でもね。いつの間にか怒りは消えて。クライマックスまでもう少し?
8-④
目的地に着いたと言われても先についているはずのハンドとノリスは見当たらなかった。
王様と聖女様
魔王からの脅威を退ける要の二人がいない中、セドリック様とバーディ様が私を手招きした。
防御壁は途切れている様子もなく、魔王が復活前の平和な映像を映し出している。
近づくと映像が消え、本来の外の世界が透けて見えた。
死の世界に、自分のいる場所の危うさを感じた。
震えが足先から立ち上る。
「ここです」
抑揚のない声でセドリック様が自分にもっと近づくように促す。ぞっとするほど冷たい声だった。
会ったばかりの、話をするのにも嫌だ。目も合わせるのも汚らわしいと言わんばかりのころに戻ったみたいな。
それ以上かもしれない。
よく自分はあの頃そのまなざしにも態度にも耐えられたなと褒めたい。
思わずバーディ様を顧みれば、少し、困ったような表情をしている。
「セドリック兄さんやっぱり、帰りましょうって、うわ!」
「え?」
バーディ様が崩れ落ちた。
慌てて支える。
セドリック様がバーディ様に向かって攻撃を仕掛けたのだ。
なぜ?
「国民の安全がかかわってるんです。聖女も協力してくれますよね」
不可解な行動にも話を進める態度が怖い。
「はい。役に立てるなら頑張ります」
声が掠れていた。
何か狂気じみたものを感じて、体中が警戒を始めていた。
「本当かどうかわからないじゃないか」
バーディ様は攻撃が当たった頭をさすりながら私の前に立ちはだかった。
よかった、セドリック様の魔法は強いものではなかったらしい。
しかし、目の前で何が起こっているのだろう。
だれか、説明してほしい。
セドリック様は私に何かをしてほしい、そして、バーディ様はそれを拒んでいる?
「あのー?」
兄弟げんかはまだつづく。
バーディ様が防波堤となって私とセドリック様の前に立ちはだかった。
セドリック様がどかそうとしても、油断しなければもともとバーディ様の方が強いのだ。
今度は攻撃を受け止める。
「何があったんですか?いったい」
ふたりがもめている間に少し距離を取った。
「ちゃんと説明してください」
安全圏を確保してから、防御壁を張った。
味方に対してこれを発動することになるなんて思わなかったよ。
胸の奥がチリチリする。
悲しい。
信じていた人をとことん信じられない自分が嫌だ。
「魔王を倒すには聖女とメインキャラクターの愛。封印するには聖女の首を捧げればいいそうです」
耳から入った音を理解するまでに時間がかかって思わず口元に指を持っていった。
バーディ様は微動だにしない。
封印。かつて魔王がされていたことだ。そういえば、どうやって魔王が封印されたのかについて、深く考えたことがなかった。
「ここはゲームの世界で、時が満ちるまで魔王が封印されているという設定なのだろう」ぐらいにしか考えていなかった。
「ノリス様があなたとヨウさんのことに心を痛めて自分も何か力になればと、王宮の図書館を探していたときに見つけたそうです。心がきれいな彼女は、自分を使って魔王を封印してほしいと言ってきた」
優しいノリスならば言いそうな気がする。
本を私のために探してくれていたのも嬉しい。うっすらとクマがあったのはそれでなのかもしれない。
ハンドがノリスを悲しませてるとか思ってごめん。
「聖女を失って、儀式が失敗したら?それは世界の破滅を意味します。いま、世界に認められている聖女は彼女一人。できるわけがありません」
逃げたほうがいいのか、このまま魔王を封印する道具にされた方がいいのか。心は揺れている。
きっと、本当の主人公ならノリスのように自己犠牲をためらいもなく選ぶだろう。
そんなところも主人公失格。
「ごめんなさい。生贄になる気はありません」
謝ると、セドリック様だけではなくて、バーディ様まで信じられないという顔をした。
「だから、言ったろバーディこいつはそういうやつだ。自分の役割を放棄して自分の幸せだけを取るやつだ」
こちらに向かってくる。
もう、止める人はいない。
「僕は、あなたが知ってしまったら、きっと自己犠牲を選ぶと思っていました。だから、何も言わずになかったように帰ろうと」
そうだよね。普通の主人公ならそうするよね。
本当の世界では難しい決断を当然のようにするのが主人公。
それをするのが当然と思われる世界。
「ごめんね。私は私が可愛い。だって、結局、防御壁は問題ないんでしょ?このまま、この世界で魔王と共存すればいい。それに、その本が間違っているかもしれない。そんなことに命をあきらめたくない」
何もしないという選択をしてもいいのではないかと思うのだ。
「この研究の有用性はノリス様が証明してくださいました。この世界のバッドエンドの一つだそうです。だからこそノリス様は、自らを犠牲に名乗り出た。彼女こそ本当の主人公だ」
「そう。この世界の主人公はノリスなの。ノリスとメインキャラクターの真実の愛で魔王を倒す道だってあるじゃない」
なぜ、その可能性を捨てるのか私にはわからない。
ふたりからは絶対に目を離さないようにする。捕まったら防御壁の外に飛ばされる。
精霊さんがいない今、私に力の補給はない。力が尽きあの場所で無防備な状態になるのも時間の問題だろう。
「むりですよ。あの男に真実の愛なんて、前はまだ娼館に行ってただけだったのに、この頃は普通の女の子たちにも手を出し始めて。遊びすぎですね。それも全部あなたのせいだ。
あなたが、王を受け入れなかったから」
「いやいや、なんで。私のせい?それに、今、ノリスがいるのに遊んでるんでしょ、私と付き合ったって同じじゃない」
「ノリス様は心がきれいすぎるから無理なのはわかりますが、あなたならそれぐらい許しそうではないですか」
まあ好きだったら許しちゃうと思う。でも
「それで、自分が幸せになれるとは思えない。私は100%自分が幸せになれると最初から思えなかったら、諦める」
「100%幸せなんてありえません」
「そう思う。実際に100%じゃなかったら好きにならないわけじゃないし。苦労をしそうでもいい。この人となら乗り越えられると信じられて、一緒に100%を目指す協力ができそうな人がいいの!話し合えない人はいや。話を面倒くさがって自分の意志を消して合わせてもらいたいわけじゃない。私は、二人で乗り越えたいの。添い遂げる人とは。ちゃんと面倒くさくても自分の意見も言って、譲歩しあって、二人の形を作れる人と歩みたいの」
あ、そうか。だからハンドのこと好きになれなかったのか。
腑に落ちる。今更。
バーディ様とセドリック様が顔を見合わせている。
「ハンドのことは尊敬してる。すごいとこもいいところもいっぱい知ってる。飲み会に行くのがよこしまな思いだけじゃない。彼の息の付ける場所になってるのも知ってる。でも、私にはそういう場に行く人を何も思わずに見送れないの。心配してしまうの」
「王はあなたと結ばれたら行かないのでは?」
「そうかもしれない。でも、それは無理してるんじゃないの?私は自分が100%でありたいだけじゃなくて、相手にも100%幸せでいてほしい。私といたいがために無理してくれるのは嬉しい。でも、それは違う。結局、息をつける場所が違うんだもん」
「二人は相性ピッタリでわかりあって」
「たぶん違う。ハンドが合わせてくれていた部分も多い。私も合わせていたけれど。ハンドにはそういう場所に行っても信じてくれて、理解してくれる人がいいと思った。私じゃない」
バーディ様が笑って、セドリック様も笑い出した。
ちょっとこわい。え?ここで笑う?
精神大丈夫かな?この人たち。
大丈夫とわかっていても防御壁の強度を厚くしたくなった。
「お互い100%。わがままな。それは弟とは無理だね」
「王の人間性を否定したのではなくて、楽しめる場所が違うから好きにならなかっただけだったんだね。でもそしたら僕は?」
なんだか急に友好的な空気になった気がする。
ふたりの表情から張り詰めたものが消えた気がした。
「えーと、タイプじゃないんだよね、年下は」
「そんな…変えられないこと言われても」
おどけた表情にもまだ警戒は解けないけれど、さっきよりはマシ。
「ノリスにそんなにご執心なら、セドリック様が頑張るという選択肢はないんですか?」
「私には妻と子供がいまして」
「え?」
しらなかった。と答えようとするより前に強い力にはじかれた。
目前に防御壁が迫り抜ける。
放り出されて、慌てて防御壁を展開しなおした。
そのまま広げて、領地に戻ろうとした。しかし、大きさが変わらない。領地と私の防御壁の間に何かがあって。そこから先に進めない。そのためにできた隙間のせいでバーディ様と、セドリック様は、手が出せない。
「ノリス様を呼んできます」
バーディ様が消えた。瞬間移動を使えるらしい。この二時間、歩かされたのは何だったんだろう。
あきれつつ周りを見ると、大きな力が近づいてくるのがわかった。
この力は知っている。
この世界のボス。
魔王だ。




