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最終話:地球

繋が眠り続けて、一週間。


その間スヴィグルは、朝晩欠かさず彼のもとを見舞い、合間には村の魔獣討伐や漁の手伝いに精を出していた。


ヘルヴォールからは、狂化のときに覚醒した新たな「光魔法」のコツまで伝授してもらい、いろいろと心のモヤモヤはあったが、それなりに充実した日々を送っていた。


「てか、俺たち一族って魔力適正なんてあったのか?」


「あるぞ。ただ――一度、狂化に堕ちて初めて魔力回路が開くようになっとるがな」


ヘルヴォールのあっさりした物言いに、スヴィグルはますます自分の一族の特異性に驚くばかり。

ついでに「光魔法ってレアだよなぁ」と思いきや、


「いや、ワシら一族にとってはそこまで珍しくもないぞ」


さらにド直球で返されて、スヴィグルは「どんだけ規格外なんだ、俺の一族・・・・・・」と益々唖然とするしかなかった。


そんなある日、光魔法のおさらい中に村人の大声が飛んできた。


「おーーい!!スヴィグル! お前の片割れが目を覚ましたぞー!」


「マジか!!」


一気に全身が弾けるように駆け出すスヴィグル。

ヘルヴォールも「早く行こう」と背中を押してくれる。


宿の扉をバンと乱暴に開け放つと、まだ眠そうな繋がベッドに座りながら片手をふっている。


「あ、スヴィグル、おはよう~」


あまりにも脱力系なその挨拶に、文句のひとつも言いたくなったが、繋の顔を見たら全部すっ飛んだ。


思わず、ガバッと繋を強く抱きしめる。


「ぐぇ・・・・・・」


つぶれたカエルみたいな情けない声が繋の口から押し出される。 それでも、大きな身体は黙ったまま、しばらく繋を震えながら抱きしめ続けた。


繋も、何も言わず。その逞しい背中におずおずと腕を回し、ふたりきりの静かなぬくもりに心を満たしていくのだった。





それからも、繋の体調は一進一退だった。


フリッグの自動回復魔法の影響で、想像以上に肉体も精神も消耗していたらしく、しばらくはグッタリとベッドの住人生活。

その間は、スヴィグルやヘルヴォール、村で仲良くなった面々が交替で看病に通い詰めた。


「むず痒いけど・・・・・・なんか、こういうの、ちょっと嬉しいね」


大人しく看護されるなんて滅多にない繋は、そんな感想をぽつりと漏らす。その言葉にスヴィグルは微笑んで、


「素直に受け取っとけよ」


と返すのだった。


やがて、日が経つごとに繋の体調も回復しある程度動けるようになっていた。

今日は二階の窓辺に座っていると、広場のほうからスヴィグルと村の子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。


「スヴィグル兄ちゃーん!」 「一緒に遊ぼー!」


「ちょ、肩よじ登んなって!・・・・・・まて、オイ、ヒゲ触るな!」


「おにーちゃん! 斧の使い方教えてよ! ボクらも強くなりたい!」

「斧で魔獣の竜を真っ二つにしたんでしょ!? カッコよかった〜!!」


「うおおぉぉ・・・・・・頼む、ケイ!!助けてくれぇ・・・・・・!」


その珍しく困り果てたスヴィグルを見下ろしながら、繋は思わず笑いそうになり――でも優しい微笑みを浮かべる。


(1年前まではつっけんどんとした性格だったのに、こうやって子供達に追われてタジタジになっているなんて、昔の君が見たらどう思うんだろうね)


「あっはは、すっかり人気者だね~、スヴィ」


そう、ひとり笑い声を出しながらごちると、ちょうど下の子供たちから声が飛ぶ。


「あっ!繋兄ちゃん、無理すんなよー!」 「ちゃんと寝てなきゃダメだぞー!」「そうそう、また倒れちゃったら大変なんだからねー!」


普段は元気いっぱい追いかけている子どもたちが、繋に向かって大きく手を振りながら心配する声が大声でかけられる。ゆくゆくは未来のケイお兄ちゃん心配隊になるかもしれない。

繋は、まさか子供達からも心配されるとは思わず、頬を赤く染めて、小さく手を振り返した。


「ふふふ、ありがとうー!」





さらに数日が過ぎる。



すっかり繋の体調も回復し、次の旅に出かける為の準備をしていたところ、ヘルヴォールから「サムフェラグ(共生の儀式)」という儀式について話を聞かされた。


スヴィグルの狂化を根本的に制御するため、と聞かされた繋は、即答で「やります!」と了承した。


デメリットさえ聞かずに即答した繋に、ヘルヴォールが「・・・・・・やばいな、コイツ」みたいな目で指差してくる。


「ばーさん、諦めなって。そういう奴なんだよ」


「そんな、“とんでもないやつがいるんだけど”みたいな目で見ないでよ!?」


スヴィグルが苦笑いし、繋がもはやツッコミ半分で抗議する。

そんな繋のツッコミにヘルヴォールとスヴィグルは顔を合わせ笑うのだった。




そして、その夜――

ふたりは正式に“共生”の儀式へと臨むこととなった。


村のはずれ。ひっそりと佇む古い遺跡の奥、月光が神殿全体を淡く照らしている。

今宵は満月。天頂まで登ったその光の下、“サムフェラグ(共生の儀式)”が静かに執り行われる。


神殿の中央には、代々ハーキュリー族に受け継がれてきた石の祭壇。その上に、武骨な鉄の盃がふたつ並べられている。


厳かな空気のなか、ヘルヴォールが声高らかに口上を述べる。


「──互いの血を。魂をここに。星導く戦神テュールのもと、ふたつの御魂を交わさん」


スヴィグルと繋は、静かに向かい合って立つ。

スヴィグルの片手には重みのある金色の盃、もう片方には短く鋭い儀式用の短剣を持っていた。


ふとスヴィグルが繋を見下ろす。


「・・・・・・なんかさ、最初に出会った時を思い出すな。あの頃の俺はまさかお前と、こんな関係になるなんて思わなかったよ」


繋はいたずらっぽく笑い、盃を掲げて言う。


「ほんとだね。人生、何があるかわかんないよね」


スヴィグルも思わず「本当にな」と笑った。


ヘルヴォールの合図で、ふたりはそれぞれ自身の掌にそっと刃をあて、浅く切る。

細い赤の軌跡が浮かび、ゆるりと鉄の盃へと滴る。


血が盃に落ちた瞬間、杯の縁を淡い光が走る。

赤く煌めいたはずの血は、徐々に透明な光へと変わり、盃自体がほのかに発光しはじめた。


ふたりは無言のまま、互いの盃を交換する。

まるで想いそのものを手渡すように。


そして、躊躇いなく盃を口に運ぶ。

血の鉄臭さは感じない。かわりに、どこか熱く、優しくて、身体の奥がじんわり温まる不思議な味だった。


互いの血が、身体の奥まで溶けこんでいく。

飲み干した直後はおかしな変化もなく、ふたりは少しばかり拍子抜けする。


――その時だった。


スヴィグルの胸に刻まれたタトゥーが、ふんわりと光を放ち、そのまま穏やかに鎮まった。


スヴィグルは、繋をじっと見つめる。

繋もまた、落ち着いた眼差しでスヴィグルの視線を受け止める。


ふたりが盃を祭壇に置いた瞬間――

神殿を包んでいた神秘的な空気がふっとほどけ、現実の静けさに戻る。


スヴィグルが心底安堵したように満面の笑みを浮かべた。

繋も、それにつられて柔らかく微笑う。


(・・・・・・俺は――)


(家族がいなくなってから、ずっとずっと“なにか”を探してた。空いた心臓を埋めるものを。だけど、あの日から――復讐でしか心を満たせなかった)


(でも、今は違う)


親友であり、家族であり、兄弟であり、それ以上の繋がり。

こんな“絆”を、自分にも持てる日が来るなんて思わなかった。


(何度も夢に見た。もしも家族がいたら――もしも、そこにこいつと妹がいて、三人で手を”繋いで”笑いあってたらって)


その幻の光景に、スヴィグルは思わず繋を強く抱きしめたくなるのを、なんとかこらえた。


(お前は、ずっと俺の道を照らしてくれてるんだよな)


スヴィグルは、そっと手を差し出す。

繋も、自然な動きでその手を握り返す。



スヴィグルは旅立ちの日のあの時の約束を誓いに変えて、再度胸に刻む。



(お前が道に迷ったら、俺が手を引っ張る。前に進めなくなったら、俺が肩を貸す。障害があったら、ぜんぶぶっ壊してやる)


(・・・・・・だから)


「――一緒に、戦おうぜ」


光の消えた神殿で、静かに、ふたりの“魂の契り”が結ばれた。





そして、とうとう別れの日がやってきた。


前夜――村総出の盛大な宴会で、勇者一行の門出をみんなが祝ってくれた。


例によって繋は目立つ輪の中心ではなく、調理場で海鮮料理づくりに奔走していたが、浮遊魔法を駆使した料理ショーは逆に伝説級の目立ち方で、結局また主役級の注目を集めていた。


地球仕込みの天ぷら、特大エビフライ、海の幸の煮つけ――どれも村の面々から驚嘆と歓声が上がる。


「魔法で調理とは・・・・・・」「すげえな!」「見惚れちまうよなあ!」


ちょっとしたお祭り騒ぎの中、繋は苦笑しながらも手際よく料理を振る舞っていた。


そのにぎやかさのなか、ヘルヴォールが酒ジョッキを片手にスヴィグルの元へ。


「飲んでおるか、スヴィグルよ」

「おう、ばあさん。ちゃんと飲んでるぜ!」


ジョッキをカチンとぶつけ合って、ふたりは気持ちよく乾杯をする。


「して・・・・・・スヴィグルよ、あやつは何ができないのじゃ?」

「人に頼ったり、甘えたりは絶対無理だな、繋には」

「それは致命的じゃのう・・・・・・」

「そこ!しっかり聞こえてるから!」


苦笑とツッコミが飛び交い、夜空には花火が咲き乱れた。


片付けが済んだころ、繋がエビフライと海鮮ピラフを2人分持ってきて、スヴィグルの隣に座る。


「どうぞ~」

「おお、めっちゃうまそう・・・・・・!」


そう言ってスヴィグルはピラフをスプーンで掬い一口食べる。海鮮のうま味がぎゅうっと詰まった一品に頬がゆるみ、次にざくざくのエビフライをタルタルソースと共に頬張った。


黙々と食べていたと思ったらスヴィグルはピラフを掬おうとしていたスプーンを持ったまま止まる。そして、


「この村な・・・・・・あっ、勿論じいさんの家が帰る場所なのは変わらねぇけど・・・・・・一度も住んだこともねえのに、両親がこの村で暮らしてたと思うと、不思議と心地良いんだよな。血の記憶ってやつか?なんか、不思議なもんだな」


スヴィグルはそう語り、しみじみとする。


繋もその気持ちがわかる気がした。

地球にはもう居場所はなく、帰る場所はヒョードルのいるあの家だけ。だからなのか、その想いには自然とうなずけた。


「・・・・・・その気持ち、なんか分かるよ」


スヴィグルと繋は並んで星月夜を見上げる。何度も見た光景なのに何故か今日は不思議と心がほぐれていく気がした。





別れの昼下がり。広場は大勢の見送りであふれていた。

子どもたちの元気な声、大人たちの惜しみない餞別、様々な手土産や手紙に繋もスヴィグルも胸がいっぱいになる。


「2人とも絶対また来てよ!」

「スヴィグル兄ちゃん、もっと斧の技教えて!」

「ケイ兄ちゃんも、無理しちゃ駄目だからね!」


スヴィグルは貰い物の山に困り顔をみせながら、それでも嬉しそうに笑う。


見送りの言葉で賑わう中、繋は静かにヘルヴォールに小箱を差し出した。


「これは・・・・・・?」


「転移魔法の鍵です」と繋は言った後、渡した理由を説明する。


「王都から頼まれて・・・・・・もしも魔獣や魔物に襲われた時、村人全員を救える転移門を作ってほしいって」


「国でもない、ただの漁村の我らにそこまでしてくれるとは・・・・・・ありがたく受け取ろう」


ヘルヴォールが目を細め感謝の言葉を述べ繋の手を握った。


「それにですね。転移門があると、スヴィグルが気まぐれに遊びに帰ってこれるでしょ?」


繋はスヴィグルへさりげなくウィンクした。

スヴィグルは初めきょとんとしたが、じわじわ顔が熱くなり、苦笑しながら「・・・・・・気ぃ遣いすぎだろ・・・・・・でも、ありがとな」と返す。


ヘルヴォールは鍵を両手でしっかりと握りしめ、優しく告げた。


「何時でも帰ってきなされ。我々はいつだって、お主たちを待っておるよ」


その瞬間、ヘルヴォールが右手を掲げる。



村人全員が片膝をつき、子どもたちまで2人に神聖な礼を捧げた。



「我ら古き魔王の血なれど、悪を砕く誓いをここに! 勇者よ、そなたたちの力になろう!」



「えっ、ちょ、ちょっと待って!?」


繋は慌てて両手を振る。


「おいおい・・・・・・こりゃ完全に勇者扱いじゃねぇか・・・・・・! って、一応勇者の身だけどよ!」


スヴィグルも目を丸くし、面食らったように呟いた。


そんな二人を安心させるように、ヘルヴォールは微笑む。


「畏まらないでよい。我らが示したのは、忠誠ではなく感謝と祈りじゃ。古き魔王の血を引こうとも、この村は常に正義と共にある。それを証にしただけのこと」


「その血を持つ者が魔王討伐に向かうのじゃ。これぐらいはさせておくれ」


ヘルヴォールの言葉に続くように、後ろから村人たちの声が飛ぶ。


「そうだそうだ!」

「二人とも、頑張れよー!」

「いつでも遊びに来い!」


涙と笑顔が入り混じる光景に、スヴィグルと繋は思わず顔を見合わせ、同時に嬉しそうに口角を上げた。


声と拍手に包まれながら、二人は新たな旅へと一歩を踏み出す。


村の外れで、スヴィグルがふと振り返る。


「ほんと、旅の最初からこれだけドラマがあったら、今後どうなっちまうんだかな」


「全部、最高の思い出になるだけだよ」


繋は笑って言って見せる。


そんな事を当たり前のように口にできる繋に、スヴィグルは心底感謝した。


(・・・・・・どれだけ辛いことがあっても、死ぬような思いをさせてしまっても、こうして笑ってくれる。やっぱりお前は凄いやつだよ、繋)


(俺も負けてらんねぇ。ずっとお前の隣に立てるように、もっと強く――)


スヴィグルの決意と同じように、実は繋も密かに新しい魔法訓練を再開していた。


お互いに新しい絆を胸に、お互いのために強くなろうと走り出す。


春風がふたりの背中を押す。

こうして、次の“冒険のページ”が、静かに開かれていく――。



───────────────────────────



9年ぶりに戻ったヒョードルの家。

そこにはスノトラやベオウルフといった一緒に来た仲間だけでなく、思いがけない訪問者の姿もあった。


重苦しい空気の中で語られる言葉は、俺たちがずっと聞きたかったこと。

そして女神フリッグが告げた内容は、偶然にも繋に関するものだった。


胸の奥がざわめく。

聞けば聞くほど、怒りと呆れがないまぜになり、堰を切ったようにあふれ出してくる。


――やっぱり。お前はいつだって、大事なことを黙って背負う奴だ。


「・・・・・・ったく、バカヤロウが」


思わず口を突いて出た声は、苦笑とも嗚咽ともつかない。


お前の故郷――地球の人間が屍人化していたと知りながら帰っただと?

どう考えても、それはお前の希死念慮が爆発していた証拠だろう。


(ほんっとうに、お前はバカヤロウだ・・・・・・。何年の付き合いだと思ってんだ・・・・・・)


胸裏に蘇るのは、あの日の約束。

旅立つ前の夜、二人で笑い交わした、誓い。


『俺の闇もお前に預ける。お前の傷も俺が抱える。そうすりゃ、俺たちは釣り合いが取れるだろ?』


そう言ったのは、俺だ。


なのに――「じゃあ、僕も。君が闇に飲まれそうになったら、引っ張り上げてあげる」


その言葉の通り、お前は俺の闇だけを掬い上げ、救ってくれた。


(・・・・・・でも、きっとそれは俺が甲斐性なしだったからかもしれない。頼ってくれていた。支えにしてくれていた。それなのに、俺は結局、世界を救うことに手一杯で・・・・・・お前をちゃんと支えてやれなかった)


歯噛みするほどの後悔。けれど、それでも前に進むしかないと強く思う。


世界は救った。

なら、次は――。


「次は、お前を救う番だ」


強く、心に刻みこむ。

待っていろ、俺の半身。




ずっと脳内にあったスヴィグルとヒョードル、繋の異世界での日常を書けて大満足です!

特にスヴィグルと繋の2人は「最強の2人」というイメージしてたので。


あと、もしこの内容が良かったらブクマ・評価・リアクションしてくれますと飛び跳ねて喜んでるかも。


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