第10話:救出
(だめだ、だめだ!! 頼むから立ち止まってくれ!!)
二人を助けるために飛行魔法で空を駆けていた繋は、目前で彼らが崖から飛び込もうとした瞬間、思わず声を張り上げた。
「ダメだッ!!」
今こそ崖から海へ飛び込もうとしていた瞬間、繋は止まってくれと大声で叫ぶ。
叫び声が届いたのか、女性がピタリと足を止めた。しかし、それが逆に仇となってしまう。繋の叫びに驚いた拍子で彼女はバランスを崩し、支えようとした男性もろとも、二人は海へと落ちていった。
「くっ――!」
繋は慌てて右手をかざす。人差し指を二人へ向け、鋭く言葉を紡ぐ。
「フロス!」
呪文と同時に、シャボン玉のような魔法障壁が二人をふわりと包み込み、空中で静かに浮かび上がらせた。
(良かった・・・・・・何とか間に合った・・・・・・!!)
自身の無用心で彼女の足を滑らせたことに反省しつつ、2人を無事に救出できた事に安堵する。
安堵とともに、繋は浮遊する二人の様子を確認する。女性と目が合うと、彼女は口をパクパクと開閉させながら繋を指さし、困惑した表情を浮かべていた。繋は苦笑して小さく手を振る。
そのとき――
背後から、ぞわりと空気が変わった。おどろおどろしい呻き声。振り返れば、ガードレールを押し倒しそうな勢いで群がるゾンビの大群。
繋はゾンビ達の方へ、くるりと身体を向ける。
先ほどまで2人の後ろを追っていた大量のゾンビ達がガードレールから零れ出ようとするくらいに、ひしめきあい、どよめきあっていた。
繋は静かに指を掲げ、人差し指をゾンビの群れに向ける。
人差し指で宙に小さく英字の『t』を一筆書きで描くようにくるりと動かした。
直後、ゾンビたちの足元が淡く白く光り、十字の光が次々と彼らの身体を包み込んでいく。祈りのように、清めるように、神聖な光が立ち上がる。
そして次第に光は小さくなり、ゾンビも消滅したかのように見えた。
だが。
光が消えても、ゾンビはそこにいた。まるで何事もなかったかのように、うめき声をあげてこちらを見ていた。
(やっぱり・・・・・・。異世界と違って成り立ちが違うからか、コチラのゾンビには神聖魔法が効かないか・・・・・・)
繋は考える。攻撃魔法を使うにも魔力が足りない。
このまま逃げるにしても、三人を空中に浮かせたまま移動するにも、やはり魔力が足りない。
どうしたものかと繋はふと下を見る。
(そうだ。海水を利用すれば)
繋は自分の下が海だった事に気づく。そして繋は閃く。
二人の安全を確保しつつ、ゾンビをまとめて処理する方法を。
2人を浮かんだ状態のまま移動させて、繋自身も飛びつつ海水を操るには繋の負担が大きい。その為、ゾンビから少し離れた場所に降りることを女性と男性に話しかけてからと思い繋は女性の近くまで動いた。
「あ、あなたは・・・・・・」
「ごめんね、色んなことで驚いていると思うんだけど、今はまず君たちを助けることに集中させて」
繋は混乱しているだろう彼女を落ち着かせながら話しをしはじめる。
「なんで空中に浮いているんだとか、色々聞きたい事はあるとは思うんだけど、一旦それらは置いとくね。ここから戻った所に道の駅がある。この後君たちを降ろした後、先に君たちだけで道の駅がある場所まで行けるかい?」
本当は君たちを安全な場所まで飛ばしたかったけど、今の自分では力不足だと。申し訳ないと繋は女性に言った。
女性はそんな事を言う繋に戸惑いながらも、首を横に振った。
彼女は自分と同じようにシャボン玉に包まれている項垂れている男性の方を指さす。
「おじさんが・・・・・・おじさんの意識がなくて・・・・・あと、あとお腹からも血が出てて・・・・・・! 」
繋は彼女から説明を受け、男の状態を詳しく見るために直ぐに宙に浮かんだ男性をゆっくりと引き寄せる。
「気づかなくてごめん! 直ぐに彼の様子を見るね!」
杖に乗っている状態の為詳しくは確認が出来ないが、繋は男の状態に目を顰める。
男が来ていた白いシャツが脇腹の所だけ赤く滲んでいるのを確認し、身長に男のシャツを捲る。そこには簡易的な処置だけしたのであろうと誰にでも分かるぐらい、粗雑に包帯が巻かれており、包帯からは血が滲み出している状態だった。
そして血だらけでベトベトになっている包帯を繋は慎重に解いていく。
(酷い・・・・・・)
(・・・・・・これは刺し傷じゃないか)
繋は男の顔の様子を見る。男は既に意識を飛ばしており、念のため男の目の前で手を振るがやはり反応は無かった。
繋は顔を男性の口元に近づけ呼吸を確認してみると辛うじて呼吸をしているのを確認できた。
(まさか男性の方がそんなに酷い状態だったなんて・・・・・・。もう、魔力を節約なんて言っている場合じゃあない)
繋は男性の脇腹からどくどくと漏れ出している赤い血を見て、直ぐにも行動を移すべきだと2人を連れて、ゾンビから距離を取るために離れた場所まで移動した。
繋は2人を包んでいた魔法の膜を解除する。
女性は地面に足を着き、男性の方は道路に横たえる為に繋が支えようとした瞬間、肩にかかる思った以上の重みに繋は膝をつきそうになる。
(うっ! 重っ!)
酒に潰れたりしたスヴィグルに何時も肩を貸していたなと思いだしながら、同じような感覚で繋は男を支えたつもりだったが男の体重に押しつぶされそうになり、繋は自身が若返ってる事を思い出す。
(こういう時に元の年齢じゃないのは不便だな・・・・・・)
繋は改めて若返りによる弊害を感じた後、あれ?と女性の方に目を向け不思議に感じる。
(どこからどう見ても普通の女の子だよね・・・・・・)
どうみても普通の学生に見える。
にも関わらず、良くこの大きな男を支え続けながらずっと走っていられたなと繋は疑問に思った。
そんな疑問も束の間。後ろからゾンビのうめき声が聞こえ、繋は思考を切り替える。
(っていやいや! 今はそんな場合じゃない!)
(今やるべきことは。この2人を助ける事だ)
頭に浮かぶ疑問を振り払い、繋は2人を後ろにして前に立つ。
繋は跨っていた杖を何時ものように慣れた手つきで片手でくるりと1回転させた。
ゾンビの群れが繋達に気づき、ぞろぞろと1人2人と走り、そして一斉に此方に向かってくる。
「何をしているんですか! 早くここから逃げましょう!」
女性は焦った声で繋に言うと、早くこの場から逃げるために繋の手を握り引っ張った。
繋はそれに対し静かに首を振り、彼女の手を優しく離した。
そして心配そうに此方の目を見る彼女を安心させるために繋は優しく芯のこもった声で言う。
「大丈夫。おじさんも君も助ける。だから、君はおじさんの横に居てあげて」
(ゾンビの前に取り合えず応急処置っと)
繋は身体の向きをゾンビの方向に向けたまま、横に置いていたトランクケースを杖先でトンっと小突く。
すると魔法のトランクケースから包帯や消毒液等が1人で勝手に動き出し、男性の負傷している箇所を綺麗に処置していく。
後ろから女性の驚く声と戸惑う声が繋の耳に入る。
(本格的な処置は後で)
繋は立ち上がり、杖を片手でくるりと回して構える。ゾンビたちがこちらに気づき、よろめきながら走り始めてくる。
繋は杖先を地面に付けると、地面に魔法陣を展開させる。
淡い橙色の光りが円を描き、繋が立っている地面から海へと広がっていく。
(スノトラみたいに海水を使って刃に変えたり、槍のように変形する事は僕には出来ないけど)
(海水を操る・・・・・・それだけなら)
耳を打つのは、遠くから近づく海鳴りと、ゾンビの唸り声。二つの音が五月蠅いぐらいに混ざり、世界がざわめく。
繋は息を静かに整える。
目を閉じ、ひとつ深く吸う。
そして――杖を地面に、打ちつけた。
「グレイプ!!(飲み込め)」
ドンッ
瞬間、空気が割れるような青の轟音が響き、海が牙を剥いた。
怒涛の如き青の奔流が、繋の前方を薙ぎ払うように押し寄せる。
それはまるで、海が深呼吸をしたかのような巨大な水の壁が現れ、ゾンビたちを一瞬で呑み込んだ。あらがうことすら許さぬまま、数百の屍がただ水に流され、海の底へと還っていく。
風が止む。
波の音が、静かに遠のいていく。
女性は呆然と立ち尽くしたまま、ただその光景を見つめていた。
(わたしは、さっきから何を見させられているんだろ・・・・・・)
空を飛ぶ男。空中で浮かぶ魔法。勝手に動き出す包帯たち。目の前に広がる、ゾンビのいない静かな海。
彼女は、そっと目の前の繋を見つめた。
杖を握り、風に髪をなびかせるその姿は、どこか幻想的で、そして――
(まるで・・・・・・)
「まるで・・・・・・魔法使いみたいだ」
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