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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第五十話 両親からの依頼

 ――試食会の後、四人がコーヒーを飲みながら談笑していると、テーブルに置いてあるタブレットから新着依頼の通知音が響いた。


 クロサワがタブレットを玲子の前に差し出す。

 「お嬢様、旦那様と奥様から連名で指名依頼が来てますぞ」


 「へえ、珍しいわね。滅多につるむ事なんてないのに」

 玲子は訝しがりながらも、タブレットを受け取った。


 【依頼⑤:白坂本邸での晩餐会の開催】

 報酬:30万円 + 指名料 100万円

 依頼内容:アイスエンジェル自らがカレーを調理し、本邸の晩餐会で提供すること。

 特記事項:アイスエンジェルが指名されました。


 「……ねえ、こんな依頼もありなの?」

 Black Wellの運営方針から大きく外れた依頼に対し、玲子はただ、不思議そうに首を傾げた。


 「まあいいか……クロサワ。受諾した旨を伝えておいて」


 ――白坂本邸。

 レストランのような広い厨房でエプロンを締め、温室から持ち込んだ究極のスパイスを手際よく調合する玲子の背後で、扉が開く、木の乾いた音がした。


 「――あら。いい香りね。来て正解だったわ」


 鈴を転がすような心地よい声。

 振り返った玲子の視界に、すらりとした姿勢で佇む一人の女性の姿が映った。


 ――白坂家の長女、玲香。


 先鋭的バレエ団『レペルトワール』のトッププリマであり、母・雅の「演技指導」をすべて吸収し、舞台の上で観客の心を自在に虜にする、演技の天才。


 「お姉様……」

 「久しぶり、玲子。お父様とお母様が、玲子の作ったカレーを食べさせてくれるって言うから、帰ってきた。いつ料理なんて覚えたのかしら?」


 玲香は音もなく厨房に足を踏み入れると、その細い指先で玲子の頬をなぞった。その瞳には、妹を慈しむような、だけど砂漠のような乾いた光で満ちていた。


 「……ちゃんと肌を綺麗に保っているようね。ところで、お母様には相変わらずしごかれているの? あまり酷いようだったら私に言いなさい? あの人、私の言うことだけは聞くから」


 玲香が浮かべたのは、雅のそれよりもさらに「計算し尽くされた」完璧な微笑だった。彼女にとって、この世のすべては舞台装置であり、妹である玲子さえも、自分の美しさを引き立てるための「愛おしい小道具」に過ぎない。


 「……ありがとう、お姉様。でも、今は大丈夫かな」

 玲子は最低限の礼だけ言うと、淡々と鍋をかき混ぜる。


 「そう……ならいいわ。晩餐会の後で、積もる話でもしましょうか」

 玲香はニッコリと微笑み、手を振りながら厨房を後にした。


 ――厨房で「神のカレー」を仕上げた玲子は、使用人に配膳を任せ、エプロンを脱ぎ捨てた。イブニングドレスに着替え、一瞬だけ鏡の前で「白坂家の次女」としての仮面を確認してから、ダイニングへと向かう。


 そこには既に、正人、雅、玲香の三人が揃っていた。

 シャンデリアの光の下、絵画のように完璧な構図で座り、楽しげに歓談している。だがその笑顔のどれもが、計算し尽くされた角度で保たれていた。


 「忙しいところ、済まないね。玲子」

 正人が、慈父のような穏やかな笑みを浮かべて席へと促す。玲子がその場に相応しい優雅な仕草で、使用人が引いた椅子に着席したのを見計らい、彼は本題を切り出した。

 「お前のカレーを食べた部下たちから、実に興味深い報告が上がっていてね。一度、私の舌でその価値を直接確かめてみたかったんだよ」


 雅が、芝居がかった溜息をついて玲子に微笑む。

 「材料が足りないのが本当に残念だわ。本当なら、百人規模の晩餐会を開いてお披露目したかったのだけれど」


 玲子は母の言葉を、静かに、けれど現実的な数字で遮った。

 「百人規模の晩餐会なんて、きっと無理よ。だって、数人分の材料を用意するだけで百万円以上のコストがかかっているんですもの」


 だが、正人はその巨額のコストを、さも瑣末なことのように優しく拒絶した。

 「問題ないさ。本当に価値のあるものなら、いくらでも金を出す連中はごまんといる」


 雅が当然の(ことわり)のように相槌を打つ。

 「それにね、玲子。私たち白坂家との接点を持つということは、いくらお金を積んでも得られない絶対的なステータスなのよ。その『チケット』がカレー一杯なら、安いものだわ」


 玲香だけが、その「百万円」という数字に興味を示した。

 「百万円のカレーね……」

 目を燦然(さんぜん)と輝かせて玲子の瞳に合わせる。

 「面白いことをしているじゃない、玲子。がぜん興味が湧いてきたわ。あなたが何を煮込んで、その価値を創造(プロデュース)したのか」


 家族の温もりなどどこにもない。そこにあるのは、提供される「商品」への期待と、それを利用してさらに巨大な富と権力を生み出そうとする、支配者たちの品評会だった。


 ――黄金色に輝くサフランライスが、重厚な銀皿の上で静かに主役を待っていた。

 魔法のランプを思わせるグレイビーボートから注がれるのは、スパイスの「暴風」とも呼べる芳香。それは瞬時にダイニングの空気を支配し、そこに集う者たちの理性を侵食していく。


 「それでは、頂くとしようか。感謝を」

 「「「感謝を」」」

 正人の合図と共に、四人のスプーンが動く。

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