真実の愛はいらない?私が最後にできること
5-⑤
「魔王を倒しに行こうと思います」
最初の国までの道をつないだあと、急遽、呼び戻されたのは会議の為だった。
着いてすぐ休む間もなく始まったのは内輪ではなく、他国も交えての規模の大きな話し合いの場で。
ハンドのこの発言に耳を疑ったのは私だけではなかったようで、ざわつきが広がる。
「でも、このままでも大丈夫なのでは?」
「防御壁はうまく運用されている」
「倒せるならそれが一番だ、ここまで言うのだから秘策があるのだろ」
モニターの向こうで他の国のトップが次々と声をあげている。
「いいよね。聖女」
何を考えているかはわからない。
今のままでは魔王を倒せるはずがない。
でも、ハンドにはなにか考えがあるのだろう。
「わかった」
私の発言で批判的だった場のざわめきが静まり返った。
自分の発言の重さに背筋が凍る。
私に聞いたことで、ハンドはこれが自分だけの単独ではなく聖女の勝算も込みの発言だと暗に皆に表したのだった。
ここで初めて聞いたことだ。
何も詳細は知らない中で責任を背負わされたのはわかっていた。
本当は責任など負いたくない。
「本当にいいのですか?」
セドリック様にそっと耳打ちされた。
「そう私に問うということはセドリック様もご存じなかったのですか?」
「やっぱり、ゆいな様もご存じなかったのですね。魔王を倒すならば、防御壁に囲まれた道を作る必要はない。あなたの今の状態で力を使うことは体にどんな影響が出るかわからない。そんな危険を冒して二つを同時進行する可能性も、あなたの無茶な性格を考えればあるでしょうが低い」
「本当にいいのですか?」
セドリック様は質問を繰り返した。
「いいです。ハンドは恩人ですから」
この世界に来てからいろいろあって、元の世界にも帰れなくて。
自分なりに頑張ってはいたけれど、ままならないこともたくさんあって。
お世話になっている孤児院は借金まみれで。子供たちも毎日お腹を空かせて。それでもけなげで。
「それが、愛する人だったらもっとよかったのですが」
「すみません」
「いえ。人の気持ちは縛れない。可愛い弟ですが、結婚しろと言われたら不安になるのもわかります。表面だけのお二人を見ているわけじゃないから。それでも、あなたに愛されたら王も変わったのではという望みを捨てられないのです」
ハンドは恩人。それは変わらない。いい人たちに恵まれて、働かせてもらったり助けてもらったり何とか食いつないでいたけれども根本を変えることまではできなくて。
そんなどうしようもない状況を変えてくれたのがハンドだった。
「ハンドを信じます」
「信じる信じないの話だけじゃない。だってあなたは」
「セドリック」
ハンドの強い目がセドリック様を射抜く。
これはハンドが何か隠したいことがあった時にする表情だ。
「はい。王よ」
なにを心配しているのだろうと思ったけれど、今のやり取りをみて、自分が誤った選択をした。
いや、させられたのかもしれないと不安が広がる。
「やっぱり、いいよって言ったの取り消してもいい?」
「ダメー。ゆいな、口から出したことは取り消せないよ」
ハンドは本当に周りの人間をどう動かせば自分の思う結果が得られるか、自分の意図をはっきりと言わずに悟らせて動かすことで、逃げ道を作るのがうまい。
今回の発言の結果次第では、私はかなりの痛手を負うことが容易に想像できた。
でも、ハンドが私を見つけ出してくれて、ここまでこられた。
大切で信じたい人のひとりだ。
だから、自分が危険だとわかっていても協力する。
それだけ大事だし、それだけの信頼を築いてきたと自負している。
真実の愛を今出せって言われたら困るけれど、勝算のまったくないことをハンドは言わない。
「なにかきっと方法を見つけ出したんだよね?」
ハンド届くか届かないぐらいの声を発する。
大きな声で言ってしまったら。周りに私が知らなかったことがバレてしまうから。
今の状況で、この国のトップであるハンドと聖女である私の連携が取れていないのはまずい。無駄に動揺を広げるだけだから。
「さあね」
つぶやきは届いたようだった。
「さあねって」
見つけ出してないの?ハンドがあいまいにするときは否定を意味する。
じゃあなんで?
もしかして緊急的な何かが起こったの?
とっさにハンドの顔を見る。
肌の状態が悪い気がする。
思わず指を伸ばして頬に触った。
乾いた感触が指先をかすめる。
美容には気を遣っていたはずなのに珍しい。
「さわるな、こ●すぞ魔王め」
体中に鳥肌が立った。
とっさに周りを見渡すけれど誰にも聞こえていないようだった。
たぶん、防音魔法を使ったんだと思う。
「え。ちがう」
「じゃあそういうことで」
何事もなかったようにハンドはにこやかに笑うと詳細をはなし始めた。
冗談だったのかな?
だって私が魔王だったらそんな悠長なことしてられないよね。
外のあの状況を作り出した魔王だよ。
ただ、文句を言いたかっただけ?
腹立つ!
後で文句を言ってやろう!
通信が切れるまで笑顔はつづけた。
うまくごまかせていたと思う。
貴族の世界で鍛えられた鉄壁の笑顔を見よ!
もちろん、怒っていますよ。でも、ここで怒り出すわけにはいかないからね。
私は聖女。ブランディングっていうものがある。
通信の先の人々の顔。こちらがみられているようで、こちらからも見ている。
みんなの笑顔を守りたい。ここで不安を見せたら皆が心配する。
「ちょっとどういうこと?さっきの」
セドリック様に会議の締めを任せて控えの間に向かう。
「そのままだよ。おかしいと思ったんだ。世界からの供給が切れるなんて。仮にも主人公だろ?主人公を世界が見捨てるわけがない。」
そんなこといわれても捨てられたんだからしょうがない。
困惑する私にかまわずハンドは続けた。
「あの時、俺はゆいなの勝算の言葉を信じた。ゆいなの防御魔法ならまだしのげるはずだった」
話が違う。あの時、ハンドが私に命じたのだ。ここに残れと。
でも、指摘するには人目が多すぎる。周りには侍女たちに執事。城で働く者たちが控えている。
だから黙って、話を聞くことしかできない。
私に防音の魔法が使えれば。
「だが違った。本物はあの時死んだんだろ。そしてお前が入れ替わった」
「いやいや、私が魔王だったらとっくにこの国は滅ぼされてるよね」
魔王が自由になった日。外の世界は地獄のように一瞬で変わってしまった。
それがのほほんと他国と自国の生活レベル上げるために汗水たらして働くと思う?
開いた口が塞がらない。
ちゃんと閉じてるけど。
「ゆいなさまが、死んでいる?ひどい」
「あれは偽物なのか」
訓練が行き届いている執事や侍女たちがこちらの話に口をはさむことなど許されない世界で、皆が口々に自分の考えを発言してしまうなどあり得ない。
それほど動揺しているのがわかった。
涙を見せている人までいる。
私に良くしてくれている侍女たちだ。
魔王がどこにいるのか常に把握しているのかと思っていた。
などと、口にはできない。
この世界の惨状を目の当たりにしないように防御壁にはわざわざ今までの風景を映しているぐらいだ。不安をあおる情報を与えるわけにはいかない。
それも、計算の上ハンドはいま私に言っているの?
何?
私が魔王?
「私は私。偽物なんかじゃない」
「どっちなんだ?」
困惑の声が聞こえる。
「なんでそんなことするの?私はハンドの悪いようにはしないのに」
「魔王はさすがに知能が高いなノリスの防御壁が体に張ってあるから、力を外に出せないのだろう。封印されているのと同じ状態だからな。動けるのはノリスがお前が本物のゆいなかもしれないというから、確かめていただけだったんだ。とらえよ」
兵士がわらわらと湧いてきた。瞬間移動だ。配送のための訓練といってたけれど、もしかして、このため?
周りにモニターが現れた。
自分の姿が映し出されている。
配信が終わったと見せかけて世界に流されていたのだろうか。どこから?
「俺は、優先するものを間違えた。そのために大事なものをなくしてしまった」
兵士に取り押さえられる寸前で防御壁を張った。
大丈夫。ノリスの防御壁に関係なく張れるみたい。
ハンドは涙を流した。
モニターの向こうの人たち、侍女や兵士の目が私とハンドを見つめている。
ちがうよ。
私は魔王じゃないよ。
「あの時、この国を優先しなければよかった。ゆいなをあきらめなければよかった。悔やまれる」
「あきらめちゃたの?」
あのとき、すでに私の命をあきらめていたから置いていったの?
私を信じて任せてくれたのではなかったの?
「私の死体は!死体とか出たわけじゃないのに」
「行ってみたさ、あの場所に。そこには何もなかった。どうせ魔物に食いつくされてしまったのだろう。聖女は魔物にとって最高の食事だろうきっと」
それはそうだ。私は生きている。
ねえ。そんな簡単に諦めないでよ。まったく。何も失くしてないのに。やだやだ。
こういうところだよね。結局。
ハンドは私を置いていった。自分の都合で。でも、そこを明確にはいわず。大義名分があってしょうがなかったとにおわせる。
都合のいいことだけ明かして、都合の悪いところは明かさない。
そのおかげでどう思われるかを予測するのがうまい。
それは私にはできないことだ。
だから私のイメージはハンドの意のまま。それは怖いことだけど、ハンドは私にとって悪いことはしないと信じてきた。
誰かが本当のことを言っても、自分が悪くならないようにあらかじめ予防線をはって、相手が悪くなるようにしむける。
王はわるくない。
王様可哀そう。
悪いのはまわり。
そんな憐みの言葉が聞こえてきそう。
ハンドは非難しない。
決定的な言葉は嘘だから。
反論が返ってくる。
でも。相手に自分の都合のいい被害を想像させるだけなら?
その嘘は確定しない。ただ、相手が勝手に勘違いしただけ。
勘違いで自分の信奉者たちは誰かを責めているだけ。
自分は悪くない。
そのやり方が本当に嫌だ。
「なんで、私を魔王って判断したの!違ったらどうするのよ。魔王が野放しになったままだよ」
いつの間にか通信は本当に切れていた。
というかそれが真実なんだよ。
兵士がこちらにかけてくる。
「だとしても代わりの聖女をてにいれた。防御は鉄壁だ。ばれやしない。この選択に正はあっても誤はないんだよ」
代わり。ノリスのことだきっと。
そうか。もう自分は主人公ではないのだ。
あの日、ハンドに置き去りにされたあとヨウさんに助けてもらいながら、城に戻った。
私に無理をさせすぎだとハンドを責める人もいて。
それを気にしているようだったから、嘘をついた。
自分が残ると言ったと。
だから、皆には聖女が自分が残ると言い、王はそれを渋々承知したと映っているだろう。
嘘は嫌いだ。
でも、大切な人を守るためなら私は嘘をつく。
それはきっと、主人公として間違っているんだろう。
物語の主人公はいつも正しくて。
正しい人の味方で。
そんなウソでハンドを私は甘やかしてきた。
ひどいことをされたとしても、ハンドに対する信用が消えることはなかったから。
だから、嘘をついた。
それが裏目に出たのかな?
「偽物だとしても本物だとしても最後の仕事だ。俺のために悪を被れ」
私は魔王として糾弾されている。
戦場に残ったとされるゆいなは賞賛されるかな?
国を優先させてハンドを守った聖女として。
同じなのに。
皮肉だね。
兵士に囲まれる前に別の兵士が突然現れた。
「瞬間移動、習得しておいてよかった」
その兵士は防御壁ごと私を持ち上げた驚きよりも何よりも、その心地の良い声に。
心が震えていた。




