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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第二十四話 真夜中の追いかけっこ

 ――夜、2時15分。

 キャンプ場は深い静寂に包まれていた。子供たちはバンガローで泥のような眠りについている最中、佐藤彩香は夜の寒さにふと目が覚めてしまい、そっと起き上がった。静かにバンガローのドアを開くと、一人で離れた場所にあるトイレへと向かっていた。


 冷え込んできた夜気に肩をすくめ、闇の深い林道を歩く。

 その時、彼女の鋭すぎる感覚が、周囲の木々から発せられる「ざわめき」を捉えた。それは風に揺れる葉の音でも、夜鳥の羽ばたきでもない。


 ――それは、「ドロドロとした欲望」の気配だった。


 (……おかしい。誰かいる。それも、一人じゃない……!)


 彼女が本能的な恐怖に足を止めた瞬間、背後の闇が大きく膨れ上がる。


 「――一人で外に出てくれるとはな。手間が省けた」

 「っ……!?」


 悲鳴を上げる間もなかった。背後から伸びた、煙草の臭いが染み付いた太い腕が、彼女の華奢な顔を強引に塞ぐ。 同時に、木陰に潜んでいた黒塗りのワンボックスカーが、死神の鎌のように音もなく滑り込んできた。


 彩香の首筋で、スタンガンの青白い火花がバチバチと不快な音を立てて弾ける。雷撃が脳を焼き、意識が急速に混濁していく中、彼女を抱え上げた男たちは、乱暴に車内へと彼女を放り込んだ。


 「よし、ずらかるぞ。夜明けまでに拠点の廃ホテルへ運び込むんだ」


 男たちは低い笑い声を残し、ライトを消したまま、泥を跳ね上げて夜の森を滑り出した。


 淡いブルーの非常灯が静かに灯るロフトに、突如としてマリーの鋭い声が響いた。


 『――みんな起きて! プライオリティ・レッド! 彩香ちゃんが拉致されたよ!』


 その瞬間、気持ち良さそうに眠っていた玲子が弾かれたように身を起こした。瞳にはさっきまでの微睡みの欠片もなく、アドレナリンによって覚醒した理性が火を灯している。


 彼女はマリーとメリーを片腕に抱え、もう片方の手で手すりを掴むと、パジャマの裾を翻し、滑るような動作で下のフロアへと飛び降りた。

 車体へと収納されるロフトのかすかな振動が響く中で、玲子はマリー人形を自分に向ける。


 「マリー、状況は?」

 『特徴から犯人グループはスカル・ラッツと断定! キャンプ場北側出口方面へ向けて、黒いワンボックスで逃走中! 現在、シロからの直線距離は700メートル』


 メインモニターに、上空で待機していた偵察ドローン1号が捉えた赤外線映像が投影される。闇の中を必死に逃走するワンボックスの白い車影が鮮明に浮かび上がった。続いて、メリーの落ち着いた声が重なる。


 『エマージェンシー・パターンBに従い、残りのドローン全機をターゲットへ向けてスクランブルさせました。想定接触時間は、あと45秒です』


 「ありがとう、メリー、マリー――クロサワ、イカロス、準備はいい?」

 「いつでも行けるぜ!」

 「問題ありません」

 すでにクロサワとイカロスが「戦闘準備」を完了させていた。イカロスは上半身ランニングシャツ一枚という野性味溢れる姿で運転席に飛び乗り、クロサワは紺のパジャマの上に、シワ一つない手つきで上着を羽織っている。


 それを聞いた玲子は素早く指示を出した。

 「マリー、最短経路のナビをお願い。イカロス、追って!」


 マリーとイカロスは即座に応えた。

 『玲子ちゃん、任せて! 逃げ場のない最短ルートを計算したよ』

 「おうよ! 相手がどこのどいつか知らねえが、一億円の加速に腰を抜かすんじゃねえぞ!」


 シロの超高出力モーターが、獣の喉鳴りのような重低音を響かせた。 次の瞬間、想像もつかないスキール音が闇に弾け、シロは漆黒の森へと弾丸のように射出された。


 玲子はパジャマ姿のまま、揺れる車体の中で矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。

 「メリー、電子戦闘用意」

 『了解いたしました……準備完了。なお、現在時刻をもってターゲットを「クロ」と呼称、制圧対象として登録します』


 玲子は短く頷き、隣でコンソールを膝の上に置く老執事に視線を送る。

 「クロサワ、戦闘管制をお願い……メリー、ターゲットを無力化するまでは、クロサワの指示を最優先して」


 一瞬の沈黙の後、メリーの冷静な声が響く。

 『……了解しました。命令優先権を一時的にクロサワ様に設定します』


 クロサワは口角を吊り上げ、六面の小型モニターを凝視しながら、あわただしくコンソールを操作し始めた。その前方では、ハイビームを閃かせた「シロ」が、風を切る勢いで狭い夜道を「クロ」に向かって猛追していく。


 『玲子ちゃん、クロがキャンプ場の出口を抜けそう! うわ、あっちも必死だね。ハイビームにして、すごい勢いで飛ばし始めたよ!』


 焦るマリーの声に対し、クロサワは老練な落ち着きを崩さない。

 「マリー嬢、問題ありません……すでに“捉えて”おりますぞ」


 六面モニターには、複数のドローンが多角的に捉えた「クロ」の映像が映し出されていた。

 「メリー嬢、クロへの通信ジャミング、および車載CPUへの局所EMP(電磁パルス)照射を」

 「了解です。電子干渉、開始します」


 照射と同時に、闇を切り裂いて走っていたワンボックスが、目に見えて速度を落とし始めた。内部の電子回路が攪乱され、制御を失いかけているのだ。


 「続いて、クロのAEB……自動緊急ブレーキシステムへ、3号機と4号機でハッキングを仕掛けられますかな?」

 「AEBへのハッキング……完了しました。いつでもどうぞ」

 「では、丁寧にブレーキをかけて頂けませんか? 急に止まりすぎては、中にいる彩香様が鞭打ちになってしまいますからな」


 一秒後。モニターのスピーカーから、夜の静寂を切り裂くようなエンジンと車輪の悲鳴――ブレーキとアクセルのせめぎ合いによるハーモニーが鳴り響いた。


 クロサワは、そのハーモニーを鑑賞しつつ、ふっと笑った。

 「……無駄なあがきを」


 マリーと玲子の弾んだ声が、同時に車内に響く。

 『やった! クロが止まったよ!』

 「みんな、ありがとう……イカロス、あとどれくらい?」


 運転席のイカロスは、左手の親指をグッと突き出し、バックミラー越しに玲子を不敵に見据えた。

 「お嬢――もうクロのケツなら、この鼻先に見えてるぜ!」

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