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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第六十三話 ボイド・ネットワーク

 ――翌朝、データセンターダイニングルーム。

 普段なら昼近くまで静まり返っているはずのこの場所には、早朝から、全員が顔を揃えていた。


 キッチンでは、クロサワが手際よく味噌汁を注ぎ、イカロスが豪快に白飯をお椀に盛り付けていく。玲子が黄金色に焼けた鮭と目玉焼きを大皿に乗せると、彩香が鮮やかな朝採り野菜を添えて、テーブルへと運び込んだ。


 「「「「いただきます」」」」


 合唱と共に、四人の箸が動く。湯気の立つ味噌汁を啜り、炊きたての米を噛み締める。それはどこにでもある家族の団欒のようでありながら、その実、戦場を共にする兵士たちの風景にも似ていた。


 「ところで、お嬢様……例の端末の解析についてですが」

 ふと、クロサワが箸を休め、遠慮がちに問いかけた。


 玲子もまた、手にした箸を一端お椀の縁に寄せ、昨夜の「戦果」を口にする。

 「思ったよりきな臭いわね。背後にいたのは人身売買組織ボイド・ネットワーク……それも、過去に私たちが潰した『パンドラ・グローバル』の残党が立ち上げた組織のようね」


 「なら、俺の出番だな?」

 イカロスが、口いっぱいに掻き込んだ米を飲み込み、野性味溢れる笑みを浮かべる。


 けれど、玲子は軽くため息をつき、首を振った。

 「相手組織に『ヌル』と名乗るシステムの番人がいるの。昨夜、押収した端末で少しだけ言葉を交わしたけれど……相当な手練れよ。まだ情報の尻尾さえ掴ませてくれない」


 その言葉に、カタリストが玲子を真っ直ぐに見つめ、決意の篭った瞳を輝かせた。

 「お姉様……私のこの力が必要でしたら、いつでも仰ってください。遠慮は無用ですよ!」


 玲子はそれを受け止めるように、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。


 「ええ。この複雑に絡まった糸を解き明かすには、きっと、あなたのその力が必要になるわ……力を貸してくれる?」


 「はい、お姉様!」


 ――朝食後。淹れたてのコーヒーの香りが漂うダイニングで、玲子はカップを置き、クロサワに視線を向けた。


 「ねえクロサワ。カタリストと一緒に、あの『心理実験』を開催した教授のところへ足を運んでほしいの……どうやら彼の娘さんがボイドに拉致されているようなのよ」


 玲子の意図を瞬時に汲み取ったクロサワは、モノクルを押し上げ、顎に手を当てて不敵に目を細めた。

 「……ほう。娘を餌に脅されている教授にBlack Wellへ依頼を出すように仕向けて、情報収集も行うのですな」


 「相変わらず理解が早いわね、クロサワ。助かるわ。依頼金も入って一石二鳥よ」


 玲子は次に、隣で背筋を伸ばしているカタリストへ向き直った。

 「ねえ、カタリスト。教授と対面したら、彼の心の奥底にある情報を拾い上げて。彼が娘さんの居場所について、何か些細なことでも知っているかもしれないわ」


 カタリストの瞳に、使命感が宿る。

 「はい、お姉様。喜んで! どんな小さなほころびも見逃しません」


 すると、自分の役割を待ちきれない様子で、イカロスが身を乗り出して自分に指を向けた。

 「俺は? 俺の拳を待ってる連中がそこら中にいるはずだぜ、お嬢」


 「あなたは私と一緒に『シロ』の中で待機してもらえるかしら? 相手がまた何か仕掛けてきたとき、即座に対処できるのは、あなたしかいないもの」


 玲子の信頼のこもった言葉に、イカロスは「……へへ、そりゃそうだな」と、満足げに鼻をこすった。


「作戦開始よ……ヌルが用意した『駒』を、こちら側へ塗り替えてやりましょう」


 ――彩香の通う大学、教授室。

 白髪の教授は受話器を耳にあてたまま、壊れた機械のように肩を震わせていた。


 「約束が……約束が違うだろう! 学生たちをあの実験室に誘い込めば、娘を返してくれると言ったはずだ!」


 受話器の向こうから、反吐が出るほど不条理な声が響く。

 『――利息がついたんだよ。あんたの仕事がのんびりしすぎているせいさ』


 「なっ……!」


 ――同時刻。大学近くの駐車場、シロの車内。

 助手席には、いつもの隙のないダークスーツを脱ぎ捨て、柔らかな風合いのニットにハンチング帽を合わせた、温厚そうな老紳士姿のクロサワが座っていた。


 「うん。どこからどう見ても好々爺(こうこうや)ね。クロサワ、カタリスト。手筈通りにお願いね」

 玲子の太鼓判に、クロサワは満足げに、けれどどこか茶目っ気のある笑みを浮かべて後ろを振り返った。


「お嬢様、お任せあれ……しかし、彩香様のおじい様役とは、役得ですな」

 彩香もまた、クロサワを見返して微笑む。

 「おじいちゃん。今日は大学まで一緒に行くんだから、ちゃんと『彩香』って呼んでね?」


 「……なんか、いいなあ、それ」

 運転席でそのやり取りを見ていたイカロスが、羨ましそうに指を咥えてぼやいた。すかさず、コンソールのマリーとメリーが、楽しげに囃し立てる。


 『イカロスの兄貴はおじいちゃんになりたいの?』

 『カタリスト様のおじさま役とか、案外似合いそうですよ? ボディーガード風の親戚とか』


 「おうよ、次は俺の番だぜ」

 イカロスが強引に納得したところで、玲子が鋭く視線を教授室の窓へと向けた。


「二人とも、よろしくね」


 ――静まり返った大学の廊下。

 教授室へ続く長い道すがら、カタリストは隣を歩く「おじいちゃん」に、ぽつりと胸の内を零した。


 「おじいちゃん。私、幼い頃に父を亡くしているんです。顔もぼんやりとしか覚えていないんですけど……でも、おじいちゃんみたいにいつも優しそうだったことだけは、今でも覚えています」


 潜入用の歩法を保ちつつも、クロサワはその柔和な視線だけをカタリストに向けた。その瞳の奥には、柔らかな慈愛が宿っている。


 「……そうですか。その優しさを、あなたが誰よりも真っ直ぐに受け継いだことを、天国のお父様も、きっと空の上で微笑んでいらっしゃることでしょう」


 「そうだったら、嬉しいな……」

 カタリストはどこか遠くを懐かしむように、彼方の空を見上げた。

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