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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第十九話 シロ

 社員は玲子に一礼し、ミニバンのキーを渡した。

 「白坂様、こちらになります。ご覧の通り、ナンバーも取得済みですので、このまま公道でお帰りいただけますよ」


 社員が指差したのは、街中のスーパーの駐車場に止まっていても誰も振り返らないような、ごくありふれた外観の車両だった。

 「ありがとう。でも、今日は目立たないようにトラックの荷台に積んで帰ることにするわ」


 玲子の言葉を受け、クロサワは老眼鏡の奥の目を細めて車体を眺めた。

 「ほう……どこからどう見ても、小金持ちの父親が運転していそうなミニバンにしか見えませんな」


 ――帰路。 トラックを運転するイカロスの隣で、中央席に座った玲子が操作マニュアルをチェックしていた。

 「しかしあのミニバン、街中で普通に買い物に使えそうだな……ただ、事故にだけは気をつけねえと。相手が気の毒だ」

 「確かにそうね。修理の手間もかかるし、何より面倒事が増えるわ」


 助手席のクロサワも思案顔で提案する。

 「一億円の機密の塊です。念のため、車二台で前後を挟むように護衛をつけた方がよろしいのでは?」


 玲子は一瞬だけ考えた後、首を振った。

 「さすがにそれは目立ちすぎるから駄目よ……まあ、よほどのことがない限りは『大丈夫』なようには、なっているから」


 データセンターの閉ざされた中庭。 トラックの荷台から降ろされた白いミニバンは、陽光を浴びて眩しく輝いていた。


 イカロスがトラックのハッチを閉めながら、ふと玲子に問いかけた。

 「お嬢、こいつにも何か名前があるのか? メリーやマリーみたいに」


 「特にないわ。付けたいなら、あなたが付けてもいいわよ」


 それを聞き、イカロスは破顔して愛車(ミニバン)を見つめ、一言放った。

 「――『シロ』。こいつは今日からシロだ」


 隣で聞いていたクロサワが、あからさまな渋面を作る。

 「イカロス。それは犬の名前か何かですか? 少しは捻りなさい」


 「いや、このミニバンが白いからシロなんだが……」


 玲子は吹き出しそうなのを必死に堪え、憤慨する執事をなだめた。

 「クロサワ、いいのよ。私が名付け親を任せたんだから」


 「お嬢様がそう仰るのなら……ですが今後、名付けの類を彼に一任するのは控えさせた方がよろしいですな。組織の品位に関わります」


 クロサワの小言をよそに、イカロスは「シロ」の周りをぐるぐると回り、少年のようにはしゃいでいた。


 「……お嬢、しかしこいつはいい。外見はミニバンだが、この足回りの締まりは完全に軍用車両のそれだ。いい仕事してやがるぜ」


 「そう。イカロスが気に入ったなら良かったわ」


 玲子は興味なさげに後部座席へ乗り込み、天井部に取り付けた対面式の人形専用ソファにマリーとメリーの人形を座らせた。


 「では、私が運転を」

 クロサワが当たり前のように運転席へ乗り込もうとするのを、イカロスが巨体で遮る。

 「ちょっと待て、クロサワの旦那! ここは俺に……『シロ』の主人に運転させてくれ!」


 「お嬢様を幼稚園の頃から送迎してきた実績を忘れてもらっては困りますな。貴方の荒い運転ではお嬢様が酔ってしまう」


 「もう、子供みたいな喧嘩はやめて」

 玲子は少しだけ顔を赤らめ、二人を窘める。

 「かわりばんこに運転しなさい。今回はじゃんけんで決めること」


 その時、マリーが元気よく参戦した。

 『じいやとイカロスの兄貴! なんなら、私に任せてもらってもいいんだよ? 正確無比な自動運転だよ!』

 「マリー嬢。それはご遠慮願いたいですな。私自身の手でお嬢様をお運びしたいのです」

 「マリー、悪いな。これは男のロマンなんだ」


 結局、七回の「あいこ」という死闘の末、イカロスが勝利を収めた。

 彼がスマートキーでシステムをブートさせると、軽やかな電気音と共に、ダッシュボードにある移動アームの付いた六面小型モニターが鮮やかな色どりで情報を映し出す。


「うおおーっ!」

 野太い叫びをあげるイカロス。その隣で、表情には出さないものの若干上気した表情のクロサワが頷いた。


 玲子も嬉しそうにクロサワに指示を出す。

 「クロサワ、各種モニターのチェックをよろしく」

 「任されました。どれ、まずはソーラーチャージの最適化を試してみますか」

 クロサワがモニターを叩くと、車体全面に施された特殊透明ソーラーパネルが、中庭の光を貪欲に吸い込み始めた。電力充電値が急速に跳ね上がっていく。


 「いい感じね……マリー、シロの全システムをメリーと同期させて。その後、ポップアップルーフとキャビンモジュールの展開テスト」

 『はーい! シロ、おっきくなるよー!』


 マリーの声と同時に、ミニバンの屋根が音もなくせり上がる。後部からはテントのような拡張モジュールが、精密機械の蠢きと共に滑らかに展開された。 それはまるで、穏やかな白い生き物が脱皮し、巨大な牙を剥くような異様な光景だった。


 「次。メリー、電子戦装備の確認」

 メリーの礼儀正しい声が聞こえる。

 『了解しました。……ジオロケーション、正常です。ドローン、スロットチェック……問題ありません』


 玲子がタブレットをなぞると、車体側面の隠しハッチから六機の小型ドローンが、羽化する蝶のように次々と宙へ舞った。

 「……全て問題なさそうね。クロサワ、イカロス。明朝九時にここへ集合。その後に目的地へ出発よ」

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