恋愛ゲームの主人公です。モブに恋しても世界が滅びます。
1-③
倒した魔物の串焼きを食べながら、ゆいなは男を見た。
このカッコよさと能力のチート具合。
隠しキャラと言われても驚かない。
でも、隠しキャラって全員攻略した後に出てくるとか、特別なことをしたら出てくるよね?
まだ一人も攻略してないのに出てくるってどういうことだろう。
逆なのかな?
一人も攻略しなかったから出てきたとか?
謎。
それにしても、この鹿(みたいな魔物)の肉美味しい。
戦闘後の処理をしているうちに夜になったので、野宿をもう一泊することにする。
私の防御壁、動きながら発動させることができないから、魔物が活動的になる夜の移動は難しい。
「可愛い顔して、よく食べられるな君」
「鹿みたいな魔物ですから。塩かけたら鹿肉の串焼き。おいしいですよ」
「解体作業も見事だった」
褒められるとうれしい。
「君は素直だな。褒められるとうれしいって顔に書いてある」
彼のまなざしは優しく思えて嬉しさが増す。
「解体作業。覚えるのに苦労したんです。でも、これを覚えないと遠征の時に美味しいものを食べられないから頑張ったから。自分が努力して得たものを褒められるのは嬉しいです。ありがとうございます」
君と言われて、名前もお互い知らなかったと思い出して自己紹介する。
彼はヨウと名乗った。苗字が私の元の世界っぽかった。
ため口でいいというので、変える。今変えないと、タイミング逃す気がしたから。
「ヨウさんは元々この世界の人?」
「いや違う」
「やっぱり!私がいた世界にも似た苗字があって。そうじゃないかなって」
私は自分がこの世界に来た経緯を明かした。
ここが恋愛ゲームの世界で、自分が主人公だと話すのは少し恥ずかしかったけどね。
期待が膨らむ。
これはほぼ確定じゃない?追加攻略対象メイン隠しキャラの登場。
嬉しい。
ん?
なんで?
キャラが増えたって恋愛できてない状況が変わるわけじゃないのに変なの。
いやいや、可能性は増えたから嬉しいでしょ。それは。
ああでもないこうでもないと思いを巡らせる。
「この世界にきたはいいけれど、お金もなくて食べるものもなくて困ってたんだ。ゆいなさんに会えてラッキーだった」
「死にかけたのに?」
「死ななかった。出会わないほうがそのままくたばる確率が高かった」
たしかに。
ヨウさんを見る。
服はボロボロだし。
何も食べていないと言っていたし。
「お金、まだてにいれてないの?」
「まだだ」
「私がこの世界に来た時と同じだね。私はいい人たちにすぐ会えたけど」
ゲームが始まるまでの筋書きの部分。
ここがどんな世界なのかも知らずに、自分が呼ばれた理由もわからずにスタートした生活。
今のように未来を教えてくれる人もいなかった。
これは、前の世界でもそうだね。
未来を知らないことの方が当たり前だった。
設定だったのだろうか?街でいい人たちに出会えたからよかったものの、場合によってはヨウさんと同じ境遇からスタートだったかもしれない。
いい出会いがあったものの、何もわからないということは恐怖でしかなくて。
目の前の生活で精いっぱいながら、がむしゃらに生きていたのを思い出した。
「本当に、君と出会えてよかった」
柔らかい声の中の力を感じて、胸のあたりがむず痒くなった。
睨まれていると勘違いされそうな鋭い眼光が細められて優しい笑顔がこちらをむいている。
「俺は」
そこでヨウさんは言い淀んだ。
「俺は、なんですか?」
ヨウさんはのどぼとけに手を当て絞り出すように声を出そうとしている。
たくましい喉仏が上下に動いた。
「ゆいなさんは何をしていたの?」
「ん?話題を変える?」
「まあ、言えないからしょうがない、で?」
言えない?なんでだろう。
考えつく理由はお話の強制力とかかな?よくあるよねそういうの。私は感じたことがないけれど。
「ここ何日か魔物が凶悪化の報告があがってきてて。それもいるはずのない場所に。その討伐準備のための偵察だよ」
「それが仕事なの?」
「仕事の一つ」
「ワーカーホリックみたいな答え方するな」
ヨウさんは笑った。「すごいねぇ」と多くの人のように英雄視するでもなく。「そんな細腕でそんな場所に一人で行くなんて」と嘆くでもなく。「こき使われすぎ、それは王家に騙されてるんじゃない?」と疑心を植え付けるでもなく。
ただ、ヨウさんは笑った。
「なにか、笑う要素あったかな?」
「いや、うーん。あった。しいて言うなら嬉しかったんだよ」
「嬉しい?」
その反応は意外なもので、なんだかこちらも少し心が浮き立つ感じがした。
それから二人でいろんな話をした。
この世界に迷い込んでからのお互いのこと、今の生活のこと、前の世界の話。
ときどき、さっきみたいに話せないことがあるのか、ヨウさんの話が途切れたこともあったけれど、夜が明けるのがあっという間だった。
「そろそろ、動けそう。報告に帰らないと。楽しい時間は終わりなのは残念だけど」
ヨウさん。食べ物やお金に困ってるなら一緒に行かない?口に出す寸前で言葉が止まった。
もし、この人が、モブだったったら?
隠しキャラではなかったら?今までの嫌な出来事がおもいだされる。
胸にずきりと痛みが走る。この人を失いたくない。
恋愛感情とかじゃない。
吊り橋効果的なものは少しあるかもしれないけれど。
でも。
間違えたくない。
ここはゲームの世界で。
メインキャラとモブの役割が明確に分かれた世界。
主人公の自分が影響力が大きすぎる世界。
「これ持って行って。この中にさっき解体した魔物を入れて冒険者ギルドで売ればお金になると思う」
「いいの?そういうバッグはよくファンタジーなんかに出てくるけど。四次元ポケットみたいなやつ。この世界はこれが汎用的に出回ってる文化水準なの?貴重な物じゃないの」
本当の価値を話したら受け取ってもらえないかもしれないから、嘘を言おうと思ったけれどやめた。
「この世界でも貴重だけど、買えるぐらい稼いでるから大丈夫」
仕事は大変だけれど、もらえるものはもらっている。
もう一度、ヨウさんの方に差し出すと、遠慮がちに受け取ってくれた。
「ありがとう。借りておくよ。絶対返しに行く。王宮に行けばゆいなさんに会えるだろうか?」
「門番の人に言ってくれればたぶん」
ただバッグを返す話をされただけなのに胸が高鳴った。
自分に会いたいと言われたわけじゃないんだから。
勘違いしないの。
ただ誠実な人なだけだ。
なのに落ち着かない。
「君にまた会いたいし」
やっぱり勘違いしそう。心臓に悪い。
歯の浮くようなセリフには慣れているはずなのに。
怖い。吊り橋効果。
魔物を素手で殴りに行っちゃうような人。
やっぱりかっこいい。
破天荒万歳。
でもだめ。
早く冷めて。
ただの社交辞令。
心、動かないで。
「それじゃあ、また」
さりげなく添えられた、再会を思わせる言葉が嬉しい。
去りゆく後ろ姿から目を離せないでいた。けれど。
あれ?あの先に街ないよね。
方向教えるの忘れた。
慌てて追って、地図をさしだした。
「これ、あっちの世界で言うグー●グルマップ」
地図の所有者をヨウさんに書き換える。
「なるほど、自分がどこにいるか地図上に示されるわけか。助かるよ。方向音痴なんだ。勘はいい方なんだけれどね」
「じゃあ、本当に出会えてラッキーだったんだ」
ふわっと現れた笑顔に目が引き寄せられる。ほんと名残惜しいな。
ヨウさんは今度は正しい方向に歩き出した。
一緒に行けないのが歯がゆい。
彼に出会った瞬間を思い出す。
胸が高鳴り、恋に落ちた予感。
なんてものはなかった。
驚きの連続はあった。
前の世界でも恋をしたことがなかったわけじゃないんだけど。
覚えている限り全部、破れている。はず。
偽物の恋と真実の恋とのちがいはわからない。
どうやってわかるんだろう。
続く日常をまもるために、日常を続けるだけじゃダメなんて。
恋をしないとだめだなんて。
はやく、わかりたい。この人だって。
誰かを強く思いたい。
読んでくださってありがとうございました。
この辺のヨウさんとゆいなさんの会話をインスタグラムのリールで投稿しています。
よかったら覗きにきてください。
https://www.instagram.com/cococo1408/reel/DI-oRfhphJCXnu3Ti-aw9Do7UvlICs2tyTa5hs0/