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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第三十話 彩香の涙

 「「「いただきます」」」


 三人の声が重なる。遅れて彩香が続く。

 「い、いただきますね……」

 彩香は震える手で箸を取り、野菜炒めを小皿に分ける。自分が育てていたのと同じ、ここらへんでは手に入らない珍しい野菜も使われている。恐る恐る口へと運んだ。


 その瞬間、彩香の脳裏に稲妻が走った。シャキシャキとした絶妙な歯応え。噛むほどに溢れ出す、力強い大地の甘み。それは、これまで食べたどんな料理よりも鮮烈で、どこか懐かしく……。


 「……これ、は……っ!」


 間違いなかった。口の中に広がるのは、自分が毎日泥にまみれ、我が子のように慈しんで育ててきた、あの野菜たちの味だった。 スカル・ラッツから連日のように「農園を荒らすぞ」と脅迫を受け、恐怖に負けた雇用主は、守ってくれるどころか彩香に言いがかりをつけて退職を強要した。


 『お前のせいで農園がめちゃくちゃだ! 今すぐ出て行け!』


 あの日、泥を投げつけられるようにして追い出された農園。守りたかった日常を、信じていた大人たちに奪われた絶望。もう二度と口にすることはないと思っていた、あの愛おしい野菜の味が、今、この無機質な地下で玲子の手によって蘇っている。


 食べた瞬間、彩香の心の中で張り詰めていた糸が音を立てて切れた。大粒の涙が止まらず、嗚咽が漏れる。


 「おい、嬢ちゃん! どうした!?」

 イカロスがガタッと椅子を蹴るようにして立ち上がった。その強面の顔は、戦闘任務では決して出さない焦りに満ちている。


「彩香様……どうされましたか?」

 クロサワも、心配そうに彩香の元へ駆け寄ろうとする。


 だが、玲子だけは椅子に座ったまま、クスクスと鈴の音のような声で笑っていた。

 「みんな、心配しないで。彩香が泣いているのは、大切なものを思い出したからよ」


 玲子は隣で泣きじゃくる彩香の肩にそっと手を置き、優しく囁いた。

 「あなたが脅されて農園を追い出されたこと、悪いけど調べさせてもらったわ」


 そして、呆れたような表情で遠くを見つめた。

 「雇用主の男、情けない人ね。あなたが丹精込めて育てた野菜よりも、自分の保身を選んだ……でも安心して。あの農業法人を丸ごと『買い取って』おいたわ。もちろん、あの男には二度と農業がしなくてもよいくらいの対価を払ってね」


 彩香は涙に濡れた顔を上げた。

 「あそこはもう、私の――いえ、彩香。あなたの農園よ。誰にも脅されず、誰にも邪魔されず、あなたは最高の野菜を育てる。それがBlack Wellにおける、あなたの最初の『任務』……どうかしら、受けてくれる?」


 彩香は目を見開いた。 踏みにじられた自分の誇りを、玲子は「力」で奪い返し、彼女に返したのだ。


 「……はい、はい……っ! ありがとうございます、玲子様……!」

 彩香は椅子から崩れ落ちるように膝をつき、玲子の手を握りしめた。それは、裏切られた社会を捨て、玲子という「個人」に魂を預けた瞬間だった。


 玲子と彩香のやり取りをみて状況を察したクロサワとイカロスは、ほっと胸を撫でおろした。

 「お嬢、この前言ってたのはこれだったのか……」

 「お嬢様には脱帽しました……ですが事前に相談して頂ければ、私のほうで対処しましたものを……」


 少しだけ残念そうな表情のクロサワに対し、玲子はイタズラが成功した子供のようにニッコリと笑った。

 「あら、それだとサプライズにならないじゃない」


 ――昼食を終えた後、彩香は頑なに皿洗いを譲らず、上機嫌で皿を洗っていた。

 「これくらいはさせてください」と言う彼女を止められず、クロサワとイカロスは手持ち無沙汰にコーヒーを口に運んでいた。


 「……なんだか、落ち着きませんな」

 「ああ。いつもの俺たちのルーチンだったんだがな……」


 二人の戸惑う様子を、玲子は可笑しそうに眺めていた。

 「まあ、いいじゃない。なら、これからはじゃんけんで、勝った方がお皿を洗うでもいいかもね」


 皿洗いを終えた彩香が席に戻ると、四人は静かに向き合った。玲子は、諭すような柔らかな声で切り出した。


 「ねえ、彩香。あなたのことを、私たちに聞かせてくれるかしら? あなたのお母さんを探し出すために、必要な手がかりがあるかもしれないから」


 彩香は深く一度頷くと、どこか覚悟を決めた、澄んだ瞳を玲子に向けた。


 「はい……まず、私がキャンプ場で玲子様に驚いた理由からお話しします。私……人の考えていることが、分かってしまうんです」


 衝撃の告白。だが、玲子もクロサワも、ただ納得したように頷くだけだった。


 「驚かれないのですね……仕草や表情、言葉選びの癖から、その人が何を考えているのかが鮮明に浮かび上がってくるんです。これのせいで、幼い頃は周りから気味悪がられてきました」


 三人は、ぽつりぽつりと語り始めた彼女の言葉に、静かに耳を傾けた。


 「スカル・ラッツとの関わりは、小学五年生の時に始まりました。お母さんが『海外でいいバイトがある』と言って、出稼ぎに行ったきり帰ってこなかったんです……お母さんは本当に『稼げる』と信じ切っていたから、幼かった私も笑顔で手を振って見送ってしまった……」


 彩香の肩が震え、その瞳から、一筋の涙が溢れた。


 「一人で泣いていた私を、親戚のおじさんが助けてくれました。でも、その人はスカル・ラッツの構成員だったんです。私の『目』の良さを知っていたおじさんは……私に麻雀とポーカーを叩き込みました」


 彩香は俯き、自分の手をぎゅっと握りしめた。


 「ルールを覚えた後、大人びた服と化粧をさせられ、闇賭博場に連れて行かれました。背が高かった私は、遠目には大人に見えたんでしょうね。私は必死に相手の心を読み、勝ち続けました……もし負けたら、『もっと楽に稼げる場所に連れて行ってやる』と脅されて……」


 「小学生を脅して賭博を……どこまで腐ってやがる」

 イカロスが絞り出すような低い声で吐き捨て、椅子を鳴らす。


「イカロス、ここは最後まで聞きましょう」

 玲子が手でイカロスを制すると、彩香は震える声で続けた。


 「半年ほど経った頃、警察の強制捜査がありました。そこで逮捕されて……後で私が小学生だと分かると、刑事さんたちは手錠を外して、同情の目を向けてくれました。それが何より、惨めでした」


 彩香は自嘲気味に笑った。


 「その後、保護観察付きで施設に預けられました。それ以来、人の心を読み取ってしまう自分が怖くて……施設を出た後は、誰とも話さなくていい農園で働いていたんです」


 静寂が部屋を包む。 彩香の能力は、彼女にとって呪いそのものだった。

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