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第7話:雪解

2025/9/1 大幅改稿済み+タイトル名変更

2026/2/18 加筆修正

初めて出会った日から一年が経ち、寒い冬がやってきた。


スヴィグルが現れてからというもの、けいは年越しや初詣、クリスマスパーティーなど――かつて自分の世界で親友たちと楽しんだ行事に、慣れないながらも挑戦してきた。


初めての異文化交流、いや、異世界交流に感動し、むしろけいよりもスヴィグルたちのほうが盛り上がっていることも多かった。そんな彼女たちのため、けいもつい張り切り、時には熱を出してしまうこともあった。ヒョードルとの二人きりの生活も悪くなかったが、新たな仲間と共に過ごしたこの一年は、またひと味違う賑やかさに満ちていた。


ある日――魔獣討伐の帰り道。


「いや〜、あのクリスマスケーキってやつ、めちゃくちゃ美味かったな。また食いたいくらいだ!」


「材料が揃えば、クリスマスじゃなくてもケーキは作れるよ」


「マジ!?」


「あははっ、その食いつき何? 今度は他の種類も作ってみようか?」


「なら、チョコケーキってやつが食いたい!」


「ふふ、了解」


スヴィグルは斧の刃先を地面に突き立て、柄頭に手を重ねて顎を乗せ、一仕事終えた満足感を漂わせながら、けいと和やかに会話を続けていた。


――ただ、ひとつだけ問題がある。 戦闘そのものについては、まったく問題なかった。なにせ、たった二人で魔獣を無双してしまったのだから。会話すること自体も別に問題ない。ただし、問題は「場所」だ。


日常の延長のような会話が、なぜか戦場のど真ん中で交わされていたのだった。


スヴィグルたち以外の訓練生たちは、膝をついたり、地面に倒れ込んだまま、死屍累々の有様だった。

大量発生した魔猪と魔蛇――その数およそ三十体。 選りすぐりの訓練生たちでさえ苦戦していた相手を、別任務から駆けつけたスヴィグルたちが颯爽と現れ、あっという間に殲滅したのである。


ただでさえ連戦だったというのに、息一つ乱さずに立つ二人。周囲は「おかしい」「そんなはずがない」と困惑していた。


「マジ無理……」 「あの二人、バケモンかよ……」 といった投げやりな声があちこちから漏れ聞こえてくる。 「お前ら絶対おかしいって!」「人間やめてんのか!」と訓練生たちがヤジを飛ばすが、二人は顔を見合わせて、思い切り吹き出してしまった。


スヴィグルは内心で思う。


(そりゃあ、大英雄の下で特訓すれば、いやでも強くなるってもんだよな……ついていけるかどうかは別にして)


どんな凶暴な魔獣、魔物、魔人が現れようとも、危険区域の森に出る魔獣たちに比べればみんな可愛いものだ。そんな森で一人生き残れるほど、徹底的に鍛えられてきたのだ。


(疲れ知らずの体力も、無駄のない動きや攻撃の技術も――全部、じいさんとの修行のおかげだ)

そして、同時に目の前に立つけいが如何に凄いのかと再認識するのだった。


そして夜。賑やかな大衆食堂で、二人は今日の戦いの疲れを癒すかのように、温かな食事を楽しんでいた。


「今日の討伐もお疲れ」


「おう、お疲れ」


ジョッキに注がれたエールが、カキーンと心地よい音を立てる。二人は軽くジョッキを合わせて乾杯した。


やがて、互いにほろ酔い気分になった頃、けいがぽつりとつぶやく。


「もう、そろそろだよね」


スヴィグルは少し首を傾げる。問いの意図が読みきれず、素直に聞き返した。


「ん? そろそろって?」


「ほら、そろそろ勇者として魔王討伐に行けるようになるんでしょ?」


そう。スヴィグルはこの一年間多くの討伐実績を残したお陰もあり、勇者として無事任命されたのだ。


「ああ、そのことか。そうだなあ、もうそろそろだもんな〜」


「そうそう。なんだかんだ、一緒にいることが多かったし、寂しくなるなあ」


「なんだ、寂しがってくれんのかよ」


「当たり前でしょ、だってキミとは───」


「兄弟だからな。兄弟みたいなもんとか今更な事言うなよ」


スヴィグルがそう口にすると、けいは控えめに嬉しそうな表情で微笑んだ。


(ほんっと、素直に感情を出す様になってくれたなあ)


スヴィグルは目の前で嬉しそうな顔を隠せずにお酒を飲んでいるけいに笑顔がこぼれる。


(じいさんに鍛えられて早一年か。早いもんだ)


ヒョードルとけいと共に暮らした一年は、スヴィグルにとってかけがえのない一年だった。家族を失い、親に当たる存在、そして兄弟のような存在。

それを同時に2人も得た。

復讐の炎に燃え、魔王を殺す事しか考えていなかった日々。

色彩があった当り前の日常を魔獣に奪われ、白黒となった自分の世界。

それを、ケイが新しく与えてくれた。


スヴィグルは再度、ケイの姿を瞳の中に捉える。


(どうすっかなあ……)


スヴィグルには新たな悩みが生まれていた。王都からは魔王討伐の勇者として、いつでも国外に出る許可をもらってはいた。しかし、スヴィグルはある理由から、その一歩をまだ踏み出せずにいた。彼はふわふわとした頭で、ぼんやりと考える。


(もうそろそろ言っていいよな? じいさんからも承諾はもらったし、あとはケイの返事しだいだけど)


(魔王討伐の旅に、一緒に来て欲しい)


けいと一緒なら、復讐心さえ霞むような色鮮やかな旅になるんじゃねえのかなって、オレは思うんだ)


だから――スヴィグルは決めていた。明日、酔いがさめた状態でけいを誘おう、と。


酒に寄った頭で、ニヤニヤと笑うのだから目の前のけいから怪訝そうな顔をされたのだった。


雪がしんしんと積もる危険区域の森の奥。


ヒョードル宅の庭先へ、冬の冷たい空気が入り込んでいた。薪を割る音が響き、台所からは香ばしいパンの匂いが漂ってくる。


その匂いの中心で、けいはいつものように手際よく朝食の準備をしていた。一方の手でフライパンを操り、もう一方の手では浮遊魔法で器やスプーンを宙に浮かせてテーブルへと並べていく。いつも通りの光景。けれど、その背に向けて、スヴィグルの心臓はなぜかやけに早く脈を打っていた。


「……という事で一緒に来てください!!」


唐突に放たれた声は、あまりにも爆弾のようだった。


「なにが、ということ?!」


けいが慌てて振り向き、火を止める。ふわりと浮いていた食器たちもストンと落ち着き、静かな朝が少し乱れる。


スヴィグルは頭をかきながら、気恥ずかしそうに言葉を繋げた。


「その、えぇとな……魔王討伐の旅に。相棒として来て欲しいんだ」


ぽつりと漏らした願いは、どうか来てくれと懇願するようなものだった。


けいはしばらく呆然とし、それから深く息を吐いた。


「君ねえ……僕の性格、分かってるでしょ?」


けいはスヴィグルに自分の悪癖がスヴィグルの旅に邪魔する事を恐れ断りを入れようとする。


だがスヴィグルはそれぐらい同意の上だった。


(お前が、傍にいる人間が傷つくのが見たくなくて自分が代わりに傷つこうとする事も、人の傷にばかり気にかけて自分を差し置いて手を差し伸べようとするのも、全部全部わかってる。その上でお前に来てほしいんだ)


だから、スヴィグルは言葉を紡ぐ。


「ああ、分かってるさ。お人好しで、自分を疎かにして、人のことばかり気にする面倒な奴って」


「そこまで言っていいなんて言ってないんだけど?!」


ジト目を向けるけいに、スヴィグルは思わず笑ってしまう。けれど、その笑みは誤魔化しではなかった。本心から、彼の欠点すら愛おしいと感じていたからだ。


けいは椅子に腰を下ろし、静かに問いかける。


「……どうして僕なのさ?」


珍しく真正面から向けられる視線に、スヴィグルは一瞬だけ言葉に詰まる。けれど、すぐに強い声で返した。


「お前と一緒なら、復讐の先を見つけられそうなんだ」


胸の奥に燃え続ける黒い炎。その正体ははっきりしている。家族を奪った魔王への憎悪。それを理由に、スヴィグルは“勇者”ではなく、“復讐者”として剣を取ったのだ。 燃え滾る憎しみは、いつだって彼の足を縛り、時に心を蝕んだ。 きっとこのまま、これが自分の人生だと諦めていた―― けれど、けいと出会い、スヴィグルの世界は変わった。


「オレは復讐のために剣を取った。オレの人生にはもう、それしか残されてないと思ってた。新しい人生なんて、もう手に入らないって……」


けれど、共に日々を過ごすうち、ケイと一緒に生きる未来を、いつしか願うようになった。


「だけど――お前がオレに新しい生き方をくれたんだ。お前のおかげで、世界が明るく見える。家族を奪われて真っ暗になったオレの世界を、ケイが“春”みたいに鮮やかにしてくれた」


けいは目を見開き、言葉に詰まる。スヴィグルの素直すぎる言葉に、思考が追いつかない。


スヴィグルはさらに言葉を重ねる。


「家族のことも、痛かった過去も、全部が消えるわけじゃない。だけど、お前と一緒なら、乗り越えていける気がするんだ。それに……魔王討伐も大事だけど、それだけじゃなくて、いろんな場所を旅して、美味いもんを食って、新しい思い出もたくさん作りたい」


そう言って、彼は拳を強く握りしめた。


「そうやって、いろんな世界を一緒に見ればさ――お前が抱えてる痛みだって、一緒なら乗り越えられると思うんだ」


だから、どちらかが沈みそうになった時は、手を引っぱってやればいい。 引き合いながら、まだ見ぬ景色を歩いていく。世界には、汚いものも、でもそれ以上にきっと美しいものも、たくさんあるはずだから。


その旅の果てで、いつか、自分を許す“方法”に気づけるかもしれない。


「だから――どうか、オレの手を取ってほしい」


沈黙が流れる。


その沈黙の間に、台所に立ち込めるパンの匂いがやけに鮮やかに広がる。薪の爆ぜる音が、二人の呼吸の静けさを際立たせるように、大きく響いた。


けいは、ふっと笑う。だがその笑みは、どこか泣き出しそうにほんの少しだけ歪んでいた。


「君って、いざという時は本当に饒舌になるよね。そんなふうに言われたら断れないじゃない」


「こうでもしないと、お前は来てくれないと思ったのさ」


「うわ、ズルくなっちゃって。猪突猛進でひねくれている君は何処に行ったやら」


「どこかの二人のおかげでな。っつーか、オレ、もともと猪突猛進でもなかったわ!!」


いつもの軽口を言い合い、2人のあいだの空気がいつものに戻る。


「ったく、オレは……お前に助けられっぱなしだったんだ。今度はオレも、お前に何かしてやれればって思ったんだ」


「助けてたのは、僕だけじゃないでしょ。ヒョードルだって……それに、それはスヴィグル自身の力だ」


「じいさんの訓練で強くなったのは確かだ。でも、オレの人生が変わったのは、お前がいたからだ」


「……」


けいは俯き、ふと息をついた。

なんて贅沢で、恵まれているのだろうとけいは思う。

そして、こんな風に思ってくれる人達へ、何か返せればと強く思う。


けいは、決断し、静かに顔を上げる。


「分かった。一緒に行くよ」


その返答に、スヴィグルの目が見開かれる。


「マジか!?」


「うん。ただし条件つき」


「条件?」


「僕のこと、ちゃんと引っ張っててよね」


もちろん冗談だ。

そんな風になるつもりはない。

おちゃらけた口調で肩をすくめながら言って見せるけいをよそに、スヴィグルは真面目な表情でゆっくりと拳を差し出した。


「当たり前だ。お前が崩れそうになったら、オレが背負うさ!」


けいは瞳を小さく揺らす。

思わない返しに、苦笑しながら拳を重ねる。


「じゃあ、僕も。君が絶望や苦難に飲み込まれそうになったら、引っ張り上げてあげる」


二人の拳が静かに重なった瞬間、顔を見合わせて、互いに「ニッ」と笑い合った。


(ああ、これでいい。オレはもう一人じゃない。こいつとなら、ただの復讐の旅じゃなく、きっと新しい未来が待っているはずだ)


窓の外では白い雪がひらりと舞い落ちる。新しい一年、それと共に始まる新たな旅を祝福するかのように。


……その静寂を破るように、台所の扉が開き、ヒョードルがひょこりと顔を覗かせる。


「くくく、遅れてやってきた青春ってやつじゃのう」


「ヒョードル!?」

「じいさん!?」


けいが顔を真っ赤にし、スヴィグルは慌てて椅子を蹴ってしまう。


「ふははは、なんじゃなんじゃ恥ずかしがりおって!」


「居るんなら言ってよーーー!!」


「熱い友情に水を差すの悪かろうて」


「は、恥ずい……」


「ワハハハハハ!!!」


豪快なヒョードルの笑い声が、雪景色の家に暖かく響き渡ったのだった。




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