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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第六十二話 パンドラの亡霊

 ――夜の寂れた駐車場。

 コンテナを積んだ2tトラックの前で、玲子とイカロスは掃除人(スイーパー)たちから最終報告を受けていた。


 「……結局、何も吐きませんでした。隙を見て舌を噛み切ろうとしたので、猿轡をかませてコンテナの中に転がしてあります」

 ブルームが感情の欠片もない声で告げた。


 「男の所持品です。特殊なハードウェア暗号が施されており、私たちのツールでは中身を確認できませんでした」

 玲子はダストパンから手渡された端末を受け取った。


 イカロスが横から覗き込み、鼻を鳴らす。

 「こりゃあ……軍用の、しかも最新型だな。一般人が弄っていい代物じゃねえぜ」

 

 「とりあえず、ありがとう。こちらで解析してみるわ。後の処理は任せるわね」

 玲子は淡々と礼を言うと、踵を返してシロへと戻った。


 ――シロの車内。

 扉を開けると、マリーとメリーが囁くようなで迎えてくれた。

 『玲子ちゃん、おかえりー』

 『おかえりなさいませ、玲子様』


 「お嬢様、おかえりなさい……どうでしたか?」

 クロサワの声もこころなしか小さい。


 「ただいま」

 ふと後部座席に目をやると、柔らかな毛布に包まれたカタリストが、規則正しい寝息を立てて深い眠りについていた。


 「ふふ……本当に寝顔だけ見ていると、ただの可愛い女の子ね」

 玲子の表情が、一気に柔らかい顔に変化する。


 「ああ。こうしてると、今日あんな地獄を見てきたなんて信じられねえな」

 イカロスもまた、大きな体を丸めるようにして、微笑ましくその寝顔を眺めていた。


 玲子は膝の上にマリーとメリーを乗せ、手に入れたばかりの軍用端末をコンソールに接続した。

 「クロサワ、ひとまず車を出して……データセンターに戻ってから、尻尾を徹底的に引きずり出すわ」


 「承知いたしました」


 シロが静かに滑り出し、夜の闇へと消えていく。

 ――深夜のデータセンター。青白いインジケーターの光が、玲子の横顔を無機質に照らしていた。


 カタリストを自宅へ送り届け、ウルフパックのメンバーを呼び出して見張りを頼み、クロサワとイカロスを解散させた彼女は、指令室のコックピット・チェアにその身を浸していた。


 紅茶を片手に、マリーとメリーから端末の解析結果を興味深そうに耳を傾ける。


 『事件を主導したのは「ボイド・ネットワーク」と呼ばれる人身売買組織。カタリスト様の能力に目を付け、拉致を考えていたようです』

 『ねえ、玲子ちゃん。ここって、前にやっつけた『ぱんどら』から飛び出したグループみたいだよ!』


 玲子は紅茶のカップを口に運びながら、薄い笑みを浮かべた。

 「……パンドラの亡霊、ね。未練があるなら、今度こそ跡形もなく成仏させてあげないと」


 その時、机の上に置いた軍用端末が、脈打つような不気味な呼び出し音を上げた。

 画面には「非通知」の三文字。玲子は迷うことなく、通話ボタンをスライドさせた。


 『――君は、誰だい?』


 ボイスチェンジャーで加工された、地底から響くような低い声。

 玲子は一呼吸おき、優雅で棘のある声で応答した。


 「……私? 私はアイスエンジェル。初めまして。ねえ、レディに名前を聞いておいて、自分から名乗らないのは失礼だと思わないかしら?」


 『……ふむ。確かに、一理ある。私は「ヌル(NULL)」。虚無の王、とでも思ってくれ。ところで、その端末の持ち主はどこへ行った? できれば彼に返してやって欲しいのだが』


 「さあ……? 探してみたらどうかしら。情報の切り貼りは、あなたの得意分野でしょう?」

 玲子は机に頬杖をつき、モニターに映る無機質な波形を睨みつける。


 『彼には、私の大切な仕事を頼んでいてね』

 「彩香の件かしら? ねえ……言っておくけれど、あの子に触れた代償は高いわよ。あなたの命でも、到底足りないくらいにね」


 一瞬の沈黙。直後、スピーカーから「クック……」という、乾いた含み笑いが漏れた。

 『気の強いお嬢さんだ。君のような「跳ねっ返り」を欲しがるコレクターは、世界中に掃いて捨てるほどいてね』


 「私を商品にできるなら、やってみることね。その前に自分自身がスクラップとして売り飛ばされないように気を付けなさい? また後でお会いしましょう」


 玲子は一方的に通話を切り、すぐさま指先をキーボードの上で踊らせた。

 「メリー、マリー。逆探知の結果は?」


 『玲子ちゃん、ダメみたい……発信元は「太平洋の沖合い」になってる』

 『端末自体も通話専用の物理回路で、バックエンドからは完全に切り離されています。情報の尻尾(テール)を掴ませる気はないようですね』

 「へぇ……それなりに用心深いのね。まあ、お互い様かしら」


 玲子は空になったカップを置き、モニターに並ぶログを見つめた。ここからは、どちらが先に相手の「実体」を剥ぎ取るかのデッドヒートが始まる。


 「……ところで玲子様、もう一つ、興味深い事実が判明しました」

 メリーの声が、深夜の指令室に静かに響く。


 「あら、何かしら?」

 「カタリスト様を言葉巧みに誘い出した助手。その上司にあたる担当教授を身辺調査したところ、彼の一人娘が一週間前から行方不明になっています。警察には届け出されておらず、彼女の勤務先の会社には病欠と説明されているようです」


 「……なるほど。パンドラの亡霊に、攫われたのね」

 玲子は空になったカップを眺め、合点がいったように頷いた。


 『その可能性が極めて高いです。でなければ、社会的地位のある教授が、学内でこれほどリスクの高い心理実験(監禁)を強行するはずがありません』


 「娘を盾に取られ、実験室という『箱』を用意させられた……それなら辻褄が合うわね。そして彼らの目的が彩香の能力だというなら、今回の失敗で手を引くとは思えない」


 玲子は椅子の背にもたれ、天井を仰いだ。


 ヌルの笑い声が耳の奥でリフレインする。奴らにとって、教授の家族も、実行犯の警備員も、すべては消費されるリソース《資源》に過ぎないのだ。


 「明日、みんなに話すわ……彩香を守るだけじゃ足りない。その教授の娘も含めて、根こそぎ救い出して、あの『(ヌル)』を文字通り消し去ってあげないと」


 玲子は静かに立ち上がると、マリーとメリーに「おやすみ」とだけ短く告げた。

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