メインキャラクターじゃない人に親切にしてはいけない世界です。もうあの人には会いたくない。
2-④
「またキレイ更新した」
侍女さんたちのプロの技術で体の隅から隅まで磨いてもらってお気に入りのドレスを選んで、化粧を施してもらって髪を整えてもらうと滅入っていた気分が少し晴れた。
これを失恋と呼ぶのかわからないけれど、進めない恋に囚われていてもしょうがない。
少しずつヨウさんについて考える時間を減らさないと。
「いいですね。そうやって用意してもらったものを着て練り歩くだけのお仕事。私と変わってほしい」
メインキャラクターのひとり。ツンデレ担当セドリック様のお決まりのセリフもこの高揚した気分を害するには届かない。
やっぱりプロってすごいな。
公の場所で着るドレス。
全部、自分の稼ぎで支払っている。
セドリック様の言う通りそれが仕事。
それだけしてるわけじゃもちろんないけどね。
綺麗にして喜ばれる仕事って素晴らしい。
「さあ、王がお待ちですよ。二人が並んだ姿を国民に見せて安心をさせてあげてください」
「セドリック様も笑顔を振りまいて、きちんと遠征費を稼いできてくださいね」
税金として得ている予算には限りがある。
国民に重税を課すのは絶対さけたい。
だから、服も自分でもらえる給料から買うだけではなくて、色々なブランドからの提供を受けている。
私が着ることで広告になるそうだから。
「もちろんです。王のためにがっちり他国からお金を巻き上げますよ」
王宮で開催される魔物討伐前の壮行会。
その様子は全世界中継され、国民も他国の人も誰でも見ることができる。
これはただ、騎士団の方々をねぎらうためだけでも、開かれた王家に親しみを持ってもらいたいという狙いだけでもないのだ。
ずばり。国民の方々には推しを探してもらう。
他国の方たちには自国の名産をアピールしつつ、積極的に他国の物も使用して世界中に売るのだ。
日々鍛錬を欠かさない騎士団たちのタキシード姿は、会場の煌びやかさにも負けてない。
お金を出すならば、納得して出してほしい。
そんな心を揺さぶって、国民の方や各国の要人たちはこぞって寄付をしてくれる。
それができるほど、皆、豊かになった。
お金を好きに使えるほど余裕がある人が増えた。
それはとても喜ばしい。
うちの国の名産もだしてほしいと、各国がスポンサーとして広告費も出してくれている。
誰宛ての寄付かは集計され成績の良い者の待遇は優遇される。
騎士団長になるのはさすがに人気だけじゃ無理だけれどね。
この様式を最初に生み出したのはハンドで。今では各国がこぞって取り入れている。
それでも視聴数が圧倒的なうちの国の優位は変わらずで、多くの収入をここから得て、国に還元する。
大事なイベントなのだ。
本当にハンドはお金を集めることに関して天才だと思う。
尊敬する。
ヨウさんを目の端にとらえた。
ボロボロの姿でもかっこよかったのに。
正装した姿がかっこよくないわけがない。
清潔感のある髪型に笑顔から少し色気が漂っていてアンバランスな魅力を放っている。
壁の隅に立っているだけと思いきや、周りには人だかりができて積極的に色々な人と話しているみたい。
「今日も可愛いね」
ヨウさんから無理やり意識外に追い出そうと格闘しているとハンドが隣に並んだ。
ちゃんと、「も」をつけるあたりハンドは本当にわかっている。
「ありがとう。ハンドも似合ってる」
「ゆいなのセンスがいいんだな。さて。お互いの美貌をつかって見てくれる人になにかそろそろサービスしないと。この頃、マンネリと言われて寄付金も視聴数も下がってるらしい」
「サービスね。広間の真ん中あたりにいったらなにかする?」
歌でも歌う?ダンスとか?
「ちょうどそれを提案しようと思ってた、その何か任せてくれるか?」
「わかった」
お金も大事だけれど、みんなの嬉しそうな顔も反応も嬉しいから、みんなが喜ぶことなら何でもする。
ここでのことがニュースになれば新聞が売れ、働いている人の家族が潤い。その人たちがお金を使い。その恩恵を受けた人たちがまた次につながり。
自分だけじゃない。他の人も幸せになるのが嬉しいのだ。
「そういえば、昨日も遅くまで会場のチェックしてくれたんだって?頑張るな、ゆうなは」
「うん。この国に降り立った時。貧困がとても身近で。ハンドが、まだこの仕組みを考えていなかったこの国は貧しくて。死が。今よりもずっと身近にあるようだったじゃない?それを知っているからこそ、頑張れるの」
私を拾ってくれた孤児院の方たちも自分たちが生きるのも精一杯の生活だったのに。
私が王宮に見つけられ、今のように生活できる仕事につけるまで見捨てずに共に生きてくれた。
「そんなときもあったな。今では遠い昔だ。俺たちは前に進み続けなければならない。あとで文句言うなよ」
呼び出しに応じ広間の真ん中にいくとハンドは私の顎を指でつかむと上を向かせ二秒ぐらい静止すると、そのまま離れた。
こ、これは。
伝説の顎クイ。。。。。。。。。。。。。
これがヨウさんだったら心臓止まるだろうけれど。
ハンドとだったら弟と戯れてるみたい。
あちらも同じようで、涼しい顔してる。
それはそれでつまんない。
ぎゃー。会場が悲鳴にも似たどよめきに包まれた。
二人の兄妹みたいな雰囲気は側から見たらそうは見えないらしい。
気を取り直して、微笑みつつ。周りをみわたすと、ほとんどの人がほんわかした顔をしている。
かなり、嫌そうな顔をしているのはたぶん、ハンドに本気で恋をしている子たちだ。
「大成功だな」
「期待させすぎるのもどうかと思うよ。それに、ハンドのこと本気で思ってる子たちが」
「俺にはゆいなの存在が認知されている。付き合ってるかいないかは明言してはいないがな。そんな相手がいるやつを好きになる女の気が知れない。人の男を取るのが好きなただの性悪だろ」
「そんな子ばっかりじゃない。ハンドのこと好きなのに応援してくれてる子も多いよ」
だから、心が痛むんだよ。
居心地の悪さに、悪寒が走った。
そんな自分にも嫌気がさす。
頑張るって言ったのに。覚悟が足りない。せめての役割を果たすための。
誰かを傷つけて、嫌われても、結局はその人の生活が守られるのだから。
国を。住む人を守るためには仕方がない。
自分を大切にしすぎている暇はない。
進んで悪者になる勇気を。プロ意識を持たなくてはいけないのに。
それでもちょっぴり人の期待するように動くのは疲れる。
ハンドに断って、少し休憩をもらう。
「すぐ戻って来いよ。まだまだ目標額には程遠い」
「うん。ありがとう」
中庭に腰かけるまで笑顔を保って私はベンチにへたり込んだ。
ここは王家御用達の場所で入れる人は限られている。
入り口に見張りが立って、従者もメイドさんも誰も入ってこられない。
人に期待されるのは幸せなことだけど、精神的にくる。
この世界に来て4年。自分もだいぶ変われたと思う。
こんなに疲れていても背筋は伸びている。
前の世界でのリラックスモードとは雲泥の差だよね。
誰もいない気が抜ける場所でも自然にできてしまうようになるまでにだいぶかかった。
みんなが期待する聖女としてあるためには、こういう努力が必要だった。
手入れされた庭を眺める。咲き乱れる花の一つ一つに目を凝らす。
誰もいなくてもずっと綺麗に咲いている花のようになりたいとずっと思ってたな。
ぼんやりと、ヨウさんの顔を思い浮かべた。
出会ってから短い時間だけど、全部はっきりと思い出せる。
眉毛の形、とてもきれいな鼻筋、鋭い目。
パーツを思い出すだけでドキドキする。
恋してもいい人じゃなくて、恋しちゃダメな人にときめくなんて。
ありがちなパターン。ダメだって言われるほど燃えるでしょ。
ほんとバカだよ。私。
そんな雰囲気に流されて、世界を魔王の脅威にさらしているなんて。
だけど、どんな人に贈られた賛辞の言葉よりもたった一言のヨウさんの肯定が私を引き寄せて離さなくなってしまった。
もう一度、話したい。
この気持ちは幻だと。
ただただ、勘違いしているだけだと。
真実の愛でもなんでもないとわかりたい。
そろそろ行かなきゃ。
立ち上がった目の前にヨウさんがいた。
遠目に見てたより破壊力がすごい。
式服の皺まで芸術的に見えちゃうし、髪の流れ方までキラキラして見えちゃう。
はぁ。かっこいい。
私と目が合うと、はにかんだように笑った。
本物だ。
さっき見かけたばかりなのに、ずいぶん久しぶりに感じる。
ヨウさんの目の中に映っていると思うと、完璧だと思っていた自分の装いが不安になった。
嬉しくてたまらないというように駆け寄ってきてくれる笑顔に心臓がうるさい。
メインキャラはかっこいい人ばっかりなのに、なんでヨウさんばっかり特別に感じるんだろう。
いつも矢面に立たされる私を守ってくれようとしたから?
顔がタイプ?
おかしいおかしい。絶対におかしい。
惹かれる気持ちを絶対に信じちゃいけない。
「どうやってここに入ってきたんですか?」
「見張りを倒してきた」
何気なく言うけれど、ここは王家の憩いの場だからかなり有能な人たちが見張りをしてたはず。
「なんか落ち込んでるみたいだったから追いかけてきた。ちょっと怖がられるかなとも思ったけど、君には鉄壁の防御があるからいざという時はそれでぶっ放してもらおうと思って」
「そんなにでてましたか?未熟だな」
表情から本心を悟られない。貴族の嗜みの基本だ。
「これ、金リンゴって言うんだって。ゲームの世界にしかないと思ってた」
「ゲームの世界ですから」
「ゲームの製作者はその者を指示するだけだろ?それをこの世界にある材料で表現してるの面白いよね」
会場から運んでくれたお皿に乗った金リンゴ。
こういうびっくりメニューは目を楽しませるだけじゃなくて、そういうものも開発できるんだぞというアピールも兼ねているらしい。
「食べる?」
「ヨウさん食べて」
首を振った。じつはその料理。ゲームにあったものではない。提案をしたのは私。何か、他の人をあっといわせる料理ができないか聞かれて料理長と試行錯誤してできたメニューだった。
ヨウさんは金のリンゴと私の顔を見比べている。
「いいの。そのメニュー作ったの私なの。思いついたのはまさにそのゲームからの発想で、前の世界で本でちらっと読んだものを再現しようと思って。でも予想外に大変でね。思い出しただけで胸やけするの」
私の胸が苦しいフリにヨウさんが笑う。
極秘で進めるために、ここで手に入る材料を自分で買いに飛び回ったり、試食に次ぐ試食でドレスが入らなくなりそうになった。
そんな他愛ないエピソードを披露した。
「だいたいこういう異世界転生とか迷い込みの主人公って、みんなレシピを覚えてたりするじゃない?でも、私はそんなことなくて、ぼんやりとした記憶だったから。そんなところも主人公として劣等生なの」
「君は結構ネガティヴなところがあるよな。大変だった分いい思い出になったんじゃない?」
「たしかに!料理長との絆は深まったとおもいます」
お互いに恋愛なしの必要な作業だったからか、料理長に危害が加わることがなくてよかったよ。
「料理長との協力の結晶、ぜひヨウさんに楽しんでほしいな」
「じゃあ遠慮なく。フルーツの山から見つけた時から味を想像して気になってたんだ」
自分のがんばった物の結果を目の前で見られる。
にやけてしまう表情を抑えるのが大変だった。
手づかみでがぶっと豪快に丸かじり。
口大きいなぁ、自分の料理を食べてもらうって嬉しいことなのかも。作ったのは厨房の人だけど。
かぶりついたままそのまま固まったヨウさんの口元から汁が滴る。
うわぁぁぁぁ。
最終決定よりもおいしそう!料理長いい仕事してる~。
やっぱり一口ぐらい食べたい。
まだ会場に残ってるかなぁ。
「これ、肉なのか!?」
「そうなの!びっくりしてくれた?」
嬉しい。報われた。
「これは楽しい趣向だな」
「でしょでしょ、自信作なの」
感情が爆発して近づきすぎた。
その距離にヒヤッとする。
「君の笑顔はいいな」
追撃を受けてしまった。
頭の中で何回も繰り返しながら一歩下がる。
「もう行かなきゃ」
「俺もだ。皆を喜ばせて装備を買いそろえて仲間が守れる。最高の仕組みだな」
「ハンドは天才なんです」
「この手法は彼の発案か。すごいな彼は」
ハンドが褒められるのは嬉しい。
でも負けたくないって気持ちも出てきてしまう。
「それを実現させる君もすごいとおもう。お互いに頑張ろう」
「はい!」
ヨウさんは堂々と入ってきたところから出ていこうとしていた。
大丈夫なのかな?
心配していたけど、何も起こらなかった。
まだ、見張りは起きてないようだった。
逆に大丈夫なの?警備。これがメインキャラならではのご都合主義ならいいのに。
ヨウさん隠しキャラ説は否定されたのに、まだあきらめきれない自分がいた。




