ちこたえられるか……お嬢様、いざというときはイカロスを盾にしてここから脱出してください」
イカロスがニカっと野性味溢れる笑みを浮かべ、拳を鳴らした。
「おう、任せとけ。お嬢には傷一つ、指一本触れさせねえからよ!」
その絶体絶命の瞬間、メリーから「天使の声」が響いた。
『ハッキング完了。アンテナの送信権限、こちらで完全掌握しました』
『玲子ちゃん、お待たせ! ドローンたちに「伏せ」をしてもらったよ!』
その宣言と同時に、狂ったように暴れていた敵ドローンの群れが、糸が切れたように動きを止めた。静かに地面へと着陸していく。
「ふう……終わったのね」
玲子は込み上げる安堵と共に、人形用ソファの上にいたメリー人形とマリー人形を力いっぱい抱きしめ、交互に頬ずりをした。
「メリー、マリー、よくやったわ! 本当に、本当にありがとう!」
『玲子様、嬉しいですが……落ち着いてくださいね』
抱きしめられたまま、メリーが淡々と報告を続ける。
『敵拠点のアクセス権を奪取しました。現在、拠点の入り口を逆ロックし、完全封鎖しています……入り口はアパート一階、東奥の部屋の「押し入れ」の中。隠し通路になっています』
玲子は我に返ると、二体をソファに戻し、酸素マスクを外して立ち上がった。
「……押し入れの中に隠れるなんて、亡霊にしては古風な趣味ね。みんな、準備はいい? ――挨拶に行くわよ」
シロのドアが音を立てて開く。
外には、ひれ伏したドローンと、逃げ道を失って沈黙するアパートが待ち受けていた。
シロから降りたイカロスは、無惨にペイント液で汚れ、パイルバンカーの傷跡が刻まれた愛車の姿を一目見ると、がっくりと大きな肩を落とした。
「シロ……なんて姿に……」
「師匠、元気出してください。お洋服が少し破れただけですよ。次はもっとおしゃれなのを着せてあげればいいじゃないですか」
カタリストの慰めともつかない言葉に、玲子が冷ややかな声で付け加える。
「まったく。きっちり弁償してもらいましょうか……クロサワ、ざっとどれくらい?」
クロサワはカルトロップと地面の軍用ドローンを避けながらシロをぐるりと一周し、玲子の前で静かに歩みを止めた。
「左様ですな。特注の装甲板とソーラーパネル、センサー類の再調整、安く見積もって二千万円ほど……といったところでしょうかな」
「……高くつくわよ」
玲子は低く呟き、先にあるアパートへと視線を向けた。
――一階、アパートの最奥。
綺麗に清掃された和室に足を踏み入れたイカロスが、押し入れの襖をそっと開けた。布団が詰め込まれているはずのその奥には、場違いなほど頑丈な防爆仕様の鉄扉が鎮座していた。
「お嬢、罠はないみたいだぜ」
玲子は胸に抱えたメリー人形を少しだけ持ち上げる。
「そう。メリー、ドアロック解除をお願い。扉の向こう側のシステムを黙らせて」
『ドアロック解除……完了。電子錠を完全に無効化しました』
メリーの声と共に、かちゃりという金属音が鳴り、鉄扉がわずかに隙間を作った。
『玲子ちゃん、地下階段に熱源反応なし。怪しいトラップも今のところ検知してないよ……』
カタリストに抱えられたマリー人形が、囁くように状況を報告する。
「マリーもありがとう……それじゃあ、部屋の主に会いに行きましょうか」
先頭にイカロスとカタリスト。中央に玲子。そして殿をクロサワが務め、一行は地下へと続く暗い階段を下りて行った。
一段、また一段と下りるたびに、潮騒の音が遠ざかり、代わりにサーバーが発する微かな低周波の唸りだけが耳を支配し始める。
階段を下りきった先は、潮風の香りが一切遮断された、無機質な軍事要塞を思わせる空間だった。
分厚いコンクリートの廊下。その左右には、何台ものサーバーラックが整然と並び、冷却ファンが放つ低い唸りだけが耳を支配している。
廊下の突き当たりには、場違いなほど質素な、一枚の木の扉がぽつんと佇んでいた。
『玲子ちゃん、中に人がいるよ……反応は一つだけ』
「イカロス、お願いできる?」
「おう、任せとけ……カタリスト、クロサワ、お嬢を頼んだぜ」
イカロスは音もなく廊下の端を滑るように進み、扉の横へ。その手には、胸の隠しホルダーから引き抜かれた鈍い輝きの拳銃が握られている。
イカロスがドアノブに手をかけようとした、その瞬間。内側からゆっくりと、抵抗なく扉が開いた。
そこには、先ほどアパートの管理人を装っていたあの初老の男が、両手を上げた降伏のポーズで立っていた。
「ワシの負けだよ。よくあのトリックに気づけたな。まあ、入りなさい。罠は仕掛けておらんから」
男は不敵な笑みを浮かべ、一同を招き入れた。
「……お姉様。彼の言っていることに嘘はありません」
カタリストの囁きに、玲子は小さく頷き、部屋へと足を踏み入れた。
――地下の私室。
イカロスが銃口を突きつけているにもかかわらず、男はまるで書斎で客人を迎えるかのように、ひょうひょうとソファーに腰を下ろした。
「あなたが……『ヌル』?」
「……」
ヌルは無表情で軽く頷く。玲子は感情を凍りつかせたような、温度のない瞳で彼を見下ろした。
「……ねえ。どうして私たちがここに来たのか、もう分かっているわよね?」
「教授の娘を助けに来たのだろう? それと、ワシを捕らえに……違うかね?」
「ご名答……あともう一つ、聞いてもいいかしら?」




