華の入ったナベに蓋をする
中学三年の終わり頃、葉車風等は白百合あかねに恋をした。素敵な恋だった。
あかねは風等にとって守るべき‘華’だった。
あかねを守るために、風等は手を汚していく。
そしていつしか風等は暴走する。
白百合あかねと言う女は、葉車風等と言う女を犠牲にして。
葉車風等と言う女は、白百合あかねと言う女を生きる理由として。
互いに利用し合う。
そして互いの華は、ナベに入れられていく。
風等は、あかねを壊そうとした男に近づく。のこのことやって来た男に蹴りを入れ、男が気絶するまで殴って、殴って、殴った。
そうやって、何度も何度も同じ事を繰り返す。
次の日にも、その次の日にも。
だが、あかねを本当に愛して居るのは風等ではなかった。風等は警察と協力していた。
やがて時は満ちる。風等は、愛したい何かの為に。あかねは、‘最後まで信じて欲しかった‘と言う思いを持って。
道を進む。
まだ始まらない、未来の為に。
私にはまだ、恋が何なのか、それすらもわかっていない。
(もう直ぐJKになるのに、これはヤバイか...?)
勿論、親しみやすい友達と言う者はいる。
でも、これが恋なんて、わかる訳無い。
これが初見殺しと言うやつか。
私がこれを恋と認識したのは、中三の、丁度終わりくらい。
私には、彼女がとても素敵に見えた。
その瞬間に、‘好き’を感じた。
まだ恋をした事がない私は、この気持ちをどう表現するか考える。だが、そんな心配は不要だった。
「風等がうちの彼氏になってくれれば良いのになー。」
両思い確定である。
自分の思いを伝えるのは、もちろん勇気がいるし難しい。だからといって、チャンスを逃すのも違う。
少し強引だったかもしれない。ちょっと不恰好だったかもしれない。でも、それで良かった。
彼女が笑ったから、私も笑えるぐらいには良い思い出だ。
そして、今のこの生活も、良い思い出。
「ふうちゃん、うちあの人嫌いかも。」
「うん。」
最近は、それで話が終わる。これでいい。これが、あーちゃんの幸せになるのだから。
後は、私が行動するだけ。
夜の小さな路地裏で、何かの肉片を殴る音が響く。
街灯に照らされた横顔には、赤い液体が付いている。
「ごめんね。」
そう小さく呟いた。幸せだったから。泣くのを我慢したいから。
今の私には、生きる理由がある。白百合あかねは、私と一緒に****。
だから私は、それまであーちゃんと一緒に生きる。
大好きだから。泣きたい程に。
だから要らない者はナベに入れよう。煮込んで仕舞えば、誰も気付かない。自分さえも。
「あーちゃん。」
その呼びかけに、あかねは頷く。
「「頂きます。」」
者を隠すのに最適な場所。一番身近な場所なら、逆に見つからないから、あかねも承諾してくれた。
「ふーちゃん、いつもありがとね。」
お礼なんて要らないのに、私は、あーちゃんが居てくれるだけで充分。
『ふーちゃん、お昼何処で食べるー?』
他愛のない会話をしていた、あの時に戻りたいとは思わない。だって今、私は幸せだから。
「風等ー?」
あーちゃんの幸せが、私の幸せになるから。
「ふーちゃんってばー!」
「っ?!...あぁ、ごめん。」
あかねがクレープを片手に、私の顔を覗き込んでいた。私がぼーっとしている間に、買ってきてくれたのだろう。
今と昔の記憶がぐちゃぐちゃだ。もっと、今に集中しないと。
「ありがとう。…あれ?一つしかないけど。」
「残り一つだったから。」
周りを見渡すと、奥の方にクレープ屋の屋台があるのが見える。
「食べよー」
私は頷く。あかねは少食だから、ほぼ私がもぐもぐしていた。そこをあかねに撮られたりもしていたが、私はそんな事気にせずにもぐもぐしていた。何かを咀嚼していると、考え事が進む訳で。
考え事をしている間に、日が落ちて来た。早くあかねを帰らせないと。
「あーちゃん、もうそろ帰らなきゃ。」
あかねが頷く。
あかねを家に送り届けた後、私は夜の町をふらついていた。
(何か寒いな。)
ぼーっとしていた。だから肩を優しく叩かれるまで、後ろに人が居るなんて気づけなかった。
「…?」
「あれ?驚くかと思ったのに。」
後ろにいた女は、あかねを、あかねをっ…。だから、ナベに入れて隠さないと。あかねの嫌な記憶も、全部。
私は女を突き飛ばして、首を締めた。だが、子供の私が大人の女に叶うはずがなく、難なく突き飛ばされた。
「身体だけじゃなく、頭までそれに持ってかれたら、立派な公務員にはなれないよ。葉車。」
(落ち着かないと。私の、私の本当の目的はあかねを…)
「まだまだ、心を落ち着かせる時間が必要みたいだね。まだ公務員になっていない私が、いろいろ言って悪かったよ。」
女は歩きだす。
「でもまあ、少しは休みなよ。」
そう言って、明かりのない路地へ手を振りながら入っていった。
「…帰ろ。」
ベッドに横たわると、先程の女との話を思い出す。
(休みなよ、か。)
休んだら、変わるのかな。休んだら、殺されちゃう。
(あんな顔で、殺して欲しくないな。)
あんな顔じゃ無くて、もっと、もっと。
(昔みたいな笑顔で…殺して…ほし…ぃ。)
いつの間にか眠っていたみたいだ。今日が日曜で良かった。
(予定も無いし、休んでみるか。)
だらだらと過ごす日中、暑すぎて何にも考える事が出来ないが、これはこれで何だか落ち着く。そうやって、日が落ちるまでまったり過ごした。
「おはよー。」
「ん、おはよ。」
今日は何だか目覚めが良かった。たまには休むのも大切なのかもしれない。
「なんか今日は元気だねー。」
普通、あかねの為に働かない日なんて無いから、今ちょっと不安だ。怒られないかな、とかいろんな不安が込み上げてくる。
「ゆっくり休めたんだ、良かった。」
感情の無い声だった。やっぱり不味かった?あーちゃんの幸せが私の幸せなのに。冷や汗が止まらない。吐きそう。捨てないで。絶対だめ。
気づけば、目の前にあかねは居なかった。少し落ち着いた。でも何だか、寂しかった。
無我夢中で今日と言う1日を走る。光は見えない。でも、走り続けると言う事に意味がある。
「葉車さん?」
今日は一週間に一度の、事情聴取の日。
“私は警察と協力している”
協力して、あかねを逮捕する。
「すみません、少し、考え事を。」
警察は「そうですか。」と頷く。
「私達も葉車さんに協力をお願いしている身です。今すぐにとは言いません、何年掛かってもいい。必ず白百合を逮捕し、少年院に送り届ける。」
子供相手に何をやっているんだろう、普通ならそう思う。でも、今まであかねが捕まらなかったのは、私が手助けをしていたから。それを言ってしまったら、私は公務員になれなくなるだろう。
「今回の事情聴取で、白百合の行動パターンをもっと詳しく知ることができました。今日はこれで充分です。計画をゆっくり、確実に進めていきましょう。」
帰り道、逮捕を確実にする為に考える。私ができる事は、物理的ではなく精神的にあかねを壊す事。その為には、最終的にあかねを裏切る事になる。
(じゃあ、誰があの子を最後まで信じて、愛してあげれるんだろう。)
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
この考えは高三の初めまで続いた。
「ねえふう〜、就職希望何書くか決まった?」
「まだー。」
私は、公務員になりたい。でもその夢を確実にするには、終わらせなくてはならない事がある。
今日が約束の日。
私は学校が終わると、あかねの家に直行した。
「お待たせ、行こうか。」
あかねはいつものように何も言わず、頷いた。
ついた場所は、裏山の、崖の上。今日は、一緒に死のうと約束した日。
あかねと私は、今の現状に疲れてしまったから、この道を選んだ。でも、そんな簡単に死ぬ勇気が出る訳でもなく。
「ふーちゃん、無理しなくて良いんだよ。ゆっくりで大丈夫。」
私は頷く。死ねる訳ない。まだ、私は満足していないから。
私たちは崖の先に肩を並べて座った。私が青ざめていると、あかねは急に立ち上がり囁いた。
「最後まで信じてくれるって言ったじゃん、」
『嘘つき。』
最後まで聞けなかった。だって横に、あかねの姿は無かったから。
「っ!?」
私は身を投げ出そうとしたが、襟の後ろを誰かに捕まれ後ろに引きずられた。
「ケホッ、ゴホッ…!」
痛みと哀しみで、前が見えなくなる。
「葉車っ!」
私の服を引っ張ったのは、よく考え事をしていたあの夜に会った女だった。
涙が溢れてくる。一緒に死んであげられなかったのが、悔しくて。
「後悔しているのか?葉車。」
私は首を縦に振った。
「だって、大切な、一人の人間だったから。」
女は悲しそうな顔をしていた。
「そう言えば私、ちゃんと警察になったんだ。改めまして、影比玲亜だ。」
名刺を渡してきた。勿論受け取らない。
私が名刺を見つめていると、影比は名刺を机に置いた。
「ちゃんとした事情聴取は明日にしよう。」
案外あっさりと解放された。見張りは付いているが。
学校に行くと、今日も就職希望を書く紙を渡された。
「…」
ペンを握った手に迷いは無かった。
〈就職希望者名〉
葉車 風等
〈職業種〉
公務員
〈職業名〉
警察官
「これで本当に大丈夫?間違いは無い?」
私は担任に向けて、笑顔で返事をした。
私は、少ない文章で人の心をどれだけ揺さぶることができるのか、と自分自身に課題を出して今まで小説を書いてきました。
この作品によって、どれだけ読者の皆さんの心が揺れ動くのか、とても楽しみです。「ここはこうした方が面白くなりそう。」などの感想を心待ちにしております。
私は、この物語のようにまだまだ(自分自身が)進めると考えています。
どんなに残酷な表現の作品しか書けなくても、自分の書いた作品を気味悪がられても、読者さんの心を揺さぶることができたのなら、それで満足です。
だって心を揺さぶったと言うことは、読者さんの心に少しでもこの作品が染み付いたと言うこと。そう思うと、何だか意欲も湧いてきます。
最後に、この物語を最後まで読んで頂き本当にありがとうございます。まだまだ作品を書いていきたいと考えていますので、そのたびに見ていただけるとありがたいです。今後とも私と私の作品をよろしくお願いします。