魔王復活のリミットが近づいてきました。とりあえず、サクッと魔物を倒してきちゃいましょう!
3-②
魔物討伐遠征の朝、ハンドはごきげんで来たと思ったんだけど。
そうではないようだった。
「えっと、どうしたの?」
「別に?」
これは何も言わないやつだ。
周りを見渡すと何人かがこちらをみてきまづそうにしている。
目を合わせると、さっと手に持っている新聞らしきものを隠した。
あまり評判のいい新聞社ではなかったはずだけれど。
少し席を外してその内容を調べてみた。
ハンドのことに関する記事はすぐに見つかった。
少し前の飲み会でのハンドの振る舞いが酷かったとあった。
そのパーティは私も知っているお偉いさんが、ハンドのために開いたもので、そこに招かれざる客みたいな人が来たんだって。その人にハンドがちょっと口に出せないような暴言を撒き散らして大変だったらしい。
どこまで本当なのかはわからないけれど、大丈夫なのかな。
「ハンドの記事、大丈夫ですか?」
私はセドリック様を探して呼び止めた。
バーディ様もちょうど一緒にいたのでちょうどいい。
「まあ。お酒を飲むと兄は人が変わるから」
少しい言い淀んだものの本当のことだとバーディ様は認めた。
「信用度が低い新聞であることが幸いして、ほぼ一般には話題になっていません」
とりあえず、大きな混乱はなさそうで安心する。
お酒を飲むと気が大きくなるらしいのは私も知っている。
色々な人がそう教えてくれた。
「でも、聖女様がしっかりすれば大丈です」
「みんなそう言うのですよね、何が大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫だと僕も思うよ、聖女が付いてれば。二人は相性バッチリだし」
相性で酒癖が大丈夫の意味はわからないけれど、できることはしたいと思う。
あれ?乙女ゲームのメインキャラだよね?ハンドって!変なの!
恋した後の更生具合のギャップが売りのゲームなのかしら?
それならわかる。
自分のおかげで相手が良いように変わってくれるって至高だよね。現実ではなかなかありえないからこそ。
戻るとハンドが頭を抱えていた。
「あたまいてー。最初の挨拶、俺の代わりにやってくれね?」
美形が睨むと迫力がある。これ、断ったらいけないやつだ。
ここまでの付き合いでわかる。
「あ、お土産」
何か美味しそうなものを差し出された。
「めったに手に入らないって噂のスイーツ!どうしたの?」
「ゆいなのために手配しておいた」
うーん。ところどころ優しいんだよね。
こういうところが魅力なんだろうな。酔いつぶれてダメなところも可愛い。
影があるところもかっこいい?みたいな?
現実だとちょっと不安になるけど、ゲームのキャラとか遠くで見てるには本当に沼るんだろうな。
恋愛ならいいと思うんだろうけど、結婚はないと思うんだよねー。普通は。
それを補う魅力があるからハンド様は別!なんてファンの声が聞こえてきそうな気がした。
なんとか出発してたどり着いた魔物の討伐は思ったよりも苦戦することになった。
この間の魔王の復活が近づいたことが関係しているのかもしれない。
出兵した全員を囲むほどの防御壁を作るのはかなり力を消費するので、ハンドに力を貸してもらって共同で張っている。
詳しくはわからないけれど、ハンドを拡張媒体にするイメージ?
一人で張るよりもずっと広範囲に張ることができる。
ハンドは器用なのだ。
だから、防御面は全く問題がないものの、攻撃の方はそうはいかなかった。
魔物の知能が上がっているのか、かなりの回避率。
防御壁の中から繰り出される攻撃魔法もかなり強力なものばかりだけれど回避されてしまえばしょうがない。
よく観察していると、魔物は耐性ごとに集団行動しているのがわかる。
こちらが打ち出す魔法は一定のグループで一つと決められている。
そうでなければ、攻撃魔法どうしで打ち消しあう可能性があるからだ。
たぶん、それを読まれている。
氷魔法が飛んでくる場所には氷耐性の魔物。
火魔法の所にはというように素早く移動してるんだ。
「くそ!魔法の切り替えが追いつかない。もっと早くしろ!」
「むりです!これ以上は」
ハンドのイライラした声が飛ぶ。
遠くから攻撃している弊害。
無駄うちがかなり多い。
魔法を打つのにもゲームでいう最大MPみたいなものがこの世界にも存在して。
数値を測ることはできないけれど個人差がある。
その回復をつかさどるのも聖女の役目。
まだ、自分の力に底を見たことはないけれど、皆に力を与えすぎて空っぽになったらどうなるのか、考えるだけでぞっとする。
「作戦を変更するぞ、なにかないか?」
ハンドが周りに聞く。
「魔法を一つに絞るのはどうでしょう?」
「だからそれが効かない魔物がいるから…」
「なるほど、耐性以外の魔物を一気に倒すということですね」
ハンドの言葉を遮って発案したのはヨウさんだった。
「なるほど。全員に通達しろ炎にかえる」
「ですが、炎が苦手な術者などもいるので全体的な攻撃力が弱まると思われます」
「そうか、あれをもってこい」
ハンドが持ってきたのは他国が開発したブレスレットだった。
周りの人の力を自分に集められるというかなりゲーム的なアイテムよ。
「とりあえず、皆の魔法を炎で統一!弱まった部分は俺がこれで補う」
「ハンド様。しかし、これは使用者を選ぶもので、もし、使えなかったということがどこかに漏れると、侮られることになります」
「炎魔法を打てない者の力を吸い取り使用すればよいですが、成功失敗にかかわらず力を吸い取られたものは気が付くでしょう」
「なるほど。それはまずいな。対面は大事だ。となると、ゆいな、セドリック、バーディ。絶対に外には漏らさないであろうお前たちから吸い取るしかないな」
ふたりは大きくうなずいた。
さすがメインキャラだけあって、二人ともかなりの魔法力を保有している。
そして、これもメインキャラらしくそれぞれ得意な魔法が違い、炎ではない。
この莫大な魔法力を、すべてハンドの炎魔法に変えられたらかなりの威力が見込めるというわけだ。
ハンドがおもむろにブレスレッドをはめた。
「いくぞ」
一気に体の力が吸い取られるのがわかった。
「なにこれ、想像よりきっついんだけど」
「我慢しろ!国民の平和のためだろ」
魔王の防御壁を強化した時並みの力の持ってかれかただ。
「セドリック様、バーディ様大丈夫ですか?」
「はい」
「無理」
それぞれらしい返事が返ってきた。
一様に顔をしかめているので、同じようにかなりのきつさだろう。
「行くぞ!3、2、1」
ハンドが目を開け魔法を放った。
のだと思う。
思うっていうのは、何も起こらなかったから。
目の前では多くの騎士団のメンバーが絶え間なく魔法を放っている。
確実に炎が効く魔物たちは少なくなっているようだが、決め手がまだないようだ。
ひとり、またひとり、魔法力が切れて倒れていく。
「あの人たちに早く力を補充しないと」
「捨てとけ、命に係わるわけでもあるまい。そっちに力を回せばこっちに回ってくる力がすくなくなる」
切り捨ての言葉と共にブレスレッドがはじけた。
「ちっ、脆いな。俺の力の強大さに耐えられなかったか。次をもってこい」
8個9個、ブレスレッドの残骸が積み重なっていく。
私たちからも力が搾り取られる。
「王、もうすみません」
「もう、無理だって」
セドリック様とバーディ様の力はもう尽きていたのだと思う。
しかし、二人に力を補充してあげている暇はない。
そちらに補充するときにいくらか消えてしまう力が効率が悪いというので、私だけがハンドに力を与えている状態になっている。
「諦めるな、まだ早い!何度も挑戦すればいい。そうだ、防御壁に回している力をこっちにまわせば」
「え、待って」
いっきに負荷がかかる。
防御壁の範囲が狭くなるのを必死にこらえた。
気、失いそう。
「うわぁ。初めて力なくなりそうかも」
「聖女の初めていただきました」
ハンドの軽口にも応戦する余裕がなかった。
目の前がちかちかしてくる。
「ハンド、無理。作戦変えよ。まだ、私の力があるうちにセドリック様、バーディ様。倒れた人たちに力を」
「まだだ、このままだと、侮られる。ばかにされてたまるか。もとはと言えばお前の調査不足だったのではないか?」
「魔物が強化されたのはこの間の魔王が復活に近づいたときだから、あの調査の時はまだだった」
言ってから心で否定する。ちがう。恋愛できない自分が悪いのだ。
全ての元凶である魔王を真実の愛でとっとと倒してしまえないからこんなことになっている。
「ちょっと借りるよ」
ヨウさんがいつの間にか隣に来ていた。
いとも簡単にハンドの白い腕からブレスレットを引き抜いた。
何かを探っているのだろうか、持ったまま微動だにしない。
「王、失礼します」
しばらくして、やっと動いたと思うとハンドの手を取った。
「たぶん、力の流し方がまずいんだと思います。受け取った力を増幅するにはこのブレスレット球体の核の術式をこう使って」
たぶん、実際に力を流して見せているんだと思う。
「うわ!笑顔が爽やかすぎて逆に怖い!」
「うるせー。どうにかなりそうだ」
こちらをみた。
「じゃあ、俺は持ち場に戻ります。仲間たちの様子も心配なので」
ヨウさんが離れていく。
あぁ私の癒しが離れていく。
「ゆいな、力を頼む」
防御壁を支えているだけで実はもうギリギリの状態だった。
そのはずなのに、力が少しづつあふれてくるのがわかった。
ハンドにありったけの力を渡す。
「今度は、うまく行きそうだ。いっけー」
ハンドが魔法を成功させた。
巨大な火の玉が無数にあたりに降り注ぐ。
森を焼き尽くしつつ魔物も次々と倒れていく。
「やったぞ!みたか!」
満足そうなハンドの声にみな振り返る。
「今の魔法は、王がおひとりで?」
「そうだ!」
ハンドの返答に皆が沸き立つ。
「さすが、王!我らの王!」
「最高だ」
「かっこいい。男でも惚れてしまう」
そんな、賞賛の中、木に燃え移った炎を静かに消している集団があった。その中心にいるのはヨウさんだった。
「森の火が消えていく。よかった」
あのままでは魔物は倒せても森のダメージがかなりのものだっただろう。
「ってえ?ヨウさん!」
ほっとしていると、ヨウさんががっくりと膝をつき倒れたのが見えた。
「どこにいく!まだ終わってないぞ」
「止めないで、行かせて。だって」
ヨウさんには他の人とちがって世界からの供給がない。
普通の人にはスピードが違うものの力の回復が見込めるけれど、ヨウさんだけは違うのだ。
腕をハンドにつかまれた。
「ここから、全員の力を回復すればいいだろ」
補充したくても、防御壁を一人で支えつつもう力がそこまで残っていない。
「聖女が特定の一人を特別扱いする気か?」
睨まれ、動けない。
「では、次の魔法行くぞ」
ハンドがさっき仕留められなかった魔物を倒すために、炎以外の属性魔法を放とうとしたのだと思う。
バリーン
派手な音がして、ブレスレッドが割れた。
「次を」
「もうありません」
地面にへたり込んでいたセドリック様が力なく言った。
攻撃が来ないと悟ったのか
魔物がまた集まりだした。
「ゆいな、俺に力を直接回せ。力を増幅するコツはさっきのでつかんだ。あれがなくても出来るかもしれない」
耳元で囁くので囁き返す
「ごめん。防御壁を維持するだけで一杯一杯なの」
「一日中、防御壁を張ってられることもあるのにか?まだ二時間ほどだぞ」
「規模が違うもの」
「自分の周りだけならどのぐらいの時間張れる?」
「それなら永遠に」
使う力よりも回復する量の方が多いはずだ。
「よし、いったん皆を退却させよう。隊を立て直してからまた助けにくる」
「え?」
「みんな、聖女の防御壁が崩れる。その前に退却しろ。倒れているものを抱え退け!犠牲者を出してはならん!聖女を守るためにもここは退却だ。この人数を守り切るには聖女の力が持たない。あとは、俺と聖女で食い止める。」
皆がいっせいに走り出した。
残った魔物が追いかけられないようにどこまでも続く壁のように防御壁の形を変えた。
「ハンドも力を貸して」
皆が無事に逃げられるような防御壁を保つには力がもう少し欲しい。
「残念だけど、俺にも力が残ってないんだ」
ハンドの懐から何かが取り出され私の周りにまかれた。
「魔物をおびき寄せる薬だ。最後の最後の手段と思ってたけれど、持ってきてよかった。皆を守るためには聖女がおとりになるのが一番だ。じゃあ、検討を祈る。頑張れよ」
一瞬でハンドは消えた。
瞬間移動だ。
「えーーーー」
声がでるのだから、まだ冷静なのだとおもう。
恋愛フラグが立ってない攻略対象って、冷たすぎない?
また、この状況だ。
魔物が周りを取り囲む。
これが一番確実で、合理的な方法なのはわかるけど。
防御壁をコツコツとなる音を聞きながら、もやもやとした気持ちが増えていった。
完全に批判する気になれないのはこれが最善の策かもしれないと思うから。
王として、ハンドの決断はやむ負えないものだった。
それが決断できる判断力。やっぱりすごいと思う。
でもさ、置き去りは不安だよー!




