第4話:戸惑
温かいのは、苦手だ。
ずっと寒さに慣れていたから。
優しくされるのも、苦手だ。
どう返したらいいか、分からないから。
だから演じる。理想の子どもを。
そうすれば失望もされないし、きっと自分のことを見てくれていると思えるから。
ずっと期待され続けるのは苦しいし、本当は嫌だけど・・・・・・それ以外に、僕自身を見てもらう方法が分からないんだ。
──だから、ヒョードルさんに失望されないように頑張らなきゃ。
まどろみの中、ケイは意識を覚ました。
手を伸ばすと、なめらかなシーツとふかふかのベッドの感触。自分がベッドの上にいると気づく。
(あ、そっか。昨夜すぐ寝ちゃったんだっけ)
慣れないことの連続で、精神的な疲れもあったけれど、あの大きくてごつごつとした手で頭を撫でられた瞬間、思わず安心して眠ってしまった事を思い出して、穴があったら入りたくなった。ほんのわずかなぬくもりに、どうしてこんなに自分は弱いんだろうと胸がざわつく。
いくらこれまで頭を撫でられたことがなかったからって、初対面の人に撫でられただけで気持ちよくなって、眠ってしまうなんて・・・・・・恥ずかしいにも程がある。
(切り替えなきゃ・・・・・・)
恥ずかしさをごまかすように、ケイは自分の両頬を軽くぺちぺちと叩いた。
すると、グゥーと低く唸るような寝息の音が聞こえた。そこでようやく、自分がひとりではないことに気づく。
広いベッドの上。背後に感じる人の気配。
起こさないように、ケイはそっと振り返る。
折り重なった毛布からそっと首を伸ばし、まるで日なたに出る動物のように、慎重に様子をうかがう。
そこには、がっしりとした体格の壮年の美丈夫が寝息を立てていた。
ケイはその人を眺めて、昨日この人に引き取られたのだという実感がじわじわと湧いてくる。
(元王様で、大英雄かあ・・・・・・)
フリッグが地上で暮らすならと勧めてくれたのが彼だった。今、セプネテスでは魔王が誕生しつつあり、魔獣や魔物が活発に動き始めている。
ケイの身の安全を守れる場所。そして、精神的にも健やかに生活できる場所として、フリッグはヒョードルの許にケイを託したのだ。
元・王であっても、王は王。
本来なら、ただの一般人が傍にいていい相手ではない。
そう思って遠慮していたけれど・・・・・・あれやこれやと強引に話が進み、ヒョードルの家で暮らすことが決まり、今の状況になっている。
(でも・・・・・・引き取って貰っているんだ、せめて役に立たないと)
ケイは、さてどうしようか?と考える。
まだ目覚めきらない頭を振りながら、ぼんやりとこれからのことを思い巡らせる。
ヒョードルからは「ゆっくり休め」と言われていたが、何もしないでいるのも落ち着かない。
「よいしょ」と声に出し、大きなベッドから下りたケイは、一階の調理場へと向かった。外は冬なのか、空気がひんやりとしている。
両手をこすり合わせていると、ふいに、ぼわりと暖炉に火が灯った。
突然のことに目を丸くして、ケイは暖炉にそっと近づく。
吐く息がかすかに白い。暖炉の炎が反射して、部屋の壁にちらちらと橙色の影が揺れている。
暖炉の中には薪が積まれているが、火種は見当たらない。
どこから火がついたんだろう?と覗きこむと、暖炉の奥にうっすらと紫色の魔法陣が浮かんでいるのに気がついた。
(そっか、これも魔法・・・・・・)
改めて、自分が魔法の存在する世界に来てしまったのだと実感が湧く。
さっきまで夢の続きのようだった現実が、これでようやく少しだけ現実味を帯びてきた。
神域にいた時は、時間が止まっていたせいか寒さも空腹も感じなかった。それだけに、あの場所は魔法というより死後の世界のようにも思えた。
ケイは再び調理場を見渡す。四畳半はありそうな広さの台所。シンクの隣に、冷蔵庫のような箱を見つけた。 物珍しさに近づいたが、家主の許可なく開けていいか一瞬迷い、やめておくことにした。
(他に何か、使えそうなものはないかな・・・・・・)
そう思い、周囲を見渡すと、テーブルの上にパンと複数のフルーツが置かれているのを見つけた。
(これなら、フルーツサンドでも作れるかも)
簡単にできて、見た目も良くて、手軽に栄養も摂れる。本当はもっと手の込んだ料理に挑戦したかったが、異世界のコンロの使い方すら分からないし、下手に触って爆発でもしたらと考えると手が出せなかった。
今回は大人しく諦めて、次こそはと密かに意気込むケイ。
少しだけ唇をかみながら、改めて手元のパンとフルーツに視線を移す。
「よし!」と小さく気合を入れて、サンドイッチ作りに取り掛かるのだった。
◇
ヒョードルはパチリと目を覚ます。
ベッドの上で大の字に寝ていた上半身を、玩具のバネのように勢いよく起こす。 咄嗟にあたりを見回すも、まだ頭の奥には霧が立ち込めていた。
それでも、どこか本能的にもう一人の存在を探していた。
手を伸ばして周囲を探るが、触れるのはシーツだけ。ヒョードルは目を擦り、寝ぼけまなこで隣を見る。
「・・・・・・いない」
その瞬間、頭の中の霧が一気に晴れる。
(待て待て!! 嫌なら家を出てもいいとは言ったが、まさか初日からか!?)
ヒョードルは冷や汗をにじませ、昨日のやりとりを必死で反芻する。自分が何か失敗したのではないか、強引すぎたのでは、と焦りが募る。
急いでベッドから飛び降り、ローブも羽織らず、階段を転がるように二階の寝室から降りていく。足早に玄関へ向かい、勢いそのままに外に出ようとした、その時――。
「あ、おはようございます」
弾かれたように玄関で振り返ると、そこにはケイがいた。
ヒョードルは、慌てて外に踏み出しかけていた足を急ブレーキで止める。
「よ、よかった!!」
「へ?」
ヒョードルが勢いよく、そして焦ったようにケイを抱き寄せたものだから、ケイは状況が飲み込めずにきょとんとした表情を浮かべる。
「よかった・・・・・・初日から嫌で家を出たかと」
「ごめんなさい・・・・・・実は、何かできることがないかなって朝ごはんを作ってました。といっても、もうお昼ごろなので、昼食かな?」
そう説明されて、ヒョードルはようやく落ち着きを取り戻し、調理場のテーブルを見やる。すると、そこには一人分のサンドウィッチがきれいに並んでいた。
ヒョードルはテーブルの上の、一人分だけきれいに並べられたサンドウィッチを見つめた。
剥きたてのフルーツが軽やかに挟まれているその様子から、てっきりケイが空腹なのだろうと思い込む。
「お主、足りぬじゃろう? 他にも何か作ってやるから、ちょっと待っとれ」
そう言ってヒョードルが台所に向かおうとすると、ケイは「あ、えっと」と慌てて手を伸ばし、言いよどむ。
「ち、違うんです。これ・・・・・・ヒョードルさんのために作ったんです」
その言葉に、ヒョードルの手が止まる。
ふと疑問が湧く。
「・・・・・・ん? じゃが、なぜ一人分だけなんじゃ?」
そう尋ねると、今度はケイが不思議そうな顔をした。「なんで?」とでも言いたげな、ぽかんとした瞳でヒョードルを見返す。
ケイは他人のために動くことにあまりにも慣れすぎていて、自分の分など考えていなかったのだろう。
その様子に、ヒョードルはふと胸の奥に違和感が沸きあがる。
だが、こみ上げる疑問を表に出すことなく、ヒョードルはにっこりと微笑みかけた。
「せっかくじゃ、一緒に食べよう。一人で食べるより、二人で食べた方が嬉しいし、楽しいじゃろ?」
その言葉にケイは少し戸惑ったように視線を泳がせていたが、ヒョードルのまっすぐなまなざしに、何とか頷いた。
「・・・・・・でも、僕、サンドイッチ一つしか用意してなくて・・・・・・」
「では、こうしよう。折角だから、儂に異世界の料理を教えてくれぬか? 補助はわしがする。二人分作って、一緒に食べた方がいい。ほら、わしも自分で作ってみたいんじゃ」
ヒョードルはそう言いながら、興味津々といった様子で調理道具を手に取る。
その提案に、ケイはぱっと表情を和らげた。
「それなら・・・・・・」
どこかほっとしたような声でそう頷くと、本格的に二人で昼食の準備を始めた。
初めての共同作業。
それは、ケイにとって生まれて初めての事だった。
ケイが教える側になり、ヒョードルが見よう見まねで野菜を切ったり、パンに具材を挟んだり。
時おりソースをかけすぎたりなど失敗しながらも、一人は豪快に笑い、もう一人は遠慮がちに釣られて笑う。そんな2人分の声が家の中に響いた。
無事に二人分のサンドイッチが完成し、並べられた皿を見て、ヒョードルは満足げに頷く。
ふと、隣をちらりと見やるとケイも同じような表情になっている。
(ふむ・・・・・・)
――この年頃なら、本来ならもっと無邪気でいていいはずなのに。
まるで家政婦のように、誰かのために動くことばかりが身についている。
まだ十三歳の少年にあるまじき、慎ましすぎる生き方に、ヒョードルの疑問はますます膨れ上がっていった。
「さて、頂くとするか!」
だが今はただ、この食事の時間がケイにとって少しでも楽しい思い出になるようにしよう。
ヒョードルは数百年ぶりに家族以外の者と食卓を囲むのだった。
もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションしてくれますと貰えると更にやる気が出ます!




