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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第三十九話 玲子の営業

 ――4S本社会長室。

 重厚な静寂に包まれたその場所で、玲子は正人の傍らへ使い慣れた自分専用のオフィスチェアを引き寄せた。

 そこに浅く腰を掛けると、彼女は執務机の上にタブレットを置き、指先で鮮やかにデータを滑らせる。


 「はい。前回の『おままごと』の報告書」


 誇らしげに提示された画面を一瞥し、正人は愉快そうに目を細めて玲子の頭を撫でた。

 「部下たちから報告は受けている。今回は随分と派手に暴れ回ったそうじゃないか」


 「そうね。クロサワとイカロスが、いつになく張り切っちゃって」

 玲子は無邪気に微笑むが、その背後にあるのは千人規模の組織を瓦解させた戦慄の戦果だ。


 「おかげでこの一週間、裏ルートからの問い合わせで大騒ぎだったぞ。身に覚えのある連中が怯えだしてな。そっち系の防犯コンサル依頼がうなぎ上りだ」


 正人の言葉に、玲子の瞳が「実業家」のそれへと鋭く輝いた。


 「それはよかった……でも、4S本体では捌ききれていないのでしょう?」

 「よく分かっているじゃないか。我々は表の顔が大きくなりすぎた。派手に動くわけにいかんからな。かなりの数の依頼を断っているのが現状だ」


 「あら、勿体ないわね。ビジネスチャンスを捨てるなんて」

 玲子はいたずらっぽく唇を尖らせると、獲物を見つけた猛禽類のような笑みを浮かべた。


 「なら、その溢れた依頼の中で、私向きの依頼があったら……私たちBlack Wellに回してもらえないかしら? ちょうど、おままごとの参加者が増えて、彼らの『遊び場』をどうしようか考えていたところなの」


 「ふむ……お前向きの依頼も結構あるぞ。お前から引き受けてくれるなら、これ以上心強いことはないな」


 「ええ、決まりね。4S()では受けられない『依頼』を吸い上げるためのダークサイトを構築するわ。窓口ができたら、また連絡する」


 交渉成立。

 玲子は椅子から立ち上がると、そっと正人の背中に腕を回して抱きついた。それはどこから見ても父親を慕う愛娘の姿だったが、交わされた会話は闇の契約そのものだった。


 「じゃあね、お父様。また連絡するわ」

 玲子は軽やかな足取りで手を振り、会長室を去っていった。

 その背中を見送る正人の口元には、自分によく似た「後継者」の成長を喜ぶ、深い満足感の笑みが浮かんでいた。


 ――データセンター地下、ダイニング。いつもはクロサワの淹れる紅茶の香りと、イカロスの無骨な存在感、そして彩香の弾んだ声に満ちていたこの場所も、今はただ、冷たい空気と静寂が支配していた。


 玲子はテーブルの隅にぽつりと座り、自作のサンドイッチを口に運んだ。

 「……みんながいないと、少し広く感じるわね。休暇、楽しめているかしら」


 傍らには、いつものようにフランス人形のマリーとメリーがちょこんと座っている。

 彩香からの定期報告によれば、綾乃は農園の土の匂いに癒やされ、本来の快活さを取り戻しつつあるという。その陰で、彩香自身は農園仕事の合間を縫い、ウルフパックのメンバーと共に泥にまみれて猛訓練に励んでいるらしい。


 クロサワからは、律儀に一日に一度、ヨーロッパの美しい街並みの写真と共に、報告が入ってくる。


 玲子は冷めたコーヒーを飲み干し、ゆっくりと立ち上がった。

 「さて。私も少しだけ、仕事しましょうか。マリー、メリー。手伝ってくれる?」


 『もちろんだよ、玲子ちゃん!』

 『はい。喜んで、持てる全リソースを捧げます』


 玲子が指令室へ入り、メインコンソールに指を触れた瞬間、静まり返っていた電子の要塞が目覚めるように明滅した。

 玲子がイメージする「4Sの汚れ仕事を吸い上げる、漆黒の窓口」……その設計思想を口ずさむだけで、視界の先のウィンドウが目まぐるしく更新されていく。


 ――わずか二時間後。


 巨大なモニターには、漆黒をベースに「Black Well」のロゴ――深い闇を覗き込むような瞳の意匠――が怪しく輝く、洗練されたダークサイトが完成していた。


 「……呆れた。私、座っていただけじゃない。これじゃあ、コーディングの腕が鈍ってしまうわ」


 玲子が肩をすくめて苦笑すると、マリーとメリーが誇らしげに、そして少しだけ申し訳なさそうに声を弾ませた。


 『ごめんね玲子ちゃん! 私たちが先回りしすぎちゃった!』

 『玲子様。申し訳ありませんが、細かなコーディングは私たちの役目です。貴女はもっと、世界をどう変えるかという高度な思索に、その貴重な脳を使うべきかと』


 玲子はモニターに映る「Black Well」のロゴをじっと見つめた。

 父から回される、毒の入った依頼。

 それを食らい、養分に変え、自分たちはさらに巨大な組織へと成長していく。


 「ふふ、まあいいわ……さあ、最初の『お客様』はどなたになるのかしら」

 青白く照らされる部屋の中で、玲子の瞳が冷たく、美しく輝いた。

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