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第3話:心痛

「その・・・・・・あの・・・・・・改めてよろしくお願いいたします」


「うむ! 儂の方こそ宜しくの!」


「まあ、安心しろ。また、顔を見に来る」


フリッグはそっと頭を撫でる仕草を見せ、一歩、空間の裂け目に足を踏み入れた。


「ヒョードル――この子をよろしくな」


その時、ヒョードルの脳裏にまた念話が走る。


その内容に、ケイの怯えや諦めのような素振りが何からくるものか。

その原因の一端を知る。


「ヒョードル、さん?」


「あ、いやいや、少しだけぼーっとしとっただけじゃよ」


不安そうに見上げるケイに、ヒョードルは握った手をさらに優しく握り返す。


裂け目は音もなく閉じ、夜の森には再び静寂が戻った。ヒョードルの手に小さな温もりだけが残り、世界の色をほんの少し変えていた。


(まさか、この子のご尊父様もご母堂も事故で死に別れているとはな・・・・・・果てには違う世界に放り込まれて・・・・・・心身ともにすり減っとるじゃろうに・・・・・・)


見下ろせば不安に揺れる表所を必死に見せないように、気丈に振る舞う子供。その姿にヒョードルは女神のいう通り子供らしくないと常々感じてしまう。


だが、それでも、こんなにも小さな存在が、自分の元に辿り着いたということ自体が、奇跡なのだろう。


(さてさて。星が降ってくる、というのはこういうことを言うのかもしれんの)


「では、帰ろうかの! 儂らの家にな!」


何気なく口にしたその言葉に、ケイは目をキョトンと丸くして、そして遠慮がちに嬉しそうに笑ったのだった。


その姿に、ヒョードルはやはりフリッグの言う通り、両親との死別による深い傷がまだ癒えていないのだと感じ、手を握ってない方の手でそっと頭を撫でてやる。


ケイは少しだけ肩を震わせるが、少しだけ顔を俯いてヒョードルの大きな手を受け入れる。


もう一つ、女神は言っていた。


──ケイは両親の事を頑なに話そうとしない、死別したのにも関わらずな。


(親からの暴力・・・・・・・)


ヒョードルは最悪な予感が脳に過って、ケイの手を、握ったその柔らかい手を強く握るのだった。


静寂の森の中を歩き続ける。


その間もケイの手をしっかりと引きながら、魔法の結界を抜けて我が家へとゆっくり帰っていく途中、おもむろにケイがヒョードルの名前を呼んだ。


「えーーっと、ヒョードル様?」


「様は必要ないのう」


「・・・・・・ヒョードルさん?」


「うむ! なんじゃ?」


「手を離して貰って大丈夫ですよ?」


「む。何を言っておる。迷子になるぞ!」


「だから、これでも13歳なんですってば!」


「なんだ、生まれたばかりではないか。まだまだ危うい、大人しく手を繋がれていなさい」


ヴゥ~と上唇を噛みながら声にならない声を出して、恥ずかしがる姿を見せるケイ。

しかし、内心初めて子供扱いをしてくれて、甘やかしてくれる大人に嬉しくも、恥ずかしくなるのだった。


「おっと、魔獣じゃ。危ないから、背後に隠れておれ」


「わッ!」


何気ない話を交わしながらヒョードルの自宅へ向かう途中、茂みから飛び出してきた多くの魔獣たちと出くわす。


黒い靄を身体に纏わせたそれらは、危険区域にしか生息しない魔獣だ。狼のような、猪のような、蛇のような――そんな姿をした体長2メートル近い獣たちが、ケイたちに襲いかかってくる。


ヒョードルはすぐさまケイを背後にかばい、倒した魔獣を担いでいない方の手をスッと横に差し出し、指を揃えて手刀の形を作る。そして肩幅の位置に腕を下ろし、静かに立った。


ヒョードルが何をするつもりなのか、ケイは不安からヒョードルのズボンの端をぎゅっと掴んだ。その瞬間、ヒョードルの右手の周りに紫色のような膜がふわりと浮かび上がる。


その膜は徐々に手刀の形に沿って変形し、まるで鋭利な剣のようなものへと姿を変えていく。

特に大仰な魔法を使っているわけでもない。ただ純粋な魔力を宿した手刀。それを剣のように扱い、一瞬で迫る魔獣たちを鮮やかに斬り裂いていく。


ケイは初めての魔獣との遭遇に怯え、動けずにヒョードルの長い脚のズボンの端を掴んだまま背後に隠れていた。しかし、同時に初めて見る魔法の光景、そして一方的に戦うヒョードルの姿に、恐怖とともに目を輝かせていた。


「すごい・・・・・・」


絶え間なく襲いかかってくる魔獣たちを次々となぎ払う中、後ろから感嘆の声がぽつりと聞こえ、ヒョードルはふと背後を振り返った。

そこには、素直に驚きを浮かべた子供らしいケイの姿。


(ふむ。こういう所はまだ子供のようで安心じゃのう)


先ほど歩いている時ですら、敬語を崩さず大人びた態度をとっていたケイと真逆な様子に、ヒョードルは内心「かわいいな」とほくそ笑む。


「ヒョ、ヒョードルさん、ま、前!」


「ん?」


気を取られたヒョードルに向かって、巨大な狼が大きく口を開けて飛びかかってきた。毛並みは逆立ち、牙はまるで刃のように光っている。その姿は、先ほどまでの魔獣よりも一層凶暴そうだった。


(おっと、油断したかの)


油断したなとヒョードルは心の中思うも、表情は変わらない。

そして、今にも自分を喰らおうとする狼に向けて腕を振り上げる。体の向きは半ばケイをかばうように保ったまま、手刀を縦にビッ!と振り下ろした。


一瞬後、空気が裂ける鋭い音とともに、狼の巨体はきれいに真っ二つに斬り割かれていた。返り血すら浴びぬその動作はまさに歴戦の戦士。


(いやはや、いくら戦い慣れているとはいえ、余所見は良くないな)


ヒョードルはそう内心で苦笑しつつも、今の相手が決して弱い魔獣ではなかったこともきちんと見抜いていた。どれほど余裕があっても、この世界は油断すれば命を落とす場所だ──そう頭では分かっている。 だが、それでもたかが余所見ごときで獣の攻撃を許すなど、自分にはあり得ないことだとも分かっている。


(ま、これしき余裕の範囲じゃがな)


まさに「武王」と呼ばれるに相応しい男だった。


「わははは、怖かったのう? もう大丈夫だ」


そう言って、ヒョードルはケイの頭を無骨で大きな手でケイの頭を優しく撫でる。


魔獣との遭遇に戦い、魔法。

そして初めての未知なる恐怖。


頭を撫でられた事で、気が緩んだのか様々ば初めての経験という情報が遅れてケイを襲った。


「な! 大丈夫か!?」


やがて、ケイは腰を抜かしたようにその場で崩れてしまうのだった。


「ごめんなさい・・・・・・」


「何を謝っておる。誰だって初めてならしょうがない事じゃ」


ケイはヒョードルに背負われた状態で森の中を進む。


「ヒョードルさん、大丈夫ですから。降ろしてください。じゃないとまた魔獣が現れたらヒョードルさんが戦えません・・・・・・」


現状、ヒョードルは片手でケイの臀部を支え、もう片方は先ほど倒して、更に増えた魔獣の肉を抱えていた。


「ワハハハ。心配せんでもいい。それに足がある!」


小さな声で語るケイに、ヒョードルは気にするなと元気づける。それでも、迷惑をかけてしまっている現状に堪えきれないでいるケイに、ヒョードルは豪快に笑いながら他にも攻撃手段があると示す。


思わず目を丸くして、ケイは背中越しでくすりと笑いを漏らした。


「それにな、もう家に着くから気にしなくてよい」


ケイはその言葉に顔を上げる。

ひょっこりと広い背中から顔を横に出せば、そこにはレンガで建てられた温かい雰囲気の家があった。外観だけ見れば4人は容易く暮らせるであろう広さ。それだけじゃない、周りには柵が囲ってあり、恐らく訓練用か何かの木偶の坊があったりした。


けれど──。とケイは感じる。


木の柵だけで、先ほどのような魔獣の侵入を防ぐ事が出来るのかと。


しかし、それは杞憂だった。上空から魔鳥と呼ばれる大きな鷲のような鳥が家へ降りようとした瞬間、バチリと小さな音が鳴ったかと思うと鳥は灰となった。


その光景を見てしまったケイは苦笑いを浮かべ、すぐさま理解する。


──なるほど、家の周りに強力な結界を張っているんだなあ、と。


ヒョードル達は玄関柵を抜け、木で出来た家の扉を開ける。

ぽつりポツリと部屋の中の灯りが勝手に灯っていく。そして、中央には暖炉があるのだが薪をくべる必要はなく、炉の中では魔法陣が静かに輝き、心地よい炎を生みだしていた。


「わあ・・・・・・まるで物語の中みたいだ」


「ふふふ」


ヒョードルは素直に喜ぶ少年に、小さな笑いを零す。

また、その言葉から、ケイの世界には魔法が存在しないのだと理解する。遠い異世界では魔法が存在しない代わりに科学技術が発展していたり、または別の力が代用されていることがあると禁書で読んだことを思い出した。


また、ケイと家に帰る途中で話した内容と照らし合わせると、どうやらケイのいた世界は科学技術が発達した世界らしいと分かる。


ヒョードルはケイを背中からおろし、家の中へ入った。荷物を調理場のテーブルに置くと、玄関の前でおろおろと立ちすくんでいるケイに「どうしたんじゃ」と不思議そうに近づいた。


「その・・・・・・」


ケイは気まずそうに俯き、言葉を続けられず固まってしまう。 ヒョードルはケイの目の前まで歩み寄ると――


「わっ!?」


ケイの驚いた声が家の中に響いた。ヒョードルがいきなりケイを抱き上げたのだ。


「よし! 温かいご飯でも食べて、今日はゆっくり休もう!」


気にせんでもいい、と言っても、この子の性格からしてきっと気にするだろう。そして、こちらが手を差し伸べても自ら受け取るのは、今のところ難しそうだ。


ならば、ヒョードルにできることはただ一つ。


強引にでも、手を引っ張り続けること。


それが正しいのか分からない。かつて国を動かしていた時のような繊細なやり取りなら得意だが、子供相手となるとどうすればいいのか、正直わからない。


とにかく、やってみるしかない。


ヒョードルは抱き上げたケイに視線を向ける。困ったような表情で、顔を赤く染めている子どもが映った。


嫌がっている様子はない。だから、きっとこの行動は間違っていないのだろう。


時間は、まだある。


ゆっくり、互いに歩み寄っていけばいい――ヒョードルはそう思った。





夕食を済ませ、身体を清めた後、ケイはヒョードルに濡れた髪をタオルでガシガシと拭かれていた。


最初こそは「自分でやる」と言い張ったケイだったが、ヒョードルが何故か強引に自分に任せろと譲らなかったため、大人しく頭を任せていた。


もともと、いろいろなことを学ぶのが好きなヒョードルは、初の子育て体験に胸を躍らせており、ケイにいろんなことをしてみたくて仕方がなかった。


最後にドライヤーのような魔道具でケイの髪を整えながら、優しく触れていると、幼子は温かい風と柔らかな振動の中でだんだんと眠たそうに目を細めていた。


「そのまま寝ていなさい」


「・・・・・・でも」


「いい、いい」


まったく、本当に子供らしくない、とヒョードルは肩の力を抜く。 ご飯も一緒に食べ、風呂にも入った。風呂に関しては半ば無理やりだったが、心を開きやすいようにあえて大雑把にふるまった。それでも遠慮し続けるケイを、ヒョードルは不思議に思う。


(風呂に入ったとき、身体に傷はなかった)


ヒョードルはケイの様子に違和感を覚え、まず家族からの暴力を疑ったが、それは見当違いだったらしい。


しかしこの推理は、惜しいところまで迫っていた。


この世界、セプネテスには、地球と違い「育児放棄」という精神的な虐待は存在しない。


セプネテスでは子どもは何よりの宝であり、血の繋がりに関わらず子どもを大切にする文化が根強い。もちろん100%ではないが、それでも99%は子を放棄するという行為は起こらない。


だからヒョードルは気づかない。


ケイの怯えたような、不可解な言動がネグレクト――育児放棄に由来することに。


厄介なことに、ケイが心を開いたとしても、今度はヒョードルのために「理想の子供」であろうとする。


そして、失望されないように。


眠気をなんとかこらえようとするケイを両手で抱き上げる。案の定、驚いたケイが「ヒョードルさん?!」と狼狽えるも、ヒョードルは無言で寝室へと進んだ。


そして、繋の身体を優しくベッドに横たえ、ぽんぽんと身体を軽く叩いた。


「ヒョードルさん・・・・・・えっと・・・・・・」


「気にせず寝なさい。慣れない環境で初対面の人間と話して、ずいぶん気を張っていたのが伝わってくる。疲れただろう? だから今日はゆっくり、このまま眠ればいい」


枕元にランプの優しい光をともしながら、ヒョードルはじっと少年の寝顔を覗き込む。


やがて、遠慮がちな声が返ってきた。


「・・・・・・・おやすみなさい、です」


「ああ、おやすみなさい」


それきり、言葉は途切れた。


ヒョードルはしばらく無言で、その手をもう少しだけ強く包み込んだ。


「しばらくは、儂が家族の代わりじゃな。好きに過ごしてよい。何も恐れることはないさ」


ヒョードルはそっと、少年の額に手を添えた。


ただ、ごめんなさいと、眠りに落ちる直前に呟かれたその言葉が、心のどこかに引っかかるのだった。





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