元恋愛ゲームの主人公でした。都合の良い操り人形になりました?
7-④
「乾杯しましょ」
テーブルにはいつの間にかお酒も運ばれてきていた。
バーディ様とセドリック様もきてくれて、小さな宴が開かれた。
侍女たちを下がらせて、5人でテーブルを囲む。
「国民たちに無事報告を終えたことに、乾杯!」
「ゆいな様が笑顔で対応したことで、魔王扱いしたことも水に流れそうですね」
「ハンド様の未来への展望のお話に私、感動いたしました」
バーディ様とノリスは少し興奮気味だ。
「ハンドに頼まれてたから、精神的に参ったことにしたけれど、よかったのかな?皆を余計に心配させてしまった気がして。力の供給がなくなったことを素直に言った方が良かったんじゃない?」
「俺が無理させすぎてたって、責められるだろ」
「精神だって、ハンドのせいだって責める人がいるかもしれないじゃない?」
少しの心配を口にする。
「精神はグレー範囲だから大丈夫だ。それに今、元気な笑顔を見せたら皆黙るだろう。それより、配信始めるぞ」
「わかった」
「和やかにな。ゆいなが俺がしたことに怒ってないことを伝えるのが目的だからな」
念を押してきたハンドにうなづく。
ちゃんと笑えるかの心配はしていない。
この場所で、もう一度受け入れてもらえたことは嬉しいし、自分ができることがあるならばしたい。
テーブルのグラスには琥珀の飲み物。バーディ様が注いでくれた。
前は苦手だったけれどヨウさんがあまりにもおいしそうに飲むから飲めるようになった。
ハンドがグラスを皆に配るのが始まりの合図だった。
「ちがうよ、そのペアグラスはハンドと聖女様の分だよ」
ペアの片割れを自分とバーディ様に渡そうとしたハンドをセドリック様とバーディ様がつっこんだ。
「ああ、そうか」
「まったく何やってるんだよ。仲の良さをアピールするんだろ」
バーディ様が一度受け取ったグラスをハンドに戻そうとするとき、受けそこなったハンドが中身をこぼした。
「あーあー」
こんなににぎやかなのは久しぶりで思わず笑みがこぼれた。
ノリスからナプキンを受け取ったハンドが慌てて拭いている。シミにならないといいけど。
兄に文句をいうバーディ様も楽しそうで。
「これから、聖女が帰ってきたからバンバン働いてもらわないとね。各国をつなぐ道もまだ完成していないことだし」
「任せて」
ノリスと二人ですればきっと今よりもっと早く終わるだろう。
「聖女がいることで、見てくれる人も増えるだろうし、期待しているよ乾杯!」
琥珀の飲み物を口に含む。元から少し苦い大人味。
ヨウさんとの思い出がたくさん詰まったこの飲み物が彼がいないというだけでいつもよりも倍苦く感じる。
「おいしぃ」
それでも強がって笑顔を見せる。
大丈夫。きっとまた会える。
「いつの間にそれ飲めるようになったの?」
なんでか知ってるはずなのに、ハンドは意地悪だ。
「みんながおいしそうに飲んでいたから、悔しくて練習したよ」
そんな小さいウソをついた。
本当はヨウさんがきっかけで飲めるようになった。
いま、本当は大好きな人の存在を明かしたら、どうなるんだろう。
この世界にいないだけ安全かな?
寂しいけれど、ヨウさんが世界に命を狙われることはない。
「期待しているよ、みんな君を待ってた」
「あなたがいないと、皆、寂しいのよ」
「資金集めが厳しかったしな。でももう聖女が戻ってきたから回復するだろう。期待しているぞ」
「皆さんよろしくお願いします」
とにかく見てほしい。そうして、自分が気に入る他国の商品を知ったりして、自分の生活を豊かにしてほしい。そうすれば他国からの支援もこの国に届いて、売れて、みなの幸せが上がっていくんじゃないかな。
お金を稼ぐことを私は悪とは思わない。
お金と愛だったら愛を取るけれど、お金には愛が含まれているんじゃないだろうか。
買いたいと思える商品に愛がないとは思えない。
あれ?
これは誰かから聞いた話な気がする、誰だったんだろう。
遠い遠いこの世界じゃない場所で聞いた気がする言葉。
その後も、好調な成果を上げて配信を終えた。
「さすがだな、聖女は。まったく、俺たちがしてた苦労は何だったんだろう」
「自業自得とはいえね」
「自業自得とはなんだバーディ」
「ゆいな様を魔王に仕立て上げて、そのまえに、体を壊すほど酷使して休まないといけない状況に追い込んだのはハンド兄さんじゃないか。その休みの理由も、ゆいな様に本当のことを話されると責められるからって、こんな形を取って。嘘までつかせて」
セドリック様がバーディ様のグラスを取り上げた。
「おい、飲みすぎだぞ」
ハンドは肩をすくめて近づいてきた。
「なあ、あの男は一緒じゃなかったのか?」
「ヨウさん?」
目に液体が溜まっていくのがわかった。
「元の世界に帰っちゃった」
無事を信じている。
「一緒に行かなかったのか?」
「行こうとしたけれど行けなかったの。向こうの世界とつながっていた穴が塞がってしまって」
「そうか」
それ以上、ハンドは何も聞かなかった。
配信も終わり、会がお開きになってノリスが話があるというので、片づけつつ話すことにした。
侍女はもう帰してしまったらしい。
そういう優しいところがすかれているところなんだろうな。
「なんかあったの?ノリス」
「なんで?」
「目、腫れてる」
「かくしててもわかっちゃうか。さすがゆいな」
目元にそっと触れる。クマとかはさすがにみえないけれど、化粧で誤魔化しているのかもしれない。無理して笑おうとしているのが痛々しい。
「眠れないの」
「何か心配事があって?」
「夜になると、ハンド様がどこかに行くの。どこに行くんだろう。だれと会うんだろうって思うと眠れないの」
その時のことを思い出したのかそっと目を伏せた。
「行かないでって言えばいいじゃない。それか一緒に連れてってと」
「聞けないよ!面倒くさいって思われたくないもん」
あぁ。その思いには覚えがありすぎる。
嫌われたくないから、顔色を伺っちゃうんだよね。
ノリス。
守ってあげたくなるように儚げで可憐で。
こんな子が彼女だったら、絶対に悲しませたくないし、なんでもいうこと聞きたくなっちゃうよ。
「もっと自信もって」
「もてないよ!ゆいなと違う。ねえ、ゆいなから言ってくれない?」
ノリスに両肩をつかまれた。
「私の言うことよりも、ノリスの言うことの方が聞きそうな気がするけど」
「そんなことないけど、そうだよね。ゆいなもハンド様には嫌われたくないよね。ごめんね、変なこと頼んで。自分で何とかしなきゃだよね」
可愛い上目遣い。
それ、ハンドに使えば一発だと思うんだけど。そういうあざとさをハンドに使わないところがノリスの魅力の一つなのかもしれない。
沈黙に罪悪感が募ってくる。
今までたくさん助けてもらったもんね。私の言うことを聞くとは思えないけど一応試してみるかな。
承諾の返事を返すと花がほころぶような笑顔を見せてくれた。
そのちょっと現金なところも、あっちの世界の親友に似てる。だから、ほっとけないんだろうな。
「私が言ったとか名前は出さないでね」
「うん、わかってる」
すごく心配そうな顔も絵になる。
困らせたくなっちゃうじゃない。逆に。
「やっぱりやめようかな?」
「えーなんで」
「うそうそ。でも期待しないでね」
ちょっと悲しそうな顔をされただけで、もう限界。
美形の力ってすごい。
「ぜったい、名前言わないでね。付き合ってもないのにいう権利ないって言われちゃうから」
「え?付き合ってないなら私も言う権利ないのでは」
過去にそういわれた気もする。
「やっぱり、嫌われたくないんだ。ゆいなも。いま、フリーだもんね。ヨウさんがいなくなって」
現実が思い出されて景色が一瞬でモノクロになった気がした。
ヨウさん。無事かな?いいんだ。生きててさえいてくれれば。ううん。ちがう。生きててさえくれれば、絶対また会えるようにするから生きててほしいんだよ。自分のエゴだ。
「どうかした?」
「ううん。なんでも」
「とにかくお願いね」
曖昧にうなづいて、残っていたオードブルを口に入れた。
塩味が効いていて、こんな時でも料理長の腕は確かなのを感じられてほっとする。
大丈夫。大丈夫。
「なあ、ゆいなに話したいことあるんだけど、いい?」
ハンドが戻ってきた。
傍らによけてあった、グラスを二つとって手招きした。
「もう大丈夫だからいってきて」
「そう?ありがとうノリス」
「ううん。こちらこそありがとう」
こっそり目配せされた気がする。
さっきのお願いの念押しだよね。今すぐ聞いたら、誰に聞いたってなっちゃうからあとにするよ。と心で通信したところで届かないんだろうけど。
「いなかった分、たくさん愚痴聞いてくれ」
「みんなに散々言ってたんじゃないの?」
セドリック様と、バーディ様。二人とも気を遣う必要がない身内なんだから。
「上に立つものとして、言えないことも多いんだよ」
「ノリスにいえばいいじゃない。聖女様なんだから」
「ああ、確かに最高のパートナーだったよ」
ハンドが振り返ったのでつられて振り返る。
ノリスがこちらをまだみていたので、なんとなく手を振ってみる。
顔が少し曇っている気がしたけど、気のせいかな?
距離があるし、わからない。
「国民たちは俺と、ゆいなが結ばれることを望んでいるんだよ」
「それは困ったね」
もしかしたら、それがノリスの顔を曇らせているのかもしれないから、どうにかしないといけないなと思った。




