元恋愛ゲームの主人公でした。人にしてあげられることなんてあんまりない。
7-⑤
この世界の主人公は本当は誰なんだろう。今は。
私はもう世界の供給から外れている。
でも、ここがゲームの世界である以上、主人公は存在する。普通に考えたらノリスだ。
私と全く同じ役割を持っていて、私よりも能力がある。
世界は主人公をストーリー通りに動かそうとする。
だから、メインキャラクターと恋愛しそうな人が今は主人公と考えるほうが普通だ。
私の時みたいに、恋愛できなくて困っている風でもない。
そこまで考えて気が付いた。
メインキャラ意外と恋愛に発展しようとすると、そのものを世界から退場させる力が働く。
私の時がそうだった。
少し親しく話したぐらいのモブの人たちは、何らかの形で地方に飛ばされていったし、ヨウさんは命を狙われまくっていた。
でも、それってよく考えたら変じゃない?
もし、主人公が他のモブキャラと恋愛したって、badエンドになるだけなんだよ。
ゴールは主人公と攻略対象者の真実の愛で魔王を倒すgoodエンディングと誰とも愛をはぐくめずに訪れる、魔王に滅ぼされるbadエンディングの二つだけ。
私がモブと恋してエンディングに向かうにせよ、ストーリーからは外れてないの。
それなのに、なぜ少しでも恋愛に発展する可能性のある人たちは世界に抹消されようとしていたの?
今のこの状況。
魔王と人間の共存の形の方が、ストーリーから外れているはずだよね?
何かが見えそうな気がして心がそわそわしてきたので、お茶を入れにキッチンに立つ。
お湯が沸くまで、前日に洗った食器類を片付ける。
でもヨウさんのカップだけは片づけない。
なんとなくだけど、すぐに使えるようにしておきたかった。
お茶を入れ椅子に座りなおす。
何かがおかしい。
おかしいと言えば、ハンドとノリスの恋愛がうまくいっていない。
主人公がフラグをクリアしていけば、メインキャラクターとの恋愛は進むはず。
その後には約束された幸せが待っている。女遊びをしていたキャラクターも女性嫌いでも、過去のトラウマに悩まされていても。
主人公との真実の愛ですべて解決。二人は幸せになれるはず。
途中から主人公が交代したにせよ、このゲームに精通しているノリスがフラグ。つまりハンドが恋に落ちて主人公に夢中になるイベントを知らないとは思えない。
なのになぜ?
ノリスは泣くほど悩まされて、幸せになっているようには見えない。
そうなると、世界の強制力は恋愛をうまく運ぶためには働いていないことになる。
じゃあ、私の時は?モブとの恋愛がを邪魔されていたのは、ストーリーの強制力じゃない?
後ろから操る存在を黒幕とするなら、世界は黒幕ではなくて他にいる?
湯気から立ち上る香りはヨウさんが用意しておいてくれた私の好きなお茶と同じ銘柄だ。
そのお茶はもう飲み終わってしまったけれど、二人でまた飲めるように補充している。
そういえば、ノリスは世界のすべてを把握しているわけではなかった。
魔王復活。この世界において重要イベントなはずなのに、ノリスから聞いていない状態で起こった。
あの時、教会に突然現れた時空の穴。あれは何だったんだろう。
ちらっと見えた。向こうの世界。
その後に魔王が現れて、すっかり忘れていたんだけれど、あの時、遠隔で張れる小さな防御壁でもなんでもいいから印をつけられれば、その力の場所を。その黒幕がだれだかわかったかもしれないのに。
ノリスがたやすくできていることが私にはできない。
それでもあの時、聖女を任されていたのは私だった。
ヨウさんに出会う前からもっともっとあの時つかえていた能力の可能性を考え、試すべきだったんだ。
「何考え事してんの?」
「わぁ。何!?勝手に入ってこないでよ。瞬間移動って勝手に人の家に入るのできないようになってるんじゃないの?」
「あぁ。もちろん。そうじゃなきゃ危なすぎるだろう。俺は特別」
ハンドがどっかりと椅子に腰を下ろした。
「何かあったの?」
「別に?何かないときちゃいけないのか?」
何かあったらしい。
多分、聞いても言わなそうなので、考えていたことを話してみる。
お茶でハンドご一行様をおもてなしをしたけれど、もちろんヨウさんとは別のカップだ。
「世界の黒幕さがし?いまさら?魔王の方もどうにかなって全部が結構ハッピーだよな?」
「あ、それで思い出した。飲み歩いてばっかりなんだって?」
ノリスは自分が悪役令嬢だからこれまで、目立つ行動を控えめにしてきたと言った。
世界の強制力でどんなことをしても自分が破滅する未来を恐れてのことだった。
それが、ハンドのためを思って勇気を振り絞って今のように表舞台に出てきたのだ。そんなけなげなノリスを悲しませるなんて許さん!
「なんで、そこで思い出すんだよ。ハッピー繋がりか?ただの情報収集だよ」
たしかに、情報収集は必要だろう。
「でもさ、もう魔王はどうにかなって、国にもお金がちゃんと入って何も問題はなさそうな気がするけど」
すこし、ハンドがうろたえた気がする。
真顔になったもん。
なんでもないですよ、って顔したもん。
「なに言ってるんだ、国の経営に終わりはないんだ」
あやしい。問い詰めてもハンドは絶対に口を割らないだろう。
「そうやって、よそみをしてると本当に大事なものをなくしちゃうよ」
「なにか、証拠でもあるんですか~」
私の心配は全くハンドには届かない。
「俺の大切さを先に思い知れ」
いやいや、私のことじゃなくてね。
ノリスのこと、というのははばかられた。
「久々にみたね、痴話げんか」
バーディ様にからかわれた。
「みんな喜びますよ」
いつの間にか来ていて録画されていたようだ。
この家、鍵ついてるんだけどなぁ。
侵入が自由自在すぎない?
「まいったな~!」
笑顔で答えたハンドが真顔になった。今のところが編集点というかんじかな。
「で、どこから?」
「大丈夫、兄さまに不都合なところはカットしますよ。だいぶ資金繰りに困ってるんですからこれぐらいしないと」
バーディ様が録画されたものを持って逃げた。
「あれ?なんで?この間、かなり評判がよかったって聞いたけど」
「それまでの収支が悪すぎて、まだ足りないんだ。そこで、相談なんだが、商会をこっそり立ち上げようと思う。失敗してもいいように俺だとは言わずに名前と顔を隠して」
「そんなにすぐにうまくいくの?」
「大丈夫だ。ニンセイ商会と話をつけてある」
かなり大きな商会だ。
「後ろ盾になってもらって、貿易を始めれば、一から立ち上げるよりも客が付く。あっちにはあっちで、この国での販売を優遇してもらえるというメリットもある」
「なんで、そんなことを?」
「保険だよ。この国が滅びてもいいように、魔王の脅威は去ったとはいえ、防御壁が張り巡らされている場所は有限だ。魔道具が消耗してきたら、場所が減り、椅子取りゲームが始まるかもしれない。そんな時、物を言うのは結局は金なんだよ。それに、これが成功してみろ俺の名声は今以上に轟くことになる」
「そしたら商会の力をかりないで一からやったらもっとすごいのでは」
「大丈夫だ。なしとげたとき、その商会のおかげだと皆に悟らせずにいかに自分の手腕を振るったか、作戦が功を奏したかアピールして、名声だけをもぎ取る自信がある。わかりゃしないよ、で、そっちで忙しくなるから、国の経営は頼んだからな」
国民のことはかんがえていないような発言は気になったけれど、その分私が気を付ければいいのかな。
やる気になったことはいいことだけど。
ノリスの悲しそうな顔が浮かんだ。
「ねえ、やっぱり飲み会いくのやめなよ」
「そういう権利はゆいなにはありません」
やっぱりだめだったよごめんね。
ノリスにこっそりと手を合わせた。
ハンドと別れて、ヨウさんと別れた穴の前に来る。
精霊さんがこの場所に戻りたいということで、案内してもらいながら道を作ったのだ。
少し時間が空いたら魔道具を飛ばしてくる。
そのために、車みたいな魔道具をバーディ様に頼んで作ってもらっていた。
精霊さんは穴のあった場所にずっといる。
向こうの世界へのとびらを開けようと二人で頑張っている。
「うまくいかないの?」
力をもらって圧縮して変換して渡す。
そんなに簡単には行かないだろう。
世界か黒幕みたいな何かがあっちの世界とこっちの世界をつなぐ穴に干渉できることはわかっている。
そのために、私はむこうに帰れなかったのだから。
閉じることができるなら開けることもできるはず。
前はこの次元の穴存在を無視していた世界が閉じた元の世界への扉。
それもおかしな話なんだ。
ヨウさんを排除しようとするならば、最初からこんな穴なんかあけることを許さなければよかったんだ。なのに、ここに穴は開き、そして、私が帰ろうとするまで開きっぱなしだった。まるで、ヨウさんをこちらに来させたい勢力と、排除したい勢力二つがあるみたい。
仲間割れ?大きな力を行使できる存在は一人じゃない?
それでもはっきりしていることがある。
どちらにしても、世界は主人公の意図に沿う。ストーリーを完遂させる願いならば。
もう私はお役御免。ノリスに頼めばいいのでは?
でも魔王は?国の経営は?
主人公じゃなくなったからってそれを全部投げ捨てていいの?
皆の顔が浮かぶ。
今は安定している。
魔王は防御壁の中には入ってこられない。
でもそれはずっと続くの?
もし、何かの均衡が破れた時に、世界に選ばれた聖女のノリスを守るために私はこの世界にいなければならないのでは?
だけど。
一瞬でいい。
ヨウさんに会いたい。
無事を確認したい。
どうすればいい?
一番欲しい答えは出てきてはくれなかった。




