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第12話:憧れ

「さてさて、儂らはそろそろお暇するかのう」


「シグルさん、今日はたくさんお話できて嬉しかったです。それに、シャールヴィさん、美味しいお菓子とレシピまでありがとうございました」


「年寄りの趣味にお付き合いいただき、こちらこそ大変楽しかったです。ぜひまたご一緒にお菓子でも作りましょう」


「私もケイ様とゆっくりお話できて、とても楽しかったですわ。ぜひまたいらしてくださいね。兄様抜きでも、いつでも歓迎いたしますから。もし、母k姉の代わりが必要でしたら──」


「おっと! それ以上は言わせんぞ」


ヒョードルが慌てて会話に割って入る。


「おや、兄様も騎士団育成や各国の軍事顧問でご多忙と伺っています。ケイ様が寂しがられないよう、こちらによく遊びに来ていただくのも良いかと存じますが」


シグルはそう言って、本気なのか冗談なのかどちらとも取れない笑みでヒョードルに説明する。


「そう言って、ケイと仲良くなる気満々じゃろう。やらんぞ、絶対やらんからな!」


「あらあら、ケイ様は物じゃありませんわよ」


「わかっとるわい。……というか、なんだシグルよ、お主、やけに饒舌ではないか」


「ふふふ。遠慮することをやめたのです」


「ほう?」


シャールヴィはそんな二人のやり取りに苦笑しつつ、静かに口を挟んだ。


「はいはい。お二人とも、坊ちゃんが可哀そうに、おろおろしておりますぞ」


「ぼ、坊ちゃん!?」


ケイが思わず声を上げ、周囲が和やかな笑いに包まれた。


「では、シグル、シャールヴィよ元気でな。無理はせぬように」


夕陽が差し込み始めた城の中庭。一連の慌ただしい出来事もひと段落し、ヒョードルはケイを「よいしょ」と軽やかに背負い上げると、そのまま庭園の大理石のテラスから空へと舞い上がった。


シグルは、執務服のまま侍従長シャールヴィと並び、そっと手を振りながら、兄とその養子の去っていく背中を微笑ましく見送っていた。


「ふふふ。今日は本当に良い日でした」


どこか晴れやかで、吹っ切れたような表情で微笑むシグルの横顔を、シャールヴィはそっと視界の隅にとらえる。


(我が主は、常に責任を背負い王として努めてこられた。かつて前王、ヒョードル陛下の跡を継ぎ、王国中の期待と視線を受けておられる。それでも……あの方にとって、“背負うこと”“民を導くこと”は、決して苦ではないのだろう)


シグルは玉座にあっても、政務執事や枢密顧問会といった臣下と共に机を囲み、繁雑な行政書類や法案に直接目を通す日々を送っている。貴族や諸侯への通達、騎士団への指示、枯淡な外交文書さえも、昼夜問わず細やかに処理してきた。


しかし、シャールヴィが時折感じるのは、王としての重圧よりも――心に引っかかる何かが、別にあることだった。


その“気苦労”の元こそ、前王ヒョードルであり、そして腹違いの兄でもあった。 ヒョードルは第一王妃の子、シグルは第十王妃の子。多くの王妃たちの子が早逝し、王家の血筋として現存する兄妹は、このふたりだけだった。 さらに、シグルの母、第十王妃は王族間の権力闘争に巻き込まれぬために王宮を離れ、市政の一宮夫人として慎ましやかに暮らしていた。


そんな二人が「兄妹」として再会を果たしたのは、ヒョードルが武王として名声を高めていた頃だった。

当時、シグルは民政局〈執政院〉で行政官として着実に実績を積み上げ、地道な書類仕事や制度改革で高い評価を得ていた。

ある時、王直属の宰相としてヒョードル自らが彼女の仕事ぶりを耳にし、スカウトすることになる。その過程で経歴を詳しく調べ、偶然にも兄妹であることが発覚したのだ。


やがてヒョードルが王宮と貴族社会の膿を取り除き、“王国を新たに律する者”としてシグルを女王に推薦し、本格的に退位して政を譲ったのだった――


シグルにとって、憧れだった“英雄の王”が自分の兄だったという事実。

それは、幼い慕情を新しい形で受け止めるには、あまりにも大きな出来事だった。


兄として、王として、どのように距離を取ればよいのか。

それが、これまでシグルを長らく悩ませてきたのだった。


――けれど今日、前王の養子であるケイが、シグルの胸の奥に秘めていたそのわだかまりを、穏やかに解きほぐしてくれた。


「ケイ様は不思議な子ですな。繊細でありながら、内には確かな芯があります。人を気遣い、心を和ませる力を持ちながら、当の本人は過酷な過去を背負っておられる……本来なら、そう簡単に他者を受け入れられぬはずなのですが」


「ええ、そうですわね。だからこそ……あの子が幸福であってほしいと、心から願ってしまいます」


シャールヴィはしみじみと頷き、そして少しだけ表情を和らげる。


「さて! 次においでくださる時に、またゆっくりお話ができるよう、溜まった書類を片付けておかねばなりませんね!」


シグルはそう言って、執務机に向かうかのように細い腕をぐっと頭上へ伸ばし、ストレッチをしながら宣言した。


一方、夕暮れの風に揺れる芝生の中——

曲がり角の茂みの陰から、こっそりとその様子を覗き見している小さな三つの影があった。


「――ほ、ほら! ヒョードル様だ! 本当に、居たぜ……!」


エルフ特有の鋭い耳をピンと立て、如何にも好戦的な目つきに逆立った茶色の髪が特徴の少年が、はやる気持ちを押し殺して仲間にささやく。

名を「グリンブルスティ」といい、ケイと同じ歳ながらも既に次期騎士団長候補との呼び声も高いリーダー格だ。話す言葉はいささか早めで、目は好奇心と尊敬で混じりながらもぎらぎらと輝いている。


「グリ、やめなってば、またシャールヴィ様に見つかったらどうするのよ……!」


友人を嗜めながらも片膝を地面につけて壁際から顔を覗く優しげな少女。やわらかな白髪をフィッシュボーンで結んでいる。彼女の名前は「イングリッド」。グリンブルスティとフレイルの幼馴染の一人で何だかんだグリンブルスティと同じで好戦的だったりする。


「わわ!! ほんとうだ……ずっと遠くからしか見た事無かったけどマジのリアルのヒョードル様だあ。かっこいいなあ!」


ふくよかな体型の少年「フレイル」は驚きと羨望に満ち、大きな目で見開いている。一番落ち着きがあり、直情的な2人をまとめる役になっている。


三人はそれぞれ、別々の貴族や武家の家柄から育ったが、今は騎士学舎で将来のエリートとして研鑽を重ねる仲間だ。中でもグリンブルスティは、小国きっての名門家に生まれながらも、地道に努力で腕を磨き最年少で見習い騎士小隊のリーダーを任された有望株だった。


「あれ? ねえ、ヒョードル様が背負ってるあの子、知ってる?」


イングリッドが目を細め、じっと見つめながら小声で仲間に問いかける。


「……人間族、だよな? どう見てもエルフじゃないし。間違って迷い込んだとか?」


フレイルが驚き混じりに呟く。


「迷い込むって……ここは王城の真ん中よ?  私たち騎士団の見習いならまだしも、人間族の子どもがいきなり来るなんて普通じゃないわ」


イングリッドが念押しするように囁いた。


「じゃあ、一体誰なんだよ?」


フレイルが首を傾げると、イングリッドがぼそっと続ける。


「多分……噂で聞いた養子なんじゃないかしら」


「――ああ! 思い出した! そういえば俺たちと同い歳くらいの子供を、ヒョードル様が養子にしたって話があったよな!」


グリンブルスティが興奮気味に声を上げ、イングリッドとフレイルが慌ててその口を押さえた。


「ちょっと! そんな大声出したらバレちゃうでしょ!」


「そうだよ、静かに!」


あわてて二人に口を塞がれたグリンブルスティは、モゴモゴと抗議しながら、なんとかその手を振りほどいた。そしてケイの方をまっすぐ見つめる。


「なあ、あの子……相当強いと思わないか?」


グリンブルスティの唐突な真剣さに、イングリッドとフレイルは顔を見合わせ、続けてそろってケイに注目した。


「体つきはごく普通だけど……程よく鍛えてる感じがするわ」


イングリッドが分析する。


「うん、雰囲気はすごく穏やかだし、戦い好きには見えない。でも内に秘めてるオーラは凄い。グリの言う通り、かなり強いと思う」


フレイルもうなずいた。


その時、突然背後から足音が響く。


「コラ!」


三人が跳ねるように振り返ると、腕を組んだシャールヴィが立っていた。


「まったく……またこっそり忍び込みましたね?」


鋭い視線を向けられ、三人はハッとして姿勢を正し、慌てて礼を取る。


「ご、ごめんなさい! でもどうしてもヒョードル様にご挨拶したくて……!」


フレイルが素直に釈明し、隣のイングリッドも頭を下げる。


だが、グリンブルスティはシャールヴィを見上げ、力強く問いかける。


「シャールヴィ様! 教えてください、あの人間の子は噂のヒョードル様の養子ですか!」


「ちょっ、グリ!」


「いきなりどうしたのさ!」


シャールヴィは一瞬驚いたが、やれやれと困った顔を浮かべた。ヒョードル前王が人間族の養子を取ったという話が、王宮内だけでなく騎士団にまで広まっていることに。


(珍しさと困惑はあるものの、あのヒョードル様が養子を取ったことに異を唱える者はいない)


シャールヴィは仰いだ顔のまま、視線だけで若き騎士三人を見る。その中には、興味津々で答えを待つグリンブルスティがいた。


その瞳には邪な気配はなく、むしろ好戦的な光が宿っている。


(いやはや、若いですな)


心の中で苦笑しながら、シャールヴィは仕方なく肩をすくめながら答えた。


「そうですよ。あの方はヒョードル様のご養子であられるワタリ・ケイ様です」


「ワタリ・ケイ……」


三人が揃って、その不思議な響きの名を呟く。イングリッドが小声で、友人たちに尋ねる。


「不思議な名前……この辺りの国の名前じゃないわよね」


「確かに。そういえば黒髪と黒い瞳も珍しいかも」


フレイルも顎に手を当てて呟く。


二人が「どこの出身なんだろう」と思いを巡らせている間、グリンブルスティは口元を引き締め、手を握ったり開いたりしていた。


「シャールヴィ様、ケイ様は、養子だけど……強いですよね?」


その問いに、シャールヴィはわずかに目を見開き、そして心の中で呟く。「さすが、若くも次期騎士団長候補にあがっているだけはある」と。


(この子は誰よりもヒョードル様に憧れ、騎士団入りし、練習に打ち込んできた)


そして驕ることなく黙々と鍛錬を積み、今の実力を身につけた。

そのグリンブルスティの前に、憧れの王の養子が現れ、それも並外れて強いときている。きっとヒョードル王自身から手ほどきを受けているのだろう。


ならば、憧れた相手の“一番弟子”といっても差し支えない。


シャールヴィは日頃「うちの子はな!」と得意げなヒョードルの話を聞き流していたものの、今日初めてケイと出会い、すべてを理解した。


(ケイ様は──間違いなくヒョードル様の最高傑作だ)


だからこそ、シャールヴィは一言、紡ぐ。


「ええ、強いです」


その時、グリンブルスティの瞳が強く輝いた。


拳をぎゅっと握りしめる。

武王にして賢王。孤高で豪胆な憧れの王が、深い愛情をかける子供。

それはグリンブルスティにとって、憧れと嫉妬、言い表せないコンプレックスすら呼び起こす景色だった。


しばし沈黙が落ちるが、グリンブルスティはぽつりと決意を込めて言う。


「……俺、今度ケイ様が城に来たら話をしてみたい。一度でいいから剣を交えてみたい……!」


その言葉に、イングリッドとフレイルが驚きを隠せず見つめた。


「ま、待ってグリ! あの子、私たちより強いかもしれないんだよ?」


「本気? 本当に戦うつもり?」


「本気さ。だって男なら強い奴と一度は戦いたいだろ? それに養子といっても、俺が憧れてきたヒョードル様の弟子みたいなものだからさ。どんなに強いか、確かめてみたい……。ちょっと嫉妬もあるけど、それ以上に、勝負してみたいんだ」


「んーー! グリが戦うなら、それなら私もやってみたい!」


「二人が挑戦するなら、僕も!」


シャールヴィは三人の熱意に目を細め、やがて優しくうなずいた。


「それなら。今度ヒョードル様とケイ様に、ご本人たちのお考えをお聞きしてみましょう」


三人は顔を見合わせ、ニッと口角をあげるグリンブルスティ。イングリッドは片眉を上げ、フレイルは微笑む。


こうしてそれぞれの胸に、小さな火花が灯る。

エルフ国の未来を担う騎士学舎の三人。新たな友であり、ライバルとなるかもしれないケイの存在に、未知なる冒険心にも似た期待が高まるのだった。


──その頃。


「っくしゅ!」


風を切り裂いて、弾丸さながらの速さでケイを背負い、ヒョードルが空を飛んでいた。


「ん? どうしたんじゃケイ。風邪でもひいたか?」


「ううん、そうじゃないと思う」


「じゃあ、誰かが噂でもしておるんじゃろうな!」


「そりゃ、あんなに騒ぎを起こしたなら、噂にもなるよね」


「むう。あれぐらいでか?」


「え? あれくらいって……もしかして、常習犯?」


「さてはて、なんのことやら」


「シャールヴィさんが苦労してる姿が見える……」


「おっと、急降下するぞ」


「え、ちょ、まっ───」


バツが悪くなったヒョードルがごまかすために急降下に移ると、青空の下、ケイの絶叫が見事に響き渡った。


空の高みを行く二人の横で、雲だけが何時もの様に流れていくのだった。




もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションしてくれますと貰えると更にやる気が出ます!

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