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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第二十三話 玲子の疑問

 玲子はモニターを見つめたまま、ふと疑問を口にする。

 「ところでメリー。彼女は、なぜ施設に入ることになったの? ご両親はどうしたのかしら」


 『父親は、彩香様が幼い頃に交通事故で亡くなっています。そして母親は……現在も「失踪中」です。アーカイブの焦点を、失踪直前の記録に絞ります』


 電子の海から、数年前のデータが引き揚げられ、記録が整理される。


 『母親が失踪したのは、彩香様が小学五年生の頃。警察の捜査記録より、母親が最後に残した会話メッセージを表示します』


 《彩香、お母さんね、やっといいお仕事が見つかったの。海外で貿易関係の短期事務アルバイトで、三十万円も貰えるの……二週間で帰ってくるから、それまで、いい子で待っていてね》


 そのメッセージを見終えた瞬間、クロサワが静かに、そして重苦しい息を吐いた。

 「……これは……」


 イカロスが、吐き捨てるように短く言い切る。

 「ああ。典型的なやつだ。甘い言葉で誘い出し、身分証(パスポート)を取り上げ、二度と表舞台には戻れない場所へ売り飛ばす――質の悪い詐欺だ」


 メリーの淡々とした声が、無情な結論を補完する。

 『父親を失った後、家庭の経済状況は急速に悪化。困窮を突いた「高額報酬」という甘い罠により、母親は海外の匿名・流動型犯罪グループに監禁された可能性が、失踪原因として最有力です』


 モニターにアーカイブの解析結果を表示しながらメリーは続けた。

 『その後、保護者不在の状況をスカル・ラッツに目を付けられ、彩香様は賭博に駆り出されたものと推測します。さらにその半年後に警察の介入があり、保護観察付きで、雅様が運営する施設に引き渡されました』

 「ありがとう、マリー、メリー――みんな、少し時間を頂戴。状況を整理したいの」


 玲子はそう告げると、深くシートに身を預け、視線を落とした。 周りの雑音が、彼女の意識の外へと追い出されていく。玲子の頭脳の中で、彩香の過去、バイタルデータ、そしてあの異常な怯えが、一つのパズルとして組み上がっていく。


 ……数分後、玲子は静かに顔を上げた。

 「なんとなくだけど、カラクリが解けた気がするわ。彼女、おそらく特別な能力を持っている……二人には、何だか分かるかしら?」


 イカロスが、背もたれを軋ませながら答えた。

 「……対人賭博、しかも不完全情報ゲームで不自然な勝ちを積み重ねる。それが最大のヒントだろうな」


 クロサワがはっと息を呑み、モノクルを押し上げた。

 「……お嬢様。まさか、彼女は心の中を『読める』とでも?」


 「ええ。たぶんね」

 玲子は事もなげに肩をすくめて見せた。

 「科学的な理屈までは分からない。けれど――そうでなければ、あのお母様の演技を初見で『拒絶』した理由に説明がつかないわ。彼女には、私たちの表面的な演技を通り越して、中身が『見えて』しまっているのよ」


 一瞬の沈黙。車内に重厚な空気が落ちる。


 「……だったら、尚更よ」

 玲子の声は、穏やかだが拒絶を許さない響きを持っていた。


 「半グレなんかに、そんな貴重な才能を使い潰させるわけにはいかない。佐藤彩香は、Black Wellに来てもらう……あの子はきっと、組織の活動の幅を広げてくれるわ」


 イカロスが低く笑い、拳の骨を鳴らした。

 「異議なしだ。野ウサギを檻に入れるよりは、身の使い方を教えてやった方が建設的だからな」


 クロサワは立ち上がり、一分の隙もなく襟元を正した。

 「承知いたしました……これより私が直接、お嬢様の元へ参じるよう働きかけましょう」


 ――一時間後。 クロサワが、いつになく冴えない顔でシロへと戻ってきた。

 「お嬢様、申し訳ありません。彩香様は『子供たちの世話を優先したい』とのことで……本日これ以上お会いするのは難しいと、丁重に辞退されました」


 「いいのよ、クロサワ。あの怯え方で、完全に拒絶されなかっただけでも上出来だわ。深追いは禁物。さあ、今日はここまでにしましょう……マリー、悪いけど彼女の監視だけはしておいて」

 「任せて! 玲子ちゃん」

 マリーの元気のよい声に頷いた玲子は、切り替えの早い顔で立ち上がると、展開した後部キャビンの機能的なキッチンスペースへと向かった。


 「キャンプと言えば、やっぱりカレーよね? イカロスとクロサワは冷えたビールでいいかしら。私は……そうね、赤ワインがいいわ」

 「カレー、最高じゃねえか」

 「お嬢様の手料理とは……これまた贅沢な夜になりそうですな」

 二人の目が、任務中よりも鋭く輝いた。


 ――やがて日は落ち、深い夜の帳が森を包み始める。 夕食の片付けと歯磨きを終えた玲子は「ちょっと失礼」と後部に設置した着替えスペースへ消えた。


 数分後。再び現れたあるじの姿に、ほろ酔い気分だったクロサワとイカロスは、同時に心臓が止まったかのように石化した。


 そこには、パステルピンクのシルクパジャマを纏った玲子がいた。胸元には小さなリボン、そして両腕には、マリーとメリーの人形。 外での「聖女」とも、指令室での「管理者」とも違う、あまりに無防備な姿。

 二人は視線のやり場に困り、缶ビールを片手に、這うようにして外へ出ようとした。


 「……待ちなさい、二人とも。どこへ行くつもり? 五人分の寝床はあるんだから、遠慮せずにシロの中で寝るのよ。これも『居住運用テスト』の一環なんだから」


 玲子は、ごく当たり前の顔で二人を見つめた。 イカロスは顔を真っ赤にして、明後日の方向を向いたままコンソールをいじり始める。

 「……いや、俺、この日のためにテントを持ってきたんだ。外の方が落ち着くっていうか……」


 その言葉を聞いた瞬間、玲子は瞳を潤ませ、両手を胸の前で組んだ。雅仕込みの「いじらしい演技」が、ここで炸裂する。

 「……二人とも、私を一人で寝かせるつもり? 暗くて、怖いの……」


 「お嬢! それは……それは反則だぞ!」

 「……やれやれ。お嬢様の『おねだり』には、誰もかないませんな」


 クロサワは諦めたように肩をすくめた。

 「分かりました。我々は下のフロアで警護を固めるとしましょう」


 満足した玲子がロフトのベッドへ上がり、照明をオフにすると、あたりは淡いブルーの光だけになった。


 下のフロアで缶ビール片手にクロサワはしみじみと語った。

 「しかし……まさかあなたと同じフロアで寝ることになるとは。人生何が起こるか分かりませんな」

 「それはこっちのセリフだ……おい旦那、いびきかいたら速攻で外に放り出すからな」

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