私が真犯人である。沙汰はまだない。
私が真犯人だ。
いま目の前で冤罪が生まれようとしている。
私は本懐を遂げたので捕まっても構わなかったのだが、自首をするのも癪なので「やってない」とだけ嘘をついた。
何のアリバイも用意していない杜撰な嘘である。
さっさと証拠を揃えて私を確保するといい。
そう思い待機をしていたのに、まさかの冤罪である。
しかも事もあろうに完璧なアリバイを崩してまで、冤罪を作った。
正気か?
たまたま同じホテルに探偵が寝泊まりしていた。
そこで私が事件を起こした。
事件を調べた探偵は泊まっていた13名をエントランスに集め、推理を披露し、完璧なアリバイをひとつ崩してから冤罪を作った。
「犯人はあなたです!」と指まで向けて。
ビシッとやらかしている。
何だか申し訳ない。
自首をする気はないのだが、そんなに難しい事件だっただろうか。
名指しされた容疑者は膝から崩れ落ちた。
まるで犯人のようだった。
嫌疑をかけられている残り11名もホッとした空気をだしている。
まるで犯人が特定されたかのようだった。
漸く解放されると思ったに違いない。
繰り返すが冤罪だ。
犯人は私なのだから、それ以外は冤罪なのだ。
つまり事件は終わっていない。
犯行についても、その際に容疑者扱いされるであろう人々についても、私の中ではもう踏ん切りがついている。
だからその辺りについては、青空の下にいるような清々しい気持ちしかない。
詳細は教えられないが私の我儘に付き合ってくれてありがとう、と感謝の念すらある。
だが探偵は別だ。
私が想定したのはあくまで警察に捕まるという展開だけだ。
探偵が探偵ムーブをしたあげく胸を張って冤罪をつくるだなんて望んでいない。
私はミステリ小説が大好きなのだ。
唯一の趣味といっても過言ではない。
こんな探偵は嫌だ。
そのとき探偵がハッとした顔をして「私は思い違いをしていたようだ」と口走った。
聞こえてくる独り言から、どうやら推理の穴に気が付いたようだ。
そうか。気が付いたか。
大丈夫だ。まだ間に合うぞ。
名指しした時点で冤罪が確定したのかと思ったが、まだ可能性はあったようだ。
探偵は新たな推理を披露しながら、私達の前を横切っていく。
そして足を止めた。
犯人はあなたですね、と口走った探偵の姿を私はそこそこ離れた位置から眺めていた。
こうして二人目の冤罪候補に探偵は指を突き付けて、確信をこめて名指しする。
冤罪を受けた容疑者は泣き崩れた。
まるで犯人のようだった。
でもこれは犯行がバレた嘆きではなく、冤罪を受けた悲しみだと私には判る。
本当に私しかこれ判っていないのか?
探偵がこれなら優秀な助手とかいるんじゃないの?
この探偵、普段からこうなのだろうか。
私は胸が痛い。
私が犯行を思いとどまってさえいたら、探偵による冤罪は起こらなかったのだろうか。
重い罪悪感で潰されそうだ。
探偵がまた何かに気が付いたようで、推理をやり直している。
でもその内容はやっぱり見当違いだ。
あぁ、なんてことだ。
事件なんて起こすんじゃなかった。