第2話:圧倒
「これは壮絶というか……凄いな」
繋は先ほどの拠点のすぐ近くまで迫ってきたゾンビの群れを、遥か上空から見下ろしていた。
地上を埋め尽くすそれは、今まで自分が見てきた群れとは比にならない規模で、まるで黒い大波のようなゾンビの群れに身震いすら感じさせる。
「今までのゾンビ群は何だったのだろうってくらいの数だね……」
思わず口に手を当て、眩しい空を背に小さく嘆息する。
「本来なら共食いをするせいでゾンビの数は少ないはずなのに……やっぱり東京が作った誘導薬と、実験体のせいなんだろうな」
繋は想像を巡らせながら、雲間を抜ける風を頬に受ける。
――だが、一体どういう理屈なのだろう?
東京の拠点は裏では意図的にゾンビを作っていると聞いた。もしも……。もし、人為的に作ったゾンビの中に予め誘導薬を投与していたとしたら───。
そこまで想像してみて、えげつない事を考えるな。と繋は眉をしかめた。
「例えば、投薬されたゾンビが誰かに噛まれて捕食されても、その効果が新たな個体に引き継がれる。逆に、自分が誰かを捕食しても、また同じことが起こる」
唇に指を当てて、思案を深める。
「しかもclass3は“ボス個体”だ。配下を従えるかのように、class2以下のゾンビを引き連れて──集団として組織化される」
呟くように考え事を吐いてしまえば、思考のピースがパチリと噛み始める。
そうすれば、ただの脅威でしかなかったゾンビが、今や軍隊として襲いかかってくるということだ。
「……あくまでぼくの勝手な想像だけど、恐らくその線が濃厚だろうな」
繋は募る焦燥感を吐き出すために、ため息をひとつ落とす。
――そして、こんなことを考え付いた人間がいる。
蛇ノ目……あの女性だ。
(彼女からは、良くないものを感じる……)
春臣が操られ、苦しんでいた時。
奈良の難民たちが悲鳴を上げていた時。
ドローンに映っていた彼女は感情を映さない冷たい目のまま口元に弧を描いていた。
それは人の苦しみに愉悦を感じさせる───いや、感じていた笑みだった。
――冷たく、澄んだ瞳の奥で、誰かを弄んで喜ぶ悪意が透けて見えたのだ。
繋は、その場面を今もはっきりと思い出すことができて、思わず口元を隠す。
「きっと、話し合いなんて出来ないタイプだな」
思わず、独り言が零れる。
異世界にいたとき、敵対勢力の魔族に似た奴が居た事を思い出して、怒りで目が据わってしまう。
年下組を、ベオウルフ、スノトラを含めその他の人達を無理矢理操り戦わないといけなくなった事を思い出して。
一瞬。怒りが脳内を支配しそうになるも頭を横に振って怒りを散らす。
「でも、逆にだ」
しかし、こういう相手なら、迷いなんて不要だ。
罪悪感を感じずに全力をぶつけることができる。
甘さも、優しさも、全て一旦心の奥底に仕舞い。
全力で排除できる。
「とは言っても、警戒はしなきゃ。絶対に人が嫌がることを率先してやる人だよね。春臣君のときみたいな洗脳や、人質を取る可能性もある……警戒を怠れば、誰かがまた傷つく」
少しだけ気持ちを引き締め、地上に視線を戻した。
その瞬間――
まるで大地自体が怒りを上げるような、野獣染みた咆哮がゾンビの群れから響き渡った。
何百ものゾンビの群れが、まるで津波のように廃れた市街地を踏み荒らして迫って来る。
「概念抽出魔法起動───花の雨」
空を浮遊している繋の背後。そしてその更に上空に、真っ赤なグラジオラスの花の栞が何百枚と出現する。
栞は花弁となり、朱色の淡い光を放つ花弁が一斉に舞い散った。
花弁が一つの剣になり生成され数百本と生成されていく。
「一斉掃射!」
繋の一声でグラジオラスの魔剣がclass1と2の群れを目掛けて次々と、まるで豪雨のように容赦なく降り注ぐ。
次々と一体もう一体とゾンビの体を突き刺し、一方的に排除していく。
ガキン!
金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。
咄嗟のことだった。繋の背後。死角から、Class3による鋭い奇襲。死の気配が一瞬、繋の背に触れかける。だが引き裂く寸前、躊躇いもなく二本のグラジオラスの剣が現れ、盾のように繋を守った。
飛行能力を持つClass3が、鋭く伸ばした漆黒の爪で繋の背後を貫こうとしたその瞬間、グラジオラスの剣がまるで生きているかのように主の危機を感じ取り、クロスする形でその爪を正確に受け止める。
荒々しくぶつかり合った瞬間、重い反動で剣の刃がわずかにしなる。
Class3は不満げに爪を振り払って剣を弾き飛ばすが、剣はくるりと空中で回転し、まるでメリーゴーランドの馬車のように繋の周囲を優雅に舞った。
「完全に油断してた……」
繋はまだ脳が臨戦態勢に戻ってない自分を叱咤する。
「でも、魔力量が全盛期近くまで戻ってきて本当に良かった」
「今までの魔力量だと剣を射出する命令しか組めなかったけど、こうやって自動防御命令を組み込むこともできるようになった」
繋は静かに言葉を続ける。自分の本来の力が戻ってきていることに嬉しく感じる。
地球に戻ってきて魔力量が減少してからというもの魔力量を節約しながらのギリギリの戦闘を続けていた。今は思い通りに魔法を行使出来る事に小さく満足げな微笑を浮かべる。
gaaaa───!!
敵の咆哮に繋は改めてclass3を見据えた。
空中ではClass3が両腕をまっすぐ繋に向けて突き出し、ギュイン!という甲高い音と共に、10本の黒い爪を一気に伸ばした。その動きはまるで鋼鉄でできた触手のようだった。
伸びる爪はすぐさま槍に姿を変え、速度を上げて一直線に繋を追い詰める。繋は身体をふわりと持ち上げ、その場からさらに上空へ身をかわす。
だが――敵の爪は追尾する。グインッ、と空気を裂く音が響く。
爪は軌道を自在に変えて繋の動きに追従してくる。逃げても無駄だ、と言わんばかりの執拗さだった。
繋は見極めながら爪の合間をすり抜けていくが、何度も何度も進路を塞がれる。
だが、繋の口元はむしろ余裕の笑みを浮かべている。
(さて、肩慣らしはもういいかな。いくら逃げても無限に伸びるようだし、止めを刺そう)
慢心は良くは無いと理解はしているが、こうも魔力が戻っていると自分の身体の一部が戻った気がして、満ち足りた気持ちになる。そのせいか、戦闘の駆け引きを楽しむ余裕さえ生まれる。
Class3が距離をとって冷静に戦闘を継続しているが、繋にも策はある。すぐさま意識を集中し、共に連れてきていた二本のグラジオラスの剣へ魔力を送る。
空気を裂く音とともに、赤く染まった花剣が縦横無尽に舞う。
それはまるで舞い散る花弁が美しく散るかのような光景で、次々と接近する爪をことごとく斬り捨てていく。斬撃の軌跡には、微細な花粉のような魔力の残滓が残り、一瞬だけ赤い閃光が尾を引いた。
「うん、上々だ。お次はどうかな」
挑発なのか、自然体なのか。淡々と、まるで古い友人を迎える親しみの声色でClass3に問いかける。
返答はなかったが、Class3は次の一手に出た。今度は間合いを取りつつ、黒い爪を自身の目前で思い切り伸ばして回転させる。
その様はまるでドリルのようで、殺意の螺旋が繋へと集中する。
Class3の身体が突進を開始するや、突風が巻き起こる。
繋は逃げるでも守るでもない。ただ一歩も動かないまま、余裕の態度でドリルを正面から見詰めている。
それは油断ではなく、自信だった。
今の繋にとってClass3など、もはや雑魚でしかなかった。
いつもなら、斬れ(スヴェルザ)と唱えて呪文を介して剣にさらなる魔力を上乗せしただろう。
でも今の繋にはそこまでする必要がない。
完全出力として生成したグラジオラスの剣には純度の高い魔力が流れている。
謂わば、花の剣は魔剣と化しているのだ。
繋はスッと静かに、人差し指をClass3に向けた。
ゴォ!!!
空気が振動する。耳鳴りすら起こる轟音。もしこのドリルを受ければ、身体など簡単に真っ二つだ。
指揮者がタクトを振るように、繋の指先がゆっくりと空気をなぞる。
すると、二本のグラジオラスの剣が呼応し、見えない合図に従うかのように垂直に舞い上がり一本の大きな剣へと変化する。
次の瞬間、飛来するclass3の猛威にグラジオラスの剣がスッと振り下ろされ、Class3の身体を見事真っ二つに斬り裂いた。
轟音は突然、ぴたりと止んだ。
残骸となったゾンビの肉体は、瞬く間に塵となって風に消える。
辺りを包んでいた重たい空気も、不意に静まりかえった。
「ふうーー!。良くない、良くない。完全に戦闘を楽しんでた」
繋は胸の奥に孕んだ熱を、ひとつ深く吐き出す。
勝利の余韻に浸るよりも早く、自分を律するべく反省タイムへと移るのだった。
(どこかの誰かさん達のせいで、僕まで戦う事を楽しむ癖がついてきてるよね……)
鮮やかに脳裏に浮かぶ、あの二人の陽気に笑い声をあげる2人だった。繋はふっと思わず苦笑いをする。
(まったく……今度再会したら文句の一つでも言ってやろっと。ともかく、常に冷静でいなくちゃ)
もう一度、深呼吸をする。
心の奥にしみつこうとしている熱をなだめながら、意識を静めていく。
己への戒めを込めて、繋はひと呼吸置いた後――感知魔法を発動した。
視界には見えない魔力の波が静かに広がり、周囲の空間をすみずみまで細かく探る。
「──よし、キャンプ地に向かっているゾンビは、今のところいないね」
小さく胸をなで下ろす。
気が緩んだのも束の間、すぐに再び気を引き締める。
繋は、杖を自分の体に合わせて等身大の長さまで伸ばし、そのまま器用に跨がる。
そっと杖の柄を撫で、小声で独り言を呟く。
「ここから、煌夜くんの所までは少し離れている。急ごう」
まるで相棒と語り合うような口調で、杖は動き出す。
風と一体化したかのような速さで、繋は大空を翔ける。視線は遥か地平の向こう――
仲間の危機が待っている、その場所へと向けて。
さらにスピードを上げて、雲の波を駆け抜けていく。
高空から世界を見下ろしながら、彼は更なる戦場へと向かうのだった。
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