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今は感謝しかない。って思える時まであと少し?

 8-⑤


 魔王が封印されていたとき、魔王の世界は防御壁の内側だけ。私たちの世界は広くて。

 今ではそれが入れ替わっている。

 いま、自分の張った防御壁の中に囚われているのは私で魔王は自由。


 封印されていた時よりも当然、力を増しているのを感じる。

 世界からの共有がない私の力。

 いつ途切れるかわからない。


 今かもしれないし、ずっと先かもしれない。

 何か手が見つかるまで防御壁がもってくれる保証はもちろんない。


「ゆいな様!今、みんなきますから!助けますから」


 バーディ様の声に首を振る。


「もともと、私を魔王に差し出そうとしてたんでしょ?助けないでしょ」

「儀式には手順というものがあるんです。今のままだと無駄死にです!」

「なるほど。助けてから生贄に差し出すと。それはありがとうって言っていいのか迷うところ」


 とりあえず、この場はいったん切り抜けるための助けを借りることはできそうだ。

 魔王を凝視しつつ座り込んだ。

 どのくらい力があるか。


 先程までは感じられた残量がわからない。

 麻痺してしまったのか。感じられる上限を超えてしまったのか。

 知能が高い魔物だからきっと無駄なことはしないだろう。


 この防御壁に触りはしないということは、今の防御を破るほどはパワーアップしていないということなのかな?

 ただ見つめあっているだけなのに、ゾクゾクとした悪寒が這い登る。

 少しでも魔王と距離をとりたい。


 すべて枯れた魔王の世界と魔道具で保たれている変わりない世界。

 領地との境界線が私がそちらの世界に帰還するのを拒んでいるのだろうか。

 防御壁の隅に移動して防御壁の大きさを広げようとしても一方がやはり押し返される感覚がある。


 それゆえに、反対側も大きくなることはない。

 試しに、少し魔王の世界の方に足を踏み入れてから防御壁を大きくしてみると、全体が広がった。

 領地から離れる分には今まで通り防御壁を拡張できるらしい。


 助けを待つべきか、どうせ、助かっても命をとられるのだから、自分で何とかするべきか。

 できることがあればそれをとっかかりに何かできるはず。

 迷っているとバーディ様が叫んだ。


「何をしてるんですか。危ない橋を渡らないでください。力が切れたらどうするんです。初めからこの計画に反対だったノリス様ならきっと何とかしてくれるかもしれないから、待ってて」


 その言葉で心の何かが決まった。

 防御壁に内側からふれると精霊さんの力を感じた。そ

 の中に、ヨウさんの力も少し感じる。


 ヨウさんの力がまだ、自分の中に残っている。


「私を助けたら、世界からの供給の糸をノリスは切られるかもしれない。聖女がそれでいいの?」

「なんだって?」


 バーディ様の顔が途端にゆがむ。たぶん、私やヨウさん。ヨウさんと同じ団員の人たちに起こったことを思い出したのかもしれない。


「ノリス様はこの世界の主人公だ。きちんと役目も果たそうとしている。それなら見捨てられるはずがないだろう?」


 最後の方の声が自問自答のようになったのはきっと心の不安が表に出てきたからだろう。


「そんな、はずがないんだ」

「それなら待った方がいい?助けを期待して、委ねたほうがいい?」


 私はゆっくりと立ち上がった。ノリスを守りたいと思う心が力をくれる。ヨウさんならきっとこうする。

 ゲームの主人公以外の行く末はここでは些末な事柄に入る。でも、いつだって主人公を救うのはメインキャラだけじゃない。

 モブだって主人公を助けられるんだ。


 いなくなっても悲しむ人が少ない存在だからこそ物語では喪失の役割を担える場合もあるんだ。

 ヨウさんがこの世界からいなくなったのは悲しいけれど。


「もう一度会いたかったな」


 ふと願望がもれる。


「ちがう。絶対会うんだ」


 大切な人を守りつつ、自分も大切にする。

 それが私の生き方だ。


「ゆいな!」


 ノリスとハンドが飛んできた。

 私は最後に一つだけ気になっていた質問をノリスに投げかけた。


「ノリス!魔王が隠れ攻略者ってことはないの?」

「え?いまさら何を?ないけど」


 それが動き始めの合図だった。


 ぽかんとしている周りを気にせず領地を背にして防御壁の端まで歩き、拡大していった。


「ゆいな、どこに行くの?」


 ノリスの声にこたえられない。自分でもわからないからだ。


「ヨウさんのところ」

「え?彼は今ここにはいないはず」


 魔王はイケメンではない。

 人型ではない。

 このゲームにおいては恋愛対象ではないとノリスが教えてくれた。


 私と領地の間にいてくれれば見えない壁と私の防御壁とで挟んでみるっていう実験ができたのに。


「もしかして、ゆいな、防御壁を広げて魔王を押しやるき?」


 ノリスが私の作戦に気が付いた。


「でも、大きな防御壁を作るほどあなたの力は消耗する。やめて。消える時間が早くなる」

「後ろに下がって領地に戻れないんだもの。前にしか可能性はない」


 防御壁がひろがるにつれ魔王は後退していく。

 このまま魔王を押して行ってどこかの領地の防御壁と挟むことができればもしかしたら倒せるかもしれない。

 少なくとも挟めればまた封印できるけれど、その気はないらしい。


 空の方につかず離れずこちらの様子をうかがっている。

 魔王の手の中に軽く火の玉ができた。

 どんどん大きくなっていき、こちらに飛ばされた。


 防御壁とぶつかり消滅した。

 その攻撃もっとしてくれないかな。


「ゆいな」


 悲鳴にも似たハンドの声がした。

 いたのか。

 今まで静かだったからどこかに帰ったのかと思ってたよ。


「ゆいなの力が増した?」


 ノリスが解説してくれた。

 それ、言わないで欲しかったな。

 言葉を理解したように、魔王からの攻撃がやんだ。


 そう。私は力を吸収したの。

 力の供給がなくなって精霊さんからもらう方法を見つけた後も、少しずつどうにかできないかとヨウさんは考えてくれていた。

 その考えをまとめたノートをマジックバッグに残してくれていた。

 

 まだ、練習段階だったけどうまくいった。

 魔物に会うたびに試して力を貯めて。

 魔王にも通用するとは思わなかったけど、ラッキー。


「すごい、魔王の攻撃を吸収するなんて。これで力切れの心配がなくなるね」


 ノリスが畳みかけるように言葉を発した。

 魔王はこちらの言葉を理解していると思って行動したほうが良いと思う。


「ノリス様、それは言わないほうがいいんじゃない?」


 バーディ様が訂正してくれたけど、それもまたその言葉の信用度を上げているような気もした。


「ごめんなさい、ゆいな」

「大丈夫」


 防御壁を広げつつ魔王の方に進む。すこしづつ魔王との距離が遠くなる。このまま距離を稼げば、倒せないまでも領地内の防御壁に戻る時間が稼げると思うんだ。

 幸い、さっきの魔王の攻撃で力がだいぶ回復した。

 単純作業のすでに慣れた手順を繰り返そうとした時、チクッと首の後ろに痛みが走った。


 めまいがする。

 やばい

 ものすごい速さで力が吸われていくのがわかった。

 どうしてか考える暇もなく、領地の防御壁の方に走り出す。


「ゆいな!」


 誰かが呼ぶ声がする。

 でも誰でもいいどうでもいい。

 力がなくなる。


 防御壁が消えてしまう。


 こんな時に限って、足がもつれる。

 魔王の気配がどんどん身近に近づいてくる。

 追いつかれないようにするには距離が少し足りないきがする。


 気がするは絶対じゃない。自分の目算を信じるな。

 絶対に嫌だ。ヨウさんにまた会うまで。絶対に嫌だ。

 夢中で走る。


 ドレスがもつれる。

 ピンクが目に入る。

 ほんと、走りずらい。


 領地の中の黄色いドレスのノリスが目に入る。

 あそこをめがけて。

 領地内で皆呆然とこちらを見ているのがわかる。


 ふっと空気の揺れをまじかに感じた。

 やばい。もう。

 無意識に伸ばした手を誰かにひかれて目の前が突然暗くなった。


「間に合ってよかった」

「あ…」


 ずっと聞きたかった声。

 この声だけは、どんなピンチでもどうでも良くない。

 夢にまで見た人だ。


 この世界からいなくなってもあきらめきれなくて、会えることもわからないのにずっと思い続けてた。

 ヨウさん!


「このタイミングで助けに来てくれて。ヒーローじゃん。メインキャラクター確定じゃん」

「ゆいなちゃんの、ヒーローではありたいかな」

「ひゅー」


 思わず声が出た。そんな風にデレるイメージないのに。照れくさすぎて目を伏せる。


「こちらの世界に来る穴が復活したのか?」

「そういうのはまあ後で」


 ヨウさんが抱えていた私を下ろして地面に足が付く。

 領地の防御壁の中に瞬間移動したみたい。

 力強い腕。落ち着くにおい。耳が喜ぶ、少し低温気味の声。


「盛り上がっているところ悪いんだけど、ゆいなをこっちに渡してもらおうか」


 どうする?と確認するようなヨウさんの視線に嫌だと首を振る。


「なんでかわからないけれど、嫌がってる以上そっちに渡すわけにはいかない」


 ヨウさんは私を背にかばってくれた。出会った時に戻ったみたい。

 あの時も、身を挺して守ってくれた。


「あんたはこの世界の住人じゃないから関係ないだろうが、このまま魔王がのさばる世界で暮らしていく俺たちの邪魔をしないでくれ」

「私の首をとある手順で差し出せば魔王が消滅するらしい」

「それはどういう原理なんだろう。ちょっと興味はある」


 えー。がっかりした顔でヨウさんをみると笑っていた。

 ヨウさん、研究熱心だからちょっと疑っちゃったよ。


「俺は大事な子を差し出すことはしないよ。もちろん。でもなんで今頃そんな方法が?」


 ヨウさんはノリスを見た。


「ゲームをプレイしたことのある君からそんな話を聞いたことは今までなかったんだろ?」

「じつは、それがバッドエンドの一つだったんです。聖女の命と引き換えにこの世界に平和が戻る。でも、ゆいなを犠牲にするそんな方法言えるわけがない」

「でも、いま、みんなに知られている」

「それは、私が聖女になったからです。ハンド様はこの世界を憂いていた。自由を求めていらした。だから、この方法で幸せに暮らしてもらえればと思ったんです」

「ノリス…」


 ハンドが下を向いて小刻みに震えている。

 嬉しいなら顔を上げて喜べばいいのに。

 あれは顔を見せられないぐらいニヤついているとみた。


 優しいけれど、高圧的な覇気がヨウさんから立ち上る。

 ハンドが顔を上げた。


「俺はこのままでいいと思う」

「え?ハンド様?」

「迷っていたんだ。ゆいなを犠牲とするこの方法を使うことに。バーディやセドリックがどうしてもっていうから来たけれど」


 きゅうに話が違うような?なに?


「やめよう。ノリス、俺の為だったらいいよ。誰かが犠牲になることはない」


 ヨウさんの気がまた優しいものに戻った。

 何だったんだろう。


「よかった。戦うことにならなくて」


 ヨウさんのつぶやきが耳に届いた。


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