第15章:恩寵のヴェール、憤怒の心
「ほら、着いたよ」と商人が言った。
馬車の前を通って左に目を向けると、先の光が少しずつ薄れ、そこにあるものが姿を現した。
かつて肌にそよいだ柔らかな風は、今は重圧をまとっていた。
かつては穏やかだった道沿いの音は、人々のざわめきに変わりつつある。
巨大な城壁が前方に聳えていた。あまりにも高く、この距離からでも首をそらさないと上が見えないほどだ。
中央にある門は、獣さえ頭を下げず通れるほどの巨大な門柱だった。黒く焼けた鋼で補強されている。
壁には警備兵が巡回し、門には騎士たちが厳然と立っていた。
「契約と金の都、ノルヴァラへようこそ」と商人は誇らしげに告げた。
僕は門を見る。長い列には人々が並び、入城を待っている。彼らを扱う者たちはただの兵士ではなかった――騎士だ。
錆びも粗雑さもない鎧を身にまとい、美しくも戦闘に適した姿で構成されている。
銀の重板鎧に、胸や肩、腕あてには金細工が彫り込まれて煌めく。
大きなカイトシールドや太い片手剣を横にたくましく携えている。
『警備はしっかりしてるな。誰も怠けてない――全員任務に忠実そうだ』
僕はそう感じた。
青い輝きが街を淡く包み込んでいた――まるでドームのように見える。
『…盾か?』と戸惑った。
空気全体が薄青く霞んでいる。しかし、それはあまりにも薄く…脆い。果たして防御になるのか?
「街では何をするおつもりですか? 新たな始まりを探してるのですか?」と商人。
「まず子供を寺院に連れていかないと。森でオークに襲われたんだ」
僕は腕の中の眠るリオラに視線を落としつつ答えた。
「でも、それには相当の金が要りますよ。教会は善意で助けると言いますが、まとまった寄付がなければ軽傷や名声になる程度しか扱いません。高位魔法は使わないでしょう」
兵士の一人が口を挟んだ。
「基本の治療だけなら少額ですみます。でもそれ以上は…高くつく」
もう一人も頷きながら言った。
「安全にするには、浄化とハイヒール(高位回復魔法)を使ってもらいたい」
僕は断言した。
「それはかなりかかりますよ」
二番目の兵士がぼそり、最初の兵士も頷いた。
『あのキノコ薬の素材…売るべきか』と考えながらインベントリを確認しようとしたが…
「ご心配なく、お嬢さんを助けてくださった恩義ですから、こちらで負担します」
二番目の兵士が話を遮り、最初の兵士も静かに同意した。
「支払い不要だ。私が処理します」
商人が明るく付け加えた。
【セバス】「バンディットを討伐しますか、マスター?」
セバスの冷静な声が頭に響く。
『いや、セバス。ここの警備は手堅い。山賊たちは巡回に任せよう』
そう答えたが、心のどこかがざわめいていた。
「山賊を引き渡したら懸賞金なんてないかな?」
僕は馬車後部の無力化された山賊を示しつつ商人へ訊ねた。
「あります。かなりの額です。ただ、子供を連れるにはその金を使うべきです。とはいえ、命の恩返しを金だけで済ませるわけにはいきません」
商人は穏やかに答えた。
僕らは都市の巨大な門に到着した。
馬車は停車し、検査の時を迎えた。
「どこから来た?」と甲高い声が馬車外で聞こえた。
「フロルウィン村から商物を売りに来ています」商人が淡々と答えた。「途中で山賊に襲われました。あとに眠らせてあります」
二人の騎士が近づいてきた。ひとりが山賊の縛りを確かめ、もう一人が荷箱を調べている。
「IDは?」「ギルド商人証です」と商人が差し出す。
その後ろの騎士は兵士の証を確認し、僕に向き直った。
「こちらの二人は新規入城者。IDは未所持。料金は済ませてある」
商人が説明した。
「降りてください。犯罪歴の有無を確認します」
騎士が丁寧だが毅然と促す。
商人は微笑みながら頷き、先に馬車から降りて門内へ入った。
僕も同じように降り、馬車の前輪横に立った。
「少し中で待ちましょう」商人が言い、僕は頷いた。
数分後、一人の騎士が箱を携えて戻ってきた。
魔導的ルーンが刻まれた金属箱だ。開けると、儀式用のような厚い閉じた書が立てて収められている。
僕は困惑した。
「手と子供の手を、この本に置いてください」
騎士が丁寧だが厳かに指示した。
手を触れると、青い粉状の粒子がふわりと光を放ち、一瞬回転して消えた。
「問題ありません。次に子供を」騎士が言った。
リオラを慎重に本に手を置かせると、やはり同じように光が舞った。
「どうぞ通ってください」と騎士は言い、僕らは門を通過した。
中に入ると、商人と兵士たちが壁沿いで別の騎士と話していた。
歩み寄ると、その騎士は軽く頷いて立ち去っていった。
「完璧なタイミングです」商人が口を開いた。「騎士が山賊を承認しました。こちらが懸賞金のお渡し分です――兵士に殺された二人を除いた額です」
僕は無言で袋を受け取った。
「さあ、教会にお連れしましょう」
商人が申し出、誰もが馬車に戻り、ノルヴァラの奥へと進んだ。
街並みは人であふれ、屋台や叫ぶ行商人が混雑を作っている。
服は質素で実用的。粗布のゆったりシャツに、丈夫なブーツ。
子どもは大きめのリユース服で、パッチやほつれのあるものを着ている。
色は茶、灰、時折深緑や紺。パッと映えるものではないが、実用性と生命力を感じさせる。
建物は石と木で整然と建てられ、瓦屋根とバルコニーがあり、ガラス窓や壁の装飾もある。
通りは広く清潔、舗装された石畳。
商店は看板が彫刻された木製で、一軒一軒がきちんとした店舗。宿屋は重厚な扉やカーテン付きで階数も多い。ここには「生き延びる」ではなく、「快適に暮らす」の空気がある。
しばらく歩くと――
「着きましたよ、ミスター」商人が告げた。
僕は馬車から降り、前方へ進む。
そこで見えたのは――
荘厳な教会だった。暖かく、静けさに満ちた大聖堂の尖塔が空に伸び、手入れされた前庭に囲まれていた。遠くからでも、像の姿が浮かび上がる。
少女、いや女神かもしれない。月光から削り出された幻のような立像。
全身は白い衣に包まれ、金の刺繍が縁に走る。柔らかなヴェールで顔を覆い、輪郭だけが見える――見るほどに、知るには届かない神秘が漂う。
ただ――目だけがうっすら光り、静かで遠く、美しかった。
商人が僕に声をかけ、数枚のコインを差し出したが、僕は丁重に断った。
「では、お越しの際はぜひ【The Fresh Pick】とお伝えください。それが私の店の名前です」
商人は穏やかに笑いながら言った。
僕は頷き、教会へ向かった。
そよ風に乗って花の香りが漂う。大理石の噴水の周囲には柔らかな草が揺れ、水面に光が踊る。空気が優しい抱擁のようだった。久しぶりに、確かな希望を感じた。
数歩進むと、一人の男が近づいてきた。
彼は白い奉服を着て、金刺繍が施された堂服に身を包んでいた。
穏やかだが威厳のある雰囲気を漂わせていた。
「女神アデッサ教会へようこそ。いかがなさいますか?」
彼は穏やかに、しかし礼儀正しく言った。
「私はここで司教を務めております」
と続けた。
彼は僕を見つめた。狼の毛皮と簡素な服をまとった僕を。
言葉はなかったが、その視線は多くを語った。
――『優しさと希望は外見だけなのか』と僕は微かに息を吐いた。
僕はポーチからコインを取り出し、手に広げて言った。
「寄付をしたい。そして、この子に浄化とハイヒールをお願いしたい」
僕はそっと毛皮をのぞかせ、リオラを見せた。
「ご寄付をありがとうございます。どうぞお任せください。女神アデッサの教えに従い、すべての魂には救いがあります」
司教は堂の付仕に袋を手渡しながら答えた。
僕は毛皮をずらし、両腕でリオラを抱き寄せた。まだ眠ったままの幼い姿だ。
「女神アデッサの名において」司教は静かに始めた。
「この子を見守り、汚れを祓いたまえ」
リオラの体に黄金の光が漂う――外からはささやかに見えたが、僕には確かに感じられた。息づかいが深く、穏やかになっていく。
「女神アデッサの名において、この子に慈悲の祝福を」
さらに強い光が降り、色が戻り始めた。
顔には健康的な紅色が差し、腕の血管は目立ちにくくなり、唇はやがてピンク色に。髪は艶を取り戻し、小指がほんの少し動く。浮腫んだ手足も引き締まっていた。彼女は――明らかに、生き返った。
その姿を見たとき、僕の中で何かが緩んだ。怒りはしばし静まり、希望が静かに呼吸した。
「完了しました。中へ入って女神に――」司教が話し始めたが、
「ありがとうございます。私たちはここで失礼します」
僕は静かに口を挟み、立ち去り始めた。
彼女の回復に、心が少しでも安堵したが、内側ではまだ炎が燃えていた。
『あの視線、あの吐息…すべて見られた、聞かれた』
僕は知っている。だが、ここで誰かを殺せば、すぐに公の問題になる。逆に操作されやすい。
『落ち着け、自分。』
僕は深く息を吸い、ゆっくり吐いた。
『さて、商人の店に向かおう』
再び清らかな街へと足を踏み出した。
――続く――
読んでくださってありがとうございます!この章、あまり遅れずにお届けできていたら嬉しいです。
ようやくリオラの治療が終わりましたね――でも本当の問題は、ゼロが次に何を企んでいるのか、ということです。
これからもっと面白くなっていくので、ぜひ最後までお付き合いください!