姉の身代わりに呪いを受けたら離宮に幽閉されました~呪われ王女は、魔法植物を研究したい~
「ほら見て、紛い物の姫君だわ」
「あはは。そんなことを言って失礼よ」
くすくすと笑いながら舞踏会に参加している貴族達は私を横目に通り過ぎていく。
仕方のないことだ。
私は、王家の美しい銀色の髪も銀色の瞳も受け継がない……側妃の娘。
金色に緑の瞳。
王家の人々とはまるで違う、紛い物。
「リリー王女殿下よ」
「あぁ、立派になられて。ご婚約者の隣国のルパート王子も素敵ね」
「本当に、紛い物とは大違い」
「あはは」
まるで見世物にされている気分だった。
なぜ私は王家になんて生まれてしまったのだろう。
私はご婚約者と嬉しそうに微笑み合うお姉様を見つめる。
リリー・フォーサイス。フィーサイス王国の第二王女であり、私のお姉様。
お姉様の隣にはお父様やお兄様の姿もある。
ただ、私とはとても遠い距離がある。
「私も……王家の色を有していたら、あんな風に愛されたのかしら」
王家の紛い物の姫として、ただ城で買い殺される日々。いずれ私は、どこかの誰かの元へと国益のために嫁がされるただの駒。
「リリー。おめでとう」
お父様の声に、いいなぁと、羨ましく思ってしまう自分が嫌になる。
その時であった。
会場が突然暗くなり、私は周囲を見回す。
「どうしたのかしら」
「灯を!」
「急げ」
その時、私の鼻を何かの匂いがかすめていく。
これは、魔法植物特有の香り?
側妃であったお母様が残してくれた、お母様の形見。それは珍しい魔法植物であった。
それとよく似た香りに、私は首を傾げた時、灯が付いた。
そしてついた途端、私の心臓は、嫌に撥ねる。
「嫌な予感が……なに?」
私は、周囲を見回し、そしてハッと気づく。お姉様へ向かって一人の男性が真っすぐに進んでいっている。
「お姉様……」
嫌な予感が警笛を鳴らすように私の心臓を煩くする。
「お姉様!」
「どうなさったのです! お待ちください!」
私は、傍に控えていた私の見張り役のような侍女が止めるのも聞かず、会場を走り出した。
行かなければいけないと、そう思った。
「お姉様! 危ない!」
皆が私の方を振り返るけれどなりふり構っていられず、私はリリーお姉様を庇うように両手を広げてその前に立った。
――――ピシャッ……。
肌をひりつかせる液体を私は浴び、全身に駆け抜ける突然の痛みに耐えかねて私はその場にしゃがみこんだ。
「いっ……ぃ……たい」
喉の奥から痛みに耐えかねて声が零れ落ちる。
そして黒い煙が私を包み込み、立ち上った。
「きゃぁぁぁぁ!」
「な、何者だ!?」
「どこから現れた!?」
黒いローブを身に纏った、仮面をつけた男がそこには立っており小瓶に入った液体をリリーお姉様にかけようとしたのである。
だけれど、それを全身に浴びたのはリリーお姉様を庇った私だ。
「り、リリーお姉様、逃げて、ください」
そう言って私はリリーお姉様に手を伸ばし早く逃げるようにと伝えた。
「い、いやあぁぁ。何!?」
何か液体のかかった私を、化け物を見るかのような瞳でリリーお姉様が見つめる。
そしてそんなリリーお姉様をルパート様が立ちあがらせると言った。
「リリー! 逃げるぞ!」
ちらりとルパート様が私のことを見るが一瞬で興味なさそうに視線を外す。
「え? え? は、はいっ!」
お姉様は婚約者様に手を引かれて、微かに頬を赤らめながら一緒に逃げていく。
まるで、物語のワンシーンかのようだった。
素敵な王子様に助けられるお姫様。そのような感じだ。
まるで他人事のようにな感覚で、その後ろ姿を見送る。
少しばかり寂しさのような悲しみが胸を過るのは、きっと烏滸がましいことなのだろう。
伸ばしていた手が力を保っていられなくなり、空を切り、手は降ろされる。
体中が痛くてたまらない。それは、絶望するには十分の孤独だった。
仮面をつけた男は、それを見つめた後、ゆっくりと声をあげた。
「紛い物の姫が……邪魔をしてくれたな……」
騎士達が駆けつけ、仮面の男を取り囲む。
国王陛下がそれを見て声をあげた。
「何者だ! 一体何をかけた!?」
仮面の男は腕をだらりと下げると、手に持っていた小瓶を地面へと落とす。
それはコロコロと転がり、私の足に当たり動きを止めた。
「呪いだ。あぁ……残念……リリー王女を呪えないとはな……はぁ。失敗か……」
焼けるような痛みを全身に感じながら、私は浅く呼吸を繰り返す。
そんな私の方を憐れそうに見つめる。
「呪われて、可哀そうになぁ」
ぎょろりとした男と視線が重なる。
そして、一瞬の間の後、男は隠していたナイフを取り出すと両手に構えて、駆けだした。
騎士達は突然のことに後れを取り、男は近くにいた貴族男性を騎士達の方へと投げ飛ばす。
「うわぁぁ」
「くそ! 取り囲め!」
男は身軽にひらりと飛ぶと、舞踏会場の窓ガラスを割って外へと逃げる。それを追って騎士達が走っていく。
私は肩で息をしながらそれを見つめていたのだけれど、視界が薄れ始めた時、国王陛下が声をあげた。
「あの黒い煙、呪いなのは確実だろう。王女を北の離宮へと隔離するのだ!」
「え? ……り、離宮?」
北の離宮は王城からは少し離れた場所にあり、病を患った王族などが使用していた場所である。
「離宮って、まさか……」
「あぁ。幽閉っていうことだろう」
「たしかに、呪いが移ったら嫌だもの」
「それに、紛い物の姫君でしょう? リリー王女様がご無事で本当に良かったわ」
「紛い物が役に立ちましたな」
こそこそとしたそんな会話がざわめきと共に聞こえてくる。
一度そこへ入った者は死ぬまで出られないという曰く付きの場所だということは、貴族であれば皆知っている。
そんな場所に私が送られる?
思考が追い付かずにいる中、冷ややかな国王陛下の視線がこちらへと向けられる。
そこには温かな感情などない。
「……お……国王陛下?」
お父様とは呼べず、そう呟いた私の視線から、国王陛下は視線を逸らす。
「……はぁ。駒を失ったか。……まぁよい。紛い物の姫などと言われおって……王族の恥が」
駒……恥……。
その一言が、胸の奥へと突き刺さる。
「リリーが無事でよかったな」
「国王陛下……」
もう一度そう呼ぶけれど、国王陛下がこちらを向くことはない。
助けを求めた自分がバカだったのだと思いながら、先ほど逃げて行ったお姉様の背中を思い出す。
婚約者様がお姉様を守るようにして逃げていた。
あの方であれば、リリーお姉様を幸せにしてくれる。
お父様の言うと通り、お姉様が無事でよかったのだ。
「良かった……お姉様、お幸せに」
私の視界は暗闇に吞み込まれ、何も見えなくなる。
体には痛みが走り、意識も朦朧とする中だったが、声だけはよく聞こえた。
私はそんな中、足元に転がる先ほどの小瓶を掴み、握りしめた。
切り捨てられるであろう私を、救うために手はずが整えられるかは分からない。なら、せめてこの手掛かりとなる小瓶だけは持っていきたい。
ぎゅと握りしめた私だったけれど、そこからは視界も朦朧とし始める。
「……これは呪いだ」
「魔法使い様が来たぞ! え……対処できない?」
「……国王陛下から離宮へと指示があったが……」
「触りたくない」
「布に包もう。おい、逃げるな!」
声だけがよく通って聞こえた。
物のように、布でくるまれる。
荷物のようにして運ばれる感覚は、惨めだった。
けれどその時の私は、それに反論することもできない。
五感の中で唯一働いているのが聴覚だけだったのだ。
「……離宮か……ここだったら、被害も出ないだろうし……」
「……元々王族に本当に籍を置いていていいのかと言われる方だったしな」
「仕方ない」
「そうだな。リリー王女様が無事でよかった」
「本当にそうだな。紛い物の姫君にしては、役に立ったってことだろう」
「違いないな」
笑い声が聞こえ、そして私は柔らかな何かの上へと下ろされる。
布を外されていくのが分かるが、離宮であろうことの予想はついても、ここがどのような場所なのかが分からない。
それなのに、何の説明もなく人の気配が遠ざかっていく。
怖い。
私は一人になったのだと言うことを悟った。
先ほどまで聞こえてきた声は一切聞こえず、何の音もしない。
ただただ、無音が恐怖だった。
私の意識は、そこでやっと途切れた。
もう少し早く、途切れていたら良かったのに……。
そうすれば、人の悪意の声も聞かずにいられたのにと、私はそう思った。
それから、どれくらいの時間がったのだろう。
体が重たい。
どれほど眠ったのだろうか。
少しずつ自分の意識が浮上し始めるのを感じ、そして私はゆっくりと瞼を開けた。
見慣れぬ天井。そして、見知らぬ部屋。
視力があるということに、まずほっとする。
とにかく状況を確認しなければと思い、起き上がろうとした私はそのままベッドの下へと転げ落ちた。
「痛い……何? ベッドが、高い?」
どういうことだろうかと体を起き上がらせて立った時、異変に気がついた。
「え?」
周囲の物という物が全て大きいのだ。
一体何が起こったのか分からずにいた私は、近くにあった姿見に映る自分を見て、息をのんだ。
「え……」
姿見に移っていたのは、十五歳の私ではなく、幼い五歳ほどの少女だった。
「何が……起こっているの?」
鏡に映る自分をいくら見ても変わらない。
私はしばらく鏡の前に立ち尽くしていたのだけれど、枕元に手紙が一通置かれていることに気がついた。
いつ置かれたのだろうか……。私をここへ送った後、おそらく魔道具か何かで転送されてきたのかもしれないなと予想を立てる。
一体何が書かれているのだろうかとそれを手に取る。
封を開ける手が震えた。
これはきっと、私にとってはこれからの人生を大きく左様する手紙であろう。
「大丈夫。大丈夫よ……これまでだって、色々あったけれど……私は生きている。うん、あんな変な呪いを受けて、死ななかっただけ……マシ……」
手紙を開き、急いで目を通していく。
簡潔に言えば、食料が一日三回食事が運ばれること、基本的に魔道具がこの屋敷には設置しているので
生きるには困らないであろうこと。
呪いについては調査中だけれど、解呪方法が分かるまでは北の離宮にて療養するようにと書かれていた。
その手紙をじっと見つめながら、私は息と着く。
「……はぁ。ちゃんと受け入れいないと……」
そう呟いた後、私はベッドの上にごろりと寝転がる。
「……食料が届くだけありがたいわ……魔道具があるって書いてある……侍女はこないわよね……呪いがとけるのか……出来るかはわからないものね……」
呪いとはいったが、未知のものだ。そうしたものが、必ずしも解けるとは限らない。
私は、ごろりと寝っ転がった後、近くにあった布へと視線を移す。
「あぁ……あれに包まれて運ばれてきたのね……あ……そうだ」
起き上がると布の中を探る。
あの時、倒れた時、私は自分の方へと転がって来た瓶を掴んだはずだ。
どこかに紛れ込んでいないだろうかと思いごそごそと布の中を探すと、固いものを見つけ引き出す。
「よかった。あった」
私は小瓶を手に取ると、早々にどうにかして保存しなければと思い、部屋の中の引き出しを開けていく。
戸棚の中も調べていくと、保存用の魔道具があることに気がついた。
「よかった!」
私は魔道具を使い小瓶に保存魔法をかけると、ほっと息をつく。
小瓶の中にはわずかに液体が残っている。これは、私にかけられた呪いが何で作られているのかの手がかりだ。
国王陛下のあの対応、そしてこの手紙からして自分はもう役に立たないと切り捨てられたのだろう。
この隔離は、呪いを背負って一人で余生をすごせということなのだろう。
「はぁ……あはは……やっぱり、私は……結局一人かぁ……いや、最初から一人だもの。何も変わらないわ」
ずっと、頑張り続けていたらいつか報われるかもしれないと心のどこかで期待していた。
愛してもらえるのではないか。
せめて政略結婚の駒として役に立ちたかった。
「……はぁ……」
私には何もないのだということが突きつけられる。
ソファに深く腰掛け、ゆっくりとため息をこぼす。
頑張っても、無駄なことがある。
報われないことも、当たり前にある.
そんなことはとうの昔に分かっていたというのに、一人であがいて、バカみたいである。
両手で顔を覆い、押し寄せてくる絶望に負けないようにと体に力を入れるけれど、音もなく涙が溢れてきた。
ただただ、涙が瞳からとめどなく溢れてくる。
声すら出ず、ただ流れ落ちていく涙を感じながら体が、心が、ゆっくりと絶望と言う名の現実を受け入れていく。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
気がつけば窓の外からは夕日が差し込んできていた。
窓を開けテラスへと出ると、空が橙色と紫色とに分かれている。
吹き抜けていく風は少し冷たくそれを頬に感じながら、私は涙をぬぐった。
「綺麗な空……わぁ……時間って、あっという間ね」
くよくよと泣いたところで現実は変わらず、そして私は生きている。
たくさん泣いて、少しばかりすっきりとしていた。
現実はいくら泣いても変わらないけれど、お腹に手を当てれば空腹を感じる。
私は生きているし空は美しくて世界は進んでいく。
大きく深呼吸をすると、私は自分の両頬を勢いよく叩いた。
「いたい……」
パチンと盛大な音を立てた分、痛みも走る。それが自分は生きているんだぞっていう感じがして気合が入る。
背筋を伸ばして私はこれからのことを考えた。
「まずはこの屋敷の状況を確認して、それから考えよう」
私は小さくなった体で薄暗くなり始めた屋敷の中を捜索し始める。
壁に掛けられていた管内地図を取り外し、それを見ながら屋敷を歩き回る。廊下には、これまでここで
過ごしてきたであろう王族の方々の肖像が飾られていた。
「あ、この人が……この北の離宮の最初の主なのね」
肖像画の下には、エレニカ・フォーサイスと名前が書いてあった。
ここに肖像画が飾られている人々は、どんな気持ちで、ここで暮らしていたのだろう。
ただ安心したことは離宮内には手紙に書いていた通り魔道具が設置されており、灯や火や水などの心配をしなくてもよさそうなことであった。
私は離宮の灯を魔道具でつけると、屋敷内が一気に明るくなる。
それだけでも、心細かった気持ちをほっとさせた。
灯が付くと、屋敷中を歩き回るのも探検のようで楽しい気持ちになってくる。
今までこうして一人で好きに歩き回ったことなどない。
好きに進んでもいい、時間も関係ない、すると何故か心が浮き立つ。
「何ていうのかしら、この感情……そうね、あぁそうだ。開放感! これがきっと、開放感っていうものだわ」
独り言を誰に気にするわけでもなく喋れると言うのも、心地が良かった。
今までの生活は、色々と型にはめ込まれ、操り人形のような心地だった。けれどここには誰もいないか
らこそ制限もない。
「ふふ……私の周りから誰もいなくなって……たった一人きりだと言うのにね……そう……たった……一人きり……? あ」
私は顔をあげると、そうだと気づいた。
王族から見放されたということは、私はもう、これまではめられてきた型にとらわれる必要がないということだ。
それはつまり、今までしたくても出来なかったことをしても、誰にも怒られないということ。
「……魔法植物の研究を本格的にしてみようかしら……でも、魔法植物が、ないか」
私物で集めていた魔法植物をここに運んでもらうことはきっと叶わないだろう。
せめて、植物の研究はどうだろう。
そんなことを考えながら私は管内の地図を見ると、温室があることに気がついた。
「……温室だ」
外は暗くなっているけれど、窓から外を覗くと確かに温室があり、全棟に魔道具を使い灯を付けたことによってそこも明るく輝いている。
私は足早に外へと出ると、温室に向かって歩き出す。
暗くなった外は冷たい風が吹き抜けていく。
温室の扉は重たくて、小さな体だと中々に開けずらい。
力を入れてどうにか押すと少しばかり開き、そこから体を滑り込ませた。
「わぁっ!」
灯の付けられた温室の中は、とても美しかった。
そして、驚くべきことになんと、たくさんの魔法植物がそこには生き生きと育っている。
魔道具のおかげで植物達への水の供給はしっかりとされているようだ。
こんな奇跡があるのだろうか。
魔法植物が好きで、これまで集めるのも大変だったというのに、こんなにもたくさんの魔法植物がここにはある。
元々この離宮は病などを患った王族専用のものだ。だからこそ、侍女や執事がいなくても環境が整うように整備されている。
なんと幸運なことだろう。
「これなら……魔法植物の研究もし放題だわ。そうよ。どうせ呪われて役立たずなんだもの……どうせ後は……ここで余生を過ごすだけでしょうし……そうね……自分のしてみたかったことに……挑戦してみようかしら」
ずっと、魔法植物に興味を抱いていた。
今ならば誰にも邪魔されずに思う存分出来るのだ。
呪いの正体も分からず、隔離され、余生を過ごすだけならば何をしてもかまわないであろう。
どうせ自分は紛い物。しかも呪われている。
こうなってしまえば、開き直った方が楽だろう。
死ぬまでの間、好きに生きさせてもらおう。
そう素直に思えた。
「ふふふ。楽しみすぎるわ」
世界が分かって見えた。私はこれから魔法植物を研究し放題。
今までの世界とは違う。
世界が初めて、輝いて見えたのであった。
呪われ王女シャーロット・フォーサイスは、呪われたことによって幽閉された。
この時のシャーロットはまだ知らない。
英雄が自分の婚約者になることも、自分の魔法植物の研究によってたくさんの人を救うことになることも。
※連載版始めました!最終話まで毎日更新します。
タイトルを変更しております!よろしければ読んでいただけると嬉しいです。
【呪われ王女は魔法植物を研究したい~公爵様が婚約者!?私、呪いで幼女になっているのですが~】
読んでくださった皆様ありがとうございます(●´ω`●)
WEBは自分の活動の拠点の一つであり、たくさんの小説を世に出させていただいておりますが、やはりWEBって楽しいなって思います。
読者の皆様、いつも応援ありがとうございます。
読んでいただけることが、私にとってとても幸運なことだなと思います。
ブクマや★★★★★評価をぽちりとしていただけると、今後の励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします(*´▽`*)
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