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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第二十二話 佐藤彩香

 ――移動司令部『シロ』。


 玲子がシロのドアを開けるとすぐに、マリーとメリーが暖かく出迎えてくれた。

 『玲子ちゃん、お帰りなさい!』

 『玲子様、お帰りなさいませ。笑顔が自然で、とても素敵でしたよ』


 「ただいま……何故だか分からないけど、ここは落ち着くわね」


 玲子は深くシートに身を沈め、長い脚を組んだ。外の世界で張り付けていた「聖女」の仮面を脱ぎ捨てるように、長く、深い息を吐き出す。

 「クロサワ、イカロス。少し相談したいことがあるの」


 クロサワは一礼すると、湯気の立つお茶を差し出した後、運転席と助手席を回転させて玲子の対面に腰を下ろした。

 「お嬢様に怯えていた、あの背の高いキャンプリーダーの女性のことですかな?」


 イカロスも険しい顔を崩さぬままクロサワの隣に座る。

 「ああ、周囲の連中が全員雅様の美しさにボケっとしてる中で、一人だけ、射殺される寸前の野ウサギみたいな目をしていたな」


 玲子は小さく笑い、満足そうに頷いた。

 「話が早くて助かるわ。名前は……佐藤彩香」


 湯呑をホルダーに置き、考え込むような間を置いてから、玲子はマリー人形を見つめる。

 「マリー。ドローンで捉えた彼女のバイタルデータを展開して。視線と身体モーションの解析結果も」


 『了解だよ、玲子ちゃん……うわぁ、これ見て。心拍数がずっと140を超えてる。玲子ちゃんと喋ってる間なんて、ほとんど限界値だよ。視線の動きも「逃走経路の探索」に固定されてる。完全にパニック状態だね』


 モニターに浮かび上がったグラフを眺め、玲子は再び湯呑を手に取り、茶を啜りながら静かに言った。

 「普通、私たち親子が『本気で演技』をすれば、大抵の人間の反応は三つのカテゴリーに分類されるわ……陶酔か、好意か、あるいはあまりの眩しさによる沈黙か。でも、彼女はどれでもなかった」


 イカロスが分厚い腕を組み、唸るように言葉を継ぐ。

 「“恐怖”だな。俺達のことを知らないはずなのに、まるでそれを正確に認識していたみたいだ」


 「そう」

 玲子は微笑んだまま、視線を冷たく細めた。

 「私とお母様の演技が、全く通用しなかった。それどころか、彼女は出会った最初のコンマ数秒で――私を見て、逃げる準備をしていたわ」


 クロサワも顎に手を当て、深く、低く頷いた。

 「……興味深いですな。これほど鋭い人間は、そうそうお目にかかれるものではない。調べる価値は十分にあります」


 「ええ。徹底的にね」

 玲子は無造作に指を鳴らした。その仕草一つで、Black Wellの演算リソースが一個人の人生を解体するために使われる。


 「マリー、メリー。佐藤彩香の情報を洗い出して。戸籍、学歴、交友関係――全てね」

 その瞬間、車内の空気がぴんと張り詰めた。


 『了解だよ、玲子ちゃん! 彩香ちゃんに関係するデータベース、片っ端からノックしてくるね!』

 メインモニターに、佐藤彩香の過去が断片的なアーカイブとして、高速で巻き戻されるように展開されていく。退職した勤め先の情報、高校と中学の記録、遡って児童養護施設での生活、そして――。


 『……あっ! 玲子ちゃん、ここ見て。施設に入る前の一時期、ある「グループ」に管理されてた形跡があるよ。うわ、真っ黒。警察のマークもがっつりついてる』


 続いて、メリーの氷のように落ち着いた声が重なる。

 『該当組織は「スカル・ラッツ」……このキャンプ場から約50キロ先にある廃ホテルを拠点とする反社会的集団、いわゆる半グレです。主な活動内容は違法賭博と、高齢者を狙った特殊詐欺』


 少しだけ興奮した声で報告を続ける。

 『……興味深いデータがあります。彼女がこの組織に“在籍”していた期間、闇賭博場で行われていた裏麻雀およびポーカー賭博の収益が、統計学的な誤差を超えて異常上昇しています』


 メリーの報告に、玲子の視線が一点で止まる。モニターに映る少女時代の彩香の顔を見つめ、細い指で画面をなぞった。

 「……麻雀とポーカー。どちらも、相手が“人間”でなければ成立しない不完全情報ゲームね」


 低く、噛みしめるような声で呟いた。

 「相手が何を考え、どこまでがハッタリで、どこからが本気か……それを読み取れなければ、勝てないゲームよ」


 クロサワが、鏡のようなモノクルの奥で鋭い視線を向けた。

 「勘だけではありませんな。なんらかの方法で相手の牌や手札が覗ける、もしくはブラフを見破れるとかですかな……そう考えれば、雅様や玲子様の『演技』に過剰反応した理由も説明がつきますぞ」


 玲子は唇の端を吊り上げ、愉しそうに目を細めた。

 「あの子にとって、お母様や私は、あまりに巨大で完璧すぎる『ブラフの塊』だったのね……道理で、死ぬほど怖いはずだわ」


 『現在、「スカル・ラッツ」が再び彼女を求めて動き出している兆候があります』

 メリーの氷のように平坦な声が、車内の空気を一段と冷やす。


 『施設を出て一人暮らしを始めた彩香様の周辺に、スカル・ラッツの構成員と推定される影が複数確認されています。特筆すべきものは……スカルラッツからの嫌がらせにより、勤めていた農業法人を、最近になって退職されたことでしょうか。他にも家の近くの監視カメラへの映り込みや、ストーカー行動パターンとの合致――いずれも彼女を「再回収」するための包囲網です……おや、このキャンプ場の外縁部にも、不審な車両が停車していますね』


 その報告を聞き、イカロスが野獣のような笑みを浮かべて口角を吊り上げた。

 「へっ、かつての『金の卵』がまた手に入りそうだからって、ドブネズミどもが必死になって探し回ってるってわけか。執念深いこった」


 玲子は形のよい顎に手を当て、真剣な表情で二人を見つめた。

 「……こちらとしても、その半グレ集団に対して何らかの手を打つ必要がありそうね」

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