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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第3章:ユミル・テンペスト

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第13話:復讐と涙

2025/10/21 題名変更+大幅加筆修正 2025/12/15 全改稿

2026/4/26 大改稿版投稿

「あ、いたいた、煌夜くん!」


 繋(けい)は肩に野菜の入った袋を担ぎながら手伝いをしていた煌夜を見つけると、ぱっと手を振った。


「やあ、この間ぶりだな」


「だね。というか、反乱軍の隊長さんがこんな場所でお手伝いなんかしてていいの?」


「君からいい返事をもらえるまでここにいるにしても、何もしないわけにはいかないからね」


「ふふ、やさしいんだね」


「そうでもないさ───それで、どうしたんだ?」


「この後、少し時間ある?」


 繋(けい)は煌夜が担いでいる袋の片方を「持つよ」と言ったが、煌夜は「無理をしなくていい」とさらりと断った。

 ちなみに、初対面の時に本当の年齢は明かしているし、自分の力が異能ではないことも、すでに彼は知っている。


 二人はそのまま倉庫まで歩いた。

 荷物を下ろしたあと、炊き出し所に用意されたテーブルに向かい合って座る。


(相変わらず疲れている……彼はちゃんと休めているのだろうか? )


 いや、きっと休めていないのだろう。


 彼を駆り立てる原因が消えない限りは。


「単刀直入に言う。仲間になろう」


 煌夜は目を見開いた。

 突然の申し出に驚いているのだろう。あれほど勧誘してものらりくらりとかわしていた相手が、今こうして自分の前で手を差し伸べてきたのだから。


 テーブルを挟んだわずかな沈黙が、二人の間に重く落ちる。


「その、とても有り難いが、なぜ……急に?」


 煌夜は戸惑いを隠せないまま問い返した。

 有り難い申し出であることは間違いない。だが、なぜ今になって急に味方になってくれるのか、それが分からなかったのだ。


「ユミルちゃんから東京の実態を聞いたんだ。だから反乱軍の存在意義も理解できた。利害も一致してるし、手を組まない理由がないって分かったからね」


「……それは……とても、助かるよ……」


 歯切れの悪い返答に、繋(けい)は小さく眉をひそめた。


「なにか事情が変わった?」


「……いや、そうじゃない。嬉しいし、とても助かる。でも」


「でも?」


「君は、あの拠点で人体実験をしていることを聞いたのか?」


「……うん。聞いた。……とても許せる行為じゃない」


 繋(けい)は卓上に置いていた両手を組み、ぎゅっと強く握った。

 そんな様子を見ていた煌夜(こうや)は、少し間を置いてから口を開く。


「少し、身の上話をしてもいいか?」


 繋(けい)は頷きながらも、煌夜(こうや)の深刻な雰囲気を察し、「まさか……」と小さく呟いた。


「……さすが、察しがいいんだな。……人体実験を受けた一人に、俺の姉がいたんだ」


 煌夜は苦く笑った。だが、その口調はできるだけ冷静であろうとしているように聞こえた。


「…………」


「ゾンビに両親の命を奪われて、残った家族は姉さん一人だけだった。姉さんはすごい人だった。リーダーシップがあって、人を引きつける魅力があって、行動力もあった。だから東京の拠点では、警備部隊の隊長に任命された」


 煌夜はどこか懐かしむように言葉を紡いでいく。


「───でも、そんな姉さんでも運には抗えなかった。不運にもゾンビに噛まれた。高熱を出したけど、きっと克服して能力者として覚醒するって信じてた───なのに」


 次第にその目は据わり、語気も強くなっていく。


「あいつらは、療養中の姉さんに実験薬を投与した!! そのせいで、姉さんはゾンビになってしまったんだ!! ッだから許せない───!! 許せないんだ、あいつらを!! 姉さんの身体も命も弄んだあいつらが!!」


 煌夜の声は完全に怒りを帯びていた。

 感情の高まりに呼応するように、彼の周囲では薄い黒い炎の膜がちらつき始める。


「他の隊員たちも、ほとんどが家族を人体実験で失って、ゾンビになった。もしかしたら、本当なら、ちゃんとした治療を受けていれば生きていたかもしれないのに!!」


「俺たちはあいつらに復讐するために動いている。でも敵は巨大で強い。今の仲間だけじゃ太刀打ちできない。そんな中、どこの拠点にも属さず、お人好しの能力者がいるって聞いた」


「……それが、僕だった」


「ああ」


 煌夜は真っ直ぐに繋(けい)の瞳を見て、こくりと頷いた。


 その瞬間、繋(けい)は悟った。

 煌夜(こうや)をここまで駆り立てているもの───その根底にあるのは、復讐なのだと。


 だから彼は、自分に力を求めたのだ。


 なるほど。そういうことだったのか。

 繋(けい)はようやく、煌夜(こうや)が常に切羽詰まっていた理由を理解した。


 ちらりと煌夜(こうや)の顔を見る。

 復讐に協力してほしいと言われたとしても、いくら自分が他人に甘いとはいえ、それだけの理由で手を貸すことはできない。

 仮に別の理由を立てるにしても、「東京を倒す」だけでは、まだ理由も証拠も足りなかった。


(だから、彼は僕にずっとお願いをしてきた)


 煌夜にできたのは、ただ東京が他の拠点を侵略する可能性を伝え、力を貸してほしいと真摯に“願う”ことだけだったのだ。


「君の──渡くんの、魔法という稀有な力が勝率を上げられるなら、力を借りたい。だから、君が仲間と言ってくれたことは間違いなく嬉しい。でも……」


「でも?」


 煌夜は両手で顔を覆った。

 指の隙間から見える瞳は揺れていて、そこには申し訳なさが滲んでいた。


「……これは復讐だ。世界の為なんかじゃない。そんなもの二の次だ!! ───俺は、俺の復讐のためだけに君を利用しようとしている。分かってる。本当は良くないって。でも、でも……俺の力じゃ、あいつらに牙が届かないんだ!」


 後ろめたさと、それでも復讐を果たしたいという思い。

 相反する感情に引き裂かれるように、声も拳も震えていた。煌夜は苦しそうに言葉を吐き出す。


 その姿に、繋(けい)は目を丸くした。

 今、自分の前にいるのが本当に狼神煌夜(オオガミコウヤ)なのか、一瞬分からなくなるほどだった。今まで見てきた威風堂々とした姿とは真逆で、あまりにも弱々しく見えたからだ。


(もしかして、今僕の目に映る彼が、本当の煌夜くんなのか……?)


 繋(けい)は考える。

 姉への復讐のために、本来の性格を押し殺してまで目的を優先し、無理を重ねてきたのかもしれない。

 そして、自分たちの都合───自分たちの復讐のために繋(けい)へ力を貸してほしいと頼むこと自体、きっと彼には苦しかったはずだ。


 堂々と周囲を導く理想のリーダー。

 人を率いるには、そうでなければならない。

 だからこそ、周囲からの期待やプレッシャーが彼を追い詰めていったのだろう。


 しかも本来の自分に反して、繋(けい)に復讐への協力を頼み続けることは、彼の中の罪悪感をさらに大きくした。


 様々な心労が積み重なって、彼の隈がひどいのは、そのせいなのだろう。


(じゃなければ、こんなふうに僕の前で罪を告白しないはずだ)


 揺れる手元を見つめながら、繋(けい)は目を細める。

 確かに自分は、人の復讐につきあうほど甘い人間じゃない。


 ───ないのだが、正当な理由があって、正しい復讐なら、手を貸すのもやぶさかではないと思っている。


(それに、君は復讐のために僕を巻き込んだって言うけど、それは理由の一つにすぎない)


 どちらにせよ、東京の脅威は排除しなければならない。

 非人道的な実験を止めること。侵略を止めること。

 その中に彼ら自身の私情が含まれているだけだ。


「───煌夜くん」


 繋(けい)はそっと、震える彼の拳の上に自分の手を重ねた。

 思っていたより体温が高く、その熱がじんわりと伝わってくる。

 触れた瞬間、煌夜の手がかすかに揺れ、不安そうにこちらを窺った。


 その不安を和らげるように、繋(けい)は眉を下げて静かに微笑む。


「確かに、君たちの復讐に僕を巻き込んでいるのかもしれない。───でも、問題はそれだけじゃない。だから、“巻き込んだ”なんて考えなくていい」


「だが……けど……」


 それでも彼は躊躇い、決意しきれずにいた。

 繋(けい)はくすりと笑う。そんなふうに躊躇えるところこそ、本当はこの男が優しいのだと物語っていた。


「それにね。僕は君が“正しい復讐”をするなら、手を貸してもいいと思ってるんだよ」


「───正しい復讐?」


 煌夜はやっと顔を上げ、呟く。


「復讐する相手を間違えないこと。それが約束できるなら、僕は君の手を取ってもいい」


 繋(けい)はまっすぐに煌夜の瞳を見返した。


 復讐をしても、何も変わらない。

 復讐を果たしても、虚しさだけが残るかもしれない。

 死んだ人は帰ってこない。復讐したところで、姉は喜ばない。


 そんな言葉をよく聞く。

 けれど、それは所詮、当事者ではない第三者の戯言だ。


(僕は見てきた。復讐のあとに残るものもある。もう一度立ち上がって、自分の人生を歩くことだってできる)


 一人で無理なら、肩を貸せばいい。

 その後の人生も、一緒に歩けばいい。


 ───異世界の片割れのように。


 繋(けい)は重ねていた手をゆっくり離し、無言で手を差し伸べた。


 その行動に、煌夜は目を見開く。


「な、んで、そこまで力になってくれるんだ……?」


「そんなの簡単だよ」


 繋(けい)は笑って答えた。

 今までいろんな人を助けてきた。けれど、助ける理由は結局ひとつだ。


「助けてほしいって言われたからだよ」


(助けてって言われたら、しょうがないよね!)


 その言葉、その声、その信念に満ちた表情に───


 煌夜は、尊敬し敬愛していた姉の面影を重ねた。


 思わずその手を強く握りしめ、引っ張る。

 繋(けい)は「わっ!?」と驚きの声をあげ、煌夜はすぐに我に返った。


「す、すまない!!」


「ううん。大丈夫。煌夜くんこそ、大丈夫?」


「え?」


 粗相をした自分を気遣う繋(けい)に、煌夜は不思議そうに聞き返す。

 繋(けい)は何とも言えない、憂いを帯びた表情で小さく呟いた。


 その瞬間、繋(けい)は煌夜には聞こえないほど小さく、机の下で指を鳴らした。


 そして自分の頬に手を当て、涙が出ていることを示す。


「涙、流れてるから」


「は……」


 何を言っているのだろう、と煌夜は自分の頬に触れた。

 湿った液体が確かに頬を濡らしている。何度か触れて、それが涙だと理解すると、慌てて目元をゴシゴシと拭った。

 だが、繋(けい)の面影に最愛の姉の姿が重なった瞬間、押し殺していた感情が一気に溢れ出す。


「くそ……っ、くそ……!!」


 煌夜は必死で涙を拭う。

 しかし、壊れた涙腺は簡単には止まらない。心を守るために、涙は次から次へと溢れてくる。


 こんな情けないところ、誰かに見られたら───。

 そう思えば思うほど、余計に涙を止めなければと焦った。


 自分はリーダーであり、皆を引っ張る堂々とした存在でなければならない。

 姉のように頼られる理想の存在に、ならなければいけない。


 だから演じてきた。

 演じ続けてきたのに――


「クソッたれ……ッ!!」


 それは悔しさの滲む、悲痛な叫びだった。

 繋(けい)という第三者の前でさえ泣いてしまう自分が、どうしようもなく恥ずかしかった。


 そんな煌夜の姿を見て、繋(けい)は立ち上がり、隣の席へ移る。


「大丈夫」


「なにが……ッ!!」


「結界を張った。今ここには僕たち二人だけだ」


 思いもよらない言葉に、涙を流しながらも煌夜は驚いた。

 そんなことまでできるのか、と。


「なぜ……そんなことを……」


「誰にだって、心のままに泣ける時間は必要だからだよ」


 かつての自分のように。

 そして、同じように誰かのために演じる苦しさを知っているからこそ───繋(けい)は煌夜のために結界を張ったのだった。


 繋(けい)は、何度も目元を擦ろうとする煌夜の手を優しく取って握る。

 その濡れた手を自分の両手で包み込んだあと、今度はゆっくりと彼を抱きしめた。


「───なっ……」


 煌夜は驚き、なぜ抱きしめられたのか、どうしてそんなに哀しそうな顔をするのかも分からず、ただ呆然とする。


「大丈夫。大丈夫だから、自分のために思いっきり泣いていいんだよ」


 ───今、ここには二人しかいないのだから。


 そう言って、繋(けい)はぎゅっと煌夜を抱きしめる。

 自分より大きな青年を包みこむその姿は、外から見れば不思議な光景かもしれない。けれど、そんなことは関係なかった。


 ここは繋(けい)が張った魔法の結界の中。

 一切声は漏れないし、誰にも見られることはない。


 戸惑う煌夜の背を、繋(けい)は赤子をあやすように優しく叩き、何度もあたたかな声で「大丈夫」と囁いた。


 優しい声と温もりに包まれ、ついに煌夜は声をあげて泣く決心をした。


 しばらくして。

 顔を真っ赤にして謝ろうとする煌夜を、繋(けい)は首を横に振って制した。


「謝らなくていいよ。僕が勝手にしたことだしね」


 そう言って、こてんと首をかしげてウインクをする。


「両目つぶってるぞ」


「あれ!? うそ!」


 先ほどまでとは打って変わった空気に、煌夜は思わず声をあげて笑い、静かに「ありがとう」と告げた。


「……よかった。少し顔がすっきりしたみたいで」


「散々泣いたからなあ」


 泣き腫らして目元は赤い。けれど、その表情にはどこか晴れやかなものがあった。


「その瞳の酷い隈も取れたらいいんだけど」


「ああ……これは、元々なんだ」


「元々!?」


「だから、不健康そうとか寝不足だってよく言われる。心労で疲れてるのも本当だけどな」


 煌夜はひとしきり空笑いをしたあと、何かを決意したように一人頷いた。


「渡くん───いや、繋(けい)くん。改めて君にお願いしたい」


 煌夜は立ち上がり、強い意志を宿した瞳で、繋(けい)の前に手を差し出す。


「世界のために、そして俺の復讐のために力を貸してほしい……!」


 繋(けい)はその手を強く握り返した。


「僕にできる範囲でよければ!」


 そうして二人は、固く握手を交わしたのだった。



いつも読んで頂いてありがとうございます!

もし良かったら、ブクマ・評価・リアクションのどれかを押して頂けると更新が頑張れます!٩( 'ω' )و

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