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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第五十三話 災難なキャンパスライフ

 ――三月の、柔らかな春の陽光がデータセンターを照らす昼。

 ダイニングのテーブルには、これでもかと言わんばかりに厚切りの「とんかつ」が山盛りに並んでいた。


 クロサワは、かつてないほど厳粛な面持ちで両手を組み、微動だにせず時計を睨んでいる。

 「……そろそろ、発表の時刻ですな」

 「……ああ。クソッ、なんで俺がこんなにソワソワしなきゃいけねえんだ。潜入ミッションの時より心臓に悪いぜ」

 イカロスは貧乏ゆすりを隠そうともせず、椅子の背もたれを落ち着きなく揺らしていた。


 「……みんな、そんなに心配しなくて大丈夫よ」

 玲子は極めて冷静な声を出し、紅茶を口に運んだ。

 「メリーとマリーの解析によれば、合格の可能性は九十七パーセントを超えているわ。システム的に見れば、これは確定事項と同じよ」

 そう言いながらも、大学の合格発表サイトを見つめるその瞳には、隠しきれない緊張が滲んでいる。


 そんなメンバー達とは裏腹に、マリーとメリーだけは沈黙を守り、ただ微笑んでいるようにみえた。


 「では……行きます……」

 カタリストはごくりと唾を飲み込むと、震える指先で更新ボタンをクリックした。

 ――一瞬の読み込み(ローディング)の後。

 画面が切り替わった瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。


 「……やった! 合格です、お姉さま!」


 「「「「「おめでとう!!」」」」」

 三人の声と、二体の祝福が重なり、ダイニングの空気が爆発した。


 「ありがとうございます……学んで得た知識は、必ずブラックウェルの……お姉さまの力として還元しますから」

 真剣な表情で頭を下げるカタリストに、玲子は柔らかく、誇らしげな拍手を贈った。


 「……さて。お祝いパーティーを始めましょう。冷めないうちに、その『勝利のとんかつ』を食べてしまわないとね」


 こうしてBlack Wellに、現役女子大生という唯一無二の肩書きを持つメンバーが誕生した。

 

 『ふふん、やっとみんなでお祝いできるね! 実は発表の1時間前には学内データベースの結果をこっそり覗いちゃってたんだけど!』

 『……本当はすぐに伝えたかったんですけれど、マリーが「人間はこういう儀式でドキドキするのが好きだから、黙っていよう」って止めるものですから』


 「……あなたたち、相変わらず加減を知らないわね」

 玲子が呆れたように溜息をつくと、緊張から解放されたイカロスが「おいおい!」と声を上げた。


 「なんだよ、俺のあの心臓に悪い1時間を返せ! もっと早く安心させてくれよ!」

 『えー、だってスライムみたいにプルプル揺れてて面白かったんだもん!』


 そんな賑やかなやり取りを聞きながら、カタリストは幸せそうに笑う。

 たとえデータが先に分かっていたとしても、こうして「おめでとう」と言ってもらえる瞬間のために、みんながソワソワしてくれた。その事実が、彼女には何よりの合格通知だった。


 ――春の陽気が降り注ぐキャンパスの片隅。

 カタリストは一人、ベンチに腰を下ろし、玲子が持たせてくれた彩り豊かな弁当を丁寧に口に運んでいた。傍らには、付箋が幾重にも貼られた心理学の専門書。


 (……なるほど。『感情の回復には、相手への無条件の肯定的関心が不可欠』。お姉様が無機質であろうとするなら、私はそれを丸ごと受け入れる大きな器にならなければいけないのですね。戻ったら、さっそく実践してみましょう)


 お姉様の感情を取り戻すための「知識のネットワーク」を脳内に構築し終え、満足げに弁当箱を閉じたその時。

 視界が遮られ、地面に長い影が落ちた。


 「……何か御用でしょうか?」


 見上げると、そこには安物の香水の香りを漂わせた若い男が立っていた。優しげな雰囲気を必死に「演出」しているが、その瞳の奥には値踏みするような下卑た光が見え隠れしている。


 「いやあ、こんな可愛い子が一人で寂しくランチなんて、もったいないと思ってね。どうだい、明日から僕と一緒にご飯を食べない? そんな弁当より、もっと美味しいものを奢ってあげるからさ」


 「そんな弁当」という言葉がカタリストの耳に届いた瞬間。

 脳内で、心理学の「肯定的関心」というページが音を立てて破り捨てられた。

 この弁当が、どれほど厳選された食材を使って、どれほど精密なプロセスを経て調理されたか。何より、玲子が自分のために朝早く起きて用意してくれたという事実。それを否定されることは、カタリストの逆鱗に触れることと同義だった。


 「……あなたと一緒にご飯を食べるなんて、死んでも嫌です」


 努めて冷静に、けれど氷点下の棘を込めてカタリストは言い放った。


 「これは私にとって、この世界で一番価値があって、一番美味しいお弁当なんです。それを理解できない知性の持ち主は、私の視界を遮らないでいただけますか。そこをどいてください」


 男の顔が、羞恥と怒りでプルプルと震えるのが見えた。


 その時、どこからともなく現れた、いかつい体躯の男二人が優男(やさおとこ)を乱暴に手で払いのけた。彼らは「助けてやったぞ」と言わんばかりの卑しい笑みを浮かべ、カタリストの前に立ちはだかる。


 「……お嬢ちゃん、しつこい男は嫌いだろう? へへ、俺たちが追い払ってやったからもう安心だよ……その代わり、俺たちと少し遊んでいかないか?」


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