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非合法組織を立ち上げて、スローライフを楽しみたい  作者:


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第十二話 正人からの依頼

 ――4S本社会長室。


 最上階の窓から見えるオフィス街に張り巡らされた道路を行き交う車が、まるで(アリ)の行列のように進んでいる。

 正人が見せる端正な(かんばせ)に、貼り付く甘い笑み。それを隣に座っている愛娘に向け、ゆったりと言葉をかけた。

 「……人形はどうだ? 気に入ったかな」


 玲子は一瞬だけ、まつ毛を伏せて視線を遮った。脳裏には、地下で静かに呼吸する二つの巨大な知性の顔が浮かぶ。

 「ええ、とても。優秀すぎるぐらい」


 「それは重畳だ」

 満足げに頷くと、正人は手元のタブレットを滑らせ、データを共有した。


 「では、そろそろ――実戦で使ってみないか? 私も、20億の投資が何を生むのか見てみたい」

 転送された画面に目を落とした瞬間、玲子の瞳が鋭く細められた。ゆっくりと顔を上げ、父を射抜く。


 「……パンドラ・グローバル。お父様、本気なの?」

 「ああ。バイオテクノロジーと先端医療を牛耳る、巨大なコングロマリットだ。実は、ある友人から、ちょっとした“お願い”をされてね」

 「友人……ということは、政府絡みの案件?」


 正人は口角だけ上げて、ただ優雅に足を組み替えた。

 「察しがいいな。彼らは海外ルートを介した人身売買と、法を逸脱した人体実験を止めたいらしい。正義感の強いことだ。だが、肝心の証拠エビデンスが闇に沈んでいて手出しができない――どうだ、やってくれるか?」


 人道的な名目。だが、その裏には巨大企業の利権解体という血生臭い意図が透けて見える。 玲子は、わざとらしく小さく肩をすくめて見せた。

 「いいわよ。でも……お人形の高価な付属品(量子演算コア)が壊れるかもしれないけれど」


 「構わないさ。壊れたら直せばいい」

  正人は、まるで玩具の電池交換でも話すように事もなげに言った。

 「報酬は、成功・失敗に関わらずメンテナンス代込みで七億……これで、贅沢な遊びを楽しむ権利は買えるだろう?」


 玲子はわずかに口角を上げ、父の瞳の奥にある深淵を覗き返した。

 「……わかった。やってみるわ」


 こうして、史上最もホワイトな環境で、最もブラックな活動をする非合法組織「ブラックウェル」の、最初のターゲットが定まった。


 ――データセンター地下、ダイニングルーム。 玲子は茹で上がった麺を軽快にザルで切り、どんぶりへと放り込んでいた。立ち上る湯気の向こう側で、壁に掛けられたディスプレイに映し出された〈PANDORA GLOBAL〉の巨大なロゴが、冷徹な光を放っている。


 「Black Wellの初仕事よ。ターゲットはパンドラ・グローバル。お父様からの直依頼」


 どんぶりを運びながらの玲子の簡潔な言葉に、イカロスが低く唸った。


 「……パンドラか。お嬢、あそこはただの薬屋じゃないぞ。自前の軍事衛星に民間軍事会社まで抱える、現代の怪物だ。正面から触れれば、無傷じゃ済まない」


 クロサワは冷静にキーボードを叩き、ターゲットの防壁を解析していく。画面には“鉄壁”と称される多重セキュリティ層が、幾重にも重なる幾何学模様となって表示された。


 「証拠があると思われるメインサーバーは、物理的にネットワークから切り離された『完全なエアギャップ』状態ですな……お嬢様、使うのですか?」


 玲子は特製ラーメンを二人の前に並べ、不敵に微笑んだ。


 「ええ……物理的な距離も、遮断された隔壁も、お人形の前では意味をなさない……向こうに『記録』という事実が存在する限り、それは私の手元に届くの」


 ラーメンを勢いよくすすり、イカロスが太い眉を上げた。

 「……それが出来るのなら話は別だ。で、俺たちの役割は? ただ飯を食って見てるだけってわけじゃねえだろ」


 玲子はクロサワから端末を受け取り、パンドラのとある施設の立体構造図を展開した。

 「マリーとメリーがアクセス権限を『創造』したあと、被験者が収容されている施設の管理システムを完全凍結、施設の物理ロックを一斉解除するわ」


 玲子の視線が、戦士の顔になったイカロスを射抜く。

 「あなたは現場の外部で待機。ロックが解けたら即座に侵入して、地下に囚われている被験者たちを誘導・救出して。できる?」


 「……一人じゃ手が足りないな。俺の信頼できる元部下たちを数名、使わせてもらう。いいな?」


 「構わないわ。最高のプロを揃えて」


 玲子は再びクロサワに向き直った。

 「CEOの端末の権限を奪取したら、クロサワ、操作をお願い。そこにある『世界に流してはいけない情報』を、インターネットの海へ盛大に解き放って……操作時間は、維持できて二十秒が限界ね」


 「お任せください、お嬢様。その二十秒で、パンドラの時計を永遠に止めて差し上げましょう」

 クロサワが優雅に一礼する。玲子の白い指先が、ディスプレイに映るパンドラのロゴをゆっくりとなぞる仕草をした。


 「パンドラの箱を開けたら、最後に何が残るのか……絶望か、それとも希望か。世界に、見せてあげましょう?」

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