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第12章:守るに値する微笑み

太陽は頭上で燃えるように輝き、木々の間に柔らかな金色の光が差し込んでいた。裸足の足元では小枝が踏み砕かれ、涼しい風がざわめく葉をすり抜けていく。胸には引き締まった筋肉が刻まれ、左腕には大きすぎるシャツに包まれた娘が静かに座っていた。


彼女の長い黒髪は風になびき、柔らかな前髪の隙間から見える瞳は、まるで宇宙の深淵のように漆黒で、その瞳孔は遠い星のように白く輝いていた。小さな手が私の腕にそっとしがみついている。


これは――私の娘だ。


ふと、思い出す。


「まだ名前聞いてなかった」 と、急に慌てた。


【 子どもには名前がありません、マスター。 】

【 私がステータスを確認しました。 】


まさか… と訝りながらも、


【 生まれた時に名付けられていなかったか、忘れてしまった可能性があります。 】


名前を聞いた問いかけさえも、傷つけてしまいそうだった。慎重に誓った。


「リオラ」 と、そっと撫でながら囁いた。


彼女は不思議そうに私を見上げた。


「それが君の名前だよ。気に入った?」


目が輝き、満面の笑顔が広がった。


――その笑顔こそ、守るべきすべてだ。


「パパ、どこに行くの?」 と、優しく問いかける声に胸が暖かくなる。


「近くの街への道を教えてくれる人を探して、ちゃんと治療してもらおうね」と微笑んで答えた。


「でも、リオラ痛くないよ?」 と首を傾げ、


確かに――ステータスには 《健康状態:悪い》 と表示されていた。


「疲れやすいでしょ? 治ったらもっと元気になって、走ったり食べたり、もっと幸せになれるよ」


彼女はにっこり笑って 「うん」 と答えた。


その笑顔――地球で一度だけ味わった“純粋な幸せ” が胸の奥に蘇る。


【 マスター。狼種のモンスターが接近中です。排除しますか? 】


「一体だけ?」と訊く私に、


【 はい。ただし狂気状態で、自分の命さえ顧みずに暴れています。 】


「逃がしてもいいかな。毛皮でマント作るには小さすぎるし…」


考えながらも、


【 可能です。しかし、この状態では長く生き残れません、マスター。若いお嬢さんの防護にもなりますし。 】


そうだな… と娘を見る。


藪がざわめき、赤いマナの脈がほのかに揺れる。


姿を現したのは、通常より大柄な狼。毛は汚れ、牙には血が滴る。


「パパ… あれ何?」 と、幼い声で訊くリオラ。


小さな私の娘が、そんな距離から… 将来は弓使いになるのか… いや、危険にさらしたくはない。教えるのは後でいい。


狼を見る目からそっと右手を上げ、指を握って開いた――すると。


ただの泡ではなかった。水の形が創られた――蝶、おもちゃの水鳥、小さな泡たちが私の胸へ漂い、遊ぶように踊る。


これでリオラの視線を遮る。仕込みはシンプルだ。


【 セバス、狼の音をリオラに聞かせないで。音の仕組みは知っているから処理して。 】


静かに笑みを浮かべる。


狼は静止した――そして咆哮した。


AWOOOOOOOOOOOOOO.


森を切り裂くような叫び。それを合図に狼が突進してきた。


私は右手を振る。


風が渦を巻き、暴風の竜巻となって獣を包み込む。木々はうなり、雲は引き寄せられ、風は勢いを増し、リオラの目に竜巻が映った。


「パパ!」 小さくも鋭い声で呼ぶ娘。


どうしてこんなに可愛く叫べるのかと戸惑いながら、


「パパが作ったよ。かっこいい?」と笑いかけると、


「パパ、作ったの?」 と目を輝かせた。


「もし誰かが傷ついたら良くないもんね」と心配そうに眉を寄せた。


優しく頭を撫で、


「パパは君を守るよ。誰も傷つけない。周りも誰もいないし、大丈夫だよ」と静かに伝えた。


(…怒らせたら別だけど)


「うん」と信頼に満ちた瞳で頷く娘。


世界は甘くない。だから彼女をやわにしたくない。


「この風すごく速い!」 とリオラが叫ぶ。風は黒髪を翻わせ、目に映る竜巻を見つめている。


竜巻が消え、空が晴れると、


「…もう、なくなっちゃったね…」 と呟いた。


【 マスター、任務完了しました。 】 セバスの正確な声。


【 ‘変異影狼’の血をボトルに保存し、骨もインベントリに保持しています。 】


「立派な仕事だ、セバス。でもなんで時間かかったんだ?」 と訊くと、


【 若いお嬢さんが竜巻を楽しんでいたので、その間配慮しました、マスター。 】


君がいてくれてよかったよ、と思いながら、


【 私に仕えることが名誉です、マスター。 】


インベントリを確認すると、


【 呪影狼の血 ×1 】【 呪影狼の骨 ×1 】


「これで治癒薬が作れそうだ。錬金術師もいるはずだし、良い値で売れるかな」 と考える。


「パパ、あれ見て!」 とリオラが空を指さす。


狼の毛皮が風に乗り、枯れ葉のように舞ってきた。それを軽くキャッチ。


「見事だな、いい仕事だったセバス」と思う。


でも香りは…花のような匂い。柔らかな肌触り。


リオラが顔を埋めて喜んでいる。

「いい匂いだし、ふわふわ!」 と抱きしめた。


ありがとう、セバス… と胸中でつぶやく。


【 いくつかの花やハーブを回収しました、マスター。 】

【 狼の体臭を中和するために最適なものです。残念ながら石鹸の代用品は見つかりませんでした。 】


店でも石鹸や日用品は買えるけれど、自然の代替品を探したい。


リオラを川辺で洗おうとも考えていたが、頻繁すぎると風邪を引くかもしれない。


【 ポイント残高:60 】


「そろそろ果物のカテゴリを開放して、栄養あるものをあげないとな」と思うも、森に果実の樹は見当たらない。


インベントリを確認して、


【 Aureflora ×5 】


「指示して集めたけど、生でどうやって食べさせようかな」 と悩みながら、


【 この植物はほんのり暖かく、甘い香りを放ちます、マスター。 】

【 もし小さな娘に渡せば、彼女は食べたいと願うかもしれません。 】


「草を食べさせるのもあれだけど…」 と覚悟を決め、


「リオラ、これ見て?」と差し出すと、好奇心いっぱいに指を伸ばす。


小さな指、香りを嗅いで…。


「フード?」 と可愛い発音。


はは… 本当に幸せだと心が温かくなる。


「食べてみる?」と促すと、


「リオラ、食べていい?」 と問い返す声に目が潤む。


「どうぞ」と言うと、その葉を噛んで黙々と食べる。


「これで少しでも良くなればいいな」 と願う。


【 このまま植物を摂取し続けることで、街に着く頃には徐々に体調が改善されているでしょう、マスター。 】


心が安らぐ。


オーク村には民間人も多く虐殺されていた。交易路や街道が近くにあるはず。


リオラが葉を食べ終え、あくびをする。


「眠くない?休もうか」 と促すと、


彼女は胸に頭を預けて眠った。


【 小さな体なのでマナを馴染ませるために時間が必要だと思われます、マスター。 】

【 問題ないですよ、マスター――これは普通のことです。 】


「なら進もう」 と決め、呪影狼の毛皮を肩にかけてリオラを温め、森の道を進む。


――続く――

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