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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第四十九話 カタリストの相談

 カタリストの「相談」という言葉に、玲子は興味深そうに反応した。


 「何? 話してみて」

 「頂いた五百万円を元手に、データセンターの片隅でもいいので、ビニールハウスを作ってもいいでしょうか。排熱でいつも暖かいし……ハーブとか野菜を育てたら、お姉さまの料理にすぐに使えるかなって」


 カタリストの願いを玲子は即答せずに、考え込んだ。

 「いっそデータセンターの地下に、専用の温室を作りましょうか。クロサワ、空いている部屋があったわよね?」


 「はい。倉庫予定のまま眠っている区画が一つ。環境管理システムを繋げば、完璧な人工農園に改造可能ですな」

 「よし、決定。カタリスト、やるなら本格的にいきましょう……上手くいけば事業化できるかもしれないし」


 クロサワが相槌を打った。

 「よろしいかと……そういえば、表の会社から新規に開発した農作業ロボットが完成したという報告を受けてましたな。全自動AI制御ができますぞ」


 その言葉にメリーとマリー人形が反応した。

 『玲子ちゃん、マリーも手伝うよ! 24時間1ミリ秒単位で監視してすっごい美味しい野菜を作ってあげる』

 『玲子様、私も興味あります。小さな区画で良いので任せてもらえませんでしょうか』

 その声に玲子も嬉しそうに微笑んだ。

 「あら、みんなやる気ね。よし、早速、工事に取り掛かろうか」


 一ヶ月後。サーバーの駆動音が微かに響くデータセンターの地下に、異質な空間が完成していた。

 玲子を筆頭に、Black Wellの面々が気密扉を開いて中に入った。


 「……随分と、本格的なものを作ったのね」

 玲子は思わず感嘆の溜息を漏らした。かつて殺風景な倉庫になる予定だった百平米の空間は、今や苗が植えられた最新の栽培棚が整然と並ぶ、命の輝きに満ちた農園へと変貌を遂げている。


 「こちらが温室の仕様(スペック)になります」

 クロサワが恭しく差し出したタブレットを、玲子は指先で弾いた。

 「常夏、温帯、変温、乾燥ゾーンと……あら、『マリー・メリー専用ゾーン』なんて項目があるわ。これは何かしら?」


 天井のスピーカーから、メリーとマリーが弾んだ声を響かせる。

 『そちらは私たちの直轄地になります。期待していてくださいね』

 『玲子ちゃん、期待しててね。栄養素を極限まで高めた、最強のお野菜を作るから!』


 「楽しみにしてるわ……それにしても、光ファイバーとLEDのハイブリッドに、ヒートポンプによる完全熱管理。自然光とデータセンターの廃熱を再利用しているのね。随分と効率的だわ」


 「はい。メリー嬢、マリー嬢と共に、事業化しても十分な利益が出るプランを策定済みです」

 クロサワの言葉に、玲子は不敵な笑みを浮かべた。

 「ふふ……お母様経由でサロンメンバーに作物を売りつけるのもありね」


 玲子の背後で、イカロスが栽培リストを覗き込んで声を上げた。

 「カレーリーフにターメリック、サフランにカルダモン……おいおい、見事にカレー用のばかりじゃねえか。お嬢の作るカレーの『格』が、また一段と上がっちまうな」


 「師匠、見てください! イチゴとメロンもありますよ。そっちの栽培は私に任せてくださいね、お姉さま!」

 カタリストが目を輝かせて玲子の腕にすがりつく。


 非合法の依頼をこなした報酬が、地下で芽吹くスパイスと果実へと姿を変える。

 玲子たちの目指す「至高のスローライフ」の土台が、いま着実に固まりつつあった。


 ――温室完成から一ヶ月が経った、とある日のダイニング。

 玲子は、テーブルに鎮座する二体のフランス人形に、請求書を片手に問いかけていた。

「ねえ、あなたたち。先月の電気代が百万円も跳ね上がっているのだけれど。一体、何をそんなに演算して(遊んで)いたの?」


 マリーが人形の首をかしげて元気よく答える。

 『作物(あの子)たちのために、秒間千回のリアルタイム・フィードバック制御をかけてただけだよ! 量子演算に比べれば、全然リソース使ってないもん。ね?』

 メリーの申し訳なさそうな声がダイニングに響いた。

 『……私は、ただ……最高の実りを勝ち取るために、数億通りの世界線をシミュレートしていただけです……玲子様、駄目だったのでしょうか?』


 玲子はふっと毒気を抜かれたように息を吐いた。

 「……駄目ではないわ。やるからには、徹底的にやりなさい。中途半端なものは、Black Wellには不要よ」

 その言葉に、人形たちのガラスの瞳が、歓喜で一瞬輝いたように見えた。


 ――そして二ヶ月後。データセンター地下、ダイニングルーム。


 温室から、瑞々しく輝く「成果物」が次々と収穫された。玲子は集まった三人に、誇らしげに宣言した。


 「メリーとマリーが、演算の限りを尽くして育てた野菜たちよ。スパイスもハーブも、すべてが最高品質。今日はこれを使って、試食会をしましょう」

 「お姉さま、デザートにはこのメロンを。私が付きっきりでお世話していた子です」

 カタリストが、宝石のような光沢を放つメロンを恭しくテーブルへ置いた。


 ――二時間後。

 「「「「いただきます」」」」


 「どれ、まずは一口をゆっくりと味わって……」

 そう言うと、クロサワが最初の一匙を口に運んだ。


 「……ッ!?」

 刹那、クロサワの目が驚愕でカッと見開かれた。言葉を失い、ただ無心で、取り憑かれたようにスプーンを動かし続ける。最後、皿にカツンとスプーンが当たる乾いた音だけが、彼の沈黙の賛辞として響いた。


 イカロスが、哲学的な領域に足を踏み入れたような顔で呻く。

 「おいおい……なんだよこれ、本当に人間が食うもんなのか? 俺たち、知らねえ間に神界にでも迷いこんじまったのか?」

 だが、その手だけは一度も止まることなく、皿を空に近づけていく。


 「お姉さま……貴女様は、やはり現人神であらせられたのですね……」

 カタリストは恍惚とした表情で玲子を見つめていたが、その口元へ絶え間なく至高の味を運び続けている。


 玲子自身も、淡々とスプーンを運びながら、その喉を通る神話的なまでの「旨味の最適解」を噛み締めていた。

 「……ええ。すごく美味しいわ。メリー、マリー、ありがとう」


 人形たちの果てなき探求心が、たった一杯のカレーの中に「奇跡」を顕現させた瞬間だった。

 「「どういたしまして!」」

 玲子の感謝に二体のフランス人形の重なる声が、満足感に包まれたダイニングに響く。


 ――食後。

 クロサワ、イカロス、カタリストの三人は、空になった皿とソースポットを交互に、まるで壊れた魔法の絨毯と魔法のランプでも見つめるような、恨めしげな視線で射抜いていた。


 玲子は上品にナプキンで口を拭うと、申し訳なさそうに頭を下げる。

 「……みんな、ごめんなさいね。あくまで試食会のつもりだったから、人数分しか作らなかったのが悔やまれるわ」


 その言葉に、三人は弾かれたように顔を上げた。

 「め、滅相もございません! お嬢様、どうかお顔をお上げください! 我々はただ、余韻に浸っていただけでございます!」

 「そ、そうだぜお嬢。俺は……この皿の絵柄が、やけに可愛いなと思って眺めていただけだ!」

 「お姉さま! 私は決して、もっと食べたいなんて卑しい気持ちで見ていたわけでは……ああっ!」


 三者三様の必死な言い訳に、玲子は思わず噴き出した。

 「ふふっ、分かったわ。次は期待していてね。さあ、次はメロンにしましょう。カタリストが手塩にかけて育ててくれたんですもの」


 『玲子ちゃん、このメロン凄いよ! 糖度が20をオーバーしてる!』

 『間違いなく、市場に出れば最優秀品質(トップグレード)として君臨できますね』

 マリーとメリーが計算結果を誇らしげに報告する。


 「想像以上に優秀ね……お母様に営業をかけてみようかしら?」

 だが、その必要はなくなった。正人と雅から共同で依頼が来たからだ。

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