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第7話:家族

兄様あにさま?」


「む、なんじゃ? シグル」


「“む、なんじゃ?”じゃありませんよ! 久しぶりに妖精国の王宮へお戻りになったかと思えば、あれやこれやと養子自慢で話が延々と尽きませんでしたけど・・・・・・わたくしも、王政の公務で暇じゃないのですのよ?」


文句を漏らすのは、物珍しい緑色の瞳とアッシュグレーの髪色を肩まで伸ばし、ポニーテールで一纏めにしている美人。ぷくりと頬を膨らませて愚痴をこぼすその姿に、本来なら「女王陛下の威厳はどうした」と釘を刺すべきなのかもしれぬが、ここは王城の奥。


ごく限られた王族のプライベートな庭園。


昼下がり、二人きりで円卓を囲み、アフタヌーンティーを楽しむひとときだ。 ヒョードルは長い脚を優雅に組み、片手でティーカップを持ち上げる仕草だけはどこか品がある・・・・・・が、出る声はやはり武王の時の威厳そのままで、豪快さたっぷりだった。


「ワハハハ! それはすまんすまん! つい自慢したくてたまらぬだ。日々王政に身を粉にしているお前には、つい不義理になってしまったかもしれぬ」


シグルは「まったく」とため息交じりに頬杖をつくと、アフタヌーンティー用のケーキスタンドからスコーンをひとつ摘む。 淑女らしく見せつつも、真ん中からふたつに割り、惜しげもなくクロテッドクリームをたっぷり塗って大きな口でかぶりついた。


「相変わらず、気持ちの良いくらい見事な食いっぷりじゃのう」


「食べないと、持たないですからね!」


もしゃもしゃと、スコーンをあっという間に平らげ、紅茶を一口。さらにもう一つスコーンを手に取り、今度は真っ赤ないちごジャムをてんこ盛りにしてまたぺろりと平らげる。ヒョードルの前だからか、このあたりは王女というより、ただの妹として戻っているようだった。


「いつも苦労ばかりかけるな、シグル」


「そう思うなら、いっそ王位にお戻りになられては? わたくしとしては、いつでも王位をお返しできますが?――むしろ国としては兄様が王政を回した方が良いと思いますが?」


シグルは目を細めて恨めしそうに、先代陛下である義理の兄を睨みつける。


正直なところ、シグルは自分の器が王として役不足なのではないかと、自問せざるを得ないでいた。何より、先代――兄の成し遂げた実績が、あまりにも巨大すぎるのだ。その跡を継ぐことなどできるのだろうか、と。


(思い返せば、当時の王政は腐敗した貴族階級や賄賂が蔓延する宮廷官僚、派閥抗争に明け暮れる侍従長や重臣たちで溢れていた。兄様あにさまは王位継承直後、潔くもそれら腐敗の根を断つべく粛清を断行された。それのみならず、単なる粛清にとどまらなかった) シグルはもぐもぐとスコーンを咀嚼しながら紅茶で流し込み、その合間から兄へ視線を覗かせる。


彼自身で下級貴族や地方領主、さらには賤民階層や商工業者からも逸材を見出し、じかに面会しては登用した。


有能な者には王家直轄の王立学院や近衛の士官学校で帝王学・行政学を徹底して学ばせ、教育分野に適性がある者は師範役に抜擢し、その下にまた新たな人材を鍛え上げていった.それは、まるで人材育成の鼠算式改革だった。


慢性的に窮していた国庫も、粛清された貴族たちの不正蓄財や横領財産を徹底的に洗い出し、王家に接収した後、国の財政を立て直す原資としたり、その強権的かつ急進的な手腕には、宮廷内では暴君と囁かれたけれども。


ティーカップを静かにカップソーサーに置いて、シグルは兄の今までの改革を思い出し溜め息を漏らす。


自分なんかにこの義兄のあとが継げるのかと。


ヒョードルは腐敗した王政の全改革を果たすため、暴君と呼ばれ鬼と成り果てても、断行を選んだ。 多くの血を流し、恨みも買った。 けれどもそれは、妖精王国の未来のために避け得ぬ大手術だったのだ。


兄の改革は、まさしく革命と呼ぶべきものだった。自身は――そのような苛烈な決断も、膨大な知恵や胆力も持ち合わせていないのではないか、と、未だに恐れが残る。


ヒョードルはにやり、悪戯っぽく目を細めて言う。


「いや、それは断る。儂が退位――いや、譲位して王位を託した時点で、王朝の膿はすべて出し切ったつもりじゃ。お前には政の仕組みも、物事を無理矢理通すやり方も教えた。儂の後のこの平和は、間違いなくお前自身の手腕による治世だ。自信を持ちなさい」


「それは、元々きれいさっぱり治め直した兄様のお陰ではありませんか・・・・・・」


「そうやもしれぬな」


自信たっぷりな返事に、思わずシグルはガクリと肩を落としそうになった。


「あ、相変わらず自信に満ちておられますね!?」


「ふははは!」とヒョードルはひとしきり大きく笑い、ピリリと緊張感のある雰囲気を一瞬出しつつ、シグルに優しく語りかける。


「王であるものの自信は必要だ。不安が強ければ尚更な。傲慢とは違う――もしかしたら、他人からはそう見えるかもしれん。だが、自分を信じなければ何も出来ないぞ」


「わたくしに・・・・・・できますでしょうか・・・・・・」


その言葉が、シグルの喉の奥から頼りなさげに漏れた。自分の弱さをさらけ出すような、か細い声だった。 しかし、そんなシグルに、ヒョードルは間髪をいれずきっぱりと答えた。


「できる! お主ならな」


その言葉と視線が真っ直ぐに向けられると、シグルは一瞬目を逸らしそうになりながらも、なんとか逃げずに見返す。 彼女もまた、次期王位継承権を賜り帝王学に勤しみ、王族としての責務を叩き込まれてきた身。弱音を吐かず頑張ってきたシグルを、ヒョードルは誰より知っている。


シグルは、きっぱりとハッキリ言い切ってくれるヒョードルに、思わず照れながらも弱音を漏らした。


「・・・・・・わたくしだって、あなたと比べられれば、情けなくもなりますわよ。世界的なスタンピードの鎮圧による“五大英雄”の誉れも戴冠改革も」


ヒョードルは、あえて軽く肩をすくめ、口調を和らげる。


「ふむ。何度も言うがな、シグルよ。王というものは、偉業を引き継ぐことが仕事ではない。継いだ時代をどのように治めるかそれだけよ。お主なら更に良い国にできると信じている。だから自分を信じろ!!」


「・・・・・・くッッ!!、そこまで言われてしまったら、やるしかありませんわね!」


武王にして賢王と呼ばれた偉大な義兄。

その兄からの太鼓判と励ましに、シグルはりんごのように紅くなった顔を隠すように、二つ目のスコーンをぱくりと口に放り込むのだった。





「にしても、兄様。その養子であるケイ様には、もうすっかり虜ではありません?」


「ほう、シグルが嫉妬とな?それはこの世の天変地異じゃな・・・・・・」


からかうような視線に、シグルは即座にテーブルを軽く叩き「ち、違います!!」と噛みつく。


「そういうことではありません! 王太子であられた頃も、先王として王座を譲られた後も、今の兄様が一番生き生きしておられる気がします」


「ふははは、分かるか?」


「分かりますとも。それはもう生き生きとしておられるというか、常に眉間に深い皺を寄せていた頃と比べて明るくなったというか。それもこれも、養子殿のお陰ですか?」


「うむ、その通りだ。毎日が楽しい! それにな、聞いてくれ!」


「はいはい、聞きますとも」


ヒョードルが興奮気味に話し始めると、シグルは呆れながらも笑い、テーブルの上に肘をついて頬杖をついて聞く準備をとった。


「あの子はな、精霊術も魔法も使えない身で、体一つであの危険区域の森の魔獣を倒せるようになってきておる! 儂が教えられるあらゆる武技も、ものすごいスピードで吸収しておるのだ!」


「ひとりで、ですか!?・・・・・・それも、あの森の魔獣を・・・・・・」


シグルは思わず、輝くような銀色の眼を目いっぱいに開いてみせる。

あの森の魔獣を一人で倒すのは至難の業だ。

ランクで例えるなら最高ランクである、Sランクの魔獣が蔓延る危険な森なのだ。


それだけではない、熟練の冒険者でさえ一人で入ることを避ける場所だ。

魔獣に対する知識や、その時の状況で戦い方を変えられる卓越した戦闘技術、そして何が起きても動じない精神力――いわゆる心技体がなければ、決して太刀打ちできない。


その事実を思えば、兄が自慢したくなるのもうなずける。


「して、礼儀も心得ておるし、家事全般にも長けておってな・・・・・・初めて引き取った日の翌日には、まさか朝食を用意してくれるとは思わなんだ! それにな、あの子が作るご飯は全部美味い! シグルよ、今度ぜひ一度、食べに来い!!」


「兄様・・・・・・もしかして、完全に親バカになっていませんか?」


「ワハハハ! 否定できぬな!」


ヒョードルは嬉しそうに紅茶をすすっていたが、ふと、どこか遠くを眺めるような表情に変わる。


さっきまでの活力に満ちた姿から一転し、陰りをおびた顔を見たシグルは少し首を傾げた。


「あの子は良くやっている。異世界に迷い込んできたというのに、な。それでも、シグル・・・・・・思うのだ。本当にこれで良かったのかって。あの子はどんどん強くなり続けているが、はたしてそれで本当に、いいのだろうかとな」


シグルは珍しいものを見た。

どこまでも、自身に満ち溢れ、怖いものなど知らないといった兄が、たった一人の子供に翻弄され、真摯に向き合い悩んでいる姿を。

そんな、生まれて初めて見る、弱気な兄にシグルはどこか楽しげに口元をほころばせる。


「ふふふ。兄様ですら、賢王だろうが武王だろうが、子育ては別問題というわけですわね」


「むう・・・・・・まさしくその通りだ。難しい――だが、何よりも楽しい。知りたいのだ、あの子のことを。何が好物なのか、どんなものが好きなのか、どうしたら笑ってくれるのか、と色々な」


ティーカップの淵をなぞりながら、ヒョードルはとても大切で愛おしい何かを思い浮かべるように、優しい顔を浮かべる。


「・・・・・・だが、あの子には深い傷がある。だからこそ、今も距離がある。それは家族のこと、故郷、異世界である地球のこと・・・・・・いろいろな理由があると分かっている。だが、わしごときが軽々しく踏み込んで良い場所なのか、常に迷ってしまう。あの子自身も、まだ言葉にできぬ痛みを、強引に引き出してしまいそうでな」


「・・・・・・わたくしも、子を持たぬ身ゆえ正しい答えは分かりません。でも、それでも、寄り添おうとする気持ちが大事なのではないでしょうか?」


「まあ、兄様は、武骨で不器用なところがありますが」


シグルの茶化すような言葉に、ヒョードルは肩を竦めて苦笑いを浮かべ、大きくうなずく。


「ふははは。言いおるわい。だが、まったくもってその通りだ。これでも王だった時は、無常の王ともてはやされていたが、親としては一介の新米・・・・・・これだけ長く生きて新しい発見があるとは思わなんだ」


得難い経験をさせてもらっていると、ヒョードルは顔を綻ばせていたが、ふいに神妙な面持ちで空を仰いだ。


「しかし・・・・・・最近は、それどころでもなくなってきておる。魔獣や魔物の発生が増えておるせいで、国際会議だの軍備の強化だの、他国からの使節の応対も増えとる。妖精国の近衛師団も再編と増強が急務となり、さらには魔王出現の報まで舞い込んできて、中央国王都も常に緊張状態にある。」


すると、シグルは少し肩を落としながらも、穏やかに言葉を紡ぐ。


「魔王の報となると、ますます王都も落ち着きませんわ。・・・・・・加えて、わたくしの采配ではどうしても手が回り切らず、結局こうして兄様にまで現場の指揮や外交対応をお力添えいただいて・・・・・・本当に感謝しております。でも、そのせいでますます兄様をご自宅に帰らせてあげられず・・・・・・。申し訳ないことですわ」


ヒョードルは、ぐいと大きな手でカップを持ちながら苦笑し、力強く言った。


「いや、気にするなシグル。人手が足りぬのは今の激動の時勢ゆえ、むしろ役に立てるうちはありがたいと思うておるさ。おぬしはおぬしで、女王として堂々と采配をふるえばよい。元王としての務めも、それが王族というものじゃ」


シグルは少しだけ目を伏せて、「ありがとうございます」と呟き、わずかにほっとした顔を見せた。


ヒョードルは視線を遠くにやり、しみじみと続ける。


「しかし・・・・・・儂は、あの子が心配じゃ。気丈に振る舞ってはおるが、その裏で寂しい思いをさせておるのではないかとな」


長く家を空けるときも、ケイは明るく笑顔で“行ってらっしゃい”と送り出してくれる。


それで、つい大丈夫だと思ってしまうのだ。


シグルは眉を下げて、至極残念そうな顔つきのままそっと茶器に手を添える。


「わたくしも、女王でなければ会いに行きたいのですがね」


「な〜に! そう言ってくれるだけでもありがたいさ!!」


豪快な笑い声が庭園に響き、シグルもつられて微笑む。 そして、ヒョードルは遠くにいないケイへと、もう一度思いを馳せた。


土産は何を買ってやろう。どんな話しを聞かせてやろう。


そんな事ばかり思い浮かんでしまうのだから、シグルに親バカと言われるのはしょうがない。


でも、仕方ない。

仕方ないのだ。


だって大切で、愛おしく感じるのだから。


(お前が来てからというもの、儂の人生は彩り豊かになった)


だから、お前に出来る事を何でもしたいのだ。


ヒョードルは目を閉じる。 親としてはまだまだ未熟だが、ケイを思う気持ちに偽りはない。 いつか、この想いがケイにも届いてほしい――そう願うのだった。


もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションしてくれますと貰えると更にやる気が出ます!

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