メインキャラクターじゃない人に親切にしてはいけない世界です。間違えるとこうなります。
2−①
ヨウさんの処刑時間を聞いて心臓の鼓動に濁音が混じった。
森の中で偶然出会って助けてくれた人。同じ世界から来たばかりの様子は、自分が4年前にこの世界に降り立った時のことが思い出された。
お礼になればと、換金できる素材の入ったバッグを渡して、ここの世界での暮らしのスタートが良くなればよかったと思ったのに。
それが処刑?
「処刑されるまで15分しかないじゃない!もっと、早く教えてくれればよかったのに!」
「あー。うっかりしていた。誰にでもあるだろ。そういうの。いいのか?俺と楽しい会話を繰り広げていて。牢屋までゆいなの足だと、そうだな15分か」
王宮は無駄に広い。
「ハンド、お願い瞬間移動で運んで!」
「そうしてやりたいんだが、ちょっと連日の疲れが残っていてな。今だと、どこか変なところに飛んでしまうかもしれないからやめておいた方がいい」
「大丈夫?老化すすみすぎじゃない?飲み会もほどほどにね。またね」
ハンドの部屋を飛び出した。
息が切れる。
油断した。
ヨウさんは隠しキャラだとほぼ確信していた。
自分と同じ世界から来て、能力がチート。
王者のような風格のオーラ。
メインキャラクター以外との恋が許されないこの世界の追加キャラクターでモブじゃない。
かかわっても大丈夫だろうっておもってた。
それになによりかっこいいし。
この世界でかっこいいはメインを見分ける上での重要な要素。
キャラデザの力の入れようがメインとモブでは差があるのだ。
それでも。
一緒に王宮まで連れてはこなかった。
次の約束もしなかった。
念のために。
この世界から制裁をくらわないように。
関りを最小限にした。最後にカバンを渡しただけ。
これぐらいなら、この人がモブだったとしても大丈夫だろう。
そう言い聞かせて。
でも、甘かった。
たしかに珍しい鞄だからそれがきっかけになって私にたどり着いたらいいなってちらっと思った。
彼がメインキャラなら再会できる可能性は高かったけど、フラグがわからない。
もし、フラグを踏めていなかったらと怖かった。
その彼へのかすかな未練がいけなかったの?
彼が死んでしまうなら、カバンを渡さなければよかった、街に送り届けなければよかった。
最悪な展開を脳裏に描きながら牢屋についた。
少しでも息があれば、聖女の力で助けることができる。
お願い間に合って。
何分経った?
門番達が次々と駆け寄ってくる。笑顔や涙を流して。
なんでこんな反応されるの?
「御無事でしたか聖女様、今、聖女様のカバンを盗んだ不届き物を処刑するところです」
ヨウさんのことだ。
経緯をゆっくりと聞いている暇はなかった。
「ちょっとまって、違うの。貸したの。あのバッグは私が貸したの」
「そんなはずはありません」
牢番の中でも若そうな男が一歩前に進み出た。
「聖女様のバッグを所持していた男が術者によってここに移送されてからすぐに、王がこちらにいらっしゃったのです。聖女様が亡くなったかもしれないとの報告に連絡を取ってみようとおっしゃられて。手紙をすぐに我々の前で送っていました。すると手紙がすぐに戻ってきて。それを読まれた王が深くため息をついて目を伏せたのです」
「その様子をみて、われらは男を処刑しますかと尋ねました。するとまた、悲しそうな顔をなされたのです」
え?ハンドは私が生きていたのを知らなかったの?
魔物の素材が増えてたと思うんだけど。
私が捌いたとは思わなかったのかな?
ちゃんと知らせればよかった。
私のせいだ。
「とにかく、私は生きてるし、あのかばんは貸したの!」
全く動く気配のない牢番たちの横をすり抜けて、こんなにも長かったかと思える薄暗い階段を駆け下りる。
まばらにしかないろうそくの火が揺らめくたびに壁際の暗闇が揺れて、最悪な予感を私に突き付けてくるようだった。
やっとたどり着いた時、ギロチンは既に落ち始めていたように思う。
音もなく。
あんなにも滑らかに刃が落ちていくの?
私は悲鳴を上げた。
石造りの地下牢に甲高い声が反響して、これは紛れもない現実なのだと思い知らされた。
「お願い。だれか嘘だと言って。嫌だ。こんなの嫌」
「なにを否定すればいいかわからないけど、とりあえず、指を拾っていい?」
「ぎゃああああ」
思わぬ声がかえってきて私は飛び退いた。
視界が広くなると色々な情報が加算されていく。
血はあたりに飛び散っているけれど、さっきの声?ヨウさんだよね。
気を取り直して、声の主を目の中に入れる。
首、つながっている?
どうして?どうやって?
もういちど首がつながっているのを確認して、それからそれから、気が動転して何をすべきか浮かばない。
とりあえず、そう、声の指示に従って指を拾って。
「それ、埋めておいてくれる?」
「え?お医者さんにつけてもらった方が」
「できるの?この世界の医療水準がわからないから」
「あ、それ私出来ます。聖女ですから」
男の手を取り、指が接合するように聖なる力を流す。
暖かい。生きてる。
「なんか、もがいたら木の枠が外れて助かった。指は間に合わなかったけど」
状況を説明してくれるヨウさんのおかげで、頭が冷えてきた。
木枠が外れた?やっぱり隠れキャラクター?
「ごめんなさい。私がカバンを渡したばっかりに」
「冒険ギルドに行った途端に、ざわついたんだよ。今考えればこのバッグのせいだったんだな。捕まったのは驚いたけど、ゆいなさんは俺を助けようとしてくれた。だれかを思ってしたことは正解だよ。例外はあるかもしれないけれど、今回のことは俺は嬉しかったよ」
「うう」
うなり声みたいな声が出た。
「ほんとだよ?」
「ありがとう」
聖女の力があって本当によかった。
主人公だから、自由に誰かを助けることもできなくてヨウさんをこんな目に遭わせてしまったのかもしれないけれど、助けることもできてよかった。
でも。
指が元のようにつながって薄くなる傷跡を見ながら、この人にはもう近寄らないようにしようと心に決めていた。
最後の仕上げをしようとした時に、ぱっと、直していた左手が離された。
「ヨウさん?まだ完全に治ってません。今くっつけておかないとあとで不具合が出てくるかもしれません」
「また会ってくれるって約束してくれたら、なおさせてあげる。もう俺に会わないって思ってたでしょ」
「なんでわかるんですか?」
「だって、森で言ってたじゃない。モブの人とかかわると皆没落していくって。自分が誰かに不幸を呼び起こしてしまうのがつらいって」
言ったけど。それでもかかわろうとしてくれるんだ。
その気持ちだけでもうれしくて、心を鬼にしてもう会わないと決めた。
「自分の指じゃないのに?あなたの指が治らなくても私には関係ないことです」
心臓がバクバクしている。まだ、指は完全じゃない。不自由さが残ると思う。
これ以上かかわったら、死んじゃうかもしれないのに。そんな意地悪いわないで。
「また会いたいんだ」
一歩も引かないヨウさんの態度に返事もできないまま、涙があふれそうになるのを必死でこらえた。
こんな目にあってもまた会いたいって言ってくれる人は初めてだった。