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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第五話 玲子のカレーライス

 カレーを作り終えた玲子は、ダイニングに掛けられている時計を見上げた。

 「ちょうどお昼の時間ね」

 エプロンをたたみながら、クロサワの方に向き直る。


 「クロサワ。作業してくれたエンジニアの方たちを呼んできて。システムの設置に関わってくれたお礼に、私の『副産物』を振る舞いたいわ」


 クロサワは深々と一礼し、影が滑るような足取りでキッチンの外へ消えていった。


 キッチンの隣に広がるダイニングもまた、持て余すほどに広大だった。 長く伸びた無垢材のテーブルが一つに、椅子が二十脚。華美な装飾は排されているが、磨き抜かれた床が天井の灯りを上品に反射している。


 部屋の奥では、二体の可愛らしいフランス人形が、ガラスの瞳で静かにこの空間を見守っていた。


 やがて、クロサワが当惑と緊張を隠せない大勢の男たちを連れて戻る。 その瞬間、玲子は仮面を付け替えるように、一瞬で表情を切り替えた。指令室で見せたあの冷たい鋭さは霧散し、春の陽だまりのような柔らかな微笑みがその唇に宿る。

 「皆さん、本当にお疲れさまでした」


 玲子が恭しく鍋の蓋に手をかける。 持ち上げられた蓋の隙間から、黄金色の蒸気とカレーの香りが爆発するように溢れ出した。

 「ささやかですが、心を込めて用意しました。どうぞ、遠慮なく召し上がってください」


 その慈愛に満ちた声に、男たちは吸い寄せられるようにテーブルへと歩み寄る。


 エンジニアたちは、戸惑いに立ち尽くしていた。 白坂本家の令嬢が自ら振る舞うという異例の事態に、どう反応すべきか測りかねていたのだ。だが、暴力的なまでに食欲をそそるスパイスの芳香が、彼らの理性を塗り替えていく。


 一人が恐る恐るスプーンを運び、一口、その黄金色の液体を口に含んだ。

 「……うまい」

 「なんだこれ、ありえないだろ……」

 「おかわり! もう一杯くれ!」


 一度火がついた熱狂は止まらなかった。絶賛の声が重なり、ダイニングには飢えた獣のような行列ができる。クロサワとイカロスも、プロとしての規律を保ちつつ、無言のまま最後尾に並んでその「副産物」を待った。


 一滴のソースも残さず、あれほどあった大鍋は瞬く間に空になった。

 玲子は空っぽの鍋底を見つめ、困ったように、ほんの少しだけ眉を下げた。

 「……私も少し、食べたかったのに」


 その呟きは、極北の氷山が崩れるような冷ややかさで室内に響いた。 刹那、和やかだった空気が、絶対零度まで氷結する。


 エンジニアたちの顔から血の気が失せた。彼らは今、自分たちが「主の昼食(カレーライス)」を食い尽くした不敬に気づき、震え上がる。クロサワでさえ、その端正な顔をわずかに歪ませ、動揺を隠せなかった。

 「お嬢様……私としたことが、配慮を欠きました……」


 気まずい沈黙。 だが、玲子はぱっと花が咲くような笑みを浮かべた。 鈴の音を転がしたような、どこまでも無垢で透明な声がダイニングを包む。

 「……なーんて、気にしないでください。冗談ですよ」

 悄然としているエンジニアたちを見渡した後、両手を組んだ。

 「私にとっては何より、皆さんに喜んで食べてもらえることの方が、ずっと幸せなんですもの」


 その瞬間、クロサワとイカロスは確信した。 畏怖と慈愛を同時に与え、人心を瞬時に掌握する彼女に一生逆らうことなどできないのだと。


 ――それから、数日後。

 一人のエンジニアが、カモフラージュのために設立されてまもない新会社への転職を決意した。 報酬や昇進への野心などではない。履歴書に記された、あまりに真実味を帯びた志望動機。

 「あの場所で、また、あのカレーを食べたい」


 面接官の席に座る玲子は、それを聞いて愉快そうに、けれどどこかいたずらっぽく微笑んだ。

 「カレーは、たまにしか作らないわよ?」

 それでも、採用は即決だった。 完璧な論理(システム)と、抗えない誘惑(カレー)。彼の人生が飲み込まれた瞬間だった。


 喧騒が去り、広大なダイニングには静寂が戻っていた。 クロサワとイカロスは並んで立ち、流し台で皿を洗っている。一人は初老の紳士、一人は巨躯の戦士。異色の二人が並んで無言で家事に勤しむ姿は奇妙だったが、その背筋の伸び方と手際の良さは、やはりどこかプロの雰囲気を感じさせた。


 玲子は一人テーブルに残り、自分のために作ったサンドイッチを、小鳥のような仕草で上品に口に運んでいた。 柔らかな紙ナプキンで指先を丁寧に拭き取ると、彼女は思い出したかのように、軽い調子で声をかけた。


 「さて。そのままでいいから話を聞いて」

 その一言に、二人の背中が微かに震える。


 「あなたたちを含めた、組織の労働条件を決めないとね」

 クロサワの洗剤にまみれた手が、ピタリと止まった。イカロスもまた、皿を持ったまま彫像のように硬直する。


 「お父様は最高の待遇を維持すると言ったけれど、私のやり方は少し違うわ」


 玲子は足を組み、視線を二人へ向けたまま言葉を継いだ。

 「私はね、誰にも邪魔されず、のんびりと人形で遊びたいの……だから、あなたたちには馬車馬のように働いてもらうわよ。いいわね?」

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