第四十三話 ランク制度導入
夕暮れ時。データセンターのダイニングで、解散の挨拶を交わそうとしたその時、玲子が静かに右手を挙げた。
「これから、Black Wellの全構成員に対して『ランク制度』を導入しようと思うの」
クロサワが興味深そうに眉を動かし、相槌を打った。 「ほう、ランク制度ですか。それはまた、組織の血の巡りを良くしそうな試みですな」
「いいんじゃねえか。誰が一番強いか、数字で分かった方が連中の気合も入る」
イカロスも、戦士らしい視点から同意を示す。
その傍らで、カタリストが控えめに、どこか不安げに呟いた。
「……私はまだ新入りですし、実戦経験もありませんから。きっと、一番下のランクからのスタートになりますね」
その言葉に、カタリストを除く全員が『それはない』という無言の視線を向けたが、あえて誰もそれを口には出さなかった。玲子はコンソールを操作しながら、制度の意図を説明する。
「実力を競わせるのが目的じゃないわ。実力不相応な依頼に手を出させて、無駄にメンバーを危険に晒したくないの。依頼の不達成に加えて、私の資産に損害が出たら、組織としては大赤字でしょう?」
イカロスは納得したように頷いた。
「なるほど、安全装置としての格付けか」
玲子は人形達に視線を向ける。
「判定は、客観性を保つためにマリーとメリーに任せるわ。どうかしら?」
『いいよー! 過去の経歴から身体能力まで全部調べるね!』
『お任せください、玲子様。忖度なしの、公平かつ残酷な分析を行いましょう』
「なら、決まりね。ランクはDからSまでの5段階」
玲子が空中にホログラムのリストを投射した。
「Dは新人。Cは一定の経験者。Bは安定して依頼を完遂できる精鋭。Aは、その中でも組織の柱となる最高クラスのスペシャリスト……そしてSは、『代えの利かない特殊技能』や『常人には不可能な実績』を持つ者に与える、名誉ランクよ」
玲子の瞳が、いたずらっぽく光る。
「さっそく、ここにいる実行メンバーの二人をテストケースとして判定してみましょうか。マリー、メリー。お願い」
沈黙は一秒もなかった。メリーが即座に、鈴を転がすような声で告げる。
『判定完了――カタリスト様は、最高位「S」ランクです』
『マリーもメリーに同意! ぶっちぎりのSランクだよ!』
「えっ……!?」
当の本人は、椅子から転げ落ちんばかりに驚愕した。
「ど、どうして!? 私、まだ何もしてないのに……!」
玲子は、評価の詳細をタブレットで確認した後、狼狽えるカタリストに向けて、優しく、けれど断定的な微笑みを投げかけた。
「おめでとう、カタリスト。あなたこそがBlack Wellの最初のSランクよ……『人の心を読む目』と、それを『戦闘に転用する才能』。マリーたちの計算によれば、それは他の誰にも真似できない、唯一無二の特殊技能だそうよ。不服かしら?」
「そんな……私、玲子様のお役に立てるなら何ランクでも構いませんが……Sなんて、責任重大です……」
震えるカタリストの横で、イカロスが「へっ、俺たちの目も狂ってなかったってことだな」と愉快そうに笑った。
こうして、Black Wellという闇の組織に、明確な「階級」が生まれた。
それは恐怖による支配ではなく、玲子が個々の才能を正当に評価し、守るための聖域の証でもあった。
玲子は満足げに頷くと、視線を隣の巨漢へと移した。
「さて、次はイカロスの評価をお願い。彼は私たちの『盾』そのものだわ」
メリーの返答は、やはり機械的なまでの速さだった。
『はい。判定は「Sランク」です。それ以外にあり得ません』
『マリーも、メリーに100%同意! 文句なしのSだよ!』
二体のAI人形の言葉に、ダイニングの空気が引き締まる。玲子がその「根拠」を問うと、メリーは理知的な声で実績を列挙し始めた。
『第一に、パンドラ・グローバルの極秘実験施設における被験者の解放。第二に、特殊詐欺拠点「Z」からの綾乃様の救出。これら全てのミッションにおいて、部隊を完璧に指揮し、味方に一切の損失を出さず、かつ速やかに完遂しました。これは単なる「優秀な兵士」の枠を超えた、戦略的重要人物としての業績と判断されます』
「……そう言われると納得はするが、面と向かって褒められると、少し照れるな」
イカロスは大きな手で短く刈り込んだ頭をガシガシとかき、視線を泳がせた。彫りの深い顔が微かに赤らんでいる。戦場では弾丸の雨の中でも眉一つ動かさない男が、AIによる客観的な「称賛」には弱いらしい。
「ふふ、照れることなんてないわよ。あなたの腕が鈍れば、Black Wellの安全性は一気に崩れるんだから。誇りに思ってちょうだい、Sランク様?」
玲子のからかうような微笑みに、イカロスは「……応よ。そのランクに恥じねえ働きは見せてやる」と、不器用ながらも力強く応えた。
カタリストとイカロス。
Black Wellという組織に、二つの「S」が刻まれた。一人は、未来を予見する「目」として。もう一人は、全てを粉砕する「拳」として。




