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第11話:嫉妬

「女王陛下、こちらの書簡にご目通しをお願い申し上げます」


「こちらも、どうぞお納めくださいませ」


「ふう……今日も絶え間なく文書が舞い込んできますわね」


女王陛下シグルは、玉座の肘掛けに頬杖をつきながら、少々だらしなく愚痴をこぼす。


「陛下、そのような御姿は、王たる威厳に欠けますぞ」


「シャールヴィ。今この広間にいるのは、あなただけですし。ずっと張り詰めていては、肩も凝ります」


シャールヴィと呼ばれた老エルフは、先代国王ヒョードル陛下の御代から宰相兼侍従長を務める、シグルの最も信頼する側近であった。彼は人の良さそうな笑みをたたえたまま、「しょうがないですねえ……」と苦笑する。


シグルは軽く両肩を回して疲れをほぐす。


「そういえば陛下、本日は先帝、ヒョードル元陛下が、養子殿下とともに騎士団視察にお越しになる日でございますな」


「ええ、そうなんです。ついに噂のケイ様とお会いできるので、今から楽しみでなりませんわ!」


「わたくしも一度、お目にかかりとうございます」


「ふふふ」


「ふぉっふぉっふぉっ!」


──パリン!


「「へっ?」」


玉座の大広間の天頂にあるステンドグラスの天窓が、乾いた音を立てて割れた。厳重な魔法結界が施されているため、ガラス片が飛び散ることはなかったものの、王城のあちこちで使用人や見張りが騒然となる。


「きゃあぁあああああ!!」


「わっははははは!!」


悲鳴と豪快な笑い声が同時に響き、シグルは驚きながら天窓を仰ぎ見る。そこへ、舞い降りるようにして、先帝ヒョードルと養子ケイが玉座広間の真ん中に颯爽と着地した。


「兄様!!?」


「シグルよ、久しいな。そしてシャールヴィ、変わらず元気そうで何よりだ!」


ヒョードルはケイを背におぶったまま、空から強引に“着陸”して見せた。その突飛な訪問に、広間の衛兵や廷臣たちは右往左往し、なかには気絶する者も現れる始末だった。


その大混乱の中、シグルは「まったく……相も変わらず豪快な帰宅ですねえ」と呆れ混じりのため息をつきながらも、いつものように呆れたような苦笑いを携えながら兄を迎える。


「お帰りなさいませ、兄様。でも、少しは手加減というものを覚えてくださいませ」


「ヒョードル様、おひさしゅうございます。爺も良い歳ですのでもう少し手心をお願いしたいものですな」


ヒョードルはおおらかに笑い、「ちょっと力を込めて破られるような結界では、何かあった時に困るぞ。城の結界をもう一段階強化する必要がありそうだな」と顎鬚をさすりながら冷静に城の結界耐性に言及をする。


「色々と規格外な方が何を言いますやら。……おっと、そういえば!」


シグルは、そう言えばと思い出す。天窓から降りて来た時の声は二人分だった筈で、もう一人はずっと沈黙しているが大丈夫なのだろうかと、ヒョードルが背負っている存在に言及する。


「兄様。背中に背負っている子がケイ様ですか?」


「ほほう! 養子殿下でございますか」


「そうだ! 儂の息子のケイじゃ!」


ヒョードルは嬉々としてぐるりと後ろの存在を誇らしげに見せて宣言する。


「ん? ケイ?」


「おや?」


「あらま?」


普段なら間違いなく丁寧に挨拶をするケイだが、一切ケイはヒョードルの背中の上でしっかり気を失っていたのだった。





「では、改めて! 儂の息子であるケイじゃ! 可愛いかろう!!」


場所は城の中の庭園。

円卓を囲むように座り、卓上の上には豪勢な手作り菓子と共に良い香りの紅茶が用意されていた。


ケイは緊張しながらも自己紹介含め挨拶をしたあと、大声でヒョードルから愛息子と紹介された事で、両手で顔を覆い隠しながら狼狽えていた。


「ふふふ、はじめましてケイ様。ヒョードル兄様の、腹違いの妹であるシグルと申します。もしよければ、仲良くしていただけると嬉しいですわ」


「わたくしは、先帝であるヒョードル様から続く宰相兼侍従長のシャールヴィと申します。わたくしも、仲良くして頂けると嬉しいですな」


「こ、こちらこそ宜しくお願いいたします」


「何を恥ずかしがっておるんじゃ?」


「そりゃ、ヒョードルさんが堂々と大声で宣言するからでしょ!?」


真っ赤になった顔でケイは叫ぶ。だがヒョードルは意に介さず、ふん、と鼻で笑った。


「さん。は不要と言ったはずじゃが」


「い、いまそれ言う?! そ、それは……いや、まだ慣れないですし……というか、家ならまだしも、王宮ですし!」


「儂の息子なんじゃから関係なしだ、なし。それに、またぞろ他人行儀な話し方に戻っとるぞ」


「で、でも、所詮養子だし……」


「泣くぞ」


「そ、そんな真剣な顔で脅されても……!」


ケイは思わず後ずさったが、ヒョードルが真剣ガチ目に泣こうとしているので、抵抗する気力が奪われていく。その珍妙なやりとりを見て、シグルとシャールヴィは顔を見合わせると思わず小さく肩を揺らして笑った。


(兄様の言う通り礼儀正しくて良い子ではあるものの、どこか危うげで儚げな雰囲気がありますね……それに兄様も、まさかあんなに大好きな子に意地悪をする姿をお見せになるとは。面白いですわ)


そんな二人のやりとりを、シグルはくすりと笑みを手で隠しながら優しく静かな目で見守るのだった。


互いの紹介と挨拶も終え、ケイは徐々に緊張を緩め用意されたお茶と菓子を遠慮がちに頂く。


「わ、このケーキ美味しい……どうやって作ってるんだろう」


煌びやかな紅茶を口元に運びながら、ケイは妙に神妙な面持ちで菓子を眺めている。

その隣ではヒョードルが嬉しそうに微笑んでいるとケイに提案する。


「シャールヴィが作る菓子は美味かろう。こんど沢山作って貰って持って帰るか?」


「えっ、え~と、いいのかな?」


「そう言ってくれるとシャールヴィも喜びますわ。合わせてレシピも教えて貰うようお伝えしておきましょうか?」


「あ、ありがとうございます! 是非!」


魔力回路埋め込み事件から約半年。まだまだ遠慮がちな所があるもケイは以前よりも自分を出す様になった。

そんな光景がたくさん見れるようになったおかげか、ヒョードルは口元を緩めながらケイを眺める。


「兄様、顔が弛んでおりますわよ」


「おっと、失敬失敬」


悪びれる素振りもなく、ヒョードルは軽く笑うと途端思い出したかのようにケイの素晴らしい点を、得意げに語り始めた。


「にしてもシグルよ、聞いてくれ! この子は本当に優秀なんじゃ。覚えも早いし、家事も魔法も努力家でのう。少々、いや過剰に自分を追い込む癖は困りものじゃが、それでも儂の自慢の息子じゃ」


自分のことを語られているとも思っていなかったケイは、思わず変な声を漏らした。


「はぇ?」


その隣でシグルが冷ややかに相槌を打つ。


「それ、以前おいでになった時も同じことをお話しされていましたよ」


「む? 確かにそうだったな! だが、何度言っても尽きん!」


ヒョードルは豪快に笑うが、ケイは事態に追いつけず、慌てて言葉を挟んだ。


「ちょ、ちょっと! ま、待って何それ!?!」


「ん? お主がどれほど頑張り屋で、可愛らしいかを伝えておるだけじゃが?」


まるでそれが当たり前と言わんばかりのヒョードルの態度に、ケイは更に混乱して声を上げる。


「『じゃが?』じゃないよ! 褒めてもらうのは嬉しいけど、可愛いって……! そんな歳じゃないんだから……」


「しかし、ケイよ。出会った頃も言うたが十三歳はまだ小さな子供だぞ?」


横からシグルが、しみじみとした表情で口を挟んだ。


「そうですねえ。まだまだ子供ですねえ」


「だから! 十三歳は、十分に成長期の少年なんですって!」


ケイの必死の抗弁も、長命種の彼らには伝わらない。ケイの頬がゆでダコのように真っ赤になると、ヒョードルは肩を揺らしながら楽し気に笑った。


そんな折、ヒョードルは下が控える侍従に呼ばれ、足早に広間の奥へと去った。急に訪れる静けさに、ケイは椅子を引き寄せると逃げるように顔を下に向ける。


広間の高い窓からやわらかな光が差し込む。静けさの中、シグルがそっと微笑んで声をかけた。


「ふふふ。ケイ様、お顔が真っ赤ですよ。大丈夫ですか?」


「は、はい……大丈夫……です……」


ケイは恥ずかしさで声が上ずる。そんな様子を和やかに眺めながら、シグルは考え込むように小さくため息をついた。


「兄様が誰かをあんなに褒めるのは、実はとても珍しいことなのですよ?」


「えっ、そうなんですか? てっきり褒め上手なのかと……」


ケイの疑問に、シグルは首を横に振って微笑む。


静寂が降りる。シグルは驚きと感動で目元を濡らし、そっと問いかけた。


「ふふふ。私が知っている彼は常に眉間に深い皺を寄せ、への字口になっている厳めしい姿ばかりでしたので」


そう言うシグルの声は、いつになく柔らかく、どこか憧れの色を含んでいた。


遠くを見つめるようなシグルの仕草は、玉座に座る女王であることを忘れさせ、年相応の少女の素直さを感じさせた。


しばし沈黙が満ちる。

ふとした瞬間、彼女はぽつりとつぶやく。


「……少し、ケイ様のことが羨ましく思いますわ」


その小さな呟きは、重厚な広間の空気を柔らかく揺らした。


その小さな声に、ケイは思わず小首を傾げた。


「羨ましい、ですか?」


静かなやりとりに、室内の空気がまた少し変わる。

シグルは申し訳なさそうな表情を浮かべると、「あ、いえ、申し訳ありません。聞かなかったことにしてください」と慌てて言葉を継いだ。


ケイはそこで一拍置き、そっと目を細めて言葉を重ねた。


「……もし、僕で良ければ聞きますよ?」


その言葉にシグルははっとしてバッと顔を上げる。

不意の真摯なまなざしに、意表を突かれたようだった。


そこには真剣な表情でこちらをじっと見つめる子供がいた。


シグルは息を飲む。目の前の子供は普通の雰囲気なのに、なぜか全てを受け入れてくれそうな、どこか包容力を感じさせた。


大粒の沈黙が一瞬だけ落ちて、

シグルはそっと指先を組み、心の襞をめくるように思いの丈を漏らす。


「……私は、兄様のことを尊敬していますし、家族として本当に好きです。でも、兄様が私のことをどう思っているのか――それがよく分かりません。もともと私たち兄妹の間には大きな溝があって、今それが埋まっているのかどうかも分からないままです。私が知っている兄様は、いつも眉間に深い皺を寄せていたのに、ケイ様と出会ってからは、すっかり柔らかい表情を見せるようになって……」


――だから、これは嫉妬なのです。


ケイ様に向けている、穏やかで優しいその感情が、自分には向けられていないことへの嫉妬。


自らの胸の内を語るシグルは、目をきつく閉じた。


幼い頃に家族を失った兄。その兄と同じ父を失ったとはいえ、まだ幼かったシグルにとっては、父の存在自体がはじめからあやふやなもので、確かに思うことはあっても、深く心を痛めることはなかった。つまるところ、何かが大きく欠けた感覚を持つことなく育ってきた自分――その境遇の違いを、彼女はずっと意識せざるを得なかった。


幼い頃から、遠い存在として羨望していた相手が、まさか自分の腹違いの兄だと知った時の衝撃。そのときは、「憧れの人が兄だったなんて」と心が躍ったものの、現実はそう甘くはなかった。


自分の出自、王宮内のいざこざ、自分の意志とは関係なく表舞台へ出てしまったことで、兄の改革の足を引っ張ってしまったこと。


そして、なぜか自分のような者を次の王に任命したこと。


任命されて間もない頃、「なぜ自分なのか」と何度も問いかけたが、兄様のことだからきっと意味があるのだろうと信じて拝命した。


(そして、玉座について数年。兄様は私のことをどう思っているのだろう……ケイ様に向けているような、あんなに分かりやすい感情を、私にも向けてくれているのなら……)


小さな祈りを胸に、シグルは俯きがちに最後の言葉を呟く。


「……こんな、大人げなくて醜い感情をケイ様に言ってしまって、本当に申し訳ありません」


子供に対して何てことを言ってしまったのだろう――情けなさと贖罪の響きを帯びていた。


ケイは、そんなシグルの様子を静かに見つめ、優しく微笑む。


「今から言うことは、ただの戯言だと思って聞いてください――」


直後、広間の静寂が強まり、窓から差し込む光が優しく二人を包む。


ケイは、自分がなぜ今この場で心を開けるのかを確かめるように、ゆっくり言葉を紡いだ。


「僕の本当の家族も、“家族”と呼べるようなものじゃなかったから……家族の定義が何なのか、何が正しいのか、今でもよく分かりませんが――」


ケイが言葉を選びつつも、芯の強さをにじませて続ける。


「でも、ヒョードルさんがシグルさんに向ける“感情”とか、僕から見ている“表情”は、間違いなく愛おしいと思っている顔だったと思います……僕は、そう感じました」


ふ、と微かな風がシグルの髪を揺らす。


その言葉に、シグルは瞬きを一つし、握っていた手に思わずぎゅっと力が入る。


「当人だけの視点では見えないことも、第三者から見れば分かることって、たくさんありますもんね」


ケイは、そう言ってふわりと微笑んだ。 その笑顔には年相応のあどけなさと、どこか包み込むような温かさが同居していた。


シグルは、少し震える声で恐る恐るケイに確かめる。


「それは、本当でしょうか……」


「はい。間違いなく」


ケイが即座に言葉を返す。 シグルは驚きでぽかんとした表情になり、今度はケイがくすりと笑ってこう続けた。


「それに! もっと、甘えたっていいんじゃないでしょうか?」


一息、間があって。


「え?」


顔を上げると、ケイがまっすぐこちらを見つめていた。 その純朴な優しさに、シグルは心の奥底を見通されたような気がした。


(あなたは……沢山辛い目に遭ってきたのに…………)


シグルの胸に、これまでのケイの過去。両親との軋轢。魔力増幅装置を埋め込んだ事による記憶の損傷――そんな出来事の記憶がよぎる。

ケイの傷ついた過去は、すでにヒョードルから聞かされていた。


(その”言葉”をあなたがそれを言うのですか……)


守るべき存在であるはずの子どもに励まされることへのくすぐったさと、静かな感謝が同時に押し寄せる。


本当は甘えさせるべきなのはケイであるべきなのに。

大事にしないといけない存在はこの少年の筈なのに。


でも、それでも今だけは、その優しい言葉に身を委ねたくて。

シグルは素直に、心に湧いたままの思いを語る。


「……いいのでしょうか。私は女王で、一国を治める長で、兄様のようにしっかりしなければならないのに」


少し俯き、声が小さくなる。


「女王である前に、長である前に、シグルさんはヒョードルさんの兄妹なんです。甘えたって、罰は当たらないって、ぼくはそう思うんです。それに、せっかく兄妹って言い合える仲なんですから、もっと仲良くなったっていいと思います」


ケイは、そう言って恥ずかしそうに頬を小さく掻いた。「なんて、子供の言うことなんですけど」とぽつりと呟く。


どこか照れたケイの姿が、これまでのやり取りから雰囲気を和ませる。


けれど、シグルの心はケイの言葉にそっと救われていた。


「……ケイ様は、不思議な方ですね」


いつのまにか、シグルの表情から憂いが消えていた。 いつもの美しい微笑みで、静かに言葉をかける。


ケイは「え?」と小さく首をかしげ、慌てて手を振る。


「な、何か、失礼なこと言っちゃいましたか……?」


シグルはケイの様子に思わず、くすくすと幼子のように笑い声を零した。


一拍、柔らかな空気が流れる。


「いえ、逆ですよ。ケイ様、ありがとうございます」


「えっと、どういたしまして……です」


ケイはさらに顔を赤らめて、もじもじと指先を動かす。 思わぬ優しさに、シグルは胸の奥にそっと温かさが広がるのを感じていた。


(聡いだけでなく、あなたは人の心の痛みにも敏感なのですね)


彼の傷ついた過去、そしてそこから生まれたぬくもり。

皮肉なことかもしれないが、その言葉がシグルの心にまっすぐ届いていた。


(これまで兄様に遠慮がちでしたが、これからは気負わずに接してみよう)


小さく頷き、気持ちに区切りをつける。


――そのとき、不意に広間の奥が賑やかになる。 ヒョードルが意気揚々と戻ってきたのだ。


彼は一目でシグルの表情の変化に気づき、にやりと愉快そうに笑う。


「いやあ、疲れたわい。……ん? シグルよ、この短い間に何か良いことがあったようじゃな」


「分かりますか?」


「うむ。昔と同じ、柔らかい顔になっておる」


その言葉を聞いただけで、シグルは胸がいっぱいになり、少女のように柔らかな微笑みを見せた。


「ちなみに、どんな話じゃ?」


溢れるような幸福の余韻のまま、シグルは悪戯っぽく首を傾げてみせる。少しだけ、意地悪な気持ちで弾むように口にした。


「ふふふ。ケイ様を引き取ろうかと思いまして」


一瞬、兄が珍しくぽかんとした顔になる。その様子を見上げて、悪戯の成功に満足していると、ヒョードルは慌てた様子でケイの肩を抱き寄せた。


「やらん!! 冗談でもやらんぞ!」


「うぇ! なになに、どうしたのさ!」


シグルは兄の必死な様子を眺めながら、心の中で小さく呟く。


(ふふふ、でも――これは冗談ではないのですよ)


くっくっと狼狽える姿のヒョードルにシグルが面白おかしく笑っていると、ふとケイの言葉を思い出し、ヒョードルに言葉をかけてみた。


「兄様」


「ん?」


「今の私は立派にやれてますか?」


放った言葉は震えて無かっただろうか。言ってしまってから遅いが、今更恥ずかしい気持ちになっていると。


一瞬、ヒョードルはキョトンとするも次には微笑んでハッキリと答えた。


「立派すぎるに立派だ。流石は儂の妹だ!」




もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションしてくれますと貰えると更にやる気が出ます!

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