メインキャラクターじゃない人に親切にしてはいけない世界です。魔王復活が近づきましたがまだ恋はできません。
2-⑤
教会で最後の祈りをささげるとき、セドリック様は不機嫌に見えた。
「王の庭で誰とあっていたのでしょうか」
「会っていたというか、あとから来たというか」
ヨウさんとのことが耳に入ったらしい。
なんだかそんな風に言われると、恋人たちの痴話げんかみたい。
恋愛ができなくて困っている独り身ですがね。
あのひと時。
ヨウさんとの暖かい時間を思うと顔がにやけてしまうけれど。
世界の逆鱗に触れたらあの人がまたどんなひどい目にあうのかわからない。
私がメインキャラ意外のモブと関わると相手がみな不幸になってしまうんだ。
考えないようにしよう。
さっきのニヤけてるとかは違う。違うからね。
思考を誤魔化すように目の前に広がる巨大な絵に目を移した。
この世界の予言を絵にしたと言うそこには、聖女と手を取り合う男、そして倒された魔王が描かれ人々がその情景を見守っている。
城下町らしき場所では女の人もあるいている。
前の世界でもこういうモチーフの絵を見たことがある。
女の人が一人で歩けるほど安全で治安のいい理想的な世界。という意味がその絵にはあったと解説されていた気がする。ゲーム内のこの絵もそれを参考にしていたのかもしれない。
「こんなふうに、皆が幸せに安心して暮らしていける世界を作りたい」
甘さを含んだ王であるハンドの美声。
「聖女、前へ」
言葉通りに進み、ひざまずく。
祈りを捧げようとした時、ゆがんだ切れ目が驚くような速さで無数に現れた。
「これは、聖女?なんの茶番だ?」
ハンドは薄く笑っただけだった。
「私じゃないよ」
討伐前の祈りを捧げるために集まった兵士たちの上にも、いかめしい顔をした司祭たちの上にも、はらはらと紙が降り注いだ。
一枚手に取ってみる。
私と思わしき人物の絵の前で、皆が泣き崩れている情景が描かれていた。
ほかの絵は私があの世の審判を受けている様子。
なぜ審判の様子だとわかるかというと、こういう絵は一般的に書かれているものだからだ。
有名な人が亡くなった時、こぞってこういう絵が描かれ号外として売られる。
死絵と呼ばれるもの。
皆で悲しみを共有し偲ぶために描かれる。
決して悪い物じゃない。
ただし、それは誰かが死んだとき。
私は今、生きている。
生きている人の死絵がかかれることはもちろんない。
誰の仕業なのだろうか。
嫌がらせにも程がある。
「なにかやばい魔法がかけられているかもしれないから触らないほうがいい」
セドリック様から忠告が飛んだ。
何かこちらの気分以外を害するものは感じられなかったけれど、感知できないものもあるのかもしれないと、私は紙から手を引いた。
「世界が焦れているんじゃないか?そろそろ、誰かに決めろと伴侶を」
「わ!」
顔に紙が押し付けられた。
慌てて取ると、ハンドが笑っている。
「そんなことでビビるなって。ゆいなは強い。この世で最強の聖女だ」
ハンドは勢いよく、死絵を破った。
私のような女の顔が見事に真っ二つになる。
威勢の良い掛け声につられてか、みな紙を半分に破りだした。
踏みつけてる人もいる。
「ちょっとそれ、私にそっくりなんですけど」
「いや、よく見たら似てない。目の前の顔の方がはるかにきれいだ」
おー!野太い声が教会に響き渡った。
司祭も拍手喝采してる。
「さすが、ハンド」
「惚れるだろ」
ハンドは得意げに、兵士たちをもっと破れと煽っている。
「これだから、兄さんには勝てないって思うんだよね」
「弟ながら、さすがですハンド様」
メインキャラ二人ともハンドに甘いんだから、攻略対象は実質1人じゃない?
はぁ。
恐々と様子を伺った。ヨウさんも嬉しそうに周りの隊員と盛り上がってる。
ハンド。気持ちを救ってくれたのは嬉しいけど、また外堀埋められた気がする。
誰よ、この展開にさせた犯人は。
もう閉じかけている裂け目に何か魔法を飛ばせたらよかったのに。
防御壁でもなんでも。
例えば、あの先のボスが優雅にお茶を飲みながら嫌がらせをしていたとして、ティーカップに防御壁を張り巡らせたら紅茶を注いだ時に、あふれて服にシミができる。ぐらいの嫌がらせはできたかな。
ちょっと練習してみようかな。
主人公らしからぬ小さな仕返しを思う。
だれかの嫌がらせのおかげで一層士気があがった光景を眺めていたとき、空が暗くなった。
また嫌がらせ?ざわつく中で司祭がお告げを口にした。
「魔王の復活段階がすすみました」
その言葉を裏付けるようにあたりの空気が重くなった。
たぶん、魔王が出す毒の瘴気が濃くなったんだと思う。
あわてて、教会を出て近くの塔に上ると、魔王が封印されているあたりの黒霧がより濃くなっているのが見えた。
あれは、瘴気の影響か、魔物たちが周りに集まっているからなのか。
こういう時の対処は心得ている。魔王を囲っている防御壁を厚くする。
魔王の周りには魔道具を通して私の力が流され目が覚めても外に出られないようにしてある。
そこに流す力を増やすのだ。
絶え間なく放出する力の量が増え、頭がぼうっとしてくるのをこらえながら力を加減する。
もっと、密度を濃くながして無駄がないように。
「ゆいな、ここはまかせてもいいかな?」
気が付くと屋上には私とハンドしかいなかった。
すこし、そわそわしている。何か言いたいことがあるようだ。
「なに?」
「ちょっと約束をしていてさ」
その後に続く言葉は予想ができて、がっかりする。
「抜けてもいいかな?」
「え?でも、この非常時に王がどこかに行ってたなんてバレたら非難されちゃうよ?」
「屋上は入り口外で見張らせているから、大丈夫。だれも入ってこないよ。ゆいなさえ内緒にしていてくれれば。ここに俺がいてもなにもできないし、気も散るだろう、ちょっと席を外すよ」
こんなこと今回だけじゃないのに何でがっかりするのかわからないや。自分に疑問を持つ。
「魔王復活のピンチだよ?相手も事情をしれば約束を破っても怒らないと思うよ」
「その用事が大変なことであればあるほど、優先された喜びは大きい。だろ?」
「えー」
ハンドが困っているのが手に取るようにわかる。なんだかんだと行きたいのだ。
いいよと言い渋っていると、ハンドは焦れたようだった。
「俺の時間がどれくらい貴重だと思ってるんだ」
「一緒にいてくれないの?」
「何かできるならともかく。明日から魔物狩りの遠征。戦地に向かう前の息抜きが男には必要なのもわかるだろう?」
しらないよ。と言ってももう無駄なので。黙る。
魔王の復活が近づいてくるごとに発生する、防御壁の強化作業は苦痛を伴う。
自分をコントロールするのにも時間がかかり、今度は耐えきれないんじゃないかという不安がいつも付きまとう。
「ゆいなー、君は聖女だろこの物語の主人公だ大丈夫、まだその時じゃない。今回もきっと世界が味方してくれるさ。それに」
「恋人でもない私には止める権利はない。でしょ?」
本当は行ってほしくなかった。
こういう時に、たった一人で負けて死を迎えることになったらどうしようっておもう。
私が負けたら、世界が滅んでしまうんだ。
なにか、中間ポイントみたいな魔王フラグがあって、それを超えていなかったら?今すぐのゲームオーバーもあるかもしれない。
そんなものはないと言われたけれど、魔物の強化など知らないイベントが数多く発生しているんだもの。
イレギュラーな展開があってもおかしくない。
「終わったら、見張りには王は瞬間移動で城に戻ったって言ってくれよ」
「それはわかんない」
かすかな抵抗を試みる。
「まあ暴露して、明日の討伐の士気をさげても死人が増えるだけだ。恋ができないゆいなが悪い。俺は悪くない」
ハンドは瞬間移動を使った。
ドアから出ていかないのは、聖女と力を合わせて魔王の影響を減らしているというパフォーマンスのためだ。
励ましてくれた初期のころが懐かしい。
ハンドだって忙しいから、こういう時にしか自由がないんだ。
私がそれを作ってあげられている。
消える瞬間、ハンドは解き放たれて嬉しくてしょうがないというような顔をしていた。
王の重責。私とはまた違うものを彼も背負っているだろう。
お互いの荷物を持ちあっていた過去もあったけれど、いま、ハンドの心を軽くするのは自分じゃない。
私の隣はハンドにとって安らげる場所ではないのだと思う。
それは自分も同じだけど。なんだか寂しい。勝手だよね。私も。
そんな二人の状態を皆が知ったら傷つけてしまうだろう。
私たちの永遠を願う人たちが多いから。
応援してくれている人の気持ちを想像したら、たとえ非難されても少しずつ。
あくまでも自分がハンドとの未来は考えられないと発信していくべきなのかもしれない。
ハンドに本命がいてそっちにかまけていることは隠しつつ。
魔王の復活までの時間。
私も覚悟して行動を変えなければと密かに決心する。
もうきっと、メインキャラクター達との恋は無理だ。
だから恋ができない自分を嘆くだけじゃなくて魔王を倒す違う方法を模索しないと。
そんなふうに思うようになったのは。この頃だ。
それまでは魔王は倒せなくても、皆の期待に応えることだけ考えていた。
真実の愛を育めない自分ができることと言ったらそれぐらいだけだから。
魔王に滅ぼされる前にみんなに幸せな思いをたくさんして欲しかった。
ただ、その一心で。
でもあの人のおかげで…
じゃない。
それを考えたら迷惑がかかるかもしれないから。
「ありがとう」
感謝の気持ちだけを空に飛ばした。




