第四十五話 美貌審議会
気を取り直した玲子はクロサワに確認する。
「ねえ、クロサワ。この依頼の詳細を見せて」
「はい。教団名は『美貌審議会』……教祖はアフロディーテと名乗る女性で、雅様を『聖母』として偶像化し、女性ばかりの信者を集めていたようです」
「……アフロディーテ。長いからアフロでいいわ。それで?」
「そのアフロ様ですが、元は雅様のサロンメンバーでした。雅様に心酔して教団を設立したまでは良かったのですが、雅様の名を借りて信者から集めた金を、すべて自身の贅沢に注ぎ込んでいたことが発覚しました」
玲子は心底呆れたように吐き捨てた。
「お母様の名前を使って私腹を肥やすなんて……それはお怒りになるわよ。マリー、メリー。教団の基幹システムをハッキングして内情を探って」
しかし、マリーとメリー人形からは、困惑したような返事が返ってきた。
「……玲子ちゃん、無理だよぉ。システム自体が存在しないんだもの」
「玲子様、運営はすべて『紙』の台帳と『手作業』で行われているようです」
玲子は一瞬、思考回路がフリーズしたように固まった。
「……え、まさかのアナログ? 今の時代に、オフライン運用なの?」
イカロスが腕を組んで唸る。
「物理的にやるしかねえのか。だからといって、さすがに女性の集まりに殴り込むわけにもいかねえしな」
その時、それまで静かに話を聞いていたカタリストが、弾かれたように身を乗り出した。その瞳はやる気が燃え盛っている。
「玲子様、私を行かせてください! まさに私向けの依頼じゃないですか」
玲子はカタリストを見つめ、不敵に口角を上げた。
「確かにそうね。システム側のアプローチが出来ないとなると、心理面から攻めないと駄目ね。一緒に行こうか」
――潜入前日。
玲子はマンションの自室で、スマホを片手に持ち、画面とにらめっこしていた。
「あの人、事後報告だと後がうるさいのよね……」
数瞬のためらいの後、玲子は雅に電話をかける。数コールの後、雅の艶めかしい声が聞こえた。
『あら、玲子?』
「お母様に報告。明日の10時に、『お母さまの真似』をしている方の所へ行くわ」
『……そう。ふふ、なんだか、面白くなりそうね。結果は後で確認させてもらうわね』
短いやりとりの後、電話を切ると大きなため息をついた。
――潜入日当日の朝、玲子のマンション。
鏡の前に、玲子とカタリストが並んでいた。
普段の令嬢の気配を消すため、玲子はあえて野暮ったいベージュのワンピースを選び、肌のトーンを落とす地味な化粧を施した。カタリストもそれに倣って玲子に合わせる。
「カタリスト、いえ……ここでは彩香と呼ぶわ。いい? 教団に潜入する間、私たちは『白岡姉妹』よ。私が姉の玲子、あなたが妹の彩香。設定を間違えないで」
その言葉を聞いた瞬間、カタリストの瞳が朝の光を放ったかのように輝いた。
「……お姉さま。ああ、なんて甘美で……すてきな響き。潜入が終わっても、ずっとお姉さまとお呼びしますね!」
カタリストは歓喜に震えながら、玲子の細い腕に力いっぱい抱きついた。
「ちょっと、感激しすぎよ……」
玲子は少しだけ眉を寄せたが、腕に伝わるカタリストの体温と純粋な熱意に、わずかに頬を緩めた。まんざらでもない様子で、その手を握り返す。
「……もう、しょうがないわね。行くわよ、彩香」
「はい、お姉さま!」
――都内の庭のある、古めかしい一軒家。
玄関には『美貌審議会本部』という看板が立てられていた。
玲子は重厚な玄関の引き戸を前に一度立ち止まり、隣の「妹」に視線で合図を送った。
「彩香、手筈通りに。私が質問を投げて注意を引くわ。貴方はその隙に彼女の、読み取った内容を私の耳元で囁いて」
カタリストは玲子に対し、元気に敬礼した。
「はい、お任せください!」
玲子は深く息を吸い込むと、一瞬で「白岡玲子」へと変貌した。肩をすくめ、視線を泳がせ、救いを求める愚かな迷い子の仮面を被る。
指先を震わせながら呼び鈴を鳴らすと、しばらくして、無理矢理作ったような可愛らしい声が返ってきた。
『――どちら様かしら?』
「あ、あの……すみません、入信を希望している者なのですが……」
おどおどとした、消え入りそうな玲子の演技。
『あら。少し待っていてちょうだいね』
ガラガラという古めかしい音を立てて引き戸が開いた。
現れたのは、石膏を塗りたくったような厚化粧の中年女性。その頭上には、メデューサの蛇の髪を思わせる、文字通りのアフロヘアが鎮座していた。
(……本当にアフロだった)
玲子は内心の思考を完璧に遮断し、代わりに羨望で瞳を輝かせた。
「……なんて、なんて美しい方……初めまして、白岡玲子と申します。こちらは妹の彩香。あの、私、少し耳が不自由でして……妹に耳元で囁いて貰わないと聞き取りが難しいのです。気分を悪くされないで下さいね」
女性は自尊心をくすぐられ、頬を歪な形に吊り上げた。
「おかまいなく……それに、美しいと言ってくれて嬉しいわ。私はこの教団でアフロディーテと呼ばれています。初めまして、可愛いお嬢さん」
すかさず、カタリストが玲子の耳元に唇を寄せ、アフロの心の中の真実を囁く。
『――ふん。小娘のくせに、私の美しさを一目で見抜くとは殊勝なことね。気が弱そうだし、良い金蔓になりそうだわ』
玲子は深く頷き、縋るように両手を組んで「美の女神」を見上げた。
「私……感動しました。私もいつか、アフロディーテ様のようになりたいわ。どうか、導いてください!」
「ええ、もちろんよ。さあ、上がって。あなたたちの本当の美しさを、私が引き出してあげるわ」




