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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第三十一話 玲子の決断

 玲子は静かに、深くため息をついた。そして、逸らすことのできない真剣な眼差しで、彩香の瞳を真っ直ぐに見つめた。


 「彩香、話してくれてありがとう……そして、あなたにこれだけは約束するわ」


 玲子の声は、地下の静寂に凛と響く。


 「私はね、あなたのおじさん(クズ)と同じような行動はしない。そして、あなたを単なる道具として使い潰すような真似もしないと約束する」


 彩香は息を呑み、反射的に玲子の「心」を読もうとした。だが、返ってきたのは、底の見えない『虚無』だった。玲子の内面は、あらゆる感情を覆い隠す漆黒の静寂に満ちていたのだ。


 (読めない……この人は、何を考えて……?)


 混乱する彩香を置き去りにするように、玲子はさらに踏み込んだ。


 「……その上で、私はあなたのことが、本当に必要なの。どうか、私たちの手伝いをしてもらえないかしら?」


 ――その瞬間。玲子を覆っていた広大な『虚無』の隙間から、ほんのわずかな、けれど強烈な「渇望」が顔を覗かせた。


 それは、計算でも憐れみでもない。彩香という存在そのものを、自らの欠けたピースとして求めている――紛れもない玲子の本心。


 今まで「気味悪い」と疎まれ、あるいは「便利な道具」として搾取されてきた彩香。そんな彼女が、人生で初めて、他人の魂の奥底から「必要だ」と叫ばれる感覚を味わった。


 彩香の視界が、一瞬で滲んだ。これまで押し殺してきた孤独が、温かな涙となって溢れ出す。


 「はい……はいっ。私でよければ、ぜひ……お手伝いさせてください!」


 この日、佐藤彩香は正式に「Black Well」の一員となった。 それは、一人の若き女性が呪いから解き放たれ、Black Wellきっての精鋭として歩み始めた日でもあった。


 彩香へ向けて嬉しそうに微笑んだ玲子は、静かに、感謝の言葉を一つだけ添えた。

 「ありがとう」


 優しく彩香を抱き寄せつつ、一つの疑問を投げた。

 「そういえば、彩香を苦しめていたおじさん(くず)はどうなったのかしら?」

 「……それは……」

 言い淀んでいる彩香の代わりに、メリーが答えた。

 『消されていますね。施設に入った彩香様を、性懲りもなく連れ去ろうとした矢先に“清掃員”たちによって』

 「そう。ならよかった」


 彩香をそっと離した玲子は真っ直ぐに立ち上がり、周囲を見回すと凛とした声で号令を下した。


 「みんな……彩香のお母さんを助け出すわよ」


 その言葉を待っていたかのように、メリーの落ち着いた声が響く。

 『玲子様、すでに綾乃様――彩香様のお母様が監禁されている座標は一週間前に特定済みです』


 『玲子ちゃん、これを見て。綾乃さんがいる拠点の内部構造と、警備の配置図だよ』

 マリーが解析した3Dマップが、ディスプレイ上に青白く浮かび上がった。


 クロサワが静かに一礼し、手帳を閉じながら報告を続ける。

 「外務省および現地の領事館、ならびに関係各所への『根回し』は、お嬢様が留守の間に私がすでに済ませてございます。綾乃様が救出され次第、速やかに帰国できる手筈となっております」


 イカロスは太い指で頭を掻き、獰猛な笑みを浮かべた。

 「お嬢。実はな……ウルフパックの連中には、すでにフル装備での待機を命じてある。輸送機もチャーター済みだ。あとはアンタが『行け』と言うだけでいい」


 玲子は一瞬、目を丸くして彼らを眺めた後、おかしくてたまらないといった様子で口元を抑えた。


 「……ふふ。あなたたち、私に相談もなく、ずいぶん好き勝手に動いていたのね」


 だが、その瞳には彼らへの深い信頼が宿っていた。玲子は優雅に髪を掻き上げると、不敵に言い放つ。


 「でも、それでいいわ。私の組織(Black Well)に『指示待ち人間』なんて必要ないもの……素晴らしいわ。それじゃあ、ミッション開始といきましょうか」


 彩香は、目の前で繰り広げられるあまりに鮮やかな連携に、言葉を失っていた。たった一人の母を思う女性の願いのために、Black Wellの全員が同時に動き出す。


 その中心に立つ玲子の背中は、先週までの「キャンプ好きのお嬢様」ではなく、世界をハックする組織の「若き女王」そのものだった。


 ここで、クロサワが「コホン」と上品な咳払いをして居住まいを正した。

 「……お嬢様。いくら彩香様のためとはいえ、Black Wellがただ働きをするというのは感心いたしませんな。少々お節介かと思いましたが、各国の警察当局と掛け合いましてね。今回の組織壊滅に伴う『捜査協力金』として、各地に点在させておいたペーパーカンパニーへ、計五億円ほどを振り込ませる手はずを整えておきました」


 すると、マリーも、自慢げにそれに倣った。

 「じいやの言う通りだよ! メリーと協力して、奴らの裏口座や暗号資産を……そう、だいたい三十億円くらいかな? 全部まとめてタックスヘイブンの秘密口座へ『お引越し』させる準備も完了してるよ! だって玲子ちゃん、これからのことを考えると、いくらお金があっても足りないでしょ?」


 玲子はぱちくりと目を大きく開けた後、そのあまりに手際の良い「商魂」と「忠誠心」に、腹を抱えて笑い出した。

 「……あはは! あなたたち、本当に素敵ね。ええ、いいわ。資金の回収はすべて任せる。存分にやってちょうだい」


 玲子は涙を拭い、口元に不敵な微笑を湛えた。


 「悪党から奪った三十五億で、次の悪党を滅ぼす……これ以上の健全な投資リサイクルはないわね」

 玲子は、まるでお使いでも頼むような軽い調子で、イカロスを見上げた。

 「イカロス、今から行ってくれる? 現地に着いたら、詳細な作戦指示を出すから」


 「任された。ちょっと行ってくる……土産に現地の酒でも買ってきてやるよ」

 イカロスもまた、散歩にでも行くような軽快さで応じ、ダイニングを後にした。

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