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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第五十四話 裏サークル

 いかつい男二人がじりじりとカタリストに迫る。一瞬、男の内の一人が優男(やさおとこ)と目くばせをした。


 カタリストは無言のまま、三人の動作と表情から思考を読み取る。

 (……なるほど。マッチポンプ。全員グルですか)


 この後、優男が屈強な男たちを倒して救世主となり、自分の関心を引く。あまりに陳腐で三文芝居な手口。人間性の底辺にある稚拙なロジックだ。


 彩香は毅然とした態度で、だけど両手だけ軽くこぶしを作り、ぶらりと下げた。

 「警告します。私に指一本触れないでください。触れた場合は、痴漢の現行犯として制圧します」

 「まあまあ、そう硬いこと言うなよ。カラオケボックスでいいことしようぜ!」


 警告をせせら笑い、二人がかりでカタリストの華奢な肩を掴んだ――その刹那。

 カタリストが二人の視界から消え、空気が爆ぜたような鋭い打撃音が二つ、重なった。

 沈ませた体から発せられた拳が最短距離を通り、二人の鳩尾へ正確に突き刺さる。


 「ガ、ハッ……!?」

 いかつい男二人は、叫び声すら上げられずに地面に崩れ落ちた。内臓を揺さぶる衝撃に、ただ身をよじって悶絶するしかない。残された優男は、あまりに鮮やかな「暴力」の顕現に、声も出せず腰を抜かしていた。


 「警告はしましたよ……このまま警察に引き渡してもいいのですが、午後からの講義に遅れるのは時間の無駄ですね。さようなら」


 ゴミを見るような一瞥を与えた後、カタリストは弁当と専門書をカバンに入れ、その場を去った。


 ――その日の夜。都内、とあるマンションの一室。

 遮光カーテンが閉め切られた室内は、複数のモニターが放つ冷たい光に照らされていた。そこには、先ほどキャンパスで醜態をさらした三人の男たちが、一人の青年の背中に向かって深く頭を下げていた。


 「部長……申し訳ありませんでした」


 「勧誘に失敗したのですか? まったく、貴方たちは。身体だけは立派なのに、脳には栄養が行かなかったみたいですね」


 部長と呼ばれた男は、背後の三人に目もくれず、一心不乱にキーボードを叩き続けていた。眼鏡の奥の瞳には、高速で流れる文字列が反射している。その指運びには、素人とは一線を画す「技術(スキル)」の断片が宿っていた。


 「ターゲット――佐藤彩香さんの個人情報を入手するのには、かなりのコストがかかっているんですよ。失敗しました、で済む話ではありません」


 男たちの間に、ひりつくような緊張が走る。

 この「部長」という男にとって、人間は駒であり、情報は資産だ。失敗は不具合(バグ)と同義なのだろう。


 「……仕方ありませんね。私が直接、彼女を『呼び出す』ことにしますか」


 男の口元に、歪な笑みが浮かぶ。

 室内には、再び乾いたキータッチの音だけが静かに、そして執拗に響き始めた。


 ――深夜、部長のマンション。彼はモニターの前で、勝利を確信した笑みを浮かべていた。


 「……ビンゴ。佐藤彩香の自宅Wi-Fi、セキュリティは標準設定のままでしたか。まあ、しょうがありませんね」


 彼は手際よくパケットを傍受し、パスワードをクラック。ターゲットの家庭内ネットワークへの侵入を完了させた。彼が見ている画面には、彩香の母親との団らんや、彼女のプライベートな通信記録が流れ込む「はず」のコンソールが開かれている。


 だが、その刹那。

 数キロ離れた白亜のデータセンターで、指令室の警告灯が鮮やかな赤に染まった。


 『玲子ちゃん! 彩香ちゃんの実家ネットワークに、侵入者(ネズミ)がかかったよ!』

 「状況を報告して、マリー」


 玲子は寝室から指令室へ移動しながら、冷静にコンソールを操作する。画面には、侵入者のIPアドレスと、彼が踏み台にしているプロキシの経路がリアルタイムで描画されていた。


 『相手は彩香ちゃんの過去ログから、お母さんと住んでるアパートを特定、家庭用Wi-Fi経由で侵入したみたい……でも、そこ、私たちが用意した「トラップ」なのに。バカだねー!』


 彩香がブラックウェルに所属した瞬間から、彼女の「実家」のPCに、マリーとメリーが構築した、耐侵入防御用の仮想環境(サンドボックス)が置かれていたのだ。


 玲子の口元に、どこか愉悦を孕んだ弧が描かれる。

 「メリー、侵入先のセッションを『シャドウエージェント』にリダイレクトして。彼には、彩香の情報をせっせと盗み出しているという『夢』を見せてあげなさい」

 『了解いたしました、玲子様……リダイレクト完了。これより、侵入者を「シャドウエージェント」へ招待します』


 玲子はしばらくの間、素早くキーボードを叩いた後、その手を止めた。

 「……ここね。侵入元のプロキシから逆送(トレース)したわ」


 玲子は流れるようなキー操作と共に、侵入者の真の所在を暴き出した。モニターには、部長のマンションの住所、本名、閲覧履歴、そして「クラックス」という名の裏サークルの活動実態が、滝のようなログとなって流れ落ちる。


 だが、その全貌を見た玲子の瞳から、スリルを楽しもうとする色は一瞬で消え去った。


 「……『クラックス』。彩香の大学の裏サークルね。バックドアの組み方も、パケットの送り方も、なんの捻りもないわね。ふーん、ただの学生の集まりか……期待して損した。やる気失せた」


 玲子はコックピットチェアの背もたれに深く体を預け、退屈そうにため息をついた。

  世界最高水準のセキュリティを弄ぶ彼女にとって、学生の「ハッキングごっこ」に付き合ってあげるほど、安い時間を持った覚えはない。


 「メリー、マリー。遊びは終わりよ。彼の接続セッションをそのままホールド……それから、彼のパケットの送信先を、警察のサイバー犯罪対策課のメインシステムにリダイレクト(変更)してあげて」


 『了解、玲子ちゃん! 処刑室へのパスポートをプレゼントだね!』

 『承知いたしました……ただいま変更完了。彼は今、警察のサーバーに対して「攻撃と侵入」をリアルタイムで行っている実行犯として記録されました』


 ――マンションの自室で、部長はまだ何も知らずに悦に浸っている。

 自分が「女子大生の自宅Wi-Fi」を覗いているつもりが、実際は「警察の心臓部」をフルスピードでハッキングしているという、取り返しのつかない悪夢の渦中にいることも知らずに。


 「さようなら、名もなき部長さん……続きは取り調べ室で、じっくり『ハッキング』のノウハウを語るといいわ」


 玲子はモニターをオフにすると、再びハーブの香る寝室へと戻っていった。

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