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第9話:極光

2025/9/4 大幅改稿+タイトル名変更

朝が来た。

昨日の異変は、夢だったのでは──そう思いたくなるほどの、穏やかな朝だった。


けれど、スヴィグルの目の下にある隈と、繋が静かに彼の様子を見守るその表情が、すべてを物語っていた。


そして何より違っていたのは───


「スヴィ・・・目の色が変わってる・・・」


「な───ッ」


繋は魔法のトランクケースから、小さな鏡を取り出すとスヴィグルに向ける。


今まで薄緑色だった瞳が、深い紅色に変わっていた。


自分の身体の一部が変わってしまった事にショックを受けるスヴィグルに、繋は言葉を選びながら問いかけた。


「昨夜のこと、覚えてる?」


繋の問いかけに、スヴィグルはわずかに頷いた。


「断片的に・・・・・・けど、あれは・・・・・・俺の意思じゃなかった。あんな戦い方、俺じゃない」


(あんなのまるで魔獣と同じじゃねえか・・・・・・)


スヴィグルは視線を虚空に彷徨いさせながら、言葉を静かに続けた。


「・・・・・・でも、初めてじゃないんだ。思い返せば、何度も似たような感覚があった。村を襲われたときも──気がついたら、斧を握って血まみれになってた」


暴力と蹂躙に支配されるあの瞬間。少しでも一瞬でも、心地良いと感じてしまった自分が恐ろしいとスヴィグルは恐怖する。


だから、つい言葉にしてしまう。


「俺は魔物じゃ───」

「違う」


鋭い声でスヴィグルの心配を遮る。


「───それは違う。断じて」


スヴィグルは目の前の相棒の姿を何とか視界にいれる。

そこには凛とした佇まいで真剣な表所をした繋がスヴィグルの前まで来ていた。


スヴィグルの両手をそっと取り、繋は優しく手を包む。


スヴィグルはそんな繋を不安な表情で見る。そこには目を逸らさずに、ジッと目を合わせる繋の瞳があった。


スヴィグルは「・・・でも」と声を漏らす。珍しく精神共に弱っているスヴィグルに繋は何度も何度も「大丈夫」と優しく繰り返す。


「僕は知っている。君が暴力を楽しむような人じゃない事も、優しい人だってことも」


縋るような目を向けるスヴィグルに繋は微笑む。


繋は無意識に選択する。こういう時こそ、不安にさせないようにする為の笑顔を。


その笑顔を見て、スヴィグルは少しだけ心が落ち着いた。


「スヴィグル聞いて欲しいんだ──」


繋から静かに語られた内容はこうだった。


ヒョードルと手合わせを受けていた時から、気を失い暴走してしまう事があった事。

そしてヒョードルと繋は調べたところ、スヴィグルの苗字に秘密があった事。

古くから存在する狂化を宿し、仲間殺しと呼ばれていた戦闘民族である事。

古き魔王が残した血族であり、呪われた血である事。


それらを全て一切噓偽りなく説明をした。


その内容に勿論本人はショックを受けていた。繋はスヴィグルのショックが落ち着くまでの間ベッドの隣に座り彼の大きな背中を優しくさする。


やがて落ち着いた後、ゆっくりと震える声でスヴィグルは呟く。


「俺の家系にそんな血が・・・・・・それも、昔の魔王が残した血族・・・」


そこまで呟くとスヴィグルが「なあ、俺はどうしたらいいんだ・・・、こんな状態で何度もをお前に危険な目に合わせるなんて、俺はこの旅を続けれない・・・」


悲痛な声で縋るスヴィグルの手を繋は強く握りしめる。


「大丈夫。その解決方法まで僕は知っている」


「・・・・・・ほんとうか?でも、それはお前に迷惑がかからねえか?」


「・・・・・・」


「おい?!」


まさかと目を見張る。危険な事をしないでほしくてスヴィグルは繋を止めようとするが、繋は「大丈夫」と言うばかりだった。


「昨日も言ったでしょう?僕は強いからね」


その力強さに逆らえる事も出来ず、スヴィグルはただ嬉しそうで苦しそうな表情で頷いた。


──そしてふたりは、ヒョードルから渡された地図を手がかりに、町から外れた海沿いの村を目指す。


辿り着いた場所は漁港というのもあり人々が活気づいていた。


海が隣にあるからか潮の香りが強く、繋はふと地球の祖父の家を思い出す。


「なあ、なんか周りの奴らやけに俺の事を見てるよな?」


「確かに・・・でも敵意は無いし、もしかしたら君が同胞だと勘付いているのかも?」


「それは、なんというか、嬉しいのかどうか分かんねえな」とスヴィグルが苦笑いをする。


村の人達にある場所を尋ね続け、やっと2人は目当ての場所に辿り着く。


村の少し外れだったがそこには海を背景に聳え立つ古びた遺跡が立っていた。


「ここが、例の儀式をする場所・・・・・・」そう呟いた瞬間だった。


「ほう。ここの場所を知っているとは、もしや同胞か?」


2人の後ろから、しゃがれた声が投げかけられる。


ばっと2人は後ろを振り向くと、そこには白い髪を三つ編みにした老婆が杖を突き立っていた。


老婆はスヴィグルにゆっくり歩み寄り、その全身と真紅の瞳をじっくりと見つめる。


「おや・・・?ふむ・・・・・・もう、狂化に呑まれつつあるのじゃな」


その言葉に繋はぴくりと体を強張らせ、本題に入るべく老婆に話しかける。


「僕たちは、彼の狂化を解除する方法を探してここに来たんです。儀式についてご存じの方はいませんか?」


「お前さん、そこまで知っているのか・・・・・・。一体、何者じゃ?」


繋は勇者として魔王討伐の旅をしていること、スヴィグルの狂化は復讐心から始まったこと、そしてヒョードルからのつてでこの村を訪ねてきたことを端的に説明する。


「まさか、ヒョードル王の養子が来るとは――これはまた、運命というものか」


「えっ、ヒョードルを知ってるんですか?」


「ふふふ、昔、スタンピードの時、一緒に戦った仲じゃよ」

「まさか、じいさんの知合い!?・・・・・・それって大戦の大英雄じゃねえか!?」


老婆は楽しそうに笑い、「ワシの名前はヘルヴォール。80まで斧を振ってたが、今はただの老いぼれじゃ」


ちなみに、彼女は120歳。ハーキュリー族の血のおかげか、人間離れした健康さと長寿を誇っている。


「では、繋、スヴィグルよ。立ち話もなんじゃ。宿で飯でも食いながら話すとしよう。付いてきなさい」


老婆に案内され、ふたりは村一番の宿へ。1階の食堂には、港町らしい海鮮料理がずらりと並ぶ。


「うわ、パエリアとかアクアパッツァも・・・・・・地中海料理風か!これ僕の居た日本でも本格的なのなかなか食べられないんだよね!」


子供みたいに目を輝かせて料理をはしゃぐ繋。その様子にスヴィグルも思わず吹き出し、ひと時だけ重い空気が和らぐ。


と、その時。村人たちが次々に食堂を覗きに来て、嬉しそうに声をかけてくる。


「おお!やっぱり同胞だったじゃあねえか」

「こんなご時世に、血族が戻ってくるとは!」


スヴィグルは、若干居心地悪そうにしながらも、その注目を受け止める。


ヘルヴォールはふたりを見て、しみじみと微笑む。


「すまんな、若い同胞よ。村の外で暮らしても、こうして血族が帰ってくること自体、珍しいのだ」


そして、彼女は本題に入った。


「ヒョードル王の言う通りじゃ。狂化を解除するには――スヴィグルよ、狂化した状態で誰かと戦い、どちらかが勝つ必要がある」


繋は「・・・・・・あ」とエビの殻を破る手を止め、固まりつつ、ゆっくりスヴィグルに向き直る。

案の定、スヴィグルの顔は鬼のように険しくなっていた。


「・・・・・・繋、お前・・・・・・いちばん大事なとこ、黙ってやがったな」


だが、こうなってしまった以上、仕方がない。本音を言えば、繋としては何も告げずにスヴィグルが狂化した状態で戦いたかった。

――狂化中ならスヴィグルの記憶は断片的にしか残らない。そのほうが、本人も余計な罪悪感を抱かずに済むし、繋自身も迷いなく全力を出せる。そう思っていたのだ。


「繋・・・・・・答えろ」


低く重たい声に、繋はあくまで平静を装って肩をすくめる。


「そんなに怒らないでよ。どっちみち、いつかは戦うことになってたんだから」


おどけた風を装うその仕草が、逆にスヴィグルの怒りに油を注いだ。


「ふざけんな!勝手に決めて、全部一人で背負おうとすんなよ!俺は絶対に納得できねぇ!」


スヴィグルの怒声が食堂に響く。


一瞬、場が凍ったように静まり返る。

食堂の空気が一変し、村人たちのざわつきが広がり、「なんだなんだ」とひそひそ声が飛び交う。


繋もほんの一瞬だけ驚いた表情をしたが、そのまま静かにスヴィグルの怒りと視線を受け止めていた。


ヘルヴォールが椅子を押しのけてゆっくり立ち上がり、スヴィグルの肩に優しく手を置いた。


「スヴィグルの言う通りじゃ、繋よ。何もお主が戦うことはない。今はもう昔と違い、殺し合う必要なんてないのじゃ。同じ血筋なら、スヴィグルの狂化も受け止めれるだろうし、最終的に勝負でどちらかが勝てば呪いは祓える」


ヘルヴォールの落ち着いた声に、繋は一瞬だけ感謝の表情を浮かべる。が、すぐに決意を取り戻し、真っ直ぐ彼女を見返す。


「・・・・・・ありがとうございます。でも、それじゃ駄目なんです・・・・・・」


「それは、なぜ?」


「彼の師はヒョードルなんです」


その言葉に、ヘルヴォールの目が一瞬だけ大きく見開かれる。


「それは・・・・・・やばいのう」

「でしょう?だから、僕じゃないとダメなんです」


繋は静かに立ち上がり、スヴィグルの腕をつかんで隣の席に座らせた。包み込むようにその手を握りしめ、まっすぐな瞳で告げる。


「同じ師に鍛えられた僕だからこそ、きっと君を救える。・・・・・・それに、“家族”の一人として、僕が助けてあげたいんだ」


スヴィグルは息を呑み、拳を小さく震わせたまましばらく俯いていたが、やがてぽつりと告げた。


「お前、傲慢だぞ」


「えへへ・・・・・・そのくらいには本気ってことさ。それに、前に約束したでしょ?」


「・・・・・・約束?」


「君が闇に飲まれそうになったら、必ず僕が助けるって」


その言葉に、スヴィグルは息を詰まらせた。

しばし黙った後、ようやく搾り出すように言葉を返す。


「・・・・・・ありがとう。・・・頼んだ」


ヘルヴォールは嬉しそうに大きくうなずき、

「ふふふ。本当に良い仲間に恵まれたのう、スヴィグル」と言った。


スヴィグルは照れ隠しのように「・・・・・・まあな」とそっけなく答え、繋は小さく肩をすくめて照れ笑いを浮かべた。





儀式の夜は、次の満月まで――。


二人はその間、村で過ごしていた。

スヴィグルは同族のよしみもあり、村人たちから両親のことや外の世界について色々と尋ねられることが多かった。


加えて、もともと好戦的な一族の性格も手伝って、食堂での繋の発言を聞いていた一部の村人たちはスヴィグルに戦いを挑むことも少なくなかった。しかし、ヒョードル仕込みの戦闘力には勝てるはずもなく、あっさりと打ち負かされる村人ばかりだ。


負ければ悔しがるものの、「次は負けねえ!」と強気なことを言ってまた挑む姿は、スヴィグルとも重なり、一族ゆえの気質なのかもしれなかった。


そんなこともあってか、小さな子どもたちからはすっかり憧れの的になり、しょっちゅう子どもたちに追いかけられて、逃げ回るスヴィグルの姿が村の日常風景となっていた。


「スヴィグル兄ちゃん、稽古つけてくれ!」

「斧の使い方、教えて~!」

「逃げんなっ!」


「なんで俺に聞くんだよ!?俺は教えるの苦手だから他の奴に聞けってんだ!」


・・・・・・そんな光景を、繋は面白そうに眺めていた。


だが、繋にも似たような状況が待っていた。


儀式の挑戦者ということもあってか、どれくらいの強さなのか確かめたいと、村の若者たちから次々と勝負を申し込まれることが多かった。最初のうちは真面目に相手に応じていたものの、その数があまりにも多すぎて、今では上空に飛んで逃げる羽目になっている。


「おい!繋!俺も乗せてくれ!!」

「そうしたいのは山々なんだけど、こっちを狙う目が多すぎて降りられないんだよ!」


そんな明るい日常を送りつつも、スヴィグルの身体は徐々にハーキュリー族の呪いに蝕まれていった。気を失い、暴走することも次第に多くなっていた。


そんなときは、繋が必ず相手をして、鎮静の魔法をかけてくれる。

繋自身は気にしていない様子だが、スヴィグルはそのたびに「迷惑をかけている」と自分を責め、精神的に追い詰められていった。


・・・・・・そんな日々が過ぎて、ついに満月の夜がやってくる。


そして、ついに待ち望んだ日。


遺跡の前の広場。

遺跡を背に、満月が空高く浮かび、その光が静かに海の水面にも映し出されている。


少し離れた場所で見守るヘルヴォール。


向かい合うスヴィグルと繋。


「ほんと、無理だけはしないでくれ」


「・・・・・・・・・・・・」


心配そうなスヴィグルを横目に、繋は目を右斜め上に逸らす。


「おい!マジで無理はすんなよ!」


「ふふ、うん、無理はしないさ」


スヴィグルは思わず舌打ちをした。

なぜなら、目の前の繋の笑みは、出会った頃に何度も見た“作り笑い”だったからだ。


けれど、もう時間はない。

空には満月が昇り、遺跡の静かな空気を一層神聖なものに染め上げていく。

月の光が徐々に遺跡に満ちていく。


スヴィグルの心臓がドクン、と高鳴る。鼓動がだんだん早くなり、血が熱く体中をめぐる。


スヴィグルの黄金色の髪が逆立つように揺らめき、後ろで束ねていた紐がぷつんと切れた。


ゆっくりと顔を上げると――焦点の合わない真紅の瞳が、“敵”をまっすぐに見据えていた。



その瞬間!!



地面が砕けるような衝撃音とともに、スヴィグルは地を蹴り、一気に繋の懐へと迫った。


「はやっ!」繋は瞬間的に反応し、心の中で『シュラム(沼とかせ!)』と呟く。無詠唱でスヴィグルの足元を沼地に変え、その凄まじい勢いを削いだ。


だが、スヴィグルの怪力と跳躍で沼地は一瞬でぶち抜かれたが、しかし繋には、その一瞬の隙で十分だった。


わずかに距離を取った繋は、杖を下から上に一閃する。

スガン!!と土の槍が地面から何本もせり出し、スヴィグルの身体をまるで牢屋のように四方から取り囲んだ。


(よし!今のうちに、彼の意識を飛ばすほどの攻撃を叩き込めば!)


杖に魔力を集中させ、杖を硬化させる。自分の身体にも強化魔法をかけた状態でスヴィグルの鳩尾を狙う為に駆けようとする。


その瞬間、キン、と甲高い音が響いた。


(え・・・?)


微かな違和感。繋が動きを止めると、キン、キンと続けざまに音がする。その正体に気づいた繋は、「嘘でしょ・・・」と顔を引き攣らせた。


「まさか・・・・・・スヴィグル、魔法適正、持ってたの!?」


スヴィグルの体と魂が危機によって覚醒し、眠っていた魔力適性が一気に開放された。その音は、魔力回路が開く音ではなく、光属性魔法が発動する時のものだ。


「リョース(極光)」と低く、獣じみた声が漏れる。


スヴィグルの体に白い光の膜が現れ、消えたかと思うと、檻のような土の槍が音を立てて砕け散った。


(身体能力強化・・・・・・いや、それ以上の何かか?!)


スヴィグルは斧をゆっくりと振り上げる。極光が集まり、斧が白く輝き始める。


キキキィーーン・・・・・・!斧が光を集めて唸る。


(これは、まずい・・・・・・!)


繋の脳内に危険信号が警報のように鳴り響く。


「ブローディア!!」


すぐさま、未完成ながらも、繋は自分の持てる限りの最上級防御結界を村全体に展開し、角形の防御壁が村を包むように張っていく。


同時に、「フロス」と呼ぶ自身の新魔法も発動。瞬時に、極彩色の薄いシャボン膜が繋自身を包み込んだ。


その直後、スヴィグルが渾身の一撃を振り下ろす。


キン!


繋のすぐ隣に、”白い光の裁断”が走る。


「っな・・・・・・!」


その緩やかに見えた動きで放たれた一閃が、繋の最上級結界をあっさり粉砕した。


「・・・・・・・・・・・・ふふふ、マジか・・・・・・」


一流の魔法使いが繰り出す上級魔法でさえ数回防ぐ最上結界をたった一回の一撃で壊された事に、繋は悔しさよりも、思わず嬉しさが勝って笑みを浮かべていた。


再びスヴィグルが斧を振り上げる。


「ヘルヴォールさん! 大丈夫ですか!? 村の人たちは?!」


「ふははは! 安心せい、儂らは全員儀式のときは村から少し離れるようにしとる!この一族はな、いろいろ厄介であろう!」


この光景の一部を見ていたヘルヴォールは同胞が見せた一撃を見て高揚しているのか、高ぶった様子で、ヘルヴォールは豪快に笑った。


それに繋は苦笑し、「まったく、好戦的な人たちだ」と呟く。


だが――その熱気に当てられたのか、繋の顔にも自然と笑みが浮かんだ。


「ヒョードル、彼は、貴方の想像以上に、そしてさらに強くなってるよ!」


(なら、僕も強くならなきゃだ!!)


できること全てを、限界を超えて――


禁呪きんじゅ発動!」


繋の髪の一部は赤く染まり始める。


その瞬間、花びらを模した魔力の奔流が繋の周囲に舞い広がる。


その魔力の奔流が背へと集まり、


”一対の花びらの羽”の形をとった。


同時に、旅の中で作った自作の新魔法も発動する。


「スヴィグル!勝負だ!!」


これで、自分が負けたって、死んだって良いと思えてしまった。


繋は「だって全てスヴィグルの為になるのだから!」という気概で魔法を唱える。

それは、繋が使える攻撃魔法の中でも最上の攻撃オリジナル魔法だった。


「レームル!(裁きの光!)」


スヴィグルの頭上遙か上空に、橙色の天輪が現れる。致命傷までは与えないよう出力を抑えて、魔法を制御する。


右手の人差し指を天に向け、静かに差し出した。


一瞬の静寂。

月明かりだけが二人を照らす。

空気が張り詰める。二人だけの世界に、満月と潮騒の音だけが静かに響く。


次の瞬間――


二人の指と斧が振り下ろされ、激しい光が辺りを覆った。


だが、橙色の天輪は白い光の裁断で真っ二つに叩き斬られる。光の斬撃が繋の目前へと迫った。


「・・・・・・っ、くそう、ちょっと悔しいなあ」


苦みに満ちた笑みで、繋は自分の状況を冷静に見つめる。このまま受ければ致命傷は免れない。防御魔法を唱えるべきなのに・・・・・・。


けれど、手が動かなかった。


あまりに美しい光に、呑み込まれそうになる。


(・・・・・・綺麗だ。この光に包まれたのなら・・・・・・)


ふっと心に、死への誘惑さえ広がっていく。


地球に置いてきた親友のこと。両親と切り離された日々。

果てしなく繰り返された喧嘩、誰の声もしない虚ろな家――。


さまざまな記憶が、脳裏に走馬灯のように駆け巡る。


(もう、ここで・・・・・・死んでもいいかもしれない――)


ほんの一瞬だけ、そんな弱い自分を許して、繋は目を閉じて静かに笑った。


──そして、決定的な一撃。


ズバァッ!!


凄まじい光の一閃が、繋の胸を深々と斬り裂いた。


沈黙のなか、繋の身体から血飛沫が舞い、鮮血が夜空に舞った。





その瞬間、スヴィグルの目に映る光景が鮮やかに切り替わった。

これまで靄がかかっていたようだった視界がすっと晴れて――


繋が、ゆっくりと倒れていく姿が目に映った。


「・・・・・・繋?」


時が止まったかのように、すべてが静止する。


数秒後、


「血・・・・・・っ? ああ、俺が・・・・・・」


スヴィグルの膝が力なく沈みかける。凶暴な熱が消え去り、急激に理性が戻る。目の前の光景に、言葉を失い、代わりに絶望だけが、心を塗りつぶした。


崩れそうな体を何とか立て直し、彼は繋の傍へと駆け寄り、すがりつくように倒れ込んだ。


「ケイ・・・・・・! なあ、嘘だろ・・・・・・おい!!」


震える手で、繋の身体を抱き起こし、必死に呼びかける。


「こんなの、あんまりだろ・・・・・・!」


涙を浮かべながら、怒りと絶望で体を震わせる。


俺が――

俺が、コイツを斬ったのか?


何度も呼び続ける。けれど、返事は来ない。

繋の体から、少しずつ生気が失われていく。


「行くな・・・・・・! 行かないでくれ! 頼む!」


やっとできた家族を。友を、兄弟を、

俺から奪わないでくれ――


「俺を独りにしないでくれ!!!」


その瞬間――


繋の体に、淡い光が満ちる。

胸の身体が輝き、血が逆流するように傷がふさがっていく。

――フリッグから授かった、自動高速再生魔法が、発動したのだ。


奇跡のような光景に、スヴィグルはただ呆然とするしかなかった。


「・・・・・・ッ・・・ごほっ、・・・あっぶな、死ぬところだった・・・・・・」


繋がかすかに咳き込みながら目を開いた。

それは、痛みと苦しさと、安堵が入り混じった、弱々しくも生気の光が宿っていた。


スヴィグルは何が起きたのか分からず一瞬呆然とするが、次の瞬間繋が弱々しい笑みで話し始める。


「よかった、戻ってきたみたいだね・・・・・・スヴィグルは大丈夫?」


その声に、スヴィグルは堪えきれず涙がこぼれそうになる。


傷が癒えたとはいえ、繋のほうがずっと辛いはずだ。それでもなお、かすかに微笑みながらこちらを気遣ってくれる。その姿にスヴィグルはたまらず繋の身体を強く抱きしめ、額をそっと合わせた。





村人たちによる手当てが終わり、宿の静かな部屋に夜風が流れ込む。


村人たちの手で簡易な治療が施されたその間も、スヴィグルはずっと隣で繋の寝顔を見守り続けていた。


しばしの沈黙のあと、ヘルヴォールが重い口を開いた。


「スヴィグルよ、お主の片割れはずいぶん特殊じゃのう・・・・・・」


意味が分からず、スヴィグルは問い返す。


「特殊?」


「おぬしの放ったあの光の裁断・・・・・・繋はな、あえて防がずに受けたのじゃ。あの腕前の魔法使いであれば、守る時間は十分あったはずなのに」


その一言に、スヴィグルは静かに目を伏せる。

スヴィグルの脳裏に、初めて出会った頃のことがよみがえる。

そして今もなお残る彼の“悪癖”が、スヴィグルの胸に重くのしかかった。


(また、俺が呼び起こしちまったのかもな――)


何も言い返さず、スヴィグルは繋の寝顔をじっと見つめた。それ以上、ヘルヴォールも言葉を重ねなかった。


「・・・・・・なあ、狂化の呪いは、本当に解除されたのか?」


ヘルヴォールに問いかけておきながら、老婆の返事を待つまでもなく、スヴィグルは小さく呟いた。


「・・・・・・いや、もう関係ねぇ」


強い覚悟が、その目に宿っていた。たとえまだ呪いが残っていたとしても――

二度と繋だけは傷つけない。今度は、自分で全てにけじめをつける。


それが、今のスヴィグルの中で確かに実った“覚悟”だった。


「もちろんじゃ。儀式は完遂しておる。その証拠にお主の鎖骨を見てみるがいい」


促され、スヴィグルはそっと鏡の前に立ち、上着をずらす――

首筋から鎖骨を通り、心臓まで続く赤黒いタトゥーが、そこにはっきりと刻まれているのが見えた。


「なんだこりゃあ!?」


「儀式が完遂した者には、こうして心臓から広がる形でタトゥーが身体のどこかに刻まれるのじゃ」


「ほれ、わしもここにな」


ヘルヴォールは杖の上にのせていた左手をスヴィグルに見せる。手の甲にも、同じようなタトゥーが刻まれていた。


「なんか、悪趣味だな・・・・・・でも、繋の傷と似たようなものなら――ちょっと悪くねえかもな」


心のなかで、そっと笑みをこぼした。


「そういえば、スヴィグルよ。お主らは魔王を討つ旅の最中であろう?」


「ん?ああ」


「であれば、その力は捨てるに惜しい。“飼いならす”方が良い」


「・・・・・・そんなことができるのかよ?」


「もちろんじゃ。サムフェラグ(共生の儀式)と呼ばれ、この村の者でお主と同じようにブロートヴェイズラ(鎮魂の儀式)を終えたものは全員やっている儀式だ。もちろん繋にも目を覚ましたら説明してやろう」


「まじかよ・・・・・・また儀式かよ。とんでもねえ一族だな」


スヴィグルは皮肉に言って見せるも、その血が自分にも流れている事に辟易へきえきする。


そんなスヴィグルの皮肉に、ヘルヴォールは笑ってみせる。


「ふはは。大丈夫じゃよ。それにな・・・お主の片割れのためにも、絶対にやっておくべきだ」


ヘルヴォールはきっぱりと断言する。彼女の断言に、スヴィグルは訝しげに問い返す。


「そこまで言うなんて、どうしてだよ・・・・・・?」


老婆の瞳が真剣な色を浮かべる。


「主な効果は狂化の制御じゃが、もう一つ、お主にとって重要な意味がある。」


そう言うと、ヘルヴォールはもう一つの能力について語り始めた。

そのとき、彼女の目は一瞬だけ優しく細められ、何か懐かしいものを思い出すような表情になった。


「――遠く離れていても、互いの危機感知ができるようになるのじゃよ」


そう語るヘルヴォールの目は、どこか遠く過ぎ去った日々を懐かしむようだった。

今はもう会えない、かつての“相棒”に想いを馳せるように——そのぬくもりと寂しさが、静かににじんでいた。





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