第13話:騎士
「よっしゃ!! 勝負よろしく頼む!」
そう言って、真っ直ぐでピシッとした姿勢のまま、グリンブルスティは剣を頭の横に構え、切っ先を相手の顔に向けて構えた。
向かい合うケイも、同じように剣を構えはしたものの、どこか気まずそうな表情を浮かべている。
時は一週間ほど前に遡る。
シグルたちとの初顔合わせの日。あの時、グリンブルスティたち三人はヒョードルを一目見ようと王宮の中に忍び込んでいた。そして、シャールヴィに頼み込んで、ヒョードルの養子であり事実上一番弟子と言われるケイと戦わせてほしいと申し出ていたのだった。そのことはシャールヴィを通じて、ヒョードルからケイにもちゃんと伝えられていた。
(き、気まずい……)
エルフ国の騎士団が日ごろ訓練に使っている訓練場。そこにはグリンブルスティたち三人と、ちらほらと集まった同じ騎士団の見物人たちの姿があった。必ずしも好意的とはいえない、興味や好奇の混じった視線がケイに注がれている。その視線の痛みに、ケイの内心はどうしようもなく居たたまれなくなる。
目の前の相手は、自分と同じくらいの年齢ながら、若くして騎士団団長候補として名を馳せる強者──…なのだが、正直ケイにとっては余裕で勝てる相手だった。なにしろヒョードルから直接手ほどきを受け、危険区域の森で魔獣を単独で倒せるほどには鍛えられているのだから。
ただし問題がないわけではない。 ケイの優しさが邪魔をしてしまい、本気で戦えず、結果的に相手に失礼な態度に見えてしまうこと。 そしてもう一つは、本気になるまで時間がかかる、いわゆるスロースターターな性格であること。
その性格はあらかじめヒョードルから聞かされていたのだろう。グリンブルスティは、わざと大きな声でケイに宣言する。
「ヒョードル様からお前の戦う心構えは聞いた。だから言う! 本気で来い!!」
ケイは目を見開き、驚いたように固まった。
今まで、嫉妬や敵意、あるいは羨望の目をぶつけられることがほとんどだったけれど、グリンブルスティの眼差しにはただひたすらに、純粋な挑戦者の意志だけがこもっている。
そのまっすぐな熱意に、ケイは握っていた木刀を思わず強く握りしめる。
(けっして戦う事が好きな性格じゃなかったんだけどな……)
戦って、もし勝てば何時もの様に敵意や妬んだ眼差しを向けられるのかもしれないと思うと心が萎みそうになるが、自分がヒョードルの弟子である事を分かった上で戦いを挑むグリンブルスティにケイは何時もと違うのではないかと。少しだけ期待を寄せてしまう。
だから。
「うん。よろしくね!」
ケイの返事に、グリンブルスティはニッと好戦的な笑みを浮かべる。
「よし! じゃあいくわよ、始め!!」
イングリッドが試合開始の合図を高らかに告げると、二人は足元の芝を蹴って、ほぼ同時に動き出した。
どちらも全力で一瞬で息を呑むような打ち合いが展開される。しかし、結果は明白だった。 ケイのしなやかながらも力強く、的確な一撃がグリンブルスティの剣を弾き飛ばし、勝負が決する——
……かと思いきや。
「ま、待ってくれ! 今のは油断しただけだ! もう一度!」
グリンブルスティはすぐに飛ばされた剣を拾い上げ、瞳をぎらりと燃やして再挑戦を申し込む。
ケイがコクリと無言で頷き、ふたたび二人が構え合う。
今度は慎重に攻め込むグリンブルスティ。先ほどの勢いのある攻撃ではなくケイの剣捌きを、今度は一挙手一投足見逃さまいと慎重かつ大胆に剣を振るう。しかし、ケイは向かってくる攻撃を誘い込み自分の戦いやすい環境を作っては、隙を見逃さず、ケイの木剣がスッと首元に添えられる。
「……ぐっ!」
握った剣に冷や汗が滲み出る。グリンブルスティは息も荒く後ずさる。
「もう一回だ! 今度こそ……!」
三度目のチャレンジ。足運びを変えて飛び込むグリンブルスティを、ケイは軽快なステップで受け流し、そのまま鮮やかに足を払う。体勢を崩したグリンブルスティの胸元へ、素早く木剣の切っ先が突きつけられる。
3度目の正直に見学人からどよめきが走る。
「くっそ〜!! やっぱりつええ!!」
地面に膝をついたグリンブルスティが、心から悔しそうに叫ぶ。
「だ、だいじょうぶ?」
ケイがおそるおそる声をかけるが、その前にイングリッドが口を挟んだ。
「やっぱり、グリの言う通り強かったわね。よし! じゃあ次は私!!」
彼女は木剣を肩に担ぎ、闘志をみなぎらせてケイへ向かう。
「イングリッドが終わったら、僕もよろしく!」
フレイルも背筋を伸ばし、順番を待とうとする。
訓練場の土と木の香り。 遠くから聞こえる騎士団の掛け声と、鋭い打撃音に混じり、ケイの鼓動も次第に高鳴っていた。
グリンブルスティとの初戦から数分しか経っていないというのに、見学していた騎士学舎の少年少女たち、または騎士団の人間は興奮を抑えきれず、円を描くように集まっている。その視線のほとんどは、ケイに向けられていた。
(うぅうう……人が多いのは慣れないなあ……)
決して、ケイに対して批判的な空気ばかりではない。それどころか、グリンブルスティと剣を交えた瞬間、野次馬たちの中には羨望や尊敬の色すら宿っているのが分かった。
イングリッドは、握りしめた木剣を肩にひょいと担ぎ、真剣な眼差しでケイに向き直る。
「今度は私が相手よ!手抜きは絶対なしでお願いね!」
「……うん、分かった」
ケイもまた短く頷き、二人は軽く礼を交わす。
イングリッドは腕を真っ直ぐ伸ばし、切っ先を敵に向けタイミングを見測らない地面を蹴る。イングリッドは踏み込みのスピードこそグリンブルスティに勝るが、まだ小柄な身体で力加減が難しい。しかし一撃一撃が的確にケイの隙を狙って鋭く突く攻撃を続ける。
(早い!)
ケイは瞬きせずイングリッドの動きを読み解く。
正面から受け止め、時にはよけ、時には受け流し、そして彼女の攻撃の隙を一瞬でも逃さない様に見据える。そして、見つけた隙の糸を縫って彼女の体勢を崩した。
直ぐに立ち上がろうとした彼女にスッと突きつけるようにケイは剣先を向け、そしてイングリッドは降参だと両手を上げたのだった。
その瞬間、2人に対し大きな拍手が送られて、イングリッドとケイは互いに恥ずかし気に眉を下げる。
「はぁ〜あ! やっぱり、強いわね。でも次は絶対に負けない!」
体勢を崩し尻もちをついた彼女の手を取って、ケイは賛辞を贈る。
「でもイングリッドさんの動きとても良かったよ」
「ほ、ほんと?…よし、いつか絶対勝つから、そしたらまた勝負しようね!」
「じゃ! 次は僕の番だ!」
次はフレイルの番だ。彼はケイと同じように朗らかな笑みを携えたまま真っすぐな瞳で、木剣を腰の位置から剣先をケイに向けるように構えた。
その構えにケイは目を細める。グリンブルスティやイングリットとは違い、相手の動きに対して反撃する事を主とした構えだ。
無言になったケイにフレイルは眉を下げて笑う。
「僕、自分から攻めるのは得意じゃないんだよね」
「ううん。それも立派な戦術の一つだよ」
そう言ってケイは静かに首を振り、霞の構えを取る。
真剣な目でこちらを見据えるケイにフレイルは一瞬虚を突かれるも、嬉しそうに口角を上げた。
「よし!はじめ!」
グリンブルスティの号令と共に、先に足を動かしたのはケイだった。
(カウンターがメインなら、こっちも色んな手で攻める!)
フレイルの剣は、見たままの剛健的なグリンブルスティとも技巧派のイングリッドとも異なり、フレイルの見た目を表す様に堅実で、まるで盾のようにケイの攻撃をしっかりと受け止めていく。
真価を発揮するのは粘り強い防御で、幾度も的確にケイの攻撃をさばくたび、周囲が「おおっ」とどよめいた。
「フレイルの構えって騎士としては卑怯とか、男らしくないとか言われるけど──」
「あれがフレイルの良さなんだよな」
ケイの猛攻を何とか受け止める、隙をみて反撃を繰り返すフレイルに親友二人はフレイルの強さがケイによって周囲の騎士団の仲間達にしっかり知られる事に自分の事の様に喜ぶ。
「手数が多すぎるっ!!」
そう言って、フレイルの剣は弾き飛ばされた。
短い時間だったが、フレイルも全力で戦った。最終的に一瞬のスキを衝かれてケイの一本となったけれど、悔しさよりも満足したような大きな笑顔を見せる。
「やっぱり強かった! でも僕なりには結構粘れたと思うんだ」
「そんなことないよ、すごく強かった。3人ともそれぞれ違う強さがあったよ」
グリンブルスティが剛。イングリッドは技。フレイルは静。
遠慮がちに讃辞をケイが贈ると、フレイルは「また手を合わせて欲しいな」と手を差し出し、その手をケイはゆっくりと握り返した。
「二人ともお疲れさん!!」
「めちゃくちゃ、良い戦いだったわよ!」
同時に応援していた二人も集まりケイを囲んで、無理やり手を取る。
「え?」
「約束! 次戦う時は、私からね!」
「はあーー!? 何言ってんだ、最初にリベンジするのは俺だっての!」
「何言ってんのよ! 初めを譲ったんだから、次は譲りなさいよね!」
「まあまあ、二人とも落ち着きなよ~、次は僕が先なんだから~」
「しれっと、決めんな!」
「しれっと、決めるな!」
突然の事にケイは何度も目を瞬かせる。
この世界に来てから当初は何かあった時に自分一人でも生きていける様にと自分をとことん追い込んだお陰でヒョードルのお墨付きで強くなった。
ただ、強くなったのはいいもののそれによる弊害で近い歳の子たちからは嫉妬や羨望を向けられる事が多くなり、近づくものもいなかった。
それに、ケイの強さを一目見ようと挑戦する子も多かったが前述した通りケイの優しさが邪魔をしてしまい、本気で戦えず、結果的に相手に失礼な態度に見えてしまうことが多く、余計に疎まれていた。
そのためか、ケイはソワソワしてしまう。だって、目の前には純粋に戦う事を楽しみ、ケイを凄いと言ってくれる人がいるのだから。
気が付けば、訓練場のあちこちから「やってみたい!」「次は私たちだ」と声が上がっていた。新たな挑戦者をケイは取り敢えず戸惑いつつも作った笑顔で受け止める。
そんなケイを傍目にグリンブルスティが問うた。
「で、どうすんだよ。戦うか?」
「う~ん……せっかっく、だし、ね?」
内心、少し楽しくなっている事を隠しケイは相手する事を決めた。
「よーし! そうこなくっちゃな! ほれほれ、先輩も後輩も関係なしに並んだ並んだ!!」
次々と騎士団の見習いや騎士団員がケイに挑戦しては返り討ちにあう。
倒れる仲間達を傍目にグリンブルスティはニヤリと口角を上げて笑って見せる。
「どーだー、強いだろ、オレたちのケイは!」
グリンブルスティたち三人は最初の挑戦者として誇らしげな様子だった。
「いつの間に仲間扱いしてるのよ!」
「いーじゃん、だって俺たち今日から仲間だろ?」
グリンブルスティは、すっかり勝ち負けを超えた満足げな顔でケイの肩を叩く。ケイはそのことに驚いたものの、すぐに微笑んで見せる。
もちろん、嬉しい。 自分が認められたこと、自分の頑張ってきた成果が評価されたことに対して――。
その事に心は熱くなりそうになったが、少し寒いままだった。
やがて訓練場は夕日に包まれる。芝の上で剣を交えた仲間たちは、収まらない熱気をそのままにガヤガヤと語り合いはじめた。そんな若き騎士たちを、少し離れた場所で微笑ましそうに眺めるケイ。
(ふふふ。なんか、まるで部活みたいだ)
ケイ自身は家庭の事情で部活に入ったことがなかった。だから、こうやって同じ歳の子や歳上の子たちが一か所に集まって騒いでいる光景には、不思議な感覚を覚える。
(そういえば、冬吾は確か剣道部に入ってたっけな……)
もう出会うことのない友に思いを馳せていると、「なあ、次はいつにする?!」とグリンブルスティに肩をがしっと掴まれ、ケイは驚いてしまう。
どうやらグリンブルスティはすでに次のトーナメント戦の話で盛り上がっているらしく、イングリッドとフレイルも楽しげに「次こそ勝つからね!」と息巻いている。そんな彼らの輪の中に、ケイも自然と招き入れられた。
「おやおや。みなさん、お疲れのようですな。そして、ケイ様もだいぶ馴染まれたご様子で、ホッとしました」
すると穏やかな声が聞こえてきた。訓練が一段落するのを見計らってたのか、シャールヴィが様子を見に訪れた。
シャールヴィは芝生の上で倒れている騎士団を楽しそうに眺めながら、それらの真ん中に立つケイを見てかつてのヒョードルを重ねる。
(種族も、世界も違うというのに纏っている雰囲気は似ていらっしゃる)
慈しむような視線で、シャールヴィはそっとケイの頭にそっと手を置くと優しく撫でた。「ここもあなたの新しい居場所と思っていただいていいですからね」と、穏やかに告げる。
突然の事だったが、ケイは与えられる大きな手の温もりを気が緩みそうになるのを我慢しながら受け止める。
(きっとヒョードルが気を遣ってくれたのかな)
いつも家か森、それに買い物に出かける程度だった自分に、もっと様々な場所を見てほしいと思っているのだろう。最近、やたらと過保護になってきた養父を思い浮かべ、ケイは思わずくすりと笑う。
「はい。ありがとうございます」
「そして、もしよければ、彼らの練習相手になってあげてください。恐らくあなた様は、まだ若くとも、うちの騎士団長に匹敵するほどの技術をお持ちでしょう。若いものたちにも、きっと良い刺激になりますから」
その言葉に、ケイは思わず嬉しくなってしまった。
(……どうしよう)
ケイは頷くべきか一瞬迷ってしまう。自分が誰かに求められることに、どこか依存してしまっている自分を薄々感じていた。 でも、それでも――やっぱり誰かに求められること。自分の存在を必要とされることが嬉しくて、ケイは自分でも良く分からない感情のまま笑みを作って返事をした。
「自分で良ければ」
ヒョードルとの関係構築で、ケイの愛情を受け取る“器”自体はもともとなかったものが、親子関係を持ったことで、ようやく作られつつある。
しかし、常に両親のために動き、顔色ばかり伺っていた過去が抜けきらず、未だに“誰かに求められること”“期待されること”に何よりも喜びを感じてしまう。一応、以前よりはずいぶんマシにはなったが、それでも完全には癖が抜けないままだった。
そしてケイはもう一つ、自分の感情に気付いていなかった。 彼自身が発した「仲間」という言葉に、自分とグリンブルスティたちの間には埋めがたい距離があるように感じてしまっていることに。
(いいなあ。そういえば僕にもあんな友達がいたな。懐かしいなあ)
本当に欲しかった言葉は「仲間」ではなく、「友達」だということに。
もっとも、グリンブルスティたちは心から「仲間=友人」と思っていたのだが、うまく意思疎通ができないまま第一友人枠をスヴィグルに奪われることになるのは、また別の話――。
寂しさを感じるけど、新たな出会いとライバルにケイは自分が異世界で本当の意味で生きているのだと、改めて実感するようになったのだった。
◇
「って、俺たち友達じゃなかったのかよ!?」
「嘘でしょ……」
「ショック……」
「ワハハハ! あいつは自分の事にとことん鈍感だからハッキリ言わねえと分かんねえよ」
腕を組み、まるで後方彼氏面のような態度をしているスヴィグル。そんなスヴィグルにグリンブルスティは恨めしそうに地団駄を踏むのだった。
もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションしてくれますと貰えると更にやる気が出ます!




