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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第五十九話 話し合い

 カタリストのその凛とした声が、ドロドロとした悪意に満ちた空気を一瞬だけ切り裂いた。だが背の高い学生がこともなげに反論する。

 「どうやって? なにか策があるのか?」

 (この女、うざいな……理想論だったら何とでも言えるんだよ)


 カタリストは込み上げてくる感情を押さえつけ、声を絞り出した。

 「……そこはみんなで考えませんか?」


 ――結論は出なかった。


 ――ピー、ピー、ピー。

 無機質なアラームが三回、静まり返った室内に響く。酸素濃度は『18.5%』まで低下していた。


 議論が行き詰まる中、震える声で、メガネの学生が背の高い学生を見上げた。

 「……なんで僕を指名したのか。理由だけ、聞いてもいいかな?」

 (僕が犠牲になれば、みんなは助かる……だけど、せめて納得できる理由が欲しい。僕の人生がここで終わる、正当な理由が)


 背の高い学生は、選別のロジックを補強するかのように理由を述べた。

 「社会的貢献度、あるいは将来性……冷静に考えれば、人間の価値は一律じゃない。これは比較の問題だ。最も『価値の低い』者を切るのが、集団として最も合理的な選択だろう?」

 (これは正当な理由だ。俺たちは人の価値に従って『正解』を選ぼうとしているだけなんだ)


 「そんな……人の命を、比べるなんて……」

 女子学生が顔を伏せる。だが、その瞳の焦点は定まっていない。

 (けど。私が選ばれないための理屈だったら、なんだっていい。だからお願い、早く進めて)


 前髪で目を隠した学生が、浅い呼吸を繰り返しながら赤く点滅し始めたモニターを指差した。

 「……酸素濃度、もうヤバいって。早く決めないと、全員死ぬぞ」

 (この状況なら……流れは決まるはずだ。このままあいつを押し切れば、俺は助かる)


 ――『17.9%』

 ついに危険域の18%を下回った。濃度計が目眩のするような速さで明滅し、「ピピピピピ!」と狂ったような警告音を撒き散らす。

 足元では、液体窒素から変わった白い冷気が、もはや逃げ場をなくして膝元まで這い上がってきていた。


 「みんな、一度机の上に避難して! 高いところの方がまだ酸素があるわ!」


 カタリストの叫びに、学生たちは弾かれたように反応した。

 選別の議論を一時中断し、我先にと中央の大きな実験机に這い上がる。かつて知を共有するための場所だった机の上で、今は五人が肩を寄せ合い、足元に広がる死の霧を怯えながら見下ろしていた。


 カタリストは、机の上から眼下に広がる白い霧の海をぼんやりと眺める。

 (冷気は下に溜まる。でも、このままじゃあと数分で……)


 「はぁっ、はぁっ……時間ないよ、酸素が……! 早く、早く決めてよ!」

 女子学生が酸素欠乏による焦燥に突き動かされ、周囲を急き立てる。

 (早く決めてよ! 私が死ぬ前に、誰でもいいから差し出して!)


 その時、メガネの学生がこめかみを強く押さえ、絞り出すように呟いた。

 「……分かったよ。僕が、残る」

 (このまま議論を続けても、全員がここで果てるだけだ。だったら、僕が……犠牲になればいい)


 「犠牲になればいい」――その思考が、カタリストの脳内で自身の過去、そして母親の姿と重なり、火花を散らした。酸欠のせいで視界がチカチカと明滅する。


 その呟きに、他の三人の学生たちは一様に安堵の表情を作った。


 「……すまない。恩に着る」

 (価値の無い奴が犠牲になる。妥当だろ)


 「ありがとう、すぐに助けを呼ぶから……」

 (やっと決まってくれた!)


 「助かる……」

 (ったく、グズグズしやがって)


 カタリストは、その汚濁した思考に吐き気を催しながらも、自身を奮い立たせる。

 「……あなたたち。よくそんなことを平気で言えますね。残った人がどうなるか、本当に分かっているんですか? 私は反対です」


 机の上で背の高い学生を正面から睨みつけた。

 「もしあなたが『犠牲になれ』と言われたら、どういう気持ちになりますか?」


 「……うぇっ。当然、嫌に決まっているだろう」

 背の高い学生は、酸欠による吐き気を堪えながら吐き捨てた。

 (俺が残るなんて冗談じゃない。ようやく告白が成功して、人生がこれからって時に……死んでたまるか)


 「ねえ、やめてよ……刺激しないで……!」

 女子学生が懇願するように叫ぶ。

 (この女、バカなの? せっかく生贄が決まりかけたのに、余計なことしないでよ!)


 ――もう、いい。

 カタリストは深く、重いため息をついた。パニックに陥り、自分のことだけしか考えられなくなった学生たちと解決の道を探るよりも、「家族(Black Well)を信じる道」を選んだ。きっとお姉様が――助けてくれる。


 「……分かりました。私が残ります」


 静かな宣言。彼女はメガネの学生に向き直り、穏やかに告げた。

 「あなたはみんなと、外に出てください」


 「じょ、女性にそんな……そんなこと、させられない……!」

 メガネの学生は肩を激しく震わせ、焼けるような喉で反論した。

 (本当は、今すぐここから逃げ出したい。でも……)


 ――ピー、ピー、ピー、ピー!

 『17.3%』


 ひっきりなしに鳴り響く警報音が、理性を粉々に砕いていく。その時、目隠れ学生が最後の力を振り絞り、天井のスピーカーに向けて絶叫した。


 「……なあ! 二人残るってのは、ありか!?」


 数秒の沈黙。やがて、笑いを噛み殺したような声が降ってきた。

 『――全員の合意が取れるなら、二人の残留を許可しましょう』


 その瞬間、背の高い学生の瞳に、獣のような光が宿った。

 「おい、決まりだ! お前ら二人が残れ! ……いいよな!?」


 二人が生贄になれば、自分たちの生存は「確定」する。その思考は、一瞬にしてカタリストとメガネの学生を包囲した。


「分かりました」

 カタリストのその一言は、死を受け入れる絶望ではなく、何かを覚悟した者の静かな響きを持っていた。


 彼女はただ、メガネの学生をまっすぐに見つめた。

 「……はい」

 彼もまた、諦めと、そしてカタリストを一人にさせなかったことへの微かな安堵を込めて頷いた。


 『――おめでとうございます。無事に決まったようですね。では、選ばれた幸運な三名は扉の前へ。残留する二名は机の上で待機してください……決して動こうとしないでくださいね。少しでも不審な動きがあれば、バルブを全開放せざるを得なくなりますから』

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