恋愛ゲームの主人公です。メインキャラクターとの関係はこんな感じです。絶望。
1-⑤
「ご主人様は不在でございます」
重厚な執務室の扉を開けたのは、そこの主ではなくメイドだった。
初めて見る顔のような気がする。
王宮に戻ってすぐに報告書を書き王の元に向かったが不在だった。
今は勤務時間のはずなのに。
こんなことならば、家に帰ってお風呂に入ってから来ればよかったなぁ。
魔法で身なりは整えられているものの、煌びやかな王宮に3日も着替えていない服、お風呂に入っていない状態で来るのは気が重い。
「こまったな」
作ったばかりの報告書を手に途方に暮れる。
他の人に預けるなと言われているし。
机に置いて帰っちゃおうかな?
おこうとする右手を左手で必死に止める。
って何やってるんだ私は。
ほかの人に渡してはいけない理由はちゃんとある。
恋愛フラグを他の攻略対象とたてないためだ。
私が王の命令で国のために働いているのは秘密にしている。
王はメインキャラクターの一人だけれど恋愛できない私の協力者だ。
ここがゲームの世界だと彼も知っている。
私が話したから。
そこで彼が建てた計画はとりあえず、対外的には適当に誤魔化しながら、誰との恋愛フラグも進めない。だった。
怠け者で何もしていないほうが好感度が上がりにくいらしいから。
「でなおすか」
振り返ろうとすると後ろで扉が開く音がした。
「しばらくぶりだな聖女よ」
「セドリック様」
「まったく、聖女様は気楽でいいな。魔物が出て大変な時だというのに気まぐれにあらわれて仕事をするでもない」
王の兄。宰相であるセドリック様は賢そうなキャラのテンプレである眼鏡をクイッとあげた。
ちなみに銀縁です。
王のお兄さんが弟の下につく。
これには、ゲームの複雑な設定があるみたいだけれど、そこまではよく知らない。
恋愛フラグすすめてないからねぇ。
それよりも仕事、してましたけど。
言いたいけれど、いえない。
モヤモヤする~。
けれど、冷たすぎるってことは作戦は成功しているんだよね。
セドリック様の私に対する好感度は氷点下だ。
「ハンドに会いに来たのですが」
王の名を告げる。
「王は討伐隊の規模を想定し作戦を練り上げるために別室にこもってらっしゃる。残念だったな。聖なる魔法と見た目だけが取り柄なのだから早く顔でも見せてさしあげろ」
「別室というと北の塔ですか?」
残念だったなの意味がわからないが、嫌味はいつも通りなのでスルーする。
「くれぐれも邪魔をするなよ。その紙の束。まさか、おねだりするためのリストではないだろうな?あの方はこの国の至宝。本来ならば、おまえのようなものが傍に寄れる存在ではないのだ」
ツンデレ担当なんだろうなぁ。セドリック様。
「ただきれいにしているだけでいいなんて、本当に羨ましい」
嫌味は続く。セドリック様のそれが推しポイントなんだよね。
「素直にきれいと言ってくださればいいのに。誉め言葉ありがとうございます。これは、欲しい物リストではないのでご安心ください」
素直じゃない。ちょっとひねくれた頭の良い攻略対象。
「そんなつもりはない」
「はーい」
最初は主人公に厳しくて、仲が深まるにつれ良さを知って優しくなっていく。
その時に、弟の宰相をしている理由も明かされて…。なんてこともあるのかもしれない。
初期のままフラグを立てるつもりもないからこのままデレも、複雑な理由部分を見ることはないんだけど、ちょっと興味はある。
でもね、興味だけで自分のことを好きにさせる軽い行動はできなかったよ。
ハンドの場所がわかったので、執務室を出ようとすると扉が勢いよく開いた。
「わお、ゆいな様、久しぶりです」
報告書類が下に落ちそうになるのをこらえる。
年下の元気筋肉担当バーディさまだ。色々詰込み設定すぎる気もするけれど、攻略対象人数に限りがあったりしてしょうがないのかもしれない。
「ごきげんよう」
バーディ様の顔は、会えて嬉しくてしょうがないとまるわかりだ。ササッと近づいてきて私の前でかがんだ。
頭を差し出す。撫でてほしいってことだ。
「このごろの、世界情勢の悪化を食い止めるために頑張ってたんですよ」
「本当に、皆様の活躍は素晴らしいです。いつもありがとうございます」
このままでは撫でられないとわかったのか、バーディ様は顔を上げた。
「どうして、いつも撫でてくださらないんですか?」
「そんな、恐れ多いことです」
「僕がしてほしい。だからいいじゃないですか」
バーディ様は、王の弟で人当たりもいい。元々好感度が高くて、すぐにフラグが立ってしまうそうだから、うかつに要求に乗ったらまずい。
私が年下好きならよかったし、とても誠実そうなバーディ様に自分の気持ちに嘘をついて流されてもよかったけれど。
好きになれずに、世界が滅ぶことになったらと思うと頭をなでることでも躊躇してしまった。
「バーディ様のファンの方に申し訳ないですから。例え誰も見ていないところだとしても、その方たちを悲しませるようなことはできません」
バーディ様はじっとひとみを覗き込んできた。
つぶらな瞳攻撃。お強い。
かっこいい顔の魅力を最大限に使った攻撃だ。
「本当は兄さんのことが好きだからじゃないんですか?」
「ハンドを?いえ。それは違います」
「それ、皆の前で言ってはダメですよ。暴動が起きる。君も聞かなかったようにね」
ベーディ様は傍にいるメイドさんを言いくるめた。
罪悪感が襲う。
ハンドでもいい。ほかの誰でも、好きになれてたらこんなに追い込まれてないんだけど。
困っているところで、セドリック様が入ってきた。
「聖女様にかまいすぎるとと王の機嫌が悪くなる」
「セドリックの意地悪」
きらきらしていた瞳の温度が下がったように感じた。実は腹黒の裏設定とかあるのかもしれない。
不服そうだったけれど、バーディ様は道をあけてくれた。
「今度はもっとお話ししてくださいね」
「ぜひ」
もちろん、好感度を上げることも、フラグを立てることもしたくないので、かなえることはない。解放されてほっとしながら出ようとすると、後ろから声が追いかけてきた。
「相手が兄だから僕は遠慮してるんですからね」
だから違うって言ったのに。
もう一度しようとした否定は、メイドさんの目が鋭く光ったように見えてやめておいた。