恋愛ゲームの主人公に代わりがいるようです。これからどうする?
6-②
お腹がいっぱいになって、洗い物も済ませるとこれからのことを考える余裕が出てきた。
「もう、この世界を捨てないか?」
ヨウさんが入れてくれたお茶の味が一瞬で分からなくなった。
「主人公の私がこの世界を捨てる?」
「うん。まあ、一緒に帰ろうってことなんだけどね。元の世界に。君の主人公としての責任感は立派だと思うけれど、ここに君の幸せはあるのだろうか」
「主人公の責任…か。恋をして真実の愛で魔王を倒し、世界を救う。それができなかった私が主人公であるはずないんだけどね。本当はもうわかってる」
世界が私を主人公としてすでに見限っていると。
「この世界にはあらたな聖女が誕生して、その子が主人公となって私よりも立派にお役目を果たしてる。そう。私もう。主人公じゃない。きっと」
「君が今も主人公なのかどうかは俺にはわからないけれど。新しい聖女とは、ノリスさんのことだよね」
「そう。私と違って彼女はメインキャラクターに恋ができる正しい聖女」
どのメインキャラクターのことも好きなのかは伏せておく。乙女の秘密を勝手にバラせない。
私だって恋は現在進行形でしている。目の前のヨウさんに。でもそんなこと、本人には言えない。
恥ずかしすぎる。
「世界はしびれを切らせて君から力を取り上げた」
「力を取り上げられたら魔王を倒せないから、主人公としては機能しない」
実際は、恋ができないというよりもメインキャラクターでないヨウさんに恋したことが原因だと思っているけれどそこは伏せた。
「聖女がいったん、力を失うことがゲームのシナリオの途中経過だったりしないの?」
「違う。それはノリスに確認した。そんなストーリーは存在しないって」
「それが間違っている可能性は?信じられるの?彼女は」
「もちろん。この世界に来てから何度も彼女に助けられたから。それに、ノリスが私に嘘をつく理由がない。世界が滅びちゃうんだよ?」
ゲームの世界でのノリスのポジションは悪役令嬢。
でも悪役令嬢が主役だったという話はたくさんある。
彼女が主役だったとストーリーが変更されたとしても違和感がないだろう。
彼女と彼女が好きな人と真実の愛で魔王を倒せるかもしれない。
「そうだね。この世界にもう居場所なんてなくなってたんだ。私。だから私がいなくても大丈夫だよね。それでも。ここから逃げていいのかな?って思うの。楽になっていいのかな?って。私がこの世界に呼ばれた理由、選ばれた理由があったのかもしれないのにって」
もう一度、お茶を口に含んだ。
今度は少し味がした。
「あ、これ私の好きなお茶。いつの間に把握していてくれたの?」
「わかるよ。君のことだもの」
ヨウさんはいつも優しい。
たっぷりと甘やかしてくれる。
「なんでヨウさん、泣いてるの?」
「いや、これは別に目が乾いただけで」
「器用な人」
ううん。不器用な人だよね。
本当はもっと違う想いが溢れてきてるはずなのに、私の気持ちを考えて言い換えてくれた。
笑みが思わずこぼれた。
ハンカチ用意しててよかった。
そっとヨウさんの目元を拭った。
「もう一度、ヨウさんの提案を考えるために話をもっと聞かせてほしい」
もっと情報を集めて判断したい。
「世界が私を捨てた以上、私がこの物語に貢献できることなんてなくて、考えること自体が無駄なのかもしれない。だとしても、これから自分が下す判断が後悔のない物になるように頭が痛くなるほど考えたい」
カップを持つ手に力が入る。
目の前のヨウさんは出会った時よりも、この地になじんでいて仲間もいる。
力をくれる妖精さんたちとも仲良しだ。
私にかかわらなければ幸せになれるはず。
だから、この提案は本当に私だけのことを考えてくれているんだと思う。
「そもそも、元の世界に戻れるの?」
こちら側に来た時から今までのことが頭をよぎる。
「うん。たぶん。試してはないけど戻れると思う」
「ハンドもノリスも戻れる可能性があるとは言ってなかった。それになにより、ヨウさん、戻れるのにここに留まっていたの?命の危険を冒してまで?」
その疑問をぶつけてみた。
「ここに来た目的を果たしてないから、帰るわけにはいかなかった。それにさ、夢みたいだろ魔法が使えるなんて。こんな経験なかなかできるもんじゃない」
じゃあ、今だって。
ヨウさんがこの世界に来た目的はわからないけれど本当は戻りたくないのでは?
「目的はもういいの?」
「うん。いい」
はっきりした返答だった。
まっすぐな視線には強がりも気遣いでつく嘘も感じられなかった。
どうしよう。
はっきりと帰れる道を提示されると心が揺らぐ。
「帰りたい」
その後、言い淀んだ。
また、世界の干渉があったのかもしれない。
ふいっと消えて。
すぐ戻ってきた。
「どうぞ」
「綺麗。ありがとう」
手にしていたのは黄色い小さな花だった。私の一番好きな色。
「ここでの経験は輝いていた。普通の世界にいたら体験できない物だっただろう。もちろん嫌なこともある。でも、ここで君と生きていくのはかなり難しい。だろ?」
ヨウさんの命が狙われた数々の出来事を思い出す。
それには私とヨウさんを関わらせたくない世界のせいだと思う。
「どの、煌びやかな経験よりも俺は君と過ごせる日常の方が宝物に思えるんだ。だから一緒に帰りたい」
「うーん」
魅惑的な誘いにも、脳裏にはここで出会った人々の顔が浮かんでいる。
ノリスの張った防御壁。
自分よりもチートだった能力。
まだ魔王は野放しだけれど、ノリスがいれば大丈夫だろう。
今は力のリサイクルでどうにかなっている力の供給だって、いつかは尽きてしまう。
私がさっさと退場したほうが、主人公を失ったこの世界で新たな主人公が輝けるのかもしれない。
なんて。考えてもまだ踏み切れない。
「優柔不断だな。とりあえず帰り方を先に説明しておく。俺がこの世界に来た時空をつなぐ穴がまだ開いているんだ。そこから帰るんだ。シンプルだろ」
聞いてしまえばなんてことない。
本当にすぐに帰れるのだ。
「そこまで瞬間移動で?」
「いや、瞬間移動は移動先の座標の指定に莫大な力を使うんだ。それを補うために魔道具を使うんだけど。その座標が魔道具に記憶されてしまうから、追っ手を撒くためにもここに飛ぶときは魔道具を使わなかった。だから、かなり力を消費してしまったから、なるべくなら歩いていきたい」
「じゃあ、歩いていくとして野営の準備いる?」
必要なものをあれやこれやを頭に思い浮かべる。
「いや、ここはその場所に近いから選んだんだ。近すぎると他の人に見つかる危険性があるから少しは歩くんだけどね」
「帰る可能性、前から考えてたんだ」
「うん。目的が達成できなかったらこの世界で骨をうずめるのもいいと思ってたけど」
ヨウさんが一度言葉を切った。
「き…だめか。選択肢は多いほうがいいと思って」
「また、世界の干渉ですか?」
力の供給は切っても何かを言わせない干渉は続いているらしい
世界が何を考えているのか見当もつかない。
何がダメで何がよくて。
取扱説明書が欲しいぐらいだ。
「帰れる世界線はもうとっくになくなっていると思っていました」
「戻れたら何をする?」
「まだ決心はついてませんがそうですね。母と弟と妹を抱きしめて。友達にもたくさんあって。それから…」
ふと胸の内にチクっと痛みが走った。
「それから?」
なにか大事なものを忘れている気がする。
「それから…あ、色々です」
私、元の世界では28歳。仕事は何してた?もうとっくに首になってるよね。就職活動しなきゃ。職歴思い出せないから。そこら辺は家族に聞いて埋めて履歴書出して。
あれ?歳いくつで戻るんだろ。いまはゲームでは17歳の設定らしいけど…
もしここで、帰ると決めたとしても元の世界でも生き抜くための問題は山積み。
でも、新たな挑戦は嫌いじゃない。だからそこは問題じゃない。
「あの、ヨウさん。元の世界に戻っても仲良くしてもらえますか?」
「もちろん。もっとたくさん話をして遊びに行こう」
元の世界から離れてから何年の月日がたっているのかわからないけれど、新しいゲームも流行も面白いものがたくさん待っているはずだと思ったら、そこはわくわくしてきた。
「ここで笑えるのすごいな、君は」
「ノリス、さっきも話したんですけど、この世界のことを教えてくれた子が元の世界には帰れないと思うと言っていたので、とっくに諦めていたんです。それがかなうかもしれないと思うと。世界もノリスのおかげで崩壊を免れそうですし」
「ノリスさんも世界から迷い込んできたの?俺たちと同じように」
ヨウさんに尋ねられて初めて、ノリスが来た経緯をよく知らないと気が付く。
手紙で一度ぐらい聞いたような気もするけれどなんだっけ?
「そういえば、転生者はこの世界にはいないのかな?彼女だけその可能性は?」
「それがそこまで問題ですか?」
「厳密にいうと見た目とか違うだろう、転生者と流れ者だと。ただ迷い込んだ流れ者の俺は見た目が変わっていない。君もそうなんだろ?」
「そうです。年齢は違いますけど」
そうだった!
「あの、私、本当の年齢は」
現実に戻ったらがっかりされてしまうかも?そういう人ならそういう人とわかっていいか。
いや、よくない!
「28歳です」
「うん」
想像していたのとは違うあっさりとした反応でホッとする。
「そんなことより、君の話聞いてるとノリスって子。よく信用できたね?」
年齢がそんなこと呼ばわりですって…最高。
「あぁ、言うことが当たってたのと、親友に似てたの。手紙の文字が」
「彼女が本人という可能性は?」
私は首を振った。
「顔が違う」
「転生者だとすると」
「転生者って、元の世界で亡くなった方が違う世界で生きるみたいな。それだと友がもう死んでることになってしまいますから、違うと信じたい」
「確かめるためにも、戻らないとね」
親友の安否が途端に心配になってきた。
「私、帰ります」
「うん」
親友の安否が心配でいてもたってもいられなくなった私の気持ちを察してくれたのか、ヨウさんが身支度を始めた。マジックバッグを机の上に置く。
「すぐにでも出発しよう。これは、元の世界に持って行ってはいけない叡智だとおもうから、ここに置いておこう。また、同じルートで迷い込む人がいるかもしれない」
マジックバッグ、かなり便利な道具。あっちの世界でつかえたらかなりチートだけどしょうがないよね。
魔法と剣の世界。こっちで当たり前だったことがお話の中だけの世界に私は帰る。
帰れるんだ!ヨウさんと一緒に。




