第四十話 好きに使った結果
二週間の特別休暇が明けた朝――データセンターのダイニング。
玲子は、久しぶりに顔を揃える仲間たちを待っていた。
ゆっくり羽を伸ばしてきたであろう彼らに、どんな土産話を聞こうかと少し楽しみにしていた玲子だった。
だが、自動ドアが開いた瞬間、玲子の幻想は音を立てて崩れ去った……現れた面々を見て、持っていたティーカップを落としそうになった。
「……ちょっと、クロサワ。その方たちは?」
まず入ってきたのは、クロサワだ。その後ろには、いかにも「切れ者」といった風貌の、眼鏡をかけた男性が1名、女性が2名、影のように控えている。
「お嬢様、素晴らしい休暇でした。頂いた五億円を元手に、ウォール街とロンドンで名を馳せた、表には出せない経歴を持つ『裏コンサルタント』たちをスカウトしてまいりました。今後の依頼人とのやり取りや敵対組織の対面調査、心理トラップの設置等々、大いに貢献してくれるでしょう」
クロサワは、まるで高級ブランドの鞄でも買ってきたかのような涼しい顔で、エリートたちの履歴書を差し出した。
「「「よろしくお願いします」」」
三人は一糸乱れぬ動作で、玲子へ深々と一礼する。
「……イカロス、あなたの方は?」
玲子が恐る恐る視線を向けると、イカロスはさらに「物騒な土産」を連れてきていた。彼の背後には、ウルフパックの五人に加え、目に「本物の戦場」を宿した筋金入りの傭兵たちが追加で五人、直立不動で並んでいる。
「ああ。十億あったからな。昔の伝手を辿って、中東と東欧で死に損なっていた腕利きを補充した。装備も最新の電磁パルス兵器まで揃えちまった。これで明日から、小国の一つくらいなら二日で落とせるぜ」
先日の寂寥はどこへやら、ダイニングは一瞬にして、にぎやかな「作戦会議室」へと様変わりしてしまった。
玲子はこめかみを押さえ、深いため息をついた。
「……あなたたち。私、『好きに使いなさい』って言ったわよね? 旅行に行ったり、美味しいものを食べたり、贅沢をしたり……そういう意味だったんだけど」
クロサワとイカロスは、顔を見合わせて不思議そうに首を傾げた。
クロサワが優雅に問いかける。
「お嬢様を世界一の椅子に座らせること以上の贅沢が、この世にあるとお思いで?」
イカロスがニヤリと笑う。
「最強の軍団を指揮する以上の娯楽なんて、俺は知らねえな」
玲子は天を仰ぎ、呆れ果てて笑い出した。
「……もう、本当にバカね。あなたたち――いいわ、歓迎するわ。新しく入った皆さんも、Black Wellへようこそ。特技を活かして存分に活躍してね」
最後に、玲子は一番の「異変」に目を向けた。
「ねえ、彩香。あなた一体この二週間でどうなっちゃったのよ」
引き締まった体躯、隙のない目付き。二週間前の、怯える小動物のような面影はどこにもない。
「玲子様、私はもはや彩香ではありません――カタリストとお呼びください」
「……分かったわ、カタリスト。それで?」
イカロスが一歩前に出た。
「お嬢、俺から説明させてくれ。こいつ思った以上の“天才”だった。あいつらの抽象的な教えを正確に理解して、砂が水を吸収するみたいに近接戦闘技術を全て覚えちまった。組手すれば、未来予知のように先回りして動いてくるし、今じゃ誰にもこいつに、敵わねえ」
こうして、二週間の休暇を経て、Black Wellは玲子の予想を遥かに超える「怪物組織」へと進化を遂げてしまった。
――データセンター、昼下がりの静寂。
ダイニングには、玲子が振る舞った特製カレーのスパイスの香りが微かに残っていた。新加入のメンバーたちが各自の持ち場へ解散した後、残されたコアメンバーの間には、どこか抜けたような、穏やかな時間が流れていた。
カタリストは上機嫌で鼻歌を歌いながら、山のような皿を洗っている。
一方で、テーブルに残ったイカロスとクロサワは、苦虫を噛み潰したような顔で呻いていた。
「……あいつ、じゃんけんまで強すぎんだろ。十回やって一回も勝てねえなんて、統計学的にあり得るのか?」
「……ここぞとばかりに思考をトレースしてきますからな。イカロスの『次はグーで粉砕してやる』という殺気など、彼女にとっては読みやすいフォントで書かれた看板のようなものでしょう」
二人のやり取りを眺めながら、玲子はふと思いついたように声を上げた。
「ねえ。人も増えたことだし、そろそろ食洗機でも買った方がいいのかしら?」
すると、返ってきたのは予期せぬ拒絶だった。
「その必要はありません、玲子様! そんなものに予算を使うなら、もっと重要な……例えば玲子様の身を飾るものに投資しましょう!」
イカロスの顔が、瞬時に赤く染まった。
「……あいつ、お嬢に口答えしやがって!」
玲子はクスクスと、鈴を転がすように笑う。
「いいのよ。そういう自由な意見が出ない組織は、すぐに腐って死んじゃうわ……それよりカタリストって、一体どれぐらいの精度で相手の心が読めるのかしら。少し、試してみたくなったわ」
ちょうど最後の一枚を拭き終えたカタリストが、弾んだ足取りで戻ってきた。その瞳は、玲子から注目されている喜びでキラキラと輝いている。
「ねえ、カタリスト。少しテストをさせて。あなたがどこまで『深く』読み取れるのか、知っておきたいの」




